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物言えば唇寒し秋の風

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        本文とは関係ありません 敬天が最近オリジナルレシピで作ってみたカレーです  

 御来訪感謝申し上げます。

 ここのところ、記事更新が滞りがちです。特に公私ともに多忙で、という訳ではありません。
 正直に申し上げますと、ご来訪の皆様に対して特段に記事にして物申すような事柄が見当たらないというのが、現在の敬天のありままの心境です。
 無論、取り上げようと思えばネタに困らないほど、内外に話題はたくさんあります。
 しかし、敬天如きがわざわざ記事にしなくてもブログ仲間や人気ブロガーの皆さんが、的確に的を突いた論評記事をたくさんUPしておられます。
 それらを拝読しているだけで感心したり、満足している今日この頃なのです。
 めっきり秋めいて来たので「秋特有の無気力病に罹っているのでは?」と指摘される方もいらっしゃるかもしれません。
 確かにそういう傾向にあるのは間違いありません。
 
 松尾芭蕉の有名な句に
     物言えば  唇寒し  秋の風
 というのがあります。人の短をあげつらって己が長を説くなかれ、という教訓じみた句であると後世解説され、ことわざにも使われてきましたが、芭蕉の句には教訓性を織り込んだものは元々あまり見当たりませんから、ここは素直に季節や風景を詠んだ俳句として解釈しすれば、口を開けて物を言うと秋風で唇が冷たく感じる季節となった、と言うことで良いのではないかと思うのです。
 つまり、大きな被害をもたらした台風15号一過、急に気温が下がり、すっかり秋の季節になってしまい、敬天も最近寒さを感じながら夏のように唇が滑らかに回らなくなったということです。
 かといって、教訓じみた解説とされる解釈も捨て難く、日頃、政治ブログとして現政権の短を批判し、糞生意気にも己が長を説く記事を書いて物申している敬天が、時々、言いようもない虚しさを覚えながらブログ活動をしている自分に気づくようになったのは、大震災からでした。
 本当は誰だって人の長を賞賛したいのです。ところが、現政権に代わってから、一所懸命に長を探してもどこにも見当たらず、あるのは短ばかりというありさまです。
 自民党もろくでもない政党ですが、まだ「長」が散見できました。
 民主党に至っては、単に短だけならまだ指摘するだけで済みますが、短どころか国民にとっては毒にしかならない存在だから余計に厄介で、「雄弁は銀 沈黙は金」と斜に構えていると国がドンドン悪い方向に進む一方です。
 そんな焦りもあって、2009年の政権交代時から必死に皆さんと共に民主党政権を批判してきましたが、3.11東日本大震災および東電福島第一原発事故発生後の政府の対応を見てきて、批判などという生易しいレベルでは「カエルのつら(面)に小便」で全く無駄なことがはっきり判りました。
 人間というのは腹の中では思ってもいないことほど、口に出して言いたがるもので国民のことなど何も考えていないから「国民の生活第一」などと選挙用プロパガンダを繰り広げていたんだ、ということも震災後はっきりと証明されました。
 
 今、当地福島は震災や津波の被害はもとより、全県的にますます増大するばかりの風評被害に悩まされています。
 これが単なる「風評被害」と片付けられるものではないことも、敬天は自覚しています。東電、政府の後手後手の対応もありますが、県民である我々自身にも風評を引き起こす因となった対応のまずさがなかったとは言えません。農産物などから未だに検出される放射性物質は、ある程度個別に自己責任で汚染を最小限に食い止める努力をしたのか、という疑問を感じています。
 新聞はじめマスコミは反原発を煽るために「地元の声」としてやたらと書きたがりますがすべては東電のせい、原発がなかったらこんなことにはならなかった、国や県、JAの指導がなかったという嘆きや言い訳は、百歩譲って福島県内では通用しても、全国的には決して受け入れられるものではありません。そんなのは今に始まったことではないだろうと。
 個々の農家によって、意識の温度差がまるで違う例が多いのも事実です。
 要は収穫した農産物の管理に対する意識の差です。自らの生産物を放射性物質による汚染から極力守る努力を最大限に行なってきたか、という危機管理意識の問題でもあります。
 今まで不作の時は国が助成し、豊作の時は値が下がった分を補填するように国が通常価格で買い上げたりして、至れり尽くせりの農政にすっかり甘えてきてぬるま湯体質が身にしみてしまった農家が多いのも否定できません。
 実は「百姓は生かさず殺さず」を未だに地で行っているJAにイイように操られているのも気づかず、頭からつま先までJAに依存してきて、何かあれば国とJAが守ってくれる、何かあれば国とJAに責任をなすりつければイイと考えてきた農家が少なくないのも現実です。こういう農家に限って、農業を国のためにやっているんだ、ということを平気で言います。
 農家を敵に回す気はありませんが、半年経った今でも国の基準値を超えた放射性物質による汚染が出荷米から検出されたという報道を見るたびに、他の産業なら当たり前の製品管理はどうなっているんだ?と言いたくなるのです。
 これでは風評被害とはいえません。風評被害とは根も葉もない誤った噂で被害を受けることであり、逆に言えば自ら風評被害を引き起こし、さらに拡大させているのだと非難されても反論できないでしょう。ごく一部のものから検出されたとはいえ、全体の印象にまで悪影響が広がるのは防ぎようのないことなのです。
 風評被害に対抗するには、それが風評であることを示すためにも自らも寸分の隙を見せてはならないのです。国に対してもです。
 
 話がいつものように脱線してしまいました。
 「物言えば 唇寒し 秋の空」を根本テーマに書いていたのに、訳が分からない論旨になってきました。
 軌道修正すると・・・
 今の政府に対しては何も期待できない、信を置くこともできない。例えば、福島の産物に対して風評被害が起きても国は何も助けてくれない、今、農業だけでなく県内の各産業の業者に対し風評被害による補償問題が進んでいますが、これも東電が単独で行なっていることです。国は今のところ、話だけです。国は時折、東電を「個別の民間企業」という表現をします、つまり、国が直接責任を持つ事業体ではないということです。
 しかし、原子力発電は国のエネルギー政策であり、その政策の下に進められて来た事業です。また、東電だけの話でありませんが、「個別の民間企業」というのなら、何故、地域独占を許してきたか?、これも電力事業に対する国策だったからではないか、と言いたくなるのです。つまり、東電はある意味「国策企業」であるのです。
 こうやって、詭弁を弄しながら責任を逃れようとするのが左翼の常套手段です。
 
 国を当てにするから、まだ期待するから何かを言いたくなり、(助けを待つ)受身の姿勢になるのですが、国は当てにならない、期待できない、自力で対処するしかないと悟りを開けば、もう国や社会に甘えられる時代は終わったんだと覚悟を決めて行くしかないのです。
 だから、これ以上政治家も甘やかしていけないのです。国民が甘えなければ、政治家も甘えられなくなるのです。
 国の立て直しには、政治ではなく国民の実行力あるのみなのだと最近強く感じています。
 久しぶりの更新なのに、相変わらず生意気かつ支離滅裂な文となってしまいました。
 深くお詫び申し上げます。


 国が悪い、政治が悪い、一番悪いのは自分でした!!

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