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 御来訪感謝申し上げます。

 時々、当ブログの読者の方や県外の友人たちから「福島に住んでいて大丈夫なのか?」とご心配をいただきます。自分は県外に住んでいるから放射能とは無縁と考えている人たちが多いのも事実です。そんな人たちにいちいち説明するのも面倒なので「オレが逃げないんだから大丈夫だ」と不誠実な返事をしていますが、正直、不安な気持ちは一切ありません。
 同じく県内に住んでいる人たち皆もそうだと思うのですが、日々の生活で放射能汚染を肌身に感じるようなこともありませんし、動物的本能としても危険を感じていません。
 現在、福島第一も1号機から4号機まで「安定停止」している状態ですし、これ以上悪くなるとも考えていません。
 怖いのは「人の心」だけです。
 敬天の住む須賀川市でも毎日放射線量の測定データが市のホームページで公表されています。原発事故以前の平常時の平均値は0.04〜0.06マイクロシーベルト/毎時だったのが、今現在(7月から8月中旬)は0.20〜0.25マイクロシーベルト/毎時を測定しています。
 単純に比較すると事故前の4〜5倍の値ですが、それが深刻な問題かというと・・
・・・仮に0.24マイクロシーベルトとすると24時間(1日)で5.76マイクロシーベルト、年間換算では2102.4マイクロシーベルトですから、約2.1ミリシーベルトとなります。
 この年間2.1ミリシーベルトがどれほどのものかというと・・・の解説が以下に転載した記事です。まだまだ「無知による不安」を感じる人が多いようなので、少しでも風評被害を緩和させたいと思い、おさらいの意味でも引用いたします。


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 「ミリシーベルト」「マイクロシーベルト」とはどんな単位なのか、どのくらいから危険なのか?放射線量計測単位のまとめ

「放射線量が基準値を超えた」「被ばく者が出た」といった言葉を聞いて不安が高まっている人も多いのではないでしょうか?焦って行動する前に報道で耳にする「ミリシーベルト」「マイクロシーベルト」とはどんな単位なのか、実際にはどれくらいから危険なのか確認しておきましょう。

詳細は以下から。

◆短期間被ばくの致死線量

人間は地球上のどこに住んでいても常に放射線を浴びています。世界で平均すると、人体は年間およそ2.4ミリシーベルト(2.4mSv:1シーベルトの1000分の1×2.4)の自然放射線に常にさらされています。放射線を短期間に全身被ばくした場合の致死線量は、5%致死線量(被ばくした人の20人に1人が死に至る線量)が2シーベルト(2000ミリシーベルト)、50%致死線量が4シーベルト、100%致死線量が7シーベルトと言われ、200ミリシーベルト以下の被ばくでは、急性の臨床的症状(急性放射線症)は認められないとされています。

ここで言う「短期」とは約1時間ほどと考えてください。普通に生活していて1年間に吸収する放射線量の1000倍の量を1時間で吸収すると、20人に1人が亡くなる程度の危険性ということです。1シーベルトだと吐き気を感じる、2〜5シーベルトで頭髪が抜ける、3シーベルトを超えると30日以内に50%の人が亡くなる、とも言われます。

◆「シーベルト」と「シーベルト毎時」

報道では「毎時」が省略されている場合がありますが、シーベルトとは「ある期間に被ばくした量の合計」をあらわす単位であり、1時間その場所で過ごした人が1シーベルト「被ばく」することになるという状態が「1シーベルト毎時(Sv/h)」です。もちろん「毎秒」や「毎年」といった表現もできますが、特に説明のないかぎりテレビなどの報道で省略されているのは「毎時」のようなので、例えばある地域で「1マイクロシーベルトが観測された」という報道があれば、人間がそこで1時間過ごすと1マイクロシーベルトを「被ばく」することになる、と考えてください。「2.4ミリシーベルト毎時」であれば、普通に過ごしていて1年間に浴びる放射線量を1時間で浴びる、というレベルです。

「通常の○○倍の数値が測定された」といった表現の報道が多いですが、1年は8760時間(24×365)なので、おおまかに「普通に過ごしていて1000年間に浴びる量を1時間で浴びると致死率5%」と考えると、「毎時」単位の測定値が普段の876万倍になったところで防護なしに1時間過ごすと20人に1人が死亡する程度、と考えてください。

◆「400ミリシーベルト毎時」ってどのくらい?

