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あっという間に過ぎていく。。。

奈良の旅2013早春

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三重県伊賀町倉部。
 
 
倉部川を渡り 小道に入ると
その先の
竹林の真ん中に
ぽつんと 石碑が建っています。
 
風森神社 遺跡
 
 
その昔、
高さ5丈(約15m)もある、杉の巨木がありました。
 
慶長年間(1596〜1615)、
その杉を切ったところ、
暴風雨がおきて、この村は大きな被害を蒙りました。
 
村人は、
杉の木を切ってしまった所為に違いないと、
根元に、お社(やしろ)を建てて、
風の神を祀りました。。。
 
 明治になって、
風の森神社は、
他の神社に合祀されたため、
ここに、石碑を建てたそうです。
 
 
道を尋ねた方が、
畑仕事の手を休めて、
案内してくださったのですが、
 
このとき、
さわさわと音を立てて 竹林を渡っていったのは、
風の神さまだったのでしょうか。。。
 
それが合図のように、
雨が降りはじめました。
 
 
 
 
奈良県吉野郡吉野町南国栖
 
吉野山の桜を観たのは もうずいぶん昔のことになってしまいましたが。。。
 
今回は、
吉野山ではなく、
伊勢街道を吉野川に沿って遡っていきました。
 
 
 
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吉野川沿いの宮滝集落一帯には、
縄文時代から飛鳥・奈良時代にかけての
多くの遺跡が確認され、
吉野宮があったと推定されています。
 
 
7世紀後半、
天智天皇は、病床において、
同母弟の大海人皇子に、
皇位継承を要請しますが、
大海人皇子(のちの天武天皇)は、
真意を警戒して、それを辞退し、出家して、吉野宮に隠棲しました。
 
天智天皇が崩御し、
近江大津宮で大友皇子が跡を継ぐと、
大海人皇子は、
吉野宮で挙兵し、クーデターを起こしました。。。壬申の乱。
 
地方豪族を味方につけた大海人皇子は、
大友皇子軍を破り、
飛鳥浄御原宮において、天武天皇として即位しました。
 
 
 
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宮滝遺跡を過ぎて3㎞ほど、
県道262号線に入ってトンネルを抜けると、
 
南国栖(みなみくず)集落。
 
 
吉野川はこのあたりで大きく曲がり、
深くやわらかい翡翠色の水を湛えていました。
 
ふりかえると、
衣笠山の美しい山容、
麓に沿って南国栖の家並みが続いていました。
 
 
 
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民家の脇から、
吉野川の崖っぷちの細い道を西(下流)へ向かいます。
 
危なっかしいので、
ずいぶん歩いたような気がするけれど、
400mほどで、
石段の上に鳥居が見えてきます。
 
 
 
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境内は、
奥行き10mもあるかしら。。。断崖の際のちいさな神社。
 
四阿のような拝殿は、
中央は通路で、両側は板敷になっています。
 
この拝殿では、
旧暦の正月十四日に、
拝殿の床を設え舞殿として、
 
国栖の人たちによって、
代々引き継がれてきた、
 
「国栖奏(くずそう)」が奉納されます。
 
 
 
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拝殿の奥、
切り立った岩に、
社殿が東面して鎮座していました。
 
 
浄見原(きよみはら)神社。
 
祭神 天武天皇
 
 
創建の年代は不詳ですが、
 
壬申の乱の折、
国栖の人たちは、吉野で挙兵した大海人皇子に味方し、
敵に追われた皇子を匿い、酒や食事を供し、歌舞を奏してもてなし、
また、
天武天皇即位を祝うために、
飛鳥浄御原宮へ参り、舞を奏上したそうです。
のちに、
この南国栖の地に、浄見原神社が創られたと伝えられているそうです。
                            (現地案内板より抜粋)
 
 
 
 
川沿いの小道は、浄見原神社で行止まり。
 
神社付近の川は天皇淵と呼ばれるそうです。
 
この日は、
お天気に恵まれた所為もあって、
 
なんともいえない神秘的な美しさ。
 
 
ここに神社を祀ったのは、 
この淵を称えているのかもしれない。。。
 
 
 
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奈良県磯城郡田原本町蔵堂。
 
近鉄橿原線・田原本駅と JR桜井線・巻向駅のちょうど中間あたり、
古代大和の「中ツ道」が南北に通じ、
大和川(初瀬川)の西側、
南北に伸びる社叢に包まれるように鎮座しているのは、
 
 
村屋坐弥冨都比売神社(むらやにますみふつひめじんじゃ)
 
別名 森屋の宮
 
 
 
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遠くからでもそれと判る社叢を目指して、
西方向から小学校の前を通ってきたところは、
二の鳥居の前でした。
 
ふり返ると、
一ノ鳥居が見えていましたが、
そのまま境内へ向かいました。
 
 
 
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奈良県の天然記念物に指定されている
照葉樹林の中を進む参道。
両側には、石灯籠がずらりと並んでいました。
 
 
社殿は南向き。
 
拝殿は、昭和10(1935)年に再建。
 
本殿は、文書などから江戸末期には すでに建てられていたと推測され、
三間流造(二社と合間)で、両社には千鳥破風を設けた美しい造りです。
 
 
 
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祭神は
主神 三穂津姫命(みほつひめのみこと)
配祀 大物主命(おおものぬしのみこと)
 
