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国家主権と人権と

 日本国憲法で、おかしいと思うことは、私は国民主権という言葉だと思います。国民一人一人に基本的人権があって、それが守られるべきものであるというのは、当たり前で、それは意味がわかりますが、主権というのはそういう基本的な人権とは違って、主権は国家にあるべきものだと思うのです。日本国憲法では、国家には軍備を持つことも認められていませんし、普通に国家として持っている権利、つまり主権をかなり制限されています。というか、主権は国民にあるのですから、国家にはないといったほうがいいのではないでしょうか。実際、主権者である国民は、権利を主張して国家を訴えているわけですから。日本の主権はバラバラに国民一人一人に分割されているわけです。この分割された主権を多数決で、意思決定して国家の方針とするのでしょうが、なんか今にも国家が空中分解しそうな気分になります。
ところで国家と主権について、考えさせられる記事が国際派日本人養成講座にありましたので、転載します。

転載開始

■1.「それは内政干渉だ」■

平成14年11月9日、ローレス国防次官補(東アジア・太平洋担当)が来日して、異例の強い言葉で日本外務省と田中均・アジア大洋州局長の「暴走」を正面から論難した。

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席上、米側が、核開発を認めた北朝鮮への重油供給をストップする方針を示したことに対して、田中局長は「それでは北の社会が崩壊し、日本に難民が押し寄せる」として、対北宥和派がよく用いる「難民カード」を出したところ、ローレス氏は「北朝鮮の難民には船も油もない」と一蹴した。

そこで田中局長が「しかし、わが国には拉致問題があり、、、」と反論した所、「北の現体制が変わらない限り、拉致問題は解決しない」として、朝鮮銀行系の金融機関に公的資金を投入することも、日朝貿易もすぐにストップすべきと、強く迫った。

田中局長が「それは内政干渉だ」と声を荒げて反論しようとしたが、ローレス氏は次のように一蹴したという。

内政干渉ではない。ミスター田中、あなたはいったい何を守ろうとしているのか? 日本の金融機関から北朝鮮にカネが流れていることは国際的に明らかだ。そのカネで北朝鮮は何をしている? テロリストを支援し、核開発をしているではないか。内政干渉? 冗談じゃない! あなたが行おうとしていることこそ、国際的なルール違反だ。しかも、重大な違反だ」

■2.「あなたはいったい何を守ろうとしているのか?」

あなたはいったい何を守ろうとしているのか?」というローレス氏の反論は、論争の核心をついている。田中局長の言い分は、「朝鮮銀行系の金融機関への公的資金投入」も「日朝貿易」も、日本政府の内政問題であり、それについてアメリカ側からとやかく言われることは、国家主権の侵害だと言うのである。

ローレス氏は、それを「内政干渉? 冗談じゃない!」と一言のもとに切り捨て、公的資金投入や日朝貿易の方が「国際的なルール違反だ」と言う。これらが北朝鮮に核開発やミサイル開発の資金を与え、日本ばかりかアメリカまで核ミサイル攻撃を受ける恐れを増大させている

■3.「国家主権」と「人権」■

「内政干渉? 冗談じゃない!」という言葉も、単なる売り言葉に買い言葉ではなく、北朝鮮宥和派の田中局長の矛盾を衝いた言葉である。というのも、北朝鮮が拉致・覚醒剤密輸・領海侵犯など日本に対して内政干渉よりもはるかにひどい主権侵害をしているのに、それらは不問に付し、同盟国アメリカからの日米両国の安全に関わる要求を「内政干渉」と突っぱねるのは、まさに「冗談じゃない」としか言いようのない二重基準だからである。

拉致被害者5人が帰国した約1週間後の10月23日、5人を再び北に帰すのかどうか、という問題で、田中局長と阿部晋三官房副長官の間で激論があった。

「5人が北朝鮮に戻ったあと、日本に再帰国する保証はあるのか」
安倍氏の問い掛けに田中氏は明確な答えを返せなかった。安倍氏は「5人が二度と日本へ戻って来なかったら、世論を抑えることができない。そもそも拉致は国家主権の侵害だ」と迫った。
田中氏は「外交には段取りがある」と述べ、こう反論した。「5人を戻さなければ私の交渉パイプが維持できない」

