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生前 木村政彦は二冊の自伝を書いているが、その最初に書いた本がPhだ。 |

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こんにちは、ゲストさん
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生前 木村政彦は二冊の自伝を書いているが、その最初に書いた本がPhだ。 |
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はじめまして。すいませんが、昨年なの内容のようですが書かせてください。
実はここに出てくる、以前TBSラジオ「久米宏のラジオなんですけど」にゲスト出演したのが私です。
研究もかなり進んでいろんなエピソードや隠された内容がでています。
お書きになった<滑る畳>はもしかして対古流柔術戦を想定して、戦略として作ったのではないかということだ。というのは非常に面白いです。研究するに良いヒントになります。
といいますのも嘉納治五郎師範が柔道初期に畳を研究に継ぐ研究をしたことが50年前の資料からわかったのですが、柔術の時代から思い描いていたのでしょうね。ありがとうございます。
2009/2/19(木) 午前 1:46
植田昇さんですか。ブログを読んでくれて嬉しいです。
畳の研究を是非とも進めてください。講道館の四天王の一人だった、西郷四郎の足の指は「タコ足」といって畳に吸いつくような特異な形だったそうです。 滑る畳にも対応したのでしょうね。
2009/2/19(木) 午前 10:45 [ のぼる師範 ]
突然、お邪魔してすませんでした。
嘉納柔道の秘伝柔道畳の研究としては3年半後のロンドンのオリンピックまでは続く予定です。工業試験や各再現など行いますので非常に面白くなると思います。
西郷四郎氏(姿三四郎のモデルの一人)の「タコの足」については今回、判明していることが4件あります。実際には柔道家の方もまだ、伝えていないのですが、嘉納柔道の畳の表面には1畳に約400箇所縫っている為に、表面が約400箇所凸凹になっています。その窪みに足の親指の付け根やカカトが入ると約2倍の力が出せることがわかりました。嘉納柔道の畳には非常に滑る方向と滑らない方向があり、更に凸凹があるのでこれをうまく利用するとあの小さな嘉納治五郎師範でも少なく見積もっても4人力〜10人力パワーが出せるようです。後の3件の話はいずれお話しします。
よくわかるのは柔道の神様三船久三先生の動画を見るとそれは恐ろしい計算し尽くされたものがあります。嘉納治五郎師範はそれはとてつもない研究者だということがわかりました。
2009/2/19(木) 午後 6:32
凄いですね。 読んでいて鳥肌が立ちました。
畳を「足場がわり」に使ったわけですね。
例えば実戦ともなると野外の戦いがほとんどでしょうから、足場を確保することは、勝敗の大きなポイントだといわれています。
嘉納師範は「滑る畳」にそれを求めたのでしょうか?
あくまでも推測ですが、しかし「畳]とは盲点ですよね。
柔道の名を天下に知らしめることとなった、警視柔術との対抗試合がありますが、なぜかこの試合は講道館側の圧勝という記録が残っているのみで、肝心の試合ルールが何一つ残っていません。
あえて残さなかったのでしょうか?
試合ルールに関しては研究者泣かせなのですが、ひょっとして「滑る畳」から、その謎解きができるのかなぁ・・と考えます。
漫画的なストーリーだと、嘉納師範が考案した「滑る畳」を講道館側が極秘にしておいて、試合当日になって初めて使用し、とまどった柔術家が次々と敗れ去っていく・・といった展開でしょうか?
これって武道の駆け引きから考えると、当時はごく普通にあったような気がします。
2009/2/20(金) 午後 0:20 [ のぼる師範 ]
私達も素材の栽培や道具の復元、産地だった人達との交流など様々なことを行っているとオッサンのネバーエンディングストーリーみたいで感動あり、涙あり、恋愛なしと良い経験しています。
嘉納師範が畳に着目した時期はわかっていませんが、神戸の名家だった嘉納家で育った時に茶道など作法の習い事をしてた時なのか?天神真楊流柔術を習っていた頃なのか?柔道創設時代の永昌寺の敷地の林で泥んこまみれになって稽古を行い、住職が見かねて本道で稽古を許された時なのか?など盲点の畳を柔道に使った着眼点は恐るべしという感じです。講道館を開いた7年後にはフランス初めとするヨーロッパで行って柔道を広める活動をしていますので、日本から世界へという時に「畳」というものがいかにも日本的なのかもしれませんね。
足場というと現在の海外の柔道の場合は、畳マットも使わず一面レスリングマットを使用しているところも増えています。そうするとある人が言っていましたが、テレビなどで目にする胴衣を着たレスリングスタイルのスタンディングポジションとしてパワーJUDOとなるのでしょうか。
2009/2/20(金) 午後 9:57
警視柔術との対抗試合にもし、嘉納柔道畳を使っていたとすればハンディーはあったと製作者側ながら推測できますね。
講道館仕様の畳は現在のビニールマットでも存在していますが、滑る滑らないというと変わりがないと思います。当時として昭和初期の時代を設定すると日本全国の柔道場には柔道畳はありますので、滑る方向滑らない方向という点では同じですが、表面を縫う凸凹の引っ込み具合やクッション性は大きく違いがあるようです。西郷四郎氏の足の形は講道館仕様の方が大きな利点があったことは間違いないです。確か西郷四郎氏だったと思うのですが、足で畳を持ち上げたというエピソードもあるくらいですから。
嘉納柔道畳は合気道にも嘉納師範との交流の際から畳を使っていましたし、ブルースリー映画の「死亡遊戯」の中にも嘉納柔道畳を使っていたのでこの時は驚きました。
2009/2/20(金) 午後 10:00