2011年3月15日11:00に発表された福島第一原発3号機付近の「400ミリシーベルト毎時」という数字ですが、ここで何の防護もなく1時間過ごした場合の被ばく量が、5%致死線量(2シーベルト=2000ミリシーベルト)の5分の1にあたります。つまりこの5倍の線量に約1時間さらされた場合、20人に1人が死に至る可能性があります。また、この数字が観測されたのはあくまで原子炉からごく近い場所であるということにも注意が必要です。

◆「ミリ」と「マイクロ」の違いを頭にたたきこみましょう

ニュースで「8217マイクロシーベルト(μSv)」「1941マイクロシーベルト」などと聞くととてつもなく大きな数のような気がするかもしれませんが、「マイクロ」というのは「ミリ」のさらに1000分の1。1マイクロシーベルトは1シーベルトの100万分の1です。200万マイクロシーベルトで5%致死線量なので、2000マイクロシーベルトでも5%致死線量の1000分の1です。

つまり分かりやすく表現すると以下のようになります。

1シーベルト(Sv)=1000ミリシーベルト(mSv)=100万マイクロシーベルト(μSv)

大量の放射線は人体に有害ですが、微量なら人体に影響はありません。万一の場合を考えて、できる限りの対策を取ることは重要ですが、関東などに住んでいる人は「マイクロシーベルト」というのはとても小さな単位であるということを心にとめて、むやみに焦って行動しパニック状態におちいらないよう気をつけたいものです。

放射線被ばくと健康への影響の関係。単位はマイクロシーベルト(左の「8217」「1557」という値の単位は「マイクロシーベルト毎時」)ですが、10万マイクロシーベルト(100ミリシーベルト)を超えるとガンになる人が増加するとされています。


「ガンになる人が増加」と聞くとドキッとするかもしれませんが、すべての人が高い確率でガンになるというわけではなく、発がんリスクが高まるという意味です。「発がんリスクが高まる」と言っても、例えばいわゆる「発がん物質」というものを習慣的に摂取してもすべての人が発がんするわけではない、喫煙者の全員が肺がんとなるわけでなく、肺がんとなった人の全員が死亡するわけではないということを思い出して、必要以上に不安にならないようにしてください。

◆そもそも「シーベルト」とは何をあらわす単位なのか

目に見えない放射線の人体への影響をはかる単位「シーベルト」とは一体何をどう表しているのか、もやもやしている人も多いのではないでしょうか?少し長くなりますができるだけ直観的に把握できるよう説明していきたいと思います。

「シーベルト」(Sievert、Sv)というのは放射線防護についての研究で大きな功績のあるスウェーデンの物理学者ロルフ・マキシミリアン・シーベルトにちなんで名付けられた単位で、これを理解するにはまず「グレイ」(Gy)という単位について知っておいた方がわかりやすいかもしれません。

「グレイ」という単位は、放射線を照射された物質が吸収する質量(kg)あたりのエネルギー(J:ジュール)をあらわし、1kgあたり1ジュールの吸収線量を1グレイ、と定義します。

ジュールというのは「質量×加速度×距離」などで求められる仕事量をあらわす単位で、電力の話題でよく聞く「キロワット時(kWh)」と同じ次元の単位です。1ジュールは1ワット秒(Ws)で、これは1キロワット時を1000(キロ)で割ってさらに3600(1時間は3600秒なので)で割った量。洗濯機を3回運転すると1kWhと言われるので、1Wsというとかなり微量の電力量です。1ジュールは小さなリンゴ(約102g)を重力に逆らって1メートル持ち上げる時の仕事量に相当する、と聞くとイメージしやすいでしょうか?

「被ばくする」というのは、放射線により仕事をされるということ。放射線を浴びた人体組織が質量1kgあたり1ジュールの仕事をされれば、1グレイ被ばくした、ということになります。「仕事をされる」という表現になじみがないという人は、例えばストーブに当たって指先が温まった時は、その温度上昇分(内部エネルギー変化分)の「仕事をされた」ということであり、お母さんが重力に逆らって赤ちゃんを抱き上げるときも、お母さんが赤ちゃんに対し、抱き上げた高さ分(位置エネルギー変化分)の「仕事をした」ということになる、と考えてください。

「シーベルト」も「グレイ」と同じように「J/kg」の次元の単位なのですが、放射線にはさまざまな種類があり、「物」ではなく「人」が放射線を浴びた場合は、その放射線の種類(アルファ線、ガンマ線など)により受ける影響が異なります。

同じ1グレイの吸収線量でも、人体組織が吸収した場合、例えばアルファ線で1グレイの吸収線量だとベータ線で1グレイの場合の20倍ほど影響が大きいとのことで、これに応じて放射線荷重係数をかけて、アルファ線で1グレイの被ばくなら人体への影響は20シーベルト(Sv)ということになります。物理量ではなく「人体への影響」を基準に考えた等価線量という概念にもとづく単位なのです。

また、「質量の大きなものほどたくさんエネルギーを吸収する」というのは事実ですが、同じ場所にいれば体重40kgの人より80kgの人の方が危険なのかというと、そんなことはありません。なので「1kgあたり」で考える「グレイ」や「シーベルト」が意味を持ちます。

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 この解説に敬天如きが付け加えるコメントなどありません。
 ちなみに、敬天の実の妹の一人は29年前に放射線技師になりましたが、当時、そんな仕事に就いたら子供が産めない体になるとあちこちでいわれましたが、不妊治療を受けるでもなく自然妊娠で無事2人の子供を授かり、2人とも健康に成長しています。
 敬天だけでなく多くの県民は冷静なのです。放射能より怖いのは(県外の)他人の不幸をあざ笑う人の心と反原発左翼の常套手段である子供を使って風評被害を仕掛ける宣伝工作なのです。

