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脱原発と一国平和主義

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            東アジアの原発マップ  

 御来訪感謝申し上げます。

 今日は不肖敬天愛人が原発事故の後遺症に苦しむ福島県に住みながら、なぜ“脱原発論”に与しないのかについて書かせていただきます。
 理由としては大きく分けて2つあります。
 一つ目の理由として、下記の引用記事で指摘しているように経済的側面、国のエネルギー政策としての側面、冒頭の参考マップで示されている「現実に中韓の原発に囲まれている日本」という地勢上の理由等の現実、つまり、この現実を無視しての「脱原発論」など、左翼お得意のお花畑脳の「非武装中立論」と同質の空想ファンタジーでしかないと考えるからです。


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 【正論】評論家・屋山太郎 最高の原子炉開発し世界に売れ
2011.7.21 03:07 MSN産経ニュース
 菅直人首相が7月13日に突然、記者会見を求めて「将来的に原発に依存しない社会を目指す」と明言した。この首相発言は、福島第1原発事故に驚愕(きょうがく)している国民の受けを狙ったものに違いない。支持率が10%台まで落ちた首相が、起死回生の策と信じて打ち出したものだろう。しかし、国家の浮沈にかかわるこのような問題を首相が一存で発表すること自体、正気の沙汰ではない。果たして、翌日の閣僚懇談会では閣僚から強く文句をつけられ、首相は「私個人の考え」と釈明したという。

 ◆脱原発で日本企業生き残れず
 首相の言う「脱原発」に国民は大きく心を動かされたろう。20〜30年がかりで原発を廃止に持っていく。その間に風力、太陽光、地熱、石炭・石油火力発電を充実させるといえば、一見可能と錯覚させるが、果たしてそうか。
 北欧の風力発電を見学に行ったことがあるが、洋々たる大地が広がり、そこに穏やかな偏西風が常時吹いている。見た瞬間、「台風常襲国の日本では無理だ」と実感したものである。太陽光発電パネルも良いが、孫正義氏によると、全国の休耕田に設置するという。休耕田を全部潰すつもりなのか。田畑はパネルなどよりも、もっと貴重な農業用財産なのだ。
 いずれにせよ、再生エネルギーが仮にものになるにしても、ここ何十年かはコストの高い電力になる。現在、韓国の電気料金は日本の4割で、法人税も日本の40%に対して24%である。日本の企業が国際競争で生き残れなくなり、海外に出ていけば、日本人は高い電気料金を払えなくなるだろう。
 戦時中に米軍機の空襲で夜毎(よごと)、灯火管制を余儀なくされた。いま「でんき予報」を聞かされるたびに、灯火管制の不愉快さを思い出す。当時は、いつか戦争が終われば、明るい電気の下で家族そろってご飯が食べられると我慢できたが、今回の「でんき予報」には永久に続く恐怖感、不快感を覚える。国全体をこんな縮み志向に陥れて繁栄するわけがない。

 ◆ドイツの選択は駝鳥の平和
 地球を守るために全世界が一体となって原子力発電を止めようというなら話は別だが、地球のエコのためには原発がいいという国もある。世界は原発設置派と脱原発派で二分されている。フランスは全電力の80%を原子炉で生み出し近隣諸国に売電もしている。隣のドイツ、イタリア、スイスは福島の事故を見て脱原発を決めたが、実は、フランスの原発で生まれた電気を買っている。この夏、フランスに行ったが、フランス人は笑っていた。原発は事故の危険があるから造らないと、ドイツ人は言っているが、われわれの原発はドイツとの国境近くに並んでいる。原子炉さえなければ安全だと思うのは、駝鳥(だちょう)の平和だ、と。
 英国は1970年代に設置した原子炉の寿命が来て建て替え期に入っている。福島の事故は英国にも衝撃を与えたが、英政府は「大地震や大津波の心配はなく、建造中の新原子炉の安全性は福島の旧式のものより進歩している」と判断、新設計画を進めている。石炭火力発電所を欧州連合(EU)の環境規制で2015年までに閉鎖せざるを得ない事情もある。
 中国は原発建設方針を変えていない。中国で事故があれば日本は黄砂被害どころではない。
 世界の原発設置派と脱原発派が調和する方法がひとつある。どの国のどこの原発も事故が起こらないものにすることである。