「私の交渉パイプ」とは北朝鮮の「序列順位が極めて高い軍関係者」との事だが、ここでも田中局長が守ろうとしているのは、その怪しげな外交パイプであって、ようやく帰ってきた拉致被害者をどう護るかという人権問題については、何も考えていないのである。そして阿部氏の主張する「そもそも拉致は国家主権の侵害」という視点がない。

『国家主権』を蔑ろにする者は必ず『人権』を無視するのです」とは、中西輝政・京都大学教授の言であるが、まさに田中均局長はこの「国家主権を蔑ろにし、人権を無視する者」の典型である。

■4.「国家主権」は「人権」を護るために生まれてきた■

なぜ「国家主権」を蔑ろにする者は必ず「人権」を無視するのか。中西教授はこう説明する。

なぜかというと、「国家主権」はそもそも「人権」を護るために生まれてきた制度そのものだからで、「国家主権」があって初めて「人権」が護られて存立する。

したがって、今回の拉致事件のように、「国家主権」がしっかりしていないからこそ、国民一人ひとりの「人権」が侵害されるのです。

家庭が凶暴な隣人の言うがままになっていたら、子供の安全も守れない。家庭が自由と独立を維持してこそ、子供を護ってやれる。
拉致問題というのは、その子供の一人が誰かにさらわれてしまった、という問題なのである。それでも親が平気で何もしないのなら、残った兄弟たちは、自分たちがさらわれても、また親は何もしてくれない、と思うに違いない。家庭への信頼はなくなり、また子供たちの人権も不安にさらされる。

国家主権がしっかり守られてこそ、国民の人権も守られる、これがまっとうな国家での原則である。国家を人権を抑圧する機構だと考えるのは、子供を虐待する家庭か(北朝鮮のように)、あるいは世間知らずの我が儘な子供が親に逆らっている(現代日本の左翼のように)というような異常な場合についてのみ言える事である。

■5.「日本という国がこのままではいけない」■

平成14年の9月17日、小泉首相訪朝の日に、拉致被害者横田めぐみさんの死を告げられた母・早紀江さんは、こう言った。

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人はいずれみな死んでいきます。めぐみも自分の命を犠牲にして日本という国がこのままではいけない、ということを教えてくれた。濃厚な軌跡を残してあの子はその命を捧げました。

まさしく拉致事件によって、今まで我々が国家主権を蔑ろにしてきたあげく、ついには国民の人権まで守れない状態にまでわが国が衰弱してしまった事に多くの国民が気づいた「日本という国がこのままではいけない」と知った。

めぐみさんの父親・横田滋氏が代表を務める「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」では、送金停止と船舶入港阻止を内容とする北朝鮮制裁法の設立を要求している。

それは自国民の人権を守るために、国家主権を発動すべきという主張であり、その内容は冒頭のローレス氏の主張とほぼ同様である。いやしくも自国民を守ろうという気概のある国なら、この程度の制裁は当然であろう。少なくともそれを交渉のカードにして「圧力」を加えるくらいの事は考えるべきだ。

■6.「わしは日本を信じる。おまえも日本を信じろ」■

国家主権を蔑ろにし人権を無視するのは、ひとり田中均局長だけではない。その先輩の槙田邦彦・アジア局長もかつてこんな発言をした。

たった10人のことで日朝国交正常化交渉がとまってもいいのか拉致にこだわり国交正常化がうまくいかないのは国益に反する。(平成11年12月、自民党外交部会)

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「たった10人」という言い方に、氏の酷薄な人権感覚が窺われる。その10人の一人がたまたま自分の娘だったら、と少しでも犠牲者家族の心底を思いやれば、こんな言い方はとてもできないはずである。そこには公僕として国民の人権を護ろうという使命感どころか、同じ日本人として同胞の苦しみ悲しみを思いやるという同情心すら見られない。