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       昭和38年 靖国に参拝した米空軍士官学校士官候補生たち  

 御来訪感謝申し上げます。

 昨日16日でお盆が終わりました。今年も靖国参拝が叶わず残念だったのですが、産経新聞系のイザブログでワシントン特派員の古森義久記者が、5年前の小泉政権時に米国の学者が産経新聞に寄稿した「小泉首相の靖国神社参拝への国際的考察」を紹介していました。靖国というと、とかく感傷的になりやすい日本人とは違い、米国人らしいあくまでも理詰めで靖国の存在意義について説いている、素晴らしい論説文です。
 お読みになった方もいらっしゃると存じますが、当ブログでも引用紹介させていただきます。


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 【靖国参拝の考察】ケビン・ドーク 米ジョージタウン大教授
2006年05月25日 産経新聞 東京朝刊 1面

 ■毎月訪れて、敬虔さ示せ 
 私は日本の近代史、とくにナショナリズム、民主主義、文化などを専門に研究する米国人学者として、靖国神社をめぐる論議には長年、真剣な関心を向けてきたが、自分の意見を対外的に表明することは控えてきた。靖国問題というのは日本国民にとって祖国への誇りや祖国を守るために戦没した先人への心情にかかわる微妙な課題であり、あくまで日本国民自身が決めるべき内面的な案件だと考えてきたからだ。

 ところが最近、中国だけでなく米国の論者たちが外部から不適切な断定を下すようになった。だから私も日本の自主性への敬意を保ちつつ、遠慮しながらも意見を述べたいと考えるようになった。私の意見は日本の国民や指導者が自らの判断で決めたことであれば、靖国参拝をむしろ奨励したいという趣旨である。その理由を、これまでの論議でほとんど語られていない観点からの考察も含めて説明したい。

 民主主義社会の基礎となる個人の権利や市民の自由は他者の尊厳への精神的な敬意が前提となる。とくに敬意を表明する相手の他者が死者となると、それを表明する側は目前の自分の生命や現世を超えた精神的、精霊的な意味合いをもこめることとなる。

 死者に対しては謙虚に、その生前の行動への主観的な即断は控えめに、ということが米国でも日本でも良識とされてきた。死者を非難しても意味がないということだ。ましてその死者が祖国のための戦争で死んだ先人となると、弔意には死の苦痛を認知できる人間の心がさらに強い基盤となる。その心の入れ方には宗派にとらわれない信仰という要素も入ってくる。

 以上が現在の米国でも日本でも戦没者を悼むという行為の実情だろう。小泉純一郎首相の靖国参拝もこの範疇(はんちゅう)であろう。首相自身、自分の心情を強調し、政治的、外交的な意味を否定しているからだ。それに対し外部から無理やりに政治や外交の意味を押しつけ、参拝の中止を要求することは人間の心を排除し、民主主義の基本を脅かすことになりかねない。個人の精神の保ち方や信仰のあり方が脅かされるからだ

 だから私は挑発的と思われるかもしれないが、小泉首相に年に一度よりも頻繁に、たとえば毎月でも靖国を参拝することをまじめに提案したい。そうすれば首相は反対者の多くが主張するように戦争や軍国主義を礼賛するために参拝するのではなく、生や死に対する精神、信仰の適切な応じ方を真に敬虔(けいけん)に模索するために参拝していることを明示できる。その明示の最善の方法は信仰にもっと積極的になることであり、そのために儀式上どのような祈念の形態をとるかは首相自身の権利として選べばよい。

 首相は戦没者の慰霊には靖国ではなく千鳥ケ淵の無名戦士の墓のような所に参ればよいという意見もある。しかし普通、生きている人間が死者に弔意を表することには現世を超越した祈りがこめられる。信仰とはまったく無縁の世俗的な場での戦没者への追悼では遺族にとっても重要な要素が欠けてしまう。国家としての追悼として不十分となる。

 米国でもアーリントン墓地での葬儀や追悼にはなんらかの信仰を表す要素がともなうことが多い。往々にしてキリスト教の牧師らが祈りの儀式を催す。葬儀が教会で行われるのも同様だ。日本でも葬儀が寺や神社で催されるのは、別に参加者が一定の宗派の信者でなくても、死者に対し精神あるいは心情からのなにかをささげるからだろう。靖国参拝も現世を超えるそうしたなにかをともなう慣行だといえる。靖国に参拝するためには神道の主義者でも信者でもある必要はないのだ。この事実は靖国参拝が特定の宗教への関与ではないことを裏づけている。宗派を超えた深遠な弔意表明とでもいえようか。

                ◇

■教皇庁も認めた「慣行」

 小泉純一郎首相の靖国参拝はいまや現代の政治課題にされてしまったが、その靖国問題に少し距離をおき、歴史をさかのぼってみよう。一般に靖国をめぐる論議は戦後だけのことと思われているが、実際には戦前の一九三〇年代にも似た現象があった。三〇年代の日本といえば、多くの歴史学者は個人の自由が抑制され、とくに宗教の自由は国家神道で阻害され、なかでも日本のキリスト教徒たちの自由や権利が、靖国神社により侵されていたとみなしがちな時代である。