 ◆福島の事故はミスによる人災
 福島の事故を考えてみると、これはどうみても人災としかいえない。第一に、貞観地震による14〜15メートルの津波の記録を無視して建てられた。交流電源喪失でも大丈夫だという原子力安全・保安院の指針も大間違いだった。なぜ、こんな初歩的ミスを犯したのか憤りを覚えるが、その背景が事故後に露(あら)わになってきた。東京電力とそれを規制する経済産業省、監督する同省の保安院が天下りを通じてずぶずぶの関係になっていたのだ。さらに、東電から流れる研究費という名のカネによって、学者までが一体となり、「原子力ムラ」を形成し、安全神話を広めてきた。これを可能にしたのは、地域独占という電力会社の体質だ。
 東電の官僚体質はかつての国鉄と運輸省の関係そっくりだ。国鉄は毎年2兆円の国費を食っていたが、分割民営されてJRになってからは補助金なしで、逆に7000億円の税金を納めるようになった。福島の事故は東電の官僚体質がもたらした人災と断じてよい。東電はすべからく破産させ、発送電分離を進めるべきだ。東京を除き、各ブロックの経済団体会長は電力会社トップで占められている。親方日の丸の会社が経済団体の長を務めることは、経済活動の活性化を損なうと知るべきだ。
 さて、日本は原発をどうすべきか。日本の技術力を結集して、世界最高の原子炉を開発することである。地震にも津波にも耐え、事故も起きない炉をつくり、世界の原子炉を日本製にすることを目指せ。これは夢物語ではない。日本にしかできない業だろう。(ややま たろう)

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 投稿文字数の制限がありますので、上記引用についてのコメントは以下の敬天の(脱原発論に与しない)二つ目の理由の説明で換えさせていただきます。
 
 なぜかマスコミも反原発派も意識的に避けているとしか思えないのですが・・・
 ・・・福島第一、フクシマダイイチと盛んに叫ばれていますが、「第一」というからには第一以外にも原発施設があるということです。
 そうです。福島県内には東電の原発施設はもう一つあります。第一原発のある大熊町から南にわずか7kmしか離れていない、Jヴィレッジのある楢葉町において第一から遅れること11年後に稼働を開始した福島第二原発です。共に太平洋沿岸部に立地しており、3.11大震災でも全く同じ条件で震災津波の被害に遭いました。
 しかし、第二原発の方は震災発生4日後には完全冷温停止状態となり、大事に至ることもなくそのままの状態を保って現在に至っています。
 この第一と第二の天と地ほど違う結果が、第一の事故が何よりも人災であったことを裏付けるものです。この二つの原発施設の違いについて4月6日の朝日新聞が以下のように報じています。

東電の柏崎刈羽原発(新潟県)がこの結果を分析した資料や東電関係者の話によると、津波による設備の損傷の違いは、(1)原子炉の非常用ディーゼル発電機と変圧器などの電源装置(2)原子炉の残留熱を除去するための海水をくみ上げるポンプ――に現れた。
 (1)では、タービン建屋などにある福島第一の発電機が冠水し、6号機の1系統を除き使用不能。原子炉建屋内の福島第二では、1号機の原子炉建屋が浸水したものの、機能が維持された。
 (2)では、設備がほぼむき出しの状態で置かれた福島第一のポンプがすべて運転不能になった。一方、ポンプ用の建屋内に置かれた福島第二では、1、2、4号機のポンプが運転不能となったものの、3号機は機能が保たれ、原子炉を冷却することが可能だった。

