のびパンチ

あっという間に過ぎていく。。。

長野の神社・寺

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

イメージ 1
 
長野県安曇野市穂高
 
毎年9月27日に行われる
 
穂高神社の例大祭は
 
船形の山車をぶつけ合う
勇壮な御船祭り。
 
 
拝殿内での神事の後、
拝殿前の神楽殿の周りを
穂高神社にゆかりの神社の氏子総代が
幟を掲げてねりあるき、御船祭りが始まります。
 
 
 
イメージ 2
 
 
御船は
子供船3艘と大人船2艘。
 
先ず、
子供船の登場。
子供たちが綱をひいて
神楽殿の周りを曳きまわします。
 
それぞれの御船には、
穂高人形が飾り付けられています。
 
 
 
イメージ 7
 
 
大勢の男性の氏子衆にひかれて
 
ひときわ大きな 大人船 が登場。
 
 
 
イメージ 8
 
 
御船は
楢の新木を使って毎年組み立てられるそうです。
 
船底では、
途切れなくお囃子が奏でられています。
 
 
 
イメージ 9
 
 
もう1艘の大人船。
 
木の組み方が違っています。
 
 
 
イメージ 10
 
 
大人船が
 
激しくぶつかり合い
 
その衝撃で
 
船がゆがむ鈍い音と
 
真正面の船底から途切れないお囃子の
ひときわ通る笛の音と
 
観客が息を呑むウォという音で
 
境内は熱を帯びます。
 
 
 
イメージ 11
 
 
何度も何度もぶつかり合い
 
 
 
イメージ 12
 
 
とうとう
1艘の御船の縄が切れて。。。
 
 
 
イメージ 13
 
最後の1艘は、
観客の有志が綱をひいて
鳥居の外へ、運び出します。
 
めったにない機会なので、私も参加しました!
 
 
イメージ 3
 
 
高さは6m位らしいのですが、
鳥居より高くて、
舳先の木を鋸で切り落とし、ようやく通り抜けました。
 
 
 
イメージ 4
 
 
露店や社務所の庇にぶつからないように。。。
 
 
綱をひいてみると、
すごく重くて、
すごく難しい。。。だけど、楽しい!
 
 
 
イメージ 5
 
 
ようやくたどり着いて、
 
誰からともなく拍手が湧き起りました!
 
 
 
海から離れた信濃の地に、
こうして、
御船祭りや
ご神体としての木船が伝えられているのは、
 
古代に、
海人族である安曇族が
遠く北九州からこの地にやって来たと考えられています。
 
 
イメージ 6
 
 
御船祭りの記事UPが、
すっかり遅くなってしまいました。
 
何年か前に、
穂高神社の記事を載せたつもりでいたのですが、
見つからないので、勘違いかも。。。
今回は、
社殿や境内の様子は撮らなかったので、
ご由緒などは、また、別の機会に。
 
イメージ 1
 
長野県安曇野市
 
中央高速を安曇野(あずみの)インターでおりて、
国道147号線を北上していくと、
北アルプスの手前にたちはだかる
台形の山は、
 
「 有明山 」
 
穂高山系の前山で、
信濃富士、安曇富士とも呼ばれています。
 
標高は2268mで、それほど高くはありませんが、
独特の山容から、
古来、霊山として崇敬をうけ、安曇野のシンボル的な存在です。
 
 
 
イメージ 2
 
長野県安曇野市穂高有明宮城7271
 
有明山から東へ流れる中房川の右岸(北側)、
山裾の宮城(みやしろ)集落の高台に、
有明山神社は鎮座しています。
 
大きな石鳥居から、
参道は、まっすぐに、有明山に向かっています。
 
 
昔々、
天照大神が天岩戸にこもったとき、
手力雄命が岩戸を引き放ち、あたりに光がさしたことから、
有明山と名付けられ、
祭神・手力雄命を戸放(とはなち)権現、
山名を戸放嶽と称したという、
 
記紀神話の天岩戸伝説が縁起となっています。
 
 
古来、山岳信仰の対象であり、
この一帯には、
古墳群があり、
坂上田村麻呂や八面大王にまつわる伝承も今に伝えられています。
 
 
 
イメージ 3
 
 
古代は後裔の安曇氏、中世においては仁科氏の崇敬をうけ、
江戸時代には衰退していたため、
明治期の神仏分離ののち、
社地を遷して、社殿を整備したそうです。
 
 
有明山神社(旧社地)の棟札は、
応永4(1397)年から文久3(1863)年まで4枚が残っていて、
最初の3枚には神社の名前は「三社(みやしろ)大権現」と書かれ、
残る1枚には「有明山神命」と記されているそうです。
 
 
 
イメージ 4
 
 
手水舎は、
明治35年に建てられています。
 
凝った屋根の造り、
各所に見事な彫刻がほどこされ、
天井には龍の彫刻が見られます。
 
 
 
イメージ 5
 
 
髄神門は、
日光東照宮の陽明門を模して、明治35年に建てられたもので、
十二支、二十四孝の彫刻、格天井絵など、
精緻な意匠が施され、別名「信濃裕明門」と呼ばれています。
 
手水舎と、髄神門は、
ともに安曇野市指定文化財に登録されています。
 
 
 
イメージ 6
 
 
髄神門をくぐると、
 
参道の両側には、
一対の狛犬が、見おろすように鎮座しています。
明治23年9月15日建立で、松本町石工・伊藤幸太郎の作。
 
 
拝殿から左側へ廊下が続いて、
明治35年に建てられた神楽殿。
 
京都清水寺と相似の様式をもち、
天井には、
81枚の小組天井絵と、
中央に橋本雅邦の手になる「烏」図が描かれ、
安曇野市指定文化財。
ですが、残念ながら、扉は閉じられていました。。。
 
 
 
イメージ 7
 
 
祭神
有明山頂の中岳本社  手力雄命、八意思兼命、大己貴命
南岳本社  天照大神、天鈿女命、事代主命
北岳本社  造化三神(天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神)
 
 
祭神は、有明山頂(中岳、南岳、北岳)に祀られ、
里宮であるこの神社では、
拝殿の奥に神殿はなく、
ガラス窓の先にある有明山頂を遥拝する様式になっています。
 
なお、祭神について、
北岳本社の造化三神が載っていない資料が多いのですが、
神社でいただいた「有明山神社 略記」に拠っています。
 
 
 
イメージ 8
 
旧社地は、
現在の有明山神社から、
ほぼ東へ1kmほどの旧道に面したところです。
 
道には大きな鳥居が建ち、
明治初年に有明山を開いた天明行者を祀る
天明霊神宮が、
やはり、有明山を背中にして建っています。
 
旧社殿の礎石などは確認できませんでした。
 
 
明治期の神仏分離によって、
社地を遷して、ほぼ再興された社殿は、
とても見事で、
地元の方たちの並大抵ではない熱意を感じました。
 
 
          参照 有明山神社発行「有明山神社 略記」
              坂本博著「信濃安曇族の謎を追う」
 
 
 

全1ページ

[1]


.
アバター
nobikit
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事