 だが現実はそうではなかった。日本では明治憲法で保障された宗教の自由が第二次大戦中までも保たれた。戦時の日本の政界や学界では今中次麿、田中耕太郎両氏らキリスト教徒が活躍した。そんな時代の一九三二年五月、上智大学のカトリック信徒の学生たちが軍事訓練中に靖国への参拝を命じられたのを拒み、その拒否を同大学のホフマン学長も支持するという出来事があった。参拝が宗教の押し付けになりかねないという懸念からだった。

 だが、東京地区のシャンボン大司教が文部省や陸軍省に参拝が宗教的行事かどうかを正式に問うたところ、「参拝は教育上の理由で、愛国心と忠誠を表すだけで、宗教的な慣行ではない」との回答を得た。これを受け、ローマ教皇庁は三六年五月に日本の信徒に向け、「靖国参拝は宗教的行動ではないため日本のカトリック信徒は自由に参拝してよい」という通達を出した。

 その結果、日本のカトリック教徒は自由に靖国を参拝するようになったが、ローマ教皇庁が事実上の独立国家として日本政府の「靖国参拝は宗教的慣行ではない」という見解を尊重したことの意味は大きい。日本国民の自国への独自の価値観や愛国心をそのまま認めたということだからだ。日本という主権国家の内部での慣行への尊重だといえる。しかも、さらに重要なのは教皇庁が戦後の一九五一年にも三六年の靖国参拝に関する決定を再確認し、現在にいたっているという事実である。

 戦後も敬虔(けいけん)なキリスト教徒だとされる大平正芳氏や吉田茂氏などの首相が靖国に参拝している。参拝しても神道の宗教行事への参加ではないからだ。小泉首相の参拝も同様である。私人か公人かという区分も意味がない。米国ではブッシュ大統領がキリスト教会を訪れても公私の別はだれも問わないし、それが宗教的礼拝であっても、米国内の仏教やユダヤ教、イスラム教などの信徒たちは自分たちの権利が侵害されたとはみなさない。

 小泉首相の靖国参拝はA級戦犯合祀(ごうし)のために戦争の正当化となるからよくないという主張がある。私は、靖国が決してA級戦犯だけでなく、祖国の戦争のために亡くなったすべての人たちの霊をまつった神社であり、その先人たちの行動を絶対の正確さで善か悪かを判断する立場には現代の私たちはないし、戦犯とされる人の霊に弔意を表したから、その人の生前の行動すべてに賛意を表明するわけでもない、と反論したい。

 生きる人間は生や死に対し謙虚でなければならないとも思う。国家の指導者に対しては、彼らのいまの政策にはいくらでも反対し、非難もできる。だが遠い過去に死んでしまった故人の行動を非難しても、もう故人は弁護はできない。死者の行動の善悪をはっきり断定できるほど、私たちが完璧(かんぺき)だとも思えない。戦没者への弔意表明に関する限り、過去の戦争の是非のような判断は未来の世代、次の世界、あるいは神に委ねることが適切だと思う。

 米国では南北戦争で敗れた南軍将兵の墓地が連邦政府の資金で保存され、政府高官を含めて多数の米国人が訪れる。国立のアーリントン墓地にも一部の南軍将兵が埋葬されているにもかかわらず、歴代大統領が訪れ、弔意を表す。南軍はアメリカ合衆国に敵対して反乱し、しかも奴隷制を守るために戦った軍隊だった。

 小泉首相の参拝反対への理屈をそのまま使えば、米国大統領が国立墓地に参拝することは南軍将兵の霊を悼むことになり、奴隷制を正当化することともなってしまう。だが、米国の歴代大統領も国民の大多数もそうは考えず、戦没者のすべてが子孫からの敬意を受けるに値すると判断し、実際に弔意を表するのだ。日本側でそう考えたとしても、どんな支障があるのだろうか。

               ◇

■慰霊への干渉は不当
 中国政府が小泉純一郎首相の靖国神社参拝を軍国主義や戦争の美化と結びつけて非難することは あまりにも皮肉な倒錯である。
 いま中国が異様なほど大規模な軍拡を進めていることは 全世界が知っている。
 その軍国主義の中国が日本の首相の神社参拝をとらえて、軍国主義だと非難するのだ。
 首相が神社に参拝するからその国が軍事的だという主張は 悪い冗談のようであり、 靖国をあくまで糾弾するのならもっと真剣な理由を探してほしい。

 靖国参拝を軍国主義と結びつけるのは中国側の口実にすぎないのだ。中国が靖国を攻撃する背景には 政治や外交の武器にするという目的以外に、信仰や宗教を脅威とみて、反発するという現実がある。
 中国政府は共産党員に主導され、共産主義者はみな公然たる反宗教の無神論者だ。
 共産主義の教理上、あらゆる宗教や信仰を 本質としては認めないという立場であり、その非民主的な指針を民主主義の外国である日本に押しつけようとしているのだ。
 その指針の適用の行き着く先は、市民の自由や人権の弾圧となる。