 この説明を図表でも解りやすく解説していますので、ぜひ( http://www.asahi.com/national/update/0405/TKY201104050625.html)をクリックして本記事をご覧ください。

 つまり、非常用発電装置や電源装置を第一はタービン建屋に、第二は原子炉建屋。
 冷却用ポンプは第一がむき出しの状態で設置、第二は専用建屋に設置。
 簡単にいえば第一と第二の違いは、完全に管理不行き届きそのものだったということです。あれだけの大地震と大津波にもかかわらず、事無きを得た第二はきちんと非常用設備が保全される環境に管理されていた、という安全管理としては至極当たり前のことがなされていただけなのです。逆に、その当たり前の管理を怠った第一が今に至る悲劇を生んでいるのです。
 未曾有の大災害でも安全を守った第二を考えれば、屋山さんが言っている「世界最高の原子炉施設」はほぼ達成されているのです。そして明らかに事故原因も特定されているのです。
 この現実を決してマスコミも何故か政府関係者も原子力関係者もほとんど触れようとしません。
 敬天だって、第二の方までやられていたら、多分今頃は立派な脱原発派になっていたでしょう。でも、第二の存在(宮城県の東北電力女川原発も然り)があるから日本の原発技術力を信じることが出来るのです。

 この福島第二原発の現実(=事例)をスルーしたままで原発=危険という論理は、軍隊=侵略や、非現実的な「一国平和主義」に通ずる反日左翼のプロパガンダと全く同じ臭いを感じるだけなのです。

 残念なことに県内の著名保守活動家や全国的に高名な保守論客でさえも、第一の事故後簡単に脱原発派に転向してしまいました。そして、彼らも第一の悲劇は語りますが、第二の功績は語ろうとしません。これでは誰か(反日勢力)を喜ばせるだけではないのかと言いたいのです。


  お花畑な日本を尻目に、現実主義者のシナ中共は新興国への原発輸出計画を着々と進めているぞ!!

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 御来訪感謝申し上げます。

 先日、宮城知事への暴言問題で一躍時の人となり、そのまま辞任した松本龍前復興相が地元の病院に入院したとの報道がありました。
 報道では「自殺未遂を図ったのでは?」や「防災担当大臣、復興大臣と激務の要職にあり肉体的にも限界が来ていたのでは?」と、入院の理由を推測していました。
 不肖敬天愛人はどれも理由として当てはまるだろうと考えています。ただし、その原因は松本龍の大臣職務によるものではないことは間違いありません。
 「オフレコ!」と厳命したにもかかわらず、東北放送が「オフレコ」の部分をメインにニュース報道をし、その映像がネット上で急速に拡散していったのを受けて、他のメディアも一斉に集中砲火を浴びせるように報じました。
 これは松本龍にとっては耐えられない屈辱だったと思います。この人の人となりや背景は衆知のことですから深くは触れませんが、この人、「怖がられてナンボ」の人です。
 「怖がられてナンボ」の職業といったらヤクザものです。ヤクザが怖がられなくなったら、ヤクザの看板を下ろさなければならなくなります。

 いつものように話が脱線しますが、まだ敬天が若かった頃、夜の街でたまたま知り合ったヤクザ風の男と妙に気が合って仲良くなり、その店でばったり会うたびに呑みながら長時間話し込む仲になりました。
 その男がある時敬天にこう言いました。「○○さん、狭い田舎に住んでいるから日中お互いに街の中で偶然会うかもしれない。でも、俺に挨拶しないで欲しい。俺も挨拶はしない。勿論、本当は俺だってそんな時は「やあやあ、どうもどうも」と親しく挨拶を交わしたい。でも、昼間は誰が見ているか分からない。○○さんもヤクザの知り合いが居るとなると迷惑をかけることになる。それよりもっと困るのは俺の方なんだ。素人に怖がられてナンボの稼業の俺が素人さんと親しそうに挨拶を交わしている姿を見られては、同業の連中にも何を言われるか分からないし、素人にもどう思われるか分からない。だから街の中で会っても目で軽く挨拶を交わす程度で、あとは知らんぷりをしてもらいたいんだ。それで俺は失礼だとは決して思わないし、お互いに利害関係もない間柄だし、ヤクザの看板を背負って○○さんと接しているわけでもないので、むしろそうしてくれないか」
 この話を聞いた時、すでに彼が一家を構えている幹部ということを知っていたので、彼の立場からすれば「さもありなん」と納得しました。
 その後、敬天が夜遊びをしなくなってからは自然と疎遠になってしまいましたが、この時が“ヤクザは怖がられてナンボ”という言葉を身近に感じた最初でした。

