のびパンチ

あっという間に過ぎていく。。。

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東京都台東区浅草2丁目。
浅草駅の吾妻橋のたもとから西へ。。。
 
浅草寺は、
7世紀の縁起と伝えられる、歴史の長い寺院です。
関東大震災や、第2次世界大戦の戦禍により、
堂宇は昭和30年代の再建が多いのですが、
東京を代表する寺院のひとつとして、
いろんな国から訪れた、たくさんの人でにぎわっていました。
 
 
 
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浅草寺の総門は、
当初、駒形付近に建てられ、
現在地に移ったのは鎌倉時代以降と考えらるそうです。
 
雷門(風神雷神門)は、
切妻造りの八脚門で、右に風神像、左に雷神像が安置されています。
江戸時代3度の火災にみまわれ、
3度目の慶安元(1865)年の田原町大火で焼失したのち、
95年を経て、昭和35(1960)年、松下幸之助氏によって寄進されたそうです。
 
風神雷神像は有名ですが。。。
大提灯の底には龍が彫られ、
境内側には龍神像が安置(昭和53(1978)年)されていています。
龍神像はあまり大きくないけれど、すごい目ヂカラ!
 
 
 
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雷門から宝蔵門の間は、
仲見世。
参道の両脇にお土産屋さんがずらりと並び、
ここを歩くと、なんとなくウキウキしてきます。
 
浅草みやげはいろいろあるけど、
代表格は、「雷おこし」と「人形焼」かしら。。。
私が子供のころは「雷おこし」が定番だったような気がします。
 
 
 
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宝蔵院の手前、
仲見世が途切れたあたりを右に折れて、
すこし奥まった木立が繁る弁天山には、
老女弁財天が祀られる弁天堂。
 
弁天堂の右手前の鐘楼の鐘は、
江戸時代に時刻を知らせる「時の鐘」。
元禄5(1692)年に改鋳されたもので、いまも現役。
毎朝午前6時を告げています。
 
 
 
 
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宝蔵門(仁王門)は、
天慶5(942)年、平公雅による建立と伝えられ、
数度の火災に遭いそのたびに再建されてきたそうです。
 
慶安2(1649)年、徳川家光によって寄進された仁王門は、
300年間近の昭和20(1945)年、空襲により焼失。
 
現在の宝蔵門は、昭和39(1964)年、大谷米太郎氏によって寄進されました。
入母屋造りの二重門で、
内部に宝物が収蔵されていることから、宝蔵門と称しているそうです。
 
 
 
 
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大提灯の底には、やはり、龍の彫刻。
宝蔵門をくぐると目の前に本堂がそびえています。
 
が、その前に、ぐるりを見回して、タワーをチェック!
 
右手には、スカイツリー。
左手には、五重塔。
そして。。。左手奥には、遊園地・浅草花やしきのスペースショット!
 
 
 
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本堂(観音堂)は、
慶安2(1649)年に再建された旧本堂(旧国宝指定)は、
空襲で焼失し、昭和33(1958)年に再建。
平成22(2010)年の改修で、屋根瓦はチタン製。
 
 
 
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浅草寺は、
山号は、金龍山。聖観音宗 総本山。
本尊は、秘仏・聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)
前立本尊は、慈覚大師円仁作・聖観音菩薩。
 
 
縁起は、諸説あるようですが、
浅草寺縁起によると、
 
推古天皇36(628)318日、
檜前浜成・竹成(ひのくまはまなり・たけなり)兄弟が、
江戸浦(隅田川)で漁労中に、観音像が網にかかった。
 
兄弟の主人である郷司・土師中知(はじのなかとも)は、
像が聖観音菩薩像と知って、出家し、自宅を寺に改めて、礼拝供養した。
 
大化元(645)年、勝海上人(しょうかいしょうにん)が観音堂を建立し、
夢告によって本尊を秘仏と定めた。
 
平安時代初期、
慈覚大師円仁(えんにん)が当寺を訪れ、お前立の観音像を作った。
 
天慶5(942)年、平公雅が武蔵守に任ぜられた際に、
雷門、仁王門など、七堂伽藍を整備した。
 
と伝えられているそうです。
 
 
 
 
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境内は広く、堂宇もとてもたくさんあるのですが。。。ごく一部。
 
日限(ひぎり)地蔵尊の六角堂。
日限地蔵は、造立年代不明の木造。
日数を定めて願をかけると霊験があるとされるそうです。
この六角堂は、
浅草寺誌に、元和4(1618)年の建立と記され、浅草寺内では最古の遺構。
平成6年、現・影向堂の南基壇上から移築された。東京都指定有形文化財。
 
橋本薬師堂は、
外部はかなり改変されているものの、
慶安2(1649)年徳川家光によって再建され、
二天門や六角堂に次ぐ古い建物。
再建当初、橋の傍らに建てられたので橋本薬師と命名されたそうです。
 
淡島堂は、
元禄年間(1688~1703)、紀伊の加太神社を勧請。
祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)
本堂再建 (昭和2033) の間の仮本堂として建てられ、
本堂完成後は、影向堂(ようごうどう)となり、
平成6年からは、淡島堂として現在地に移築されたそうです。
 
本堂の前を東へすすむと、
二天門。
表参道の門に比べて、こじんまりとしています。
元々は、境内にあった東照宮の神門だったそうです。
元和4(1618)年に建立された切妻造の八脚門。
江戸時代初期の貴重な建造物として、重要文化財に指定されています。
 
 
 
長い記事になってしまいました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
 
サイズオーバーらしく、
最後の二天門の写真はUPされませんでした。。。
 

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