|
大杉神社が鎮座する、 茨城県稲敷市阿波は、霞ケ浦の南端に位置しています。 交通量の多い交差点の角に大きな鳥居が建ち、 脇には、これまた大きな鼻高天狗と烏天狗の眷属がにらみを利かせていました。 参道は、舗装され、駐車場を兼ねていて、 境内に上がる石段の両脇には真新しい大きな石灯篭が連なり、 とても盛りだくさんな雰囲気です。 道路沿いの西方にも、南面する社殿のほぼ正面へ向かう階段がありました。 西の石段の上には、 楼門を建てるための礎石だけが配されていて、 萬延元(1860)年と刻まれた狛犬が一対、鎮座しています。 阿像は宝珠、吽像は角を戴いて、大きくて立派な狛犬です。 この石段が、昔からの参道なのかもしれません。 かつての霞ヶ浦は今よりもずっと広く、水運交易が盛んで、 沿岸の阿波の地は、 江戸時代の地図でもそれと判るように、 半島のように霞ケ浦に突き出していました。 『常陸国風土記』には安婆嶋と記されています。 そこには大杉が聳えていて、 行き交う船の目印となり、 また、航海の守り神として信仰されて、 「あんば様」と呼び親しまれていたそうです。 社殿は霞ケ浦を背にしてほぼ南を向いています。 最近、改修されたばかりらしく、 極彩色の装飾がとても鮮やかで、眩しいほどです。 木鼻は、 獅子、龍、そして、白い象も。。。 大杉神社の創建は、 元々のあんばさまへの信仰に加えて、 神護景雲元(767)年、大和国から下野国二荒山へ向う途上の勝道上人が、 疫病平癒を大杉に祈願したところ、 三輪明神の神々が降りてきて救済したことから、 大杉大明神と呼ばれるようになったそうです。 関東や東北地方の特に海沿いに多い大杉神社の総本社。 主祭神は 倭大物主櫛甕玉大神(やまとおおものぬしくしみかたまのおおかみ) 配祀神は、 大己貴大神(おおなむちのおおかみ) 少彦名大神(すくなひこなのおおかみ) 境内には、 御神木の三郎杉と次郎杉の二本の杉がそびえています。 手賀沼からも見えたという太郎杉は、寛政10年に焼失してしまったそうです。 画像は、神殿の脇の三郎杉。 神楽殿に並んで境内社が祀られ、 また、社殿の裏にあたる霞ケ浦寄りには、 稲荷神社、勝馬神社、相生神社などが祀られています。 特に勝馬神社は、 信太馬牧に祀られていた馬体守護の古社が遷座されたもので、 中央競馬会の美浦トレーニングセンターが近いこともあって、 競馬関係者や競馬ファンの参拝が後を絶たないそうです。 大杉神社の西側には、 延暦24(805)年、別当寺として「竜華山慈尊院安穏寺」が開基され、 以降、明治期の神仏分離まで、安穏寺が別当を務めたそうです。 文治年間(1185〜1190年)には、常陸坊海存が社僧として仕え、 多くの奇跡を起こしたのち、忽然と姿を消したことから、 海存坊が大杉大明神の眷属であったという信仰に発展し、 その風貌(巨体・紫髭、碧眼、鼻高)が似ていることから、 鼻高天狗、烏天狗が大杉神社の眷属となったそうです。 堂宇の意匠は素晴らしいものですが、 大杉神社のそれに比べて、とても落ち着いていて、ホッとしました。 最後の画像は、 大杉神社の本殿の裏、木陰のとても目立たない所にありました。 大きくはない石を鉄籠で囲っているようにみえます。 。。。なんだろう? |
茨城の神社・寺
[ リスト ]