 中国は日本のA級戦犯を非難するが、東条英機氏らがたとえどんな悪事を働いたとしても、毛沢東氏が自国民二千万以上を 殺したとされることに比べれば軽いだろう
 だが毛氏は死後に中国で最高の栄誉を与えられ、国民が弔意を表する。
 中国が日本に対して主張する理屈に従えば 生前の「犯罪」のために弔意を表してはならないことになるのだろうが、私は中国人が毛氏の霊に弔意を表する権利を認めたい。
 外部の政府や人間の関知することではないのだ
           

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 字数制限の関係上、敬天のコメントは控えますが、平素“反靖国”を標榜する連中の主張が見事に論破されています。
 
 


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 御来訪感謝申し上げます。

 今年も8月15日を迎えました。
 偶然なのか、天の差配なのか、今では月遅れの盆が全国的に実質的なお盆の慣習行事となったこの日に、終戦の日とご先祖様を迎える盆が重なるようになりました。

 これが何を意味するのか。
 日本人なら一度はじっくりと考えてみる必要があるかもしれません。
 「何事も偶然ではなく、すべては必然である」という原理原則に拠って見てみると、終戦の日とお盆に共通するワードは「先祖・先人」であります。
 そして共に「先祖・先人」を供養する日であります。
 我々の先祖の中には英霊となった人もいれば、戦争の犠牲になった人もたくさんいます。
 終戦の日の慰霊行事が全体的な供養行為なら、国民個々の家族・親族への供養行為がお盆行事といえます。
 つまり、宗教や地域の風俗習慣に関係なく、国家として国民として日本は須らく故人の御霊に礼を尽くす日がこの8月15日となります。

 今年は、そこに新たに東日本大震災の犠牲者も加わりました。
 犠牲者は2万人を超えています。「2万人」と口で言うのは簡単ですが、2万人の死には2万通りの悲劇があるのです。
 その2万通りの悲劇ひとつひとつを追って行ったら、我々は2万通りの悲しみに直面することになります。
 「幸福の形は皆一様であるが、不幸の形は不幸の数だけある」と言いますが、勿論、第三者の人間が犠牲者の数だけの悲劇に思いを馳せることはできずとも、せめて、同時代に生き、共に大震災を経験した者として亡くなられた犠牲者の悲劇の数だけは心に留めて行きたいと思います。

 不肖敬天愛人は、3月11日を境に今までに経験したことのないほど、あらゆる面で心境の変化を感じるようになりました。
 生意気な言い方をさせていただけば、これまで漠然と自己の中で意識してきた人生観、哲学、価値観、すべてが脆くも崩れ去ってしまいました。
 大げさにいえば一種の自己崩壊とでもいうのでしょうか。
 敬天如きの自己など世の中には屁の役にも立たないものであり、崩壊したところで誰も困りません。むしろ、くだらない独り善がりの自己など崩壊すべきだったのかもしれません。
 普通、自己崩壊というと大抵は精神崩壊も伴いますから、極めて深刻な事のように受け止めがちですが、敬天の場合、精神崩壊だけは免れることができました。
 敬天は、人間は生まれながらにして(先祖代々)受け継いだ「御霊」と後天的に形作られてきた「自我」とで出来ていると教えられています。
 つまり、不滅の魂と人間としての上っ側、魂を人間としての本体と考えると「自我・自己」は本体を被っている衣裳みたいなものです。
 本体は簡単に変わりませんし、本体が崩壊するときは死を意味しますから、「着ている洋服」に過ぎない自我や自己がボロボロになっても何の問題もないのです。
 むしろ、本体にそぐわなくなれば替えて行くことになります。
 例えば、「♫ボロは着てても心は錦・・・♫」と昔流行った唄がありましたが、人間は苦労すればするほど魂は上昇(心は錦に)して行きますから、魂の上昇に合わせて着ているもの(自己)もグレードアップしていくのだと考えれば良いと思うのです。
 ただし、敬天の場合は魂が上昇したとは決して言い難いですが・・・・

 で、崩壊した自己を建て直すために何をしたらいいか、と考えてみたりしました。
 考えているうちに、今度は福島第一原発事故が発生し、どんどん被害が拡大していきます。
 ますます考えなくてはならないことが増える一方です。こうなれば自分のことだけにかまけている場合ではなくなります。
 ここでふと気づきました。「自分のことだけにかまけている場合ではない」=「自分のことだけにかまけていては、自己を建て直すことはできない」
 そこで開き直って、今、自分が経済的にも時間的にもできることをやろうと考えたのです。
 それは何か。簡単にいえば“いのり”でした。英語でいえば“PRAY”です。
 震災後、世界中から“Pray For Japan”と日本人の犠牲者への(慰霊の)祈りと日本の復興への祈りが届きました。
 被災県に住む者としても、自分たちも犠牲者への祈りと国の建て直しへの祈りを捧げなくてはなりません。
 まずは「祈る」ことだろうと。そして祈りながら、自分も国も建て直して行かなければならない。
 そんなふうに、震災後の3月に考えたのです。
 そして同時に、もう一度近現代史を見直そう、国の建て直しのヒントは近現代史をもう一度精査していくことによって、得られるのではないか、と思いました。
 そしたら、祈りが天に通じたのか、さくらの花びら( http://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098)歴史講座『学校では教えない歴史』シリーズが始まりました。
 この講座のおかげで、なぜ現政権のような最悪の政権が誕生し、何ゆえ右往左往しているのかも、実は歴史上の必然であることが手に取るように判りました。
 ここでは詳しいことは語りません。後日の機会にいたします。

