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新潟県阿賀野市水原。
白鳥飛来地として有名な「瓢湖(ひょうこ)」の上空を舞う タゲリ の群れ。。。
さて、
タイトルの「新潟県神社寺院仏堂明細帳検索」
みごとに、漢字だらけですが。。。
新潟へ行くときは、
何ヶ所かの神社を訪れるようにしています。
今回、準備のためWEB検索をしていて、たどり着いたのは、
新潟県立文書館から提供されている、
「新潟県神社寺院仏堂明細帳検索」システム。
「新潟県立文書館ホームページ」から入れます。
明治16(1883)年に再調整された、
新潟県全域の、
神社寺院仏堂明細帳の複写を、
データベース化し、
名称や所在地をキーワードにして、
書面を画像データとして閲覧できるシステム。
画像が表示されるのは、まだ一部分のようですが、
一覧表が提示されるので、
表示される資料番号を指定すれば、
コピー(白黒?)の郵送を依頼(有料)できるようです。
膨大な資料をデータベース化し、
一般の人でも簡単に検索できることは、とてもありがたいです。
検索キーワードは、
・ 神社・寺院・仏堂の名称
・ 平成22年4月1日時点の、市町村名
・ 平成12年12月31日時点の、旧市町村名
たとえば、
「弥彦」をキーワードにすると、
名称に「弥彦」が含まれる、
市町村名に「弥彦」が含まれる、
旧市町村名に「弥彦」が含まれる、
65件の神社・寺院・仏堂がリストアップされます。
この一覧表には、
字(あざ)名(大字・小字)の項目がありますが、
現時点では、
字名をキーワードにして検索することはできないようです。
たとえば、
市町村合併で範囲が広くなっている
「新潟市」で検索すると、1426件。
現在は新潟市の旧新津市は、
旧市町村名の「新津市」で検索すると、176件。
ですが、旧新潟市では、検索できないかも。。。
一覧表の表示順序は、
市町村名 > 旧市町村名 > 社名のあいうえお順のようです。
スクロールは、
「前ページ」と「次ページ」だけ。
名称が、青い字で表示されているものは、
明細帳の画像がリンクされています。
黒い字は、
請求番号を指定することで、コピーの郵送依頼できるようです。
画像上の、
明細帳には、
明治16年時点の、
住所・祭神・由緒・堂宇の規模・禰宜や氏子総代などが表示され、
印刷も可能なようです。
新潟の神社と云えば、
真っ先に浮かぶのは、
越後国一宮「弥彦神社」ですが、
なぜか、一覧表には表示されません。
この明細帳には、記載されていないのかしら。。。別表神社だから?
あ、そうか、おやひこさまは国幣中社だからですね。
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新潟の神社・寺
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新潟県十日町市松之山下鰕池(しもえびいけ)。 現在は高館トンネルが開通したため、 松之山へ抜ける車の通りは少なくなっています。 道の傍らに鎮座しているのは、 大宝神社。 社殿は、こじんまりとしていますが、 棟の高さが、この地域の冬の厳しさを物語っているようにも見えます。 ご祭神は、判りませんでした。 大宝神社という社名で思い浮かぶのは、 滋賀県栗東の大宝神社(祭神:素盞鳴尊(スサノヲノミコト)) 茨城県下妻の大宝八幡宮(祭神:応神天皇、仲哀天皇、神功皇后) ですが。。。どちらかでしょうか? 社殿の脇にそびえている大スギは、 樹高 32m 目通り幹囲 5.6m 推定樹齢 300年以上 だそうです。 社殿の前に鎮座している、一対の狛犬。 年代は不明ですが、 なんといっても、 X脚なのが、とってもキュート♪ |
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新潟県十日町市(旧・川西町)新町新田の、 神明社は、 整備された旧街道が赤沢川方向に下っていく際に鎮座しています。 この道を通るたびに、 神社には気が付いていたのですが、 訪れたのは初めてでした。 参道には、 いくつもの石塔が並んでいました。 後日、判ったのですが、 4基の「山田観音堂跡板碑」(正平6(1351)年〜)があり、 十日町市の文化財指定を受けているそうです。 昔から多くの人が行き交う要所だったのでしょうね。。。 境内はそれほど広くなく、 いっぱいに、 ゲートボールコートが作られて、ちょうどその広さ。。。 社殿の前には、 昭和11年9月に奉納された、 一対の狛犬が鎮座していました。 眉間の巻き毛が、個性的。。。 |
