|
放置して久しい当ブログですが、閉鎖までの間に製品カタログの写真をちょこちょこ紹介して行こうかと考えております。再開しようと思った矢先にこれですよ、この10年の間にこの国は本当にろくでもなくなり、かつての情熱もどこへやら…。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト | 詳細 ]
|
放置して久しい当ブログですが、閉鎖までの間に製品カタログの写真をちょこちょこ紹介して行こうかと考えております。再開しようと思った矢先にこれですよ、この10年の間にこの国は本当にろくでもなくなり、かつての情熱もどこへやら…。 |
|
放置して久しい当ブログですが、リニューアル構想は進めております。17ボトラー時代のことを中心にした「17時代(仮題)」というタイトルにしようと思い、基本的には当ブログの該当記事の移転・再構築になると思われます。移転先は同じYahoo!ブログの方が楽だと思うのでそちらで。 |
|
西日本では割増価格ながらレギュラー商品として定着していた500ml缶だが、1993年夏頃から東日本でも「サマーサイズ」と称して販売されるようになった。この缶は1994年製で、コンツァボトルのイラストが入ったバージョンの缶である。
当時はすでに「製造者 ◯◯コカ・コーラボトリング株式会社」になっていたはずだが、この缶は「販売者 日本コカ・コーラ株式会社」となっている。1990年のサンタ缶もそうだったが、そちらは流通経路が特殊であまり市場に出まわらなかった缶である。
缶底には謎の「NCM」という印字が。これが何かわからなかったのだが、他のコレクターさんが同じ物を「北陸エリアの高速PA」で買ったということ話していたのが解明につながる鍵となった。おそらく、この「NCM」は「長野(N)コカ・コーラボトリング(C)松本工場(M)」を省略したものであろう。北陸コカ・コーラボトリングの武生工場では500ml缶を製造できなかったため、長野製造品をこうした形で販売していたのだと推測される。日本コカ・コーラ名義なのは、もしかしたら北陸や長野エリア以外のPAで販売する分も含んでいたからかもしれない。 |
|
1967年、日本コカ・コーラは明治製菓に委託していたコカ・コーラ缶の製造を自社で行うため、大阪府高槻市に缶詰工場を建設した。ダイヤモンドデザインの二代目にあたる当該製品は、1967秋から〜1971年春までの約3年半(推測)製造されていた。当時の生産量を考えると、空き缶でも残っていたのが奇跡だろう。ずっと欲しかったが、運良く入手できた。日本コカ・コーラOは「大阪」製造を示す。
日本コカ・コーラが本社を現在の渋谷に移転するのは1970年。それ以前は現在の雪が谷大塚にあった。大田区雪谷町の住所表記が古さを感じさせる。この缶は40年以上前の缶だが、状態がよくメタリック感がまだ残っている。これであとは、初代缶があれば良いのだがあちらはもっと数が少ないので大変だあ…。誰か諭吉さん4枚ぐらいで譲ってくれませんか?金で解決ぶぁいやいやいというのは本来好きではなかでしゅが、ぽっくんマジで欲しかとぶぁい。 |
|
100周年記念の際に発売された350ml缶は近畿製の馬車Ver以外にも、スーパー300などでも採用されたシンプルなデザインのものもあった。写真の缶は三国CCBC製のもので、入手した時のまんまのラップ巻き状態。サツキコカ・コーラキャンニング製造の3ピース缶は結構目にするけど、三国名義のものになってからは数が少ないのかあまり見ない。350ml缶が今のように一般化するのは1987年以降の話。
こちらは北海道CCBC製のもので、ネック部分がすぼまっているネックイン缶となっている。北海道では350ml缶は主要商品だったこともあり、おそらくこのタイプの缶では一番流通しているはず。この時代は他に山陽CCBCや沖縄CCBCも350ml缶を製造できたはずだが、それらボトラーの製品が流通したかは不明。沖縄はあると思うんだけどなあ…。北海道製は1000円未満で入手できたけど、三国製はその10倍近くかかってしまいました…。もう3年ぐらいお昼ごはん食べてません。 |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
[PR]お得情報