 改めて、今日は8月15日は国民の一人として被災県の一人として、震災の犠牲者、大東亜戦争の犠牲者、故人となった我が身内や先祖のために祈りを捧げたいと存じます。


   8月15日は日本人にとって特別な日であります!

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 御来訪感謝申し上げます。
 昨日の記事で取り上げた、京都の「五山送り火」騒動がいかに非科学的な騒動だったかを、極めて解りやすく解説している記事がありましたので、転載させていただきます。


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 被災地の人たちの心を踏みにじる極めて非科学的な京都市の決定
2011年08月12日20時38分

藤沢数希 プロフィール

某米系投資銀行勤務。主な著書に「なぜ投資のプロはサルに負けるのか?」がある。

記事一覧(111)Twitterブログ
今日は信じられないようなニュースを目にしました。以下のニュースです。
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送り火用被災松からセシウム 一転使用中止 京都市発表 朝日新聞8月12日

京都の「五山送り火」で、東日本大震災の津波になぎ倒された岩手県陸前高田市の松でできた薪(まき)を燃やす計画で、京都市は12日、市が取り寄せた薪500本について放射能検査をした結果、放射性セシウムが検出されたと発表した。市は記者会見で「科学的根拠に基づき、誠に残念だが断念せざるを得ない」と説明。16日の五山送り火で燃やすことを中止するという。

市によると、薪の表皮から1キログラムあたりセシウム137が588ベクレル、セシウム134が542ベクレルの放射性セシウムがそれぞれ検出されたという。

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この問題では、放射能への不安の声が一部の市民から寄せられ、大文字保存会が被災松の受け入れをいったん中止。そこで市が別の薪を取り寄せ、大文字をはじめとする五山の各保存会が送り火で燃やすことを了承していた。
僕は京都市の非科学的で、それでいて被災地の人々のこころを踏みにじるような行動に唖然としました。これが同じ日本人のやることとはとうてい思えません

薪の表皮の部分だけで、セシウム137とセシウム147で合計1130Bq/kgです。表皮の部分だけなのでkg当たりにすると、薪全体ではこれよりはるかに少ないと思います。海水中には豊富なミネラルといっしょに数々の放射性物質も含まれているので、海藻には割りとたくさんの放射能があります。たとえば京都料理でよく使う、干し昆布は2000Bq/kgで、すでにこの薪の表皮よりも多量の放射性物質を含んでいることになります。京都市は、京都料理で昆布の使用を禁止でもするのでしょうか? しかも昆布は子供も含めて人間が食べるもので、遠くで燃やす薪とはまるで危険度が違います。言ってみれば、この薪を燃やすのは、昆布を燃やすよりも危険性は少ないのです。

さて、市が取り寄せた500本の薪にはどれぐらいの放射能があるのでしょうか? 薪一本あたりに表皮の部分が100g程度あると考えれば、1130x0.1x500=56500Bqになります。人体には、カリウム40、炭素14、ルビジウム87など、自然の食品から放射性物質が取り込まれるので、体重が60kgの人の場合、7000Bqほど体内に放射能を抱えています。そうするとこの薪500本分の放射能は死んだ人を7人程度火葬するだけで出てくることになります。京都市は、これから火葬はすべて他県にでも依頼するのでしょうか?

ちなみに放射線で癌細胞を殺す放射線治療では、たとえば甲状腺癌の患者に、ヨウ素131をカプセルにいれて飲んでもらいます。ヨウ素131は実は癌の治療にも使われているのです。このときにひとりの患者が飲み込む量は、3.7〜7.4GBqです。つまり、3,700,000,000〜7,400,000,000Bqです。これはこの薪の何倍でしょうか?

それでは1万歩譲って、絶対に有り得ませんが、この薪の表皮を煎じてお茶にでもして飲む人がいるとしましょう。毎日10g程度煎じて一年間飲み続けます。セシウム137の経口摂取による内部被曝のSv/Bq換算係数が1.3×10^-8、セシウム134が1.9×10^-8です。

 588x0.01x1.3x10^-8x365 + 542x0.01x1.9x10^-8x365 = 0.065 mSv / 年

つまりこの薪の表皮を毎日毎日一年間も煎じて飲み続けても、自然放射線の2.4mSv/年に比べて、たったの0.065mSvの被曝量しかないのです。これは自然にある放射線量の2.7%です。ちなみに鉱物の影響で、東日本より西日本のほうが放射線量が多いので、京都の人は引越しを強いられるかもしれません

