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あの頃、ぼくの通う小学校では、鉄人派とアトム派に分かれていた。
ぼくは断然、鉄人派だった。
アトムはロボットなのに、何だか人間ぽくって嫌いだった。
その点鉄人は、鉄の塊で無骨で無表情で、いかにもロボットらしかった。
イマイ科学という模型会社から、当時人気のあった漫画の主人公が、マスコットシリーズとしてプラモデル化されていた。アトム、鉄人、エイトマン、鋼鉄人間シグマ、スーパージェッター・・・etc
定価は50円で、ぼくはほとんど持っていた。
マブチモーターで歩く「電動鉄人28号」のプラモも持っていたし、もちろん、グリコのおまけの
鉄人28号も持っていた。 何だか自慢するようだけれど、今だに鉄人28号コレクターなのだ。
横山光輝先生にお会いしたのは、ぼくが19歳の頃だったと記憶する。
ぼくの師匠の鳴島生(鈴木勝利)先生にいわれて、一日だけアシストに行ったのだ。
漫画家の[一日だけ]というのは、丸24時間働くつうことね。
あの頃、横山先生はおいくつだったのだろうか?
白髪で和服を着ており、ぼくが自己紹介をすませると、にこやかな笑顔で「よろしくお願いしますね」
と頭を下げられた。
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