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先日出席した「高瀬道場創立40周年パーティー」で
作家の今野敏さんにお会いしました。
今野さんは「空手道今野塾」を主宰する空手家でもあります。
過去ブログにも書きましたが、今野さんの自伝である「琉球空手、ばか一代」を読ん
だぼくは、世の中にはこんなにも自分と似た人生を歩んできた人がいるんだと感動
すら覚えたものでした。
ぼくの勝手な親近感で話しかけられた今野さんは、迷惑な素振りもみせず
(内心は迷惑だったのかもしれないが)
空手談義に応じてくれたのでした。
でもって、長年疑問であった棒術について聞いてみたのです。
その疑問とは、棒の材質です。
中国の棒術は柳が使われています。
柳は軽くてムチのようにしなります。
ところが琉球棒術は樫材です。樫は柳に比べて重くてしならない。
何故なんだろうかと長く疑問を持っていたんです。
その答えを・・・今野さんがいともあっさりと教えてくれました。
いわく「琉球には・・・柳の木はない」
愕然としましたね。
さすがだ・・・・というか、こんな簡単なことに長い間気付かなかった自分が
ばかだった〜。
会場では「遊心流武術健身法」を主宰する長野俊也さんにもお会いしました。
長野さんについては次回書きます。
お楽しみに。
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幼い頃に、ばあちゃんに連れられて宮崎市の「こどもの国」で
遊んだときのPHです。
前列左から、兄貴、ぼく、ばあちゃんです。
後列は親戚の子ですが、名前等は失念しました。
とても優しく遊んでもらった記憶があります。
PH裏に昭和34年4月28日撮影と書いてありますので、
ぼくが4歳のころのPHです。
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え〜と・・・18日は「高瀬道場創立40周年・出版記念パーティー」に
出席のため
府中の大国魂神社に、
そして19日は「琉球古武道昇段審査」を
受けるために市立体育館に行ってきました。
詳細については
いずれ書きます。
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ようやく見つかった。
過去ブログにも書きましたが、奥秩父方面を野宿しながら
遊んでいた頃のPHです。
白久駅前の熊倉山を登って
野宿したんだ。
PHを見ていて思い出したんですが、
履いている靴は
メフィストです。
とても履きやすくて、お気に入りでした。
長く履いていた記憶があります。
軽くて丈夫で足に馴染む。
今でも欲しい一品ですねえ。
テントは四人用ですが、実際は三人で目いっぱいです。
両サイドは楽ですが、真ん中に寝るのは窮屈なので
いつもジャンケンで決めていました。
テントを設営してから
重大なことに気付きました。
「蚊取り線香」がない!
前日に切らしてしまったんだ。
蚊取り線香がないと、
蚊の猛攻を受けてしまう。
麓の雑貨店まで買いに行かなきゃならない。
当時の経緯は過去ブログに書いたので
割愛しますが、
結果、ジャンケンで負けたぼくが
山道を駆け下りて、買ってきたときのPHを
友人が撮ってくれました。
このPHを見ると
静かな怒りがこみあげてきます。
しかし楽しかったなあ。
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ベランダから見た月夜が
あまりにも
綺麗だったので
撮った。
ぼくのデジカメでは
この程度しか撮れないが
実際はもっと綺麗な月夜です。
雲の感じが
いまいち撮れてないなあ。
上京した頃
友人の住むアパートに転がりこんで、
深夜まで持ち込み用の漫画を描いていたんだ。
ラジオの深夜放送から
何とも切なくて、胸を締め付けられるような
歌が流れてきた。
吉田拓郎の歌う
「旅の宿」だった。
ぼくは完璧に胸をうち砕かれた。
今まで聴いたこともないような衝撃だったんだ。
ペンを置いて聴き惚れてしまった。
あの時以来、吉田拓郎の大ファンになった。
夏だったんだ。
エアコンなんて贅沢なもんはない。
三畳一間のボロアパートで
扇風機のなまぬるい風に当たりながら、
売れるとも分からないような漫画を
必死で描いていた。
ぼくの横で友人は鼾をかいて
寝ていた。
コンチクショウ〜と思いながら、
いつか必ず見返してやると
心に誓ったんだ。
月夜を見る度に
あの頃の
自分を思い出す。
耳に流れてくるBGMは
「旅の宿」ですねえ。
ラジオは「オールナイトニッポン」でした。
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