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兵庫県朝来(あさご)市山東町粟鹿(あわが)。 JR和田山駅から車で10分ほど、 国道483号線を南に折れると、 石鳥居が、深い社叢に白く映えていました。 但馬国一宮 「 粟鹿神社 」 鳥居は、ほぼ南北に続く道路に面して、 北東方向を向いています。 この鳥居の正面にまっすぐに続く、 12〜3世紀に造られたと考えられる「 石畳の参道 」の遺構が発掘されたそうです。 粟鹿(あわが)とは、 昔、粟鹿山の洞穴に住む一頭の鹿が、 粟三束をくわえ、村におりてきて、人々に農耕を教えたことによる名で、 粟鹿神社は、その鹿を祀ったとも伝えられています。 鳥居をくぐると、 時が留まっているような、 古代から続く神域の、深い空気感に包まれました。 広い参道の右側に土塀が続き、 手前は、「 勅使門 (ちょくしもん)」 奥は、「 日の出門 」 この広い参道では、 その昔、馬を走らせたそうです。 「 勅使門 」は、 応仁の乱(1467〜1477)により、社殿がことごとく焼失した中、 ゆいいつ現存する、 西暦1400年よりも以前の建造物だと伝えられています。 この門は、「 開かずの門 」と呼ばれ、 毎年10月17日の「秋の例祭」のときにだけ、開門されるそうです。 境内へは、随身門「 日の出門 」から入ります。 参道側には、随身像。 境内側は、大きな木道狛犬が鎮座していました。 社殿は、 応仁の乱(1467〜1477)で焼失。 文明17(1486)年ごろ、仮殿を造営。 天保10(1839)年、社殿再建。慶応2(1866)年、再び焼失。 現在の社殿は、明治12(1880)年に再建されたものだそうです。 粟鹿神社は、 但馬国随一の古社。 式内社(名神大)。 出石神社と並ぶ但馬国一宮。旧県社。 祭神は。。。 以前の由緒書による祭神は、 1. 天美佐利命 ( あめのみさりのみこと ) : 大國主命の御子 2. 日子坐王命 ( ひこいますおおきみのみこと ) : 開化天皇の第三皇子 3. 日子穂穂手見尊 ( ひこほほでみのみこと ) : 古事記に伝える山狹知毘古( やまさちひこ ) 今回入手の由緒書には、さらに合祀されている祭神が記されています 4. 阿波奈岐尊 (あわなきのみこと) 伊弉奈岐尊 (いざなきのみこと) 天照大日孁尊 (おまてらすおおひるめのみこと) 籠神 (このかみ) 鵜草葺不合尊 (うかやふきあへすのみこと) 月讀尊 (つきよみのみこと) 素戔嗚尊 (すさのをのみこと) 豊玉姫尊 (とよたまひめのみこと) 延喜式神名帳には一座とあり、 和銅元(708)年の「 粟鹿大名神元記 」には、「 天美佐利命 」を祀ると記されているそうで、 神名帳の一座に符合するとも考えられます。 全国神社名鑑には、 日子坐王命 (ひこいますおおきみのみこと) 宮司さんのお話では、 祭神について、詳しくは伺えなかったのですが、 日子坐王命 (ひこいますおおきみのみこと) と、説明してくださいました。 本殿は、三間社流造り。 また、 本殿の背後には高さ数メートルの塚があり、 「 御陵 」と呼ばれ、 「 日子坐王命のご墳墓 」と伝えられているそうです。 拝殿の前には、 一対の大きな狛犬が、参道を挟んで向かい合っていました。 向かって右は、吽像。 左が、親獅子の懐に子獅子が座る阿像。 境内社は、 茗荷(みょうが)神社 : 草野姫命(かやのひめのみこと) 天満宮 : 菅原道真 猿田彦(さるたひこ)神社 : 猿田彦神 厳島(いつくしま)神社 : 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと) 稲荷神社 : 保食神(うけもちのかみ) 床浦(とこうら)神社 : 大己貴神(おおなむちのかみ) 茗荷神社は堀のような池の中に鎮座しています。 毎年2月4日の祈年祭では、この池の茗荷で豊凶を占うそうです。 また、 茗荷神社はちいさな摂社ですが、 粟鹿神社の社紋は「抱き茗荷」で、 茗荷は、深いかかわりを持っているようです。。。 最後の画像は、 随身門の、木造狛犬。 |
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2009年12月08日
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