坂戸一義、コカコラなる飲料についてかく語りき

将来構想としては、20世紀のものだけを分離して新ブログ立ち上げ

昭和・平成初期のジョージア

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↑の缶のキャンペーン版。当時人気だったツインピークスというアメドラとのタイアップキャンペーン缶。まだ「アメリカンリラックス」臭の残ってるCMであったが、次代のロゴからアメリカ臭は消えていくこととなった。90年代はまだタルクのロング缶はなかったので、写真の缶は東洋製罐マークが入った3ピース缶である。東京では多摩工場でしか缶製品を製造していなかったので「製造者 東京コカ・コーラボトリング(株)T」表記。
http://blogs.yahoo.co.jp/noboruyuki2003/5245556.html
↑の表をさらに突っ込んで作ってみた。

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四国と長野は社史記載の実数を拾って入れてあるが、仙台・富士は棒グラフから逆算して出した近似値。伸び率やトップ北九州との差も入れてみた。こうやって数字で出してみるとジョージアという製品が短期間でものすごい成長をしたことがよくわかる。80年初頭の缶コーヒー市場はUCCとポッカで市場の4割以上を占めていたが、86年頃にはジョージアがこの2社を逆転し現在に至っている。

全体的に5年間で4倍以上伸びてるが、北陸と長野は6倍を超えている。富士の80年が異様に低いのは、当初は自販機限定での販売だったのが理由と思われる。三国のように社長の鶴の一声でコーヒー飲料に力を入れ始めたところもある。

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表外の6社の予想数値。あくまで予想値だが、市場規模や販売手法の違いを考慮している。みちのくと三笠は市場規模から仙台と似たような数値になると考えた。利根はマックスコーヒー中心のマーケティングからこの程度の伸びと予想。近畿は一般市場発売が82年であったことを反映している。山陽は実数よりやや低めかもしれない。沖縄は缶コーヒーが受け入れられるのに時間がかかると考え少なめの数字にした。

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で出してみた1980〜84年の全17社のジョージアコーヒー売上予想順位。北九州から三国までは実数字。こうやってみても南北九州の突出ぶりはすごい。この傾向は現在も受け継がれており、かの地ではジョージアのシェアは圧倒的に高いのである。もう少し情報を集めてより精度の高い数値を出してみよう。



(雑記)

コロッケのモノマネと一緒で、他の人がやらないことを徹底的にやるバカがいてもいいじゃないか!というのがやってみた後の当方の正直な気持ち。

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今持ってるのはこれだけだけど、最近オークションであれこれ手にいれたので随時更新していきたい。写真の缶はほとんどが南九州製(熊本・宮崎工場製)で、プレミアムミルクテイストのみ外注だったと思う。コレクターとして悩みどころだが、思い入れが強い2代目3代目缶をトレードやオークションで集めていきたいと考えている。写真にないものでは近畿製のカフェ・オ・レロングの空き缶もあるはずなので探さねば…。

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1975年に発売した元祖ジョージアは一応「マイルドコーヒー」という正式名称があったが、1989年になってオリジナルコーヒーに改名。デザインもより洗練されたものに変わった。以前は日本コカ・コーラが各ボトラーに「委託製造」させたものをあらためて供給するという形態をとっていたが、この頃にはボトラーの製造販売に変わり製造者が各ボトラー表記のジョージアが登場。

製造者表記は複数の工場にレトルトラインを持つ工場に関しては写真の北海道のように「製造者 北海道コカ・コーラボトリング(株)」表記にし、缶底の固有記号で製造工場がわかるようにした。三国、利根、近畿、四国、南九州なんかは同じ形態だったと思う。一方レトルトラインが一つの工場にしかない場合は「製造者 東京コカ・コーラボトリング(株)T(多摩工場)」や「中京コカ・コーラボトリング(株)U(東海工場)」のように製造者の時点でどこの工場で製造したかすぐわかる仕組みだった。本社同敷地内の長野は無印、沖縄はJAに製造を委託していたので「販売者 沖縄コカ・コーラボトリング(株)」表記であった。

この時代のオリジナルは甘かった。甘いけど今のオリジナルのように甘いだけではなくコーヒーの苦味と調和した甘さだった。むしろザ・ブレンドの味に近いものだったと思う。この時代のオリジナルの味に戻してくれれば毎日買うんだけどね。人気もあり、ブランド別で一番売れていたのもこのオリジナル。しかし、92年をピークにこの後人気をテイスティやエメラルドマウンテンに譲ることとなっていく。


(参考資料 製造者に「工場別表記有の会社」及び「ボトラー名のみの会社」一覧)
 
  ◎工場別表記
 
   みちのくコカ・コーラボトリング(株)H (花巻工場)
   仙台コカ・コーラボトリング(株)K   (郡山工場)
   東京コカ・コーラボトリング(株)T   (多摩工場)
   富士コカ・コーラボトリング(株)E   (海老名工場 ※静岡工場缶ライン増設前)
   北陸コカ・コーラボトリング(株)F   (武生工場)
   中京コカ・コーラボトリング(株)U   (東海第二工場)
   三笠コカ・コーラボトリング(株)MS   (滋賀工場)
   山陽コカ・コーラボトリング(株)H   (本郷工場)
   四国コカ・コーラボトリング(株)K   (小松工場 ※小松第二工場操業開始前)
   北九州コカ・コーラボトリング(株)T  (鳥栖工場)

