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奈良県磯城郡田原本町蔵堂。
近鉄橿原線・田原本駅と JR桜井線・巻向駅のちょうど中間あたり、
古代大和の「中ツ道」が南北に通じ、
大和川(初瀬川)の西側、
南北に伸びる社叢に包まれるように鎮座しているのは、
村屋坐弥冨都比売神社(むらやにますみふつひめじんじゃ)
別名 森屋の宮
遠くからでもそれと判る社叢を目指して、
西方向から小学校の前を通ってきたところは、
二の鳥居の前でした。
ふり返ると、
一ノ鳥居が見えていましたが、
そのまま境内へ向かいました。
奈良県の天然記念物に指定されている
照葉樹林の中を進む参道。
両側には、石灯籠がずらりと並んでいました。
社殿は南向き。
拝殿は、昭和10(1935)年に再建。
本殿は、文書などから江戸末期には すでに建てられていたと推測され、
三間流造(二社と合間)で、両社には千鳥破風を設けた美しい造りです。
祭神は
主神 三穂津姫命(みほつひめのみこと)
配祀 大物主命(おおものぬしのみこと)
高皇産霊命(たかみむすびのみこと)の姫君である主神・三穂津姫命は、
大神神社(おおみわじんじゃ)の祭神・大物主命の妃になったと、
日本書紀に記されていることから、
「大神神社の別宮」とも称されているそうです。
延喜式内社 大和國城下郡 村屋坐彌冨都比賣(大社)に比定。
旧社格 県社
天武元(673)年、壬申の乱において、
村屋神が神官に神懸りして、
「わが社の中を敵が来る。社の中つ道を防げ」と告げ、
この天武側への功績によって、
神社として初めて位階を賜ったと、
日本書紀に記されています。
境内社は、
本殿の右側に、村屋神社。
祭神 経津主神 武甕槌神 室屋大連神 大伴健持大連
式内社・大和國城下郡 村屋神社 二座 に比定。
天正の兵火にかかり、当社東方の宮山より遷座。
この地・森屋郷は、古くは室屋郷とも室原郷とも云い、
室屋大連はこの土地の出身と考えられ、
日本書紀の「村屋神」は、あるいは村屋神社の二神とも考えられるそうです。
本殿の左側に、服部神社。
祭神 天之御中主命 天之御鉾命
式内社・大和國城下郡 服部神社 二座 鍬靫 に比定。
やはり天正年間に兵火を被り、大安寺村神来森から遷座。
拝殿手前の左側に、久須々美神社(恵比寿神社)。
祭神 天之久之比命 事代主命
式内社・大和國城下郡 久須々美神 に比定。
元は大字伊与戸の氏神で、明治初年、当社東の川辺・恵比寿山より遷座。
右手の池のほとりに、市杵島姫神社・物部神社
祭神 炊屋姫命 宇麻志摩遅命 配祀 物部守屋連
由緒不詳 社家・守屋氏の祖神を祀ったと伝えられる
最後の画像は、
二の鳥居の傍らに 道祖神
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2013年04月01日
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