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[ なんでも考えなんでも知って ]
2014/11/2(日) 午前 9:14
イギリスとインドの2国間貿易ではイギリスの貿易黒字、イギリスと清の2国間貿易ではイギリスの貿易赤字が続いていたが、対インド黒字で対清赤字を穴埋め出来ず、国際通貨の地位にあった銀が対価としてイギリスから清に流出していた。
ただし、この時期、既に為替手形による国際貿易が成立していたため、手形交換所があるロンドンから直接清に銀が流出していたのではなく、中継貿易地となっていたインドから清へ銀が流出していた(インドの対清赤字)。
事態打開を図るため、インドでアヘンを製造し、清へ密輸する活動が活性化した。こうした政策が推進されたのは、「外国にお金が出て行くと損だ」という重商主義的な見方にイギリスが囚われていたためである。清ではアヘン消費が拡大し、銀はインドの綿製品輸入を経由してイギリスへ渡った。
清はこの取引において大量の銀流出に見舞われ、密輸の取締り強化を図ったが、それがアヘン戦争へとつながることになる。
[ 鉄人4号 ]
2014/9/26(金) 午前 9:23