  ◎会社名のみ表示

   北海道コカ・コーラボトリング(株)   (札幌本社工場、帯広工場)
   利根コカ・コーラボトリング(株)    (茨城工場、千葉工場)
   三国コカ・コーラボトリング(株)    (埼玉第二工場、新潟工場、埼玉第一工場)
   富士コカ・コーラボトリング(株)    (海老名工場、静岡工場)
   長野コカ・コーラボトリング(株)    (松本工場 ※本社同敷地内)
   近畿コカ・コーラボトリング(株)    (京都工場、明石工場)
   四国コカ・コーラボトリング(株)    (小松第二工場、小松第一工場)
   南九州コカ・コーラボトリング(株)   (宮崎工場、熊本工場)
   
  ◎販売者表記

   利根コカ・コーラボトリング(株)    (利根ソフトドリンク五霞工場)
   沖縄コカ・コーラボトリング(株)    (90年代はJAに製造委託なので販売者表記)

また、プレミアムミルクテイスト等ボトラー工場で生産できなかったパッカー委託製品も販売者表記の缶を使用していた。ただしボトラー別。   

前回では販売量について書いたが、今回は製造拠点の拡大について書いてみる。おそらく過去にここまで記述したものはないと思うのでやってみよう。

1975年の発売以来年々ハイペースで伸びたジョージアだが、初期はパッカー(生産受託業者)製造の品を仕入れ販売という形態であった。パッカーは4社あり、拠点は北海道、静岡、長野、山口だそうだ。この時代の固有記号は「SI01」と「YAY」を確認しているが、前者が三協乳業、後者が日本果実工業らしい。これだけ伸びていくと自社製造に切り替えということも当然出てきたわけで、特にジョージアのシェアが伸びていた北九州コカ・コーラボトリング鳥栖工場にはボトラー1号となる生産ラインが設置された。生産能力は500CPMという今の標準の半分以下だが自社製造することの意義は大きかった。以下で表にまとめてみよう。ちなみに現在国内最高速の製造ラインは京都工場にある1600CPMのもの。


(ボトラー別ジョージア生産ライン設置状況 増設分除く)
※CPMは1分間あたりの生産本数を示す

拠点      設置年月  能力  備考

鳥栖(北九州)  1981年7月  500CPM  缶入りファンタグレープ製造ラインを1年で撤去し設置
多摩(東京)   1982年3月  700CPM  既存の炭酸用缶1号ラインの改造
東海第二(中京) 1982年3月  550CPM  1985年に改造し能力倍増、1987年に独立ライン化
武生(北陸)   1982年6月  700CPM  当初は炭酸缶ラインと共用、後に独立
宮崎(南九州)  1982年9月  700CPM  1985年に1200CPMの当時世界最高性能の生産ラインへ改造
本郷(山陽)   1983年4月  300CPM  最終的に780CPMまで能力拡大
札幌(北海道)  1983年6月  700CPM  炭酸(アンバサ)との兼用ライン
茨城(利根)   1983年6月  700CPM  当時はマックスコーヒー専用ライン
小松(四国)   1984年1月  700CPM  元は明治製菓小田原工場の缶詰設備
埼玉第二(三国) 1984年3月  700CPM  当時はサツキコカ・コーラキャンニング
海老名(富士)  1984年6月  800CPM  段ボールケーサー等は炭酸ラインと兼用
京都(近畿)   1985年2月  800CPM
滋賀(三笠)   1985年10月  550CPM 1991年に改修し1000CPMに
花巻(みちのく) 1987年2月  800CPM 
郡山(仙台)   1987年4月  800CPM
松本(長野)   1989年7月  800CPM  後に炭酸と兼用化
浦添(沖縄)   1999年7月  830CPM  県内での生産は1989年にJA加工場で開始

(ボトラー別ジョージア生産ライン設置状況 増設工場分)

帯広(北海道)  1986年5月  780CPM  炭酸との兼用ライン
千葉(利根)   1987年4月  800CPM  この工場のライン開設で茨城でジョージア生産が可能に
熊本(南九州)  1987年4月  800CPM  茶製品も生産
明石(近畿)   1988年10月  800CPM  茶製品も生産
小松第二(四国) 1992年9月  1400CPM  兼用ラインながらもほぼレトルト専用だったらしい
静岡(富士)   1993年6月  1200CPM  現在ジョージアの生産はしていない(炭酸中心)
青森(みちのく) 1995年6月  800CPM  花巻では作れない280g缶やオリジナル等を生産
蔵王(仙台)   1996年4月  1500CPM  本格的な兼用ライン
砺波(北陸)   1998年?   ???CPM  当初から製造できたかは不明
えびの(南九州) 2005年10月 1500CPM  一部設備を廃止された宮崎から移設

(ボトラー別ジョージア生産ライン設置状況 設置済み工場増設分)

鳥栖(北九州)  1985年5月  1000CPM  現在も稼働中?
鳥栖2(北九州) 1989年4月  1000CPM  炭酸・非炭酸との兼用、現在はボトル缶ライン
本郷(山陽)   1991年2月  1200CPM  炭酸・非炭酸ラインの兼用化
札幌(北海道)  1991年4月  1200CPM  現在稼働しているライン
鳥栖3(北九州) 1991年6月  1200CPM  一番新しく現在も稼働中と思われる
多摩(東京)   1991年6月  1500CPM  炭酸・非炭酸との兼用ライン
京都(近畿)   1991年8月  1400CPM  現在も現役バリバリ
埼玉第一(三国) 1992年3月  800CPM  旧1号壜ライン跡地に設置
東海第二(中京) 1992年6月  1200CPM  現在稼動してるライン?
埼玉第二(三国) 1998年?月  1500CPM? コーヒー専用高速ライン?
鳥栖4(ウエスト) 2000年10月 ????CPM  エンブレム用ラインでレトルトではなくアセプティック  
多摩2(東京)   不明    不明   2・3号缶ラインのどちらかを改造?
海老名(富士)  不明     不明   4号ラインの改造?

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