この薪の放射性セシウムは直接1年間食べ続けても安全なレベルで、遠くで燃やす分には完全に安全だといえます。

京都市の決定がどれほど非科学的か明白でしょう。実は、我々の身の周りには発がん性のある化学物質が充満しているのです。しかしそれらはあまりにも微量なので現代の科学では検出することができません。しかし放射性物質だけはめちゃくちゃな微量でも検出できるのです。なぜならば放射性物質は放射線という強烈な光を放っているので簡単に検出できるからです。中国で核実験をしても、日本で簡単に検出できます。福島第一原発の事故により放出された極めて微量な放射性物質は、カリフォルニアでも検出されました。これこそが原子トレーサーとも呼ばれる放射性物質の性質なのです。バイオの研究では、生体内部の分子の動きを観測するためにマーカーとして放射性物質が使われます。検出される=危険ではないのです。

今回の京都市の決定では、一部のモンスター・クレイマーに屈して最初の中止の決定を行ったと報道されていますが、僕は、それは違うと思います。ある程度大きなイベントではモンスター・クレイマーというのは、放射能に限らず必ずいるもので、それが理由とは思えません。やはり意思決定を行う人物の中に、放射能や被災地に対する偏見を持った人物がいて、彼らが逆にクレイマーを利用したと考えるほうが自然です。そして中止したところ、全国から苦情が殺到したので、業者を使って何度も検査をして、自らの最初の決定を正当化する検査結果を何とか取得した、というのが真実ではないでしょうか。

いずれにしても、五山送り火、そして京都市の権威は地に落ちた、と言っても過言ではないでしょう。政府は調査委員会を早急に開き、この被災地の心を踏みにじる決定をした背景を徹底的に調査するべきです。

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 やはり意思決定を行う人物の中に、放射能や被災地に対する偏見を持った人物がいて、彼らが逆にクレイマーを利用したと考えるほうが自然です。

 敬天が解せなかった謎がようやく判りました。
 やはり原発事故と放射能を利用して、従来の反原発運動をさらに強化しようとあの手この手で国民の恐怖を煽って、要らぬ風評被害をまき散らしている連中が暗躍しているのです。
 彼らの目的は日本社会の解体と国民の精神破壊です。

 とりあえずご報告まで。
 敬天愛人拝

津川雅彦氏の怒り

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 御来訪感謝申し上げます。
 久々に津川雅彦氏がブログ更新をしているので、全文転載いたします。
 いつもながら、道理の通った歯に衣着せぬ痛快な論理展開です。


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 何とも腹立たしい京都市民。
2011年8月 9日 17:50 津川雅彦
僕も京都人だが…。

7日付け新聞で知ったが、東北大震災の津波に、なぎ倒された、岩手陸前高田の景勝地『高田松原』の松で作った薪を、被災で亡くなった方々の鎮魂と東北復興への祈りを込めて、京都の伝統行事『五山の送り火』。
あの大文字焼で、焚かれる事になったと言う。

祇園祭の鉾が、被災地応援に繰り出した行事に、勝るとも劣らぬ、大文字の主旨に則た(のっとった)、素晴らしい企画であり、心暖まる話だと感動し、京都出身者としては誇りに思っていた。

薪には、避難所の被災者の方々や、旅館に泊まる、北海道、九州、外国からの、旅行者達にも、メッセージを書き込んで貰ったと言う。
『いつまでも空の上から家族を見守って下さい』
『お袋殿、オヤジと仲良くやって下さい。』
亡くなった家族の元へ届けたい熱い思いが、薪一本一本に、フェルトペンで綴られた。

…が、心ない一部の、京都市民から、『放射性物質は大丈夫か?』『灰が飛んで琵琶湖の水が汚染される!』と!無知蒙昧はこの連中!

どれだけ大量の灰が飛べば、あのでっかい琵琶湖の水を汚染出来るのか?
その水を飲んだ魚が、更に汚染され、その魚を食べたら癌になる可能性など、妄想に近い!

マジで心配しているなら、その自称京都市民は癌研より精神科で、診て貰うべき。

なんとも幼稚で無知な嫌がらせだが、こういうとんでも抗議は、十中八九!
脱原発の左翼の宣伝工作と、過去共産党との喧嘩経験からも分かる。

即刻!薪は検査された。
…で、『放射性物質は全く検出されなかった。』と結果が出でたにも関わらず、市も保存会も、検査の結果、放射能の心配がない事を、京都市民に周知させる努力を怠り、『放射能への不安は、完全に取り除く事は、難しい』と、中止を決断してしまった。

せっかく、薪に放射能がないと証明出来たのに、『不安を完全に取り除く事は難しい』とは訳が分からない!

薪に放射能全くなし!…と言っても、電話を掛けた京都市民は引き下がらないと既に分かってる口振りは不思議だ!

