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栃木県宇都宮市馬場通り1-1-1
JR宇都宮駅から西へ1㎞くらい。
大通りに面して、
樹齢400年の栃木産ケヤキの大きな両部鳥居(2008年建立)から続く参道、
長い石段がつづく臼ヶ峰(独立丘陵)の頂上に鎮座しているのは、
二荒山(ふたあらやま)神社
日光市の二荒山(ふたらさん)神社との混同をさけるため、
宇都宮二荒山神社 と表記されることが多いようです。
栃木県を代表する古社で、
宇都宮の地名はこの神社に由来し、
また、宇都宮の市街地は、
二荒山神社の門前町として発展してきたそうです。
社殿は、
かつて、20年ごとに建て替えられていたそうです。
戦国時代以降、いく度となく火災に見舞われ、
戊辰戦争の際には、新政府軍の砲弾攻撃で焼失し、
現在の社殿は、明治10年(1877)に明治政府によって再建されたそうです。
正面の石垣は、
江戸末期に組まれたものが現存していて、
弘化三年(1846)丙午正月吉日の銘があります。
平安中期にまとめられた「延喜式神明帳」には、
「下野国十一座 河内郡一座大 二荒山神社 名神大」と記載されいて、
宇都宮二荒山神社と日光二荒山神社の2社が、その論社となっています。
式内社(名神大社)の論社。
下野国一之宮。
旧社格は、国幣中社。
現在は、神社本庁の別表神社。
神紋は三つ巴(菊に三つ巴)。
創建は、
社伝によれば、
仁徳天皇41年(353)下毛野国造に任ぜられた奈良別王(ならわけのきみ)が、
毛野国の開祖である豊城入彦命を、
荒尾崎(現・境外摂社下之宮)に祀ったことにはじまるとされ、
承和5年(838)に、臼ヶ峰(現在地)に遷座されたと伝えられています。
また、
豊城入彦命が東国下向の折、御諸山(奈良の三輪山)の大神を祀ったという説もあるようです。
祭神は、
主祭神 豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)
相殿 大物主命(おおものぬしのみこと)
事代主命(ことしろぬしのみこと)
主祭神は、
現在は豊城入彦命ですが、
時代によって諸説あり、
彦狭嶋王、御諸別王、事代主命、健御名方命、日光三所神、・・・など。
豊城入彦命が外れた時期もあり、
江戸期には日光山大明神と称され、
大己貴命、事代主命、健御名方命が祀られたそうです。
祭神の組み合わせもいろいろあったようで。。。歴史の変遷がうかがわれます。
社名の二荒山(現在の男体山)は、おおよそ北西方向ですが、
社殿は、南面しています。
創建当初の鎮座地は、
境外摂社の下之宮として、
現在、大通りを隔てたビルの脇に鎮座していますが、
由緒書きの絵図では、
かつては小さな丘になっていて、社殿は西を向いているように見えます。
神殿の前の狛犬は、
年代などは不明ですが、
金属製で、阿像は構え型、吽像は蹲踞の姿勢で、珍しい組合わせですね。
境内末社は、
本殿の左側に、
(一番左側) 初辰稲荷神社 祭神:倉稲魂命
(本殿の瑞垣を背にして) 女体宮 祭神:三穂津姫命
十社宮 下野国式内社十社の祭神を合祀
本殿の右側に、
須賀神社 祭神:素戔嗚命
市神社 祭神:大市姫命
昭和59年奉納の狛犬は、目がまん丸で、とってもユニーク!
裏坂に、
東照宮 祭神:徳川家康公
神門の外になりますが、
参道の階段の途中、両側がひな壇のようになっていて、
左側の壇には、
(右側) 剣宮 祭神:素戔嗚命
(中央) 十二社 祭神:国常立神 ほか
(左側) 菅原神社 祭神:菅原道真公
右側の壇には、
(中央) 荒神社 祭神:素戔嗚命
(左側) 松尾神社 祭神:大山咋命、中津嶋姫命
(右側) 水神社 祭神:罔象女神
社務所には、宝物が展示されています。
その中の、重要文化財(国指定)の「鉄製狛犬」は、
鎌倉時代の建治三年(1277)に吉田直連が奉納したとの銘があり、
高さおよそ36㎝の鋳鉄製ですが、
「狛犬」というより、「和犬」のような姿をしていました。
所用があったため、時間に余裕がなく、
宇都宮二荒山神社だけをピンポイントで訪れましたが、
行ってみたいところはたくさんあるので、また訪れたいと思っています。
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2013年02月16日
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