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  御来訪感謝申し上げます。

 不肖敬天愛人は3年前の夏にブログ(旧ブログ)を開設した時、政治ブログとして立ち上げた以上、本ブログにおいて自分の身の回りの事、個人的なことなどを題材とした私的な記事は書くまいと自分自身に縛りを作って、極力、これを守ることを心がけてブログ活動を続けてきました。
 しかし、今日は敬天が自分で勝手に決めた禁を破って、私事を書かせていただきます。
 というのは、今から16年前、敬天もまだ生意気盛りの38歳の時に先輩に紹介されて知己を得、以来、何かと人生のアドバイスを頂戴してきた心の師と言うべき方が去る11日に逝去され、突然のその悲報を聞いてから何か大切なものを亡くしてしまったような妙な脱力感に見舞われたままの自分の心の思いを整理したくて、その方へ捧げる墓銘碑みたいなものを書きたいという気持ちが急に湧いてきたからです。

 御来訪の皆様にとっては全く未知の方であり、あくまでも敬天の個人的な交友関係にあった方との私的な交流の思い出ですので、記事に上梓するのは甚だ恐縮なのですが、お付き合いいただければ幸いです。


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 敬天がその方と出会ったのは、平成6年の秋の初めの頃でした。
 その年の4月に父を亡くし、自営業の2代目として身代共に事業を受け継ぐことになり、父が生前に残した諸々の残務を整理したり、相続の手続き、墓の建立、49日法要、新盆と何かと行事も重なり、その上、たまたま父が亡くなる数か月前から自宅兼店舗を新築していたこともあって、同時進行的にすべての用務が敬天の肩に一心に集まっていた年でもあり、自分でも心身共にかなり限界を感じていた時でした。
 そんな折、当時、兄弟同様にお付き合いをいただいていた先輩から「だいぶ、行き詰まっているようだな。イイ女が居る所に連れて行ってやるから付き合え」とお誘いを受けました。
 まだ、日が高い昼間の時間帯のことだったので怪訝に思いながらも「イイ女の居る所」というたったひと言に億面もなく釣られて従いて行きました。
 連れて行かれた先は福島県の阿武隈山系の山あいにある小さな町の接骨院でした。
 クルマが駐車場に着いた時、敬天は「接骨院か・・・・、看護婦か誰か綺麗な女性でもいるのかなあ」と、それでも「イイ女」が居ることを期待して先輩の後に従いて接骨院の中に入って行きました。
 無論、中にイイ女が居るはずもなく、居たのは50代後半の接骨医の先生とその奥様だけであり、数人ほどの患者さんが居ただけでした。
 先輩は挨拶もそこそこに先生の顔を見るなり「先生、私の後輩なんですけど、いろいろと問題を抱えて悩み多き子羊を連れて来たので、診てやってくれませんか」と敬天を紹介しました。
 先生(以下、N先生)は、半ば笑いながら敬天の顔をひと目みるなり「別に心配要りませんね。この人は非常に徳の高い御先祖さんがいらっしゃいます。ただ、先祖との縁が薄い方なので、時々先祖供養を心がけてすれば良いと思います。先祖供養といっても線香臭い宗教的なことを言っているのではなく、せめて自分の祖父ちゃん祖母ちゃんのことを時折思い出してやれば良いのです」と仰られました。
 「先祖との縁が薄い」とは、まさに敬天の境遇をピッタリ言い当てた言葉であり、実際、敬天は中学・高校の時に母方・父方の祖母たちが亡くなり、それぞれの祖父たちは生まれる前にすでに亡くなっていたので、生前の思い出も顔も知らないままに成人した関係もあって、確かに先祖と縁の薄い人間でした。
 ところが、N先生の言わんとする核心部分はそこではなく、敬天かあるいは敬天に近い人間が何らかの意図を以って先祖との縁を断ち切ったのではないかということでした。
 ご指摘の通り、本ブログでも以前報告申し上げたように、亡き父は生前熱心な創価学会員であり、学会に帰依するということは先祖代々帰依してきた菩提寺の宗教を否定することであり、その縁も断ち切ることを強制されるのです。
 解りやすく言えば、靖国神社を否定して靖国に祀られた英霊の御霊を故人の意志を無視して新しい追悼施設に移祀するようなものであり、人間として決して許されない、故人への冒涜行為と同じことをしたことになります。
 N先生の言う「先祖との縁が薄い」は自ら先祖との縁を断ち切った所業の結果だということでした。敬天は自分のことを何も言っていないのに、ひと目で自分自身の核心を見抜かれたようで、非常に驚いたのを今でも鮮明に覚えています。
 まさに、人生の中で数少ない衝撃的な出会いでした。
 当時、すでに創価学会に対して否定的な思いを抱いていた敬天はすっかりN先生の指摘がお腹にはまり、以来、何かと親交を持つようになり、常にご指導・ご教示を仰ぎながら、家族共々親しくお付き合いをさせていただきました。
 N先生は専門の接骨医学は勿論、漢方医学まで精通しておられ、対症療法を中心とする西洋医学とは異なった観点から、体にまつわるいろいろな卓見を教えてくださいました。
 堅苦しい話ばかりでなく、趣味も豊富で、特に敬天に有無を言わせずゴルフを強制的に始めさせたのもN先生であり、ゴルフと酒をこよなく愛し、囲碁や茶道に通じている粋人でもありました。
 そんなN先生のお人柄の魅力に惹かれて、県内外に多くのファンと患者を持ち、たくさんのN先生信者が常に先生の周りを囲んで、いつも賑やかな先生の人生でした。
 人間が癌に罹る本当の原因として「○○さん(敬天のこと)、癌は思いのシコリなのです。あまりに頑なに自分の思いに執着すると癌細胞が発生して、その人間の一番弱い部分に癌となって現れるのです」とN先生は教えて下さったのですが、先生の死因はすい臓がんでした。
 享年75歳、つい最近まで元気だった先生のお顔を思い出すと、まだまだこれからの若さでした。
 敬天は「先生、先生が癌で亡くなったなんて、それはないぜ!」と愕然とした気持ちになったのですが、生前、よく一緒にゴルフをしている時、初心者の敬天がミスショットを繰り返すたびに打ち方を丁寧に教えてくださったのは良いのですが、ご自分がショットを打つ時は敬天に教えていたのとは正反対で、敬天と同じようなミスショットをして、周りから呆れられていました。ゴルフが終わって打ち上げの時にそのことを指摘すると「いやあ、結局、偉そうに他人に教えているようで実は自分に言い聞かせていたということなんですね。『他人の振り見て我が身を直せ』ということをすっかり忘れていました。私もまだまだ修行が足りない半端者です」と苦笑いしながら謙遜していました。そんなエピソードはあらゆる場面で見受けられ、その度にN先生を信奉する人たちは困惑顔でしたが、敬天は「N先生だって人間なんだから神格化するのはダメですよ」と釘を指すお役目を頂戴していました。
 そう考えると、先生が癌で亡くなるというのも、先生らしいといえば先生らしい死に方だったのかもしれません。
 最後まで先生らしさを失わなかった、と不肖の弟子である敬天は受け取らせていただきます。

 N先生、生前は本当にありがとうございました。
 これからも自称不肖の弟子として、先生からいただいたたくさんの教えを心に刻みながら、残された人生を精進して参ります。

 合掌。

 敬天愛人拝



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