坂戸一義、コカコラなる飲料についてかく語りき

将来構想としては、20世紀のものだけを分離して新ブログ立ち上げ

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旧長野コカ・コーラボトリング松本工場は、1963年に本社工場として長野県松本市近郊に開設。本社及び工場が松本に設置されたのは物流を考慮し、県中央にあるのが都合が良いという理由であった。1号ラインに設置された機器はその時代でもすでに時代遅れも良いところのアメリカ製中古機器で工場の外観も完全に「町工場」の様相。2枚目の写真で右側に見えるのが元からあった工場建物であり、当初はこの建物以外は見渡すかぎり田んぼだった。製造能力も60BPMと、街のラムネ工場並みのもので市場規模を考えてもあまりにクラシカルな工場であった。その後は販売量の増加により、120BPMの生産能力のある設備を導入。ホームサイズ生産にも対応させ、近隣ボトラーにも製品を供給した。

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販売エリアは小さいながらも観光地であった長野県での販売量はその後増加を続け、1966年には富士コカ・コーラボトリング横浜工場で使用されていた設備を譲り受け、製造能力はレギュラーサイズで240BPMに増強された。これにより他社供給のみだったホームサイズの販売を県内でも開始した。1968年にはレギュラーサイズ専用(600BPM)の2号ラインも設置しさらに販売量を増やした。

1974年になると社長のグラグナニー氏の帰国に伴い、長野コカ・コーラボトリングは日本コカ・コーラ直轄のエリアとなる。当初は三国コカ・コーラボトリングのエリアが直轄地となる予定だったので、11年を経てようやく日本コカ・コーラ直営ボトラーが出来ることとなった。そしてこの年に登場したのがコカ・コーラ1リットルサイズである。最初のテストエリアに選ばれたのが直轄地となった長野で、さっそく松本工場1号ラインを整備し生産開始。このリットルサイズは発売されるやいなや大ヒット商品となり、県内のディーラーを通したエリア外からの反則と言える注文も来て、たちまち壜が足りない状況に陥ったという。松本工場では1978年夏頃までリットルサイズが生産され、その年の秋に設備が更埴工場に移設された。生産の中心が更埴工場に移り、その後工場自体も1981年一旦休止となる。

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松本が再び工場として動き始めるのは1989年、新松本工場は缶製品専用工場としての再開であった。当初は需要が年々増加していたジョージアコーヒーや神葉烏龍茶等を生産するレトルト専用ラインであった。91年に2ピースアルミ缶使用のため窒素充填装置を増設、そして92年には設備を増強し炭酸飲料の製造も可能になった。新松本工場の稼動によって、それまで「製造者 サツキコカ・コーラキャンニング(株)」や「製造者 北陸コカ・コーラボトリング(株)F」表記等の缶製品しか販売されなかった長野においてようやく「製造者 長野コカ・コーラボトリング(株)」表記の缶製品が市場に出回ることとなった。その後、新松本工場は茶製品を中心に今までとは逆の立場で、北陸エリアにも製品を供給するようになるほど大車輪の活躍を続ける。

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1999年に長野コカ・コーラボトリングが親会社の北陸コカ・コーラボトリングに吸収されると、「北陸コカ・コーラボトリング松本工場」として引き続き操業を継続。武生工場閉鎖、砺波工場開設後も松本工場はせっせと製品を供給していた。しかし、交通量の多い国道沿いにあることによる物流面での問題(付近の宅地化による慢性的な渋滞)、砺波工場での一括生産の方がコスト面で有利との判断から2006年に閉鎖となり現在に至る。工場としての機能は無くなったが、現在でも北陸コカ・コーラの支社・松本周辺の物流拠点として稼働中。一枚目の写真は現在の姿であり、このトピックトップの写真と比べると炭酸ガスもしくは液体窒素のタンクがなくなってるのがわかる。

◎長野コカ・コーラボトリング松本工場の変遷 (製造所固有記号:なし→NMA→HMA)

現在でも支店として稼働中。設立当時は田んぼの真中だったが、現在周りは住宅地化。国道沿いにあるので車の往来が激しく割と賑やかだ。1999年以降は北陸コカ・コーラボトリング松本工場。工場末期の生産比率は炭酸4:コーヒー3:茶3だったそうだ。

●旧工場

 1号ライン

  63年開設 レギュラーサイズ(60BPM、その後66BPMまで改造)
  64年   ホームサイズ対応(当初は近隣ボトラーに供給) 
  65年   レギュラーサイズ(120BPM)・ホームサイズ(???BPM)に入れ替え
  66年   レギュラーサイズ(240BPM)・ホームサイズ(???BPM)に入れ替え(富士横浜工場の中古設備)
  74年   リットルサイズ(90BPM)に改造
  75年   リットルサイズ(180BPM)に改造
  78年   更埴工場に移設
 
 2号ライン

  68年開設 レギュラーサイズ(600BPM)
  81年   稼動停止
 
●新工場

 89年開設  ジョージア190g及び250g缶(800CPM)、シンバ340g缶(490CPM)
       年内に190g缶(900CPM)、250g缶(850CPM)、340g缶(600CPM)に改造
 91年    2ピース缶用窒素充填装置設置
 92年    炭酸飲料対応(当初は350ml缶のみ)
 93年以降  順次250ml、280ml、500ml炭酸缶各種サイズ対応           
 
写真引用:北陸・長野コカ・コーラボトリング30年のあゆみ

「コカ・コーラ工場の歴史(廃止)」書庫の記事一覧

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