 松本も今まで怖がれることによって、人生を歩んできた男です。しかし、彼は3代目ですから労せずして手に入れた祖父や父親の威光を背に、それこそ、ハッタリだけで恫喝を繰り返しながら生きてきたんだと思います。
 そんな人間が恫喝が通用しないとなった瞬間、真っ白になると同時に絶望的になったと想像するのです。そして追い打ちをかけるように福岡空港の赤字の主因となっている、一族の所有地の法外な借地料の問題まで報じられました。今までは誰も触れなかった問題のはずです。
 松本にしてみれば「何で今さら・・・」とさらに愕然としたことでしょう。

 
 もう一つ、敬天がこれと「似ているなあ」と感じたのが、冒頭画像の大韓航空機に関する外務省の英断でした。
 韓国のフラッグキャリア大韓航空(元は小佐野賢治など日本の政商が韓国に援助して設立した国営企業)が、日本のエアラインも持っていない世界最大の新型旅客機エアバスA380を見栄を張って導入したのを、これ見よがしに定期路線就航を前に関係者を乗せて、日本領土竹島上空をデモフライトで侵犯しました。これに対応して外務省が期間限定とはいえ「大韓航空利用自粛」を省内に命じました。

 韓国にしてみれば、今まで、どんな挑発行為を行なっても具体的な措置を講じたことのなかった日本を完全に舐めていましたから、突然の日本側の対応に動揺を隠せません。日本に対してなら何をやっても許される。こちらに直接危害が加えられることはないとタカを括って来ました。
 ところが、政府機関が民間企業とはいえ韓国を代表する企業に直接の制裁を加える措置を出してきました。 政府機関が一企業に制裁を加えるという事実は当然、世界の報道の知るところとなり、その背景も含めて世界に報道されることになります。日本と韓国では国際的信用度があまりに違いすぎます。国際紛争となれば困るのは韓国です。日本は領土主張の根拠も明確かつ正当なものです。

 これには韓国も相当焦ったと思います。自分たちは世界中で「独島は韓国領土」と喧伝しておきながら、日本との間に「領土紛争」があることを大っぴらに知られたくないという事情があります。そのくせ、日本が大人しくしていることをいいことに様々な挑発行為を行なってきました。韓国が怖くて日本は手も足も出さないだろうと踏んでのことです。
 
 しかし、韓国にとっては今回の外務省の措置は反撃の実力行使でした。
 性質は違いますが、韓国も根拠のないハッタリで日本を恫喝してきたヤクザものです。
 ところが、日本が怖がらなくなったら、韓国は今までのような態度が取れなくなります。案の定、韓国内ではこの話題で上(政府)から下(一般国民)まで大騒ぎになっています。
 松本龍と同じく、自らは実力も根拠もないのに虚勢とハッタリで他者(日本)を恫喝してきた韓国は日本が怖がらずに毅然とした態度を取ると、一気にその砂上の楼閣は崩れ去ってしまうのです。

 こういうのを身の程知らずというのです。そして身の程も知らずに調子に乗った馬鹿は自ら墓穴を掘るのです。
 分を弁えている日本は韓国と違って何も怖いものはありません。




  身の程知らずには身の程を教えてやらなくてはならないのです!!

