|
宮崎県は日本一林道の多い県だとバイク雑誌「GARRR」に書いてあった。
遠方の山を眺めるだけで多くの林道を確認できた。今回はあの林道を攻めようとか次回はあの道を走ろうとか、考えるだけで胸がわくわくしました。もっとも20年前の情報なので、いまはどうか知りません。
当時独身だったぼくは、どこででも野宿できるようにバイクにキャンプ道具を積み込み、飽きもせずにあっちこっちを走り回りました。
何が楽しかったって、自分だけの時間をフンダンに使えるという贅沢さと解放感だと思うのです。
締め切り日に原稿を渡すと、すぐにバイクで出発しましたねえ。
あの頃の元気と若さは残念ながら、いまのぼくには・・ありません。
PH上は阿蘇を走ったときのものです。ネコ岳から抜けたときに撮りました。
しかし・・・若いっすねえ(苦笑)。
PH下は日の影側から丹助岳をのぼったものです。ここで野宿するつもりが、下のキャンプ場の管理人がつい最 近亡くなったばかりだとの話を聞いたので、とりやめました。
傍にテントを設営したばかりだったのですがねえ・・・。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用





なかなかカッコイイじゃねーか? カッコだけはな。加曾利隆って知ってるか? 中学の時に確か18歳でバイクで世界に飛び出した奴がいて、俺も16の時からキャリアにテントと寝袋を積んでよくツーリングにいったよ。あれだけ行ったのに何で槇峰にいかなかったのか?といまでも後悔してるよ。話しは違うが、you tubeで(君にわかるはずがない)を入力してみな。当時のガキはこの音楽に自分を重ねて、何かを求めて行ったんだろうな。何が有る訳でもないのに。まあ俺もそうだったんだけどな。
2010/4/12(月) 午前 10:23 [ spider speed ]
加曾利隆の名前は聞いたことがあるよ。
俺は、浮谷東次郎が好きなんだ。「俺様の宝石さ」という自伝を書いている。若くして事故で亡くなった。
バイクで帰省するときは、川崎からフェリーに乗ったよ。
毎回、船酔いして辛かったがそれでも九州の山を走ったなあ。
当時の林道はほとんどがオフロードだったが、いまはすべて舗装されていてガッカリだぜ〜。次回は六峰街道のPHをUPするぞ。
2010/4/12(月) 午前 10:55 [ のぼる師範 ]