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弘前市街から、 岩木山を正面に見ながら、西に向かって10kmほどで、 旧社格は国幣小社で、現在は別表神社。津軽国一宮。 岩木山神社 参道の手前は、駐車場を兼ねた広場になっていて、 鳥居に向かうと、正面に岩木山がそびえています。 参道は、岩木山に向ってまっすぐに進みます。 岩木山は、 長い裾をひいた美しい姿から、津軽富士とも称され、 山頂は、岩木山・鳥海山・厳鬼山の三峰が「山」の字に連なり、 山全体がご神体・霊山として、古来、津軽における山岳信仰の中心だったそうです。 宝亀11(780)年、中央の岩木山山頂に社殿を造営したことが起源とされ、 延暦19(800)年、坂上田村麻呂によって山頂の社殿が再建され、 これを奥宮として、 岩木山北側のふもとに、下居宮(おりいのみや)つまり里宮が建立され、 この下居宮は、十腰内にある現在の厳鬼山神社。 寛治5(1091)年、神宣により、現在の社地に遷座し、 別当寺・真言宗百沢寺(ひゃくたくじ)が建立されましたが、 明治の神仏分離により、百沢寺は廃され、現在の岩木山神社となったそうです。 参道に面して、 出雲神社と、守山三柱大神が鎮座していました。 楼門の手前には、 左手に、守札授与所。 右手、社務所の大きな建物は、以前は別当寺・百沢寺の庫裏だったそうです。 楼門の右手奥には、神水が湧き出しています。 奥宮参拝の登山者は、邪気を神水で清めて入山することから、 禊所と呼ばれています。 神水は湧き出て、枡に溜められているので、 普通の柄杓では届かないため、 柄の長〜い柄杓が用意されています。 岩木山神社楼門は、 別当寺・真言宗百沢寺の楼門として、 寛永5(1628)年に造営され、五間三戸の形式、総高は17.85m。 拝殿は、 もともと百沢寺の本堂として造営されたもので、 慶長8(1602)年、津軽藩祖為信から、寛永17(1640)年、三代信義の代にかけて建てられたそうです。 また、本殿・奥門・瑞垣(みずがき)・中門などは、 貞享3(1686)年から元禄7(1694)年までをかけて、四代信政によって建立。 本殿、奥門、瑞垣、中門、楼門は重要文化財に指定されています。 祭神は、 顕国魂神(うつしくにたまのかみ)(=大己貴命) 多都比姫神(たつびひめのかみ) 大山祇神(おおやまつみのかみ) 坂上刈田麿(さかのうえのかりたまろのみこと) (=坂上田村麻呂の父) 宇賀能賣神(うかのめのかみ) 大山咋神(おおやまくひのかみ) 社殿の右手奥には、境内社の、白雲神社と稲荷神社が鎮座しています。 白雲神社のまわりの池の中には、たくさんの卵が沈んでいました。 龍神への奉納として投げ込まれたものでしょうか。。。 岩木山神社では、 ご神体の岩木山に見守られているような気がしました。 岩木山山頂の奥宮と、 北麓の厳鬼山神社へも訪れたかったのですが、今回は時間切れ。。。またの機会を狙います! 最後の画像、 禊所の、神水の注ぎ口です。 サルかしら。。。。。珍しいですよね。 |
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2008年09月28日
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