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真に崇高な勝利

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 御来訪感謝申し上げます。

 今日は各ブロガーもなでしこジャパン一色です。
 へそ曲がりな不肖敬天愛人はなでしこの話題をあえて避けようと思ったのですが、やはり、どうしてもこの話題は外せません。

 例えばベトナムの報道です。

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 「真に崇高な勝利」 アジアの誇りと越
2011.7.18 19:21
 「真に崇高な勝利だ」。サッカーの女子ワールドカップ(W杯)決勝で米国を破り初優勝した日本代表「なでしこジャパン」について、サッカー熱が東南アジア随一とされるベトナムの各紙も18日、電子版などに称賛する記事を掲載した。

 各紙は米国に先行されながらも2度追い付いた日本の辛抱強さをたたえ、ドイツ、スウェーデン戦に続き「W杯にさらなる驚き」(トイチェ紙)をもたらしたと指摘。

 グオイラオドン紙は「なでしこジャパン」が他のチームにはあまりみられなかった勝利へのあくなき欲と闘志を持っていたと論じた。

 インターネット新聞ザンチは読者のコメントを掲載。「おめでとう日本。あなたたちはアジアの誇りだ」「地震、原発事故と大災害に見舞われながら、日本女子は運に頼らず奇跡を成し遂げた」などの言葉が寄せられた。(共同)

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 敬天も試合開始直後から実況中継を観はじめました。
 それほど涙脆い性質ではないのに今日に限っては、正直言って涙なしには観ていられませんでした。 
 試合開始と同時に重戦車のようなアメリカ軍団が怒涛のように我がなでしこ軍団に襲いかかり、これでもかこれでもかと攻撃の手を休めません。まるでサンドバック状態です。
 前半の20分くらいはとても正視できませんした。それでも大和撫子たちはじっと耐えながら、反撃への準備を怠りません。辛く長い前半の中盤を乗り切ると、今までの一方的な試合展開が嘘のようになでしこ軍団も相手ゴールへボールを追い詰めるようになってきました。気が付けば前半45分が終わった時点で、アメリカが47%に対し日本は53%というボール支配率でした。
 「負けながら勝つのが日本だ」と昔何かに書いてありました。前半の試合だけを振り返っても圧倒的にアメリカに押されていたような試合印象なのですが、決して内容的には負けていなかったということになります。
 この前半を観た段階で、敬天は「負ける気」がしなくなりました。そしてハーフの休憩時間に、不敬を承知で申し上げますが、何故か昭和天皇の玉音放送(終戦の詔書)の一節「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び・・・」が頭に浮かんだのです。
 つまり・・・
 「おもうに今後、帝国の受くべき苦難は、もとより尋常にあらず。汝臣民の衷情も、朕よくこれを知る。しかれども、朕は時運のおもむくところ、堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び、もって万世のために太平を開かんと欲す」
 おおげさだ、こじつけだ、と言われるかもしれませんが、敬天は「これだな!」と思ったのです。
 なでしこジャパンの可憐で美しい戦士たちが頑張れるのは「これだな」と思ったのです。彼女たちが身を以って我々国民に示そうとしているのは、まさに「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び、もって万世のために太平を開かんと欲す」の精神なんだろうと思えたのです。
 日本は今、それこそ「尋常ならざる苦難」の中にあります。「汝臣民の哀情(国民の悲しいと思う心)」もよく分かっている、それでもここは決して諦めずに何とか我慢しながらも頑張れば必ず輝かしい日本の未来が見えてくる。
 そういう思いで彼女たちは頑張っているのではないか、素直に思えたのです。
 そう思ったら、後半、延長戦、PK戦と長く厳しくも熱い戦いが続きましたが、不思議と安心して観ていられました。 
 アメリカの選手たちが自分の名誉と誇りのためとちょっとのアメリカの誇りのために戦っているのならば、日本の選手たちは日の丸を背負って日本の名誉と誇りと明日の日本のために無私の精神で戦っている、それなら決して負けはしない。勝利の女神は必ずなでしこ軍団に微笑むと密かに確信を持てたのです。
 案の定、先に点を取られる展開でしたが、わずかなチャンスを確実にものにしてイーブンの試合運びを終始繰り広げました。
 さすがにアメリカも日本の凄まじい気力に圧倒されっぱなしだったと思います。
 なにせ、なでしこジャパンには「明日の日本」がかかっているのですから。
 PK戦でのアメリカ選手の表情を見た時、目に見えない何かにがんじがらめにされて身動きが取れないような、えも言われぬ重い雰囲気を感じました。