高皇産霊命(たかみむすびのみこと)の姫君である主神・三穂津姫命は、
大神神社(おおみわじんじゃ)の祭神・大物主命の妃になったと、
日本書紀に記されていることから、
「大神神社の別宮」とも称されているそうです。
 
 
延喜式内社 大和國城下郡 村屋坐彌冨都比賣(大社)に比定。
旧社格 県社
 
天武元(673)年、壬申の乱において、
村屋神が神官に神懸りして、
「わが社の中を敵が来る。社の中つ道を防げ」と告げ、
この天武側への功績によって、
神社として初めて位階を賜ったと、
日本書紀に記されています。
 
 
 
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境内社は、
 
本殿の右側に、村屋神社。
祭神 経津主神 武甕槌神 室屋大連神 大伴健持大連 
式内社・大和國城下郡 村屋神社 二座 に比定。
天正の兵火にかかり、当社東方の宮山より遷座。
この地・森屋郷は、古くは室屋郷とも室原郷とも云い、
室屋大連はこの土地の出身と考えられ、
日本書紀の「村屋神」は、あるいは村屋神社の二神とも考えられるそうです。
 
 
本殿の左側に、服部神社。
祭神 天之御中主命 天之御鉾命
式内社・大和國城下郡 服部神社 二座 鍬靫 に比定。
やはり天正年間に兵火を被り、大安寺村神来森から遷座。
 
 
拝殿手前の左側に、久須々美神社(恵比寿神社)。
祭神 天之久之比命 事代主命
式内社・大和國城下郡 久須々美神 に比定。
元は大字伊与戸の氏神で、明治初年、当社東の川辺・恵比寿山より遷座。
 
 
右手の池のほとりに、市杵島姫神社・物部神社
祭神 炊屋姫命 宇麻志摩遅命  配祀 物部守屋連
由緒不詳 社家・守屋氏の祖神を祀ったと伝えられる
 
 
 
 
最後の画像は、
 
二の鳥居の傍らに  道祖神
 
 
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奈良県大和郡山市稗田町319
 
JR郡山駅から南南東へ1㎞くらいかしら。。。
 
稗田(ひえだ)集落は、
集落全体が濠で囲まれている環濠集落として有名です。
 
環濠が、
いつの時代にどのように形成されていったか詳らかではないものの、
室町時代には、
現在のような形になっていたと考えられるそうです。
 
稗田集落は、
濠に囲まれた限られたスペースにもかかわらず、
南東の一角は、
賣太神社の大きな杜に占められています。
 
神社を中心として発達してきた集落という感じ。。。
 
 
 
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奈良時代には平城京に通じる主要幹線であった
古代大和の「下ツ道」は、
 
稗田集落の西端を通っていて、
また、
平城京の南正門にあたる羅生門が近く、
 
賣太神社の南の稗田遺跡からは、
多くの祭祀用具が発見され、
古代から神事が行われた場であったそうです。
 
 
 
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南面する鳥居から、
参道は左に折れ、
社殿は、東を向いています。
 
 
賣太神社は、
「賣太」は、「売太」で、「めた」と読みます。
 
 
社格 式内社 大和國添上郡 賣太神社 (小社)
    旧県社
 
 
猿女(さるめ)君の養田を「猿女田」と呼んだことから、
猿女田神社から賣太神社へ変化した。。。らしい。
 
いつごろからなのか、
江戸時代までは「三社明神」と呼ばれており、
明治7(1874)年に、「十三社明神」となり、
明治24(1891)年に「賣田神社」、
昭和17(1942)年に現在の「賣太神社」に改称されたそうです。
 
 
 
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祭神は、
 主斉神 稗田阿礼命(ひえだのあれのみこと)
 副斉神 猿田彦神(さるたひこのかみ)
      天鈿女命(あめのうずめのみこと)
 
 
創祀年代は不明。
 
稗田は、
天鈿女命を遠祖とする猿女君稗田氏の本拠地で、
主斉神の稗田阿礼命は、その一族。
 
稗田阿礼命は、天武天皇の命により帝紀・旧辞を暗誦し、
30年余り後、太安萬侶(おおのやすまろ)がこれを編纂・筆録して、
『古事記』として、元明天皇に献上したと伝えられています。
 
中世には「祭神不詳」とされていたそうです。(Wikipedia)
 
あの、有名な語り部・稗田阿礼(ひえだのあれ)を祀る神社です。
 
 
 
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現在の社殿は、
昭和16(1941)年の古事記撰上1230年を記念して、
昭和19(1944)年に新築されたそうです。
 
本殿は、春日造り。
 
 
提灯の神紋は「太陽に勾玉」というらしい。。。珍しいデザイン。
 
拝殿の左にある池は水が抜かれ、
右手前には、
石を祀った小祠と、狛犬が鎮座する礎石があり、
境内を整備している途中なのかもしれません。
 
境内社として、
春日神社、厳島神社、八柱神社(Wikipedia)が祀られているようですが、
残念ながら、確認できませんでした。
 
 
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何処へ。。。

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週末は、
天候にも恵まれ、
 
東海道新幹線で、西へ。。。
 
車窓からは、
富士山が、まる見え!
 
山頂付近の雪は、
もう、まだらになっていました。
 
 
 
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京都駅に到着!
 
 
 
 
春の京都 を堪能して。。。
と、
いきたい。
 
 
ところが、どっこい!
そうは問屋が卸さない。
 
 
 
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そのまま、
まっすぐ
近鉄の改札口へ。。。
 
 
 
 
そして、
 
奈良駅
 
が、
今回の出発点となりました。
 
 
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