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会津若松と日本海を結ぶ交通は、 現在は、 阿賀野川に沿って若松街道(国道49号線)が主要道路ですが、 かつては、 会津若松から津川までは会津街道で陸路で、 津川から新潟への物資輸送は、阿賀野川の水運が盛んだったそうです。 阿賀野川からすこし北へ入った、 新潟県東蒲原郡阿賀町の石戸集落の 三社神社 の本殿の脇には、 いくつかの石塔が並んでいます。 この中に、珍しい神代文字の石塔があることを、 で拝見していたので、訪れてみました。 神代文字はたくさんの種類があるそうですが、 このハングルに似ているのは、阿比留(アビル)文字でしょうか。。。 阿比留文字だとすると、 「カマトヨヲセカミ」 と読めそうです。 どんな人が、どういう意味で、ここに祀ったのかしら。。。 古来、人の行き来があった所だけに、とても興味深いですよね。 新潟県北部の、遺跡や、神社・寺院など、とても詳しく紹介されていて、 田圃の真ん中のちょっとした丘が製鉄所の跡だったり、 畑にころがっているカケラが土器や石器の破片だったりと、 新潟は、油断がならない!という気がしてきます。 雪のため交通事情が悪くて、 思うように見れなかったのですが、また、訪れたいと思っています。 |
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松苧(まつお)神社は、 明治以前は松苧大権現と称せられていました。 古来から、松之山郷66ヶ村および近郷の村々の惣社だったそうです。 参道は、 ここ、犬伏集落から始まっています。 犬伏集落は、 三方を川に囲まれた切り立った台地にあり、 天然の要塞となっていて、 戦国時代の犬伏城の宿営地としての役割を果たしていたそうです。 松苧山の山頂に鎮座する松苧神社まで、 かつては、 全行程を3時間あまりかけて歩いたそうです。 現在は、道路が整備されていて、 松苧山の中腹まで車で入ることができます。 500年以上も続いている行事、 「七つ参り」は、毎年5月8日に行われ、 数えで七歳になる男の子が、健康と成長を願って参拝します。 5月の初めといえば、まだ、残雪に足をとられながら歩くのでしょう。 倒れた看板をめくると、所要時間は約30分と書いてありました。 さあ、がんばって登るぞ!!! 参道は、 かなり急な山道ですが、 きちんと整備されていました。 しばらく登ると、 ちょっとした広場のようなところがあり、 「白馬観音堂跡」と書かれていました。 そして、 そのすぐ先に、 石の鳥居が建っていました。 おお、着いたぞっ! と思ったのもつかの間、 鳥居の先に標識が建てられていて、 「元権現跡 この地点以前建造の神社があった 神社まで約206m」 って。。。 いやあ。。。この、206mはきつかったです! 由緒によれば、 創建は、 大同2(807)年、坂上田村麻呂が奥羽征討の際、祈願所をこの地に建立。 祭紳は、 主祭神は、奴奈川姫命(ぬながわひめのみこと) 他、天照皇大紳、素盞鳴尊、天津彦根命、大国主命、吉備武彦命、平彦別命、四海彦命、四海姫命 社殿は、 明応6年(1497年)建立の木造茅葺きで、 県内最古の建築物として、国の重要文化財に指定されています。 上杉謙信をはじめとする戦国の武将たちの祈願所となり、 謙信寄進の小刀、日の丸の軍配が伝えられているそうです。 寄進された宝物は現在、 別の場所に保管され、非公開とされているそうです。 神社から少し下がったところからの眺望です。 ね、ずいぶん登ったでしょう?! もう、へとへとでした。。。 松苧神社は、新潟で一番古い建造の社殿です。 以前から、参拝したいと思っていて、 やっと果たすことができました。 駐車場へ戻って、最初にしたことは、 湧水をかぶるように、思いっきり顔を洗いました! 冷たい水が心地よくて、 2個目のペットボトルは、松苧神社の湧水をいただきました。 |