もしかして?つまり左翼の外宣は、動員が失敗した時は、しつこさと脅しを常套手段とする。『お宅の子供さんの〇〇ちゃんに、放射能で癌になっても平気な酷い親だと知られても良いんですか?』みたいな!わざと子の名前を挙げて、危害を加えられるかも知れないと想像させるように、誘導する。

脅してパクられるようなドジは、決してしない。やくざも各種圧力団体も、皆、同じ手口。

ことなかれ主義の、市や保存会は、肝心要の、『鎮魂』の伝統保存。信仰と威厳を護る
『掟』無視で、保身に走り、チンピラ市民の横暴を罷り通してしまった。

放射能がないと科学的に証明された限り、不安材料は取り除かれた訳だから、世に周知させれば良いものを、その努力も怠り、無知な住民を諭す事も放棄し、物言わぬ魂の弔いを、一方的に中止にしてしまったのは、なぜか?

脅迫に屈伏せざるを得ないような、ばれては首が飛ぶような、後ろめたい事があったのだろうと、想像逞しくもなる。

いずれにしても、市の担当者は、『五山の送り火』の意味が全く解ってないから、扇動家に簡単にかき回される羽目になる。

保存会も、大文字は、国民を代表して『日本人の魂を癒す』のが、大切な使命だと、熟知している筈。
ならば、東日本大震災でなくなった霊魂を癒すのが、今年一番のテーマだろう。

にも関わらず、伝統を守る者にあるまじき無責任。神への不敬。職務放棄だ。

もう一度言う!
景勝地高田の松原の松を薪に使う事は、被災地との合意事項だ。
市や保存会も、これを公に認め、公式行事となった。
更に、大文字は、世界にも著名な国民的誇りを持つ祭りだ。

東北の多数被災者や全国の日本人が期待している。
この期待と誇りを担った、鎮魂の公式行事を、一市民と名乗るチンピラの意見で、抵抗もせず、いや加担すら疑う無責任さをもって、踏みにじったのは、市役所と保存会の職務放棄だ。
これは事件だ。

このままうやむやに放置するなら、もはや、保存会の資格はない。保存会員は万死に値する。

この事件は、京都市も担当者を、徹底究明し、取り止めるべきではない。

京都は、世界の文化都市だ。その誇りと価値が、踏みにじられた。
即刻!名誉挽回すべき責務が担当者にはある。如何?

京都市の市政の歴史は、最古の共産主義王国との汚名を持つ。
当時の知事蜷川が、世界に誇る京都文化を壊滅状態にした。

最近でも、パリの橋を、日仏友好の為に鴨川に掛けると言う、景観無視、伝統無視の文化無視の風潮が残る。

京都市役所は文化の大切さを知らなきゃ恥ずかしい!
世界に誇る伝統を持っている自覚がなさ過ぎる。

文化低開発は京都市民もだ。秋には鮮やかな黄色に染まる銀杏の葉っぱを、落葉の掃除が面倒だとの苦情で、秋には丸裸にされる。

景観も美意識も季節の風情もいちょうの黄色も全て無視。便利こそ好む恥ずかしい住民。

経済人も京都駅前に、観光名物を目論み、汚く不細工なろうそく塔を建てたが、今や誰も振り向きもしない。

京都だけでなく、都市に集まる人種の、人心は朽ち果てた。

福島から疎開してきた子供を、放射能をだしにいじめる都会のガキ。

赤ちゃんが飲むべきミネラル水を、買い占めるべく、黒塗りのハイヤーの運転手を手伝わせる、主婦達が住む東京。

保存会の松原公太郎理事長は頭を丸めたらしいが、丸くおさめるなら、今からでも遅くない、被災者の思いを叶える事だ、文化音痴の左翼に、びくびくする腰抜け保存会に、我々の貴重な財産を預けておいて良いのか?

最後に陸前高田市で被災松の薪を集めた鈴木繁治さんの言葉を紹介する。
『被災松の断面は、とてもきれいで、端正込めて育てられて来たと分かる。結果として、被災地の方の辛い思いに追い打ちをかけてしまう事になってしまい、申し訳ない。』
…とうつむいた。

京都人と京都文化の誇りと名誉を傷つけた、市と保存会には、京都文化の名誉挽回の為にも、事をこのまま終わらせず、初心を貫き、東北被災者の思いを綴った薪を、何が何でも貫く義務があるのではないか?

中止による、京都市民の利益は何だ!中止による、京都市民や東北被災者の利益は何だ?

胸に手を当てて考えろ!

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 今日、新たに陸前高田市から取り寄せた松の薪木からセシウムが検出されたため、やはり使用を断念するという報道がありました。
 保存会も京都市当局もホッとしているでしょう? しかし、敬天には解せません。
 検出された経過などについても詳しい説明がなされていません。
 また、検出量についてもセシウム137が542ベクレルとされていますが、どのくらいの量の薪木から出た数値なのか。例えば、仮に1kgから542ベクレルだとすると、人体影響の目安の単位であるシーベルトに換算すれば、わずか7マイクロシーベルト程度です。マイクロはミリの1000分の1ですから、極めて微量な数値です。
 さらに、セシウム137は殺菌用農薬にも使われているそうです。
 詳しい方がおられたら、更なるご教示をお願いします。



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