そもそも国家が何らかの「国益」のために、政策として拉致された人々を見捨てたとしたら、国民はもはやそのような国家を信じなくなるだろう。国民はいつ自分たちが「見捨てられる」側に廻るか、分からないからだ。国民が税金を払うのも、いざという時には警察や自衛隊によって自分たちを護ってくれるという国家への「信」があるからである。この「信」が失われてしまえば、国家は成立しえない。これ以上に「国益」を損なうものはない。

拉致されて、北朝鮮によって死亡したと通告された増元るみ子さんの父、正一さんは79歳で亡くなる直前、子息である照明さんに「わしは日本を信じる。おまえも日本を信じろ」という言葉を残された。

日本を信じる」とは、わが国が国民の人権を守るために、出来る限りの事をしてくれる国家だと信ずるという事だろう。今の政府は信ずることはできないかもしれない。しかし、日本国民が「今のままではいけない」と気づけば、かならずや国民の人権を守るために、主権を発動する国に立ち直るはずだ、と正一さんは信じていたのだろう。

■7.主権とは自己犠牲の歴史の上に築かれるもの■

国民を護るためには、主権を行使する公僕が自らの生命の危険を冒さねばならない場合がある。領海侵犯した北朝鮮工作船が停船命令に従わず、銃撃を仕掛けてきた際には、海上保安庁職員は危険を顧みずに応戦した。工作船には拉致された国民がいるかもしれず、また国民を蝕む覚醒剤が積まれているかも知れないからである。

この時には我が方は2名の負傷者のみで、幸いにも犠牲者は出なかったが、一朝事ある時に、自らの命の危険を顧みずに、国家の主権を担って国民を護るのが、軍人の職務である。その職務のために命を捧げた人々の慰霊を執り行う事は、国民を護ることが国家の責務である事を確認し、今後もその責務を果たし続けるという国家の意思表明にほかならない。

主権とは単なる概念ではなく、自己犠牲の歴史の上に築かれるものなのです。

と中西教授は指摘する。日本国民にとって「自己犠牲の歴史」を象徴するのは靖国神社である。したがって首相の靖国神社参拝は、今後も国家が国民を護ろうとする決意の表明であり、それは国家主権を象徴する行為なのである。

■8.靖国神社と国家主権■

平成13年、小泉首相は就任前に終戦記念日8月15日に靖国神社を公式参拝するという公約を掲げていたが、中国の圧力に屈し、13日に前倒し参拝をした。これは日本の主権が中国の影響下にある事を、日本国民の前にも国際社会においても明らかにしたのである。

あるアメリカのアジア戦略の専門家はヘラルド・トリビューン紙で、「小泉はあえて15日に行くべきだった。そしてこのカードをもう中国が使えないようにすべきだったが、彼はそういう絶好の機会をとりこぼした」と書いた。

一方、平成14年2月に訪日したブッシュ大統領は明治神宮を参拝したが、複数の情報ソースによれば、大統領は当初、小泉首相を伴って靖国神社を参拝することを外務省に打診したとされる。これは中国の靖国カードを無力化し、日本の主権を回復させてアメリカにとって自立した信頼できる同盟国にしたい、という意図があったのだろう。小泉政権はこの二度目の絶好の機会をも取りこぼしてしまったのである。

■9.蜂の命をかけた一刺し■

中西教授は福沢諭吉が「文明論之概略」の蜂の針の喩えを引用しながら、次のように説く。

われわれ庶民は普段の生活においてはそれぞれ家業に勤しみ、日常生活を営み、そして楽しみ、喜びを追求して生きていればいいわけですが、しかしそこ(国家主権)に触れれば命をかけてでも突き刺すという一つの針を、国民一人一人が持っていなければ国家は成り立たず文明の恩恵は享受できない、と説いているのです。蜂はひとたび刺せば、自分は死んでしまいます。それほどまでに主権国家の独立とは、個々の国民にとっても、人間としての根元的な生と密接な関係にあるものなのです。

(文責:伊勢雅臣)
転載終わり

転載元転載元: 日本の感性をよみがえらせよう

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