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東急・東横線 自由が丘駅のホームから見た駅前のロータリー。
「自由が丘」という地名は、
この地域に自由ヶ丘学園が設立(昭和5年)されたことから、
昭和7年、目黒区が成立時に、東京市目黒区自由ヶ丘となりました。
江戸時代は、荏原郡 衾村(ふすまむら) 谷畑(やばた)。
東急東横線の「自由が丘駅」は、
開設当初(昭和2年)は「九品仏前駅」。
東急大井町線に「九品仏駅」ができることになり、
旧地名の「衾(ふすま)駅」に改称予定でした。
ところが、
住民からの反対運動によって、「自由ヶ丘駅」となり、
さらに表記変更されて、現在の「自由が丘駅」になったのだそうです。 写真地図で見ると、
自由ヶ丘1丁目24のブロックには、
そこだけに、南北に細長い杜が残っていて、
熊野神社の境内とわかります。
東京都目黒区自由が丘1−24−12。
自由が丘の熊野神社は、
東急・自由が丘駅から、繁華街を通り抜けて5分ほど。
ビル街では地形が分かりにくいけれど、
参道には石段があり、高台になっています。
道路から北方向へ参道が続き、
一の鳥居、二ノ鳥居、そして、赤い三ノ鳥居。
石段の手前には、一対の狛犬(平成13(2001)年)。
石段をのぼると、正面に拝殿が見えます。
社殿は南向きで、
自由が丘の中心街を見守っているかのようです。
右手に、手水舎。その奥に、神輿蔵が並んでいます。
左手には、社務所と神楽殿。
神楽殿では、
9月の例大祭で、目黒区無形文化財の「目黒ばやし」が奉納されます。
拝殿の手前には、一対の狛犬(昭和48(1973)年)。
祭神は
速玉之男尊(はやたまのおのみこと)
伊弉冉尊(いざなみのみこと)
泉津事解之男尊(よもつことさかのおのみこと)
現地案内板によると、
熊野神社は、
「谷畑(やばた)の権現さま」として崇敬され、
創建年代は不詳ですが、
寛政8(1796)年の社殿改修棟札の写しが残っており、それ以前の創建。
また、中世から近世にかけて講が行われたことから、
村人の熊野詣によって、勧請されたと考えらているそうです。
また、
本殿は、
石蔵の中に鎮座しているようで、
外からはまったく見えないようになっています。
拝殿には、
奉納絵馬が掲げられていました。
年代は確認できなかったのですが、
江戸時代なのかしら。。。
赤い鳥居の先に石段があり、
簡素な拝殿に向かって、
参道に跪いて参詣している様子が描かれています。
新編武蔵風土記稿には、
(衾村)熊野社
境内除地五畝歩、小名谷畑にあり、是も草創の年歴をしらず、
本社一間四方の小祠、拝殿は二間に三間南向なり、村の持
奉納絵馬では、
拝殿の右手は、
築山か盛土のように少し高くなっているようですが、
祠などは描かれていません。
ちょうどその辺りに、
やはり、
熊野神社よりも地面(?)もすこしだけ高いかなあ。。。
境内社として、伏見稲荷神社が鎮座しています。
祭神は、倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
右手に手水舎。手水鉢(明治41年)は天邪鬼が支えています。
赤鳥居をくぐると、
一対の狐像は金網で覆われて。。。いたずら狐が逃げ出さないように?!
伏見稲荷神社の右手から、
境内の北側へ通りぬけると、東へ向かって下り坂。
昔は、見晴らしのいい所だったのでしょうね。。。
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2012年11月11日
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