 なでしこジャパンの選手たちは本当の意味で日の丸を背負って戦ったんだと思います。
 彼女たちが背負った日の丸とは「日本国民の復興に賭けた思い」であったと思うのです。
 ハンパない重さだったと思います。
 でも逃げずに引き受けてくれました。
 そんな彼女たちに天が加勢しないわけにはいきません。
 だからこそ、ベトナムの報道機関が「真に崇高な勝利」と称えてくれたんだと感じます。常に「アジアの希望と誇り」は日本なのです。
 
 おかげで東北の我々も「万世のために太平を開かん」と“頑張れる”糧を頂戴しました。

 やっぱり、日本は女性の国なのです。
 前回の記事で「人間の業火」に対抗しうるものは・・・?と書きました。その答えは「国思う無私の心」なんだと改めて教えられました。
 

 
なでしこジャパンの優勝、心より敬意を表します!!

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 御来訪感謝申し上げます。

 今日も昨日に続いて【大紀元日本】から転載させていただきます。前回の記事とは全く異なる話題ですが、(エラそうな言い方で申し訳ありませんが)非常に秀逸なコラムが載っていました。
 震災発生後からずーっと「福島県も自分自身ももう少し落ち着いたら、ゆっくり京の街を歩いてみたい」となぜか思い続けて来たのですが、その理由がこのコラムを読んで分かったような気がしたんです。
 本ブログにも京都出身の方あるいは京都にお住まいの方々にご訪問いただいていますが、いつも京都に縁のある方たちが羨ましくて仕方ありませんでした。それは、京から遠く離れた雛の地である東北に住む者としても、何かにつけやはり日本人は「そうだ、京都へ行こう!」なのかなあと、JR東海のコピーの上手さに感心すると同時に、身近に「京都がある」人たちへの嫉妬でもあろうかと感じます。


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       京都 日本文化と復興力の源泉
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【大紀元日本7月16日】京都で道に迷った時は、道路を見ずに、山を見ると良いそうだ。

 山のない方角が南なので、他の方角はおのずと分かる。その「山」を意識したときに、北山文化、東山文化という京都を代表する二大文化が、立体感をもって浮かび上がってくる。

 京都室町に「花の御所」と呼ばれる豪壮な大邸宅兼政務所を造り、そこへ幕府を移したのは第3代将軍・足利義満(1358〜1408)であった。その義満は、応永4年(1397)から京都の北山に新邸宅を造り始める。

 見事な庭園と13の御殿をもつ北山第(きたやまてい)は、西園寺の山荘を改築したものとはいえ、着工の翌年に完成したというから、おそらく義満がその強権を振るって工事を急がせたのであろう。早いばかりでなく、度肝を抜くほど豪勢であった。なかでも金箔を貼り輝かせた舎利殿は、後に金閣と呼ばれて、京都の顔になった。

 時代はやや下って第8代将軍・足利義政(1436〜1490)のころ。これに至るまでの中世史は気が重くなるほど複雑で、ここに書けるはずもないが、要するに足利将軍家および畠山・斯波などの守護大名の各家に相続争いが起こり、さらに2派に分裂した将軍家のそれぞれに有力大名がついて、ついに11年に及ぶ応仁の乱(1167〜1177)となったのである。

 義政の父は、義満の子で第6代将軍に「くじ引き」で決まった義教(よしのり)であった。その義教は暴君であったため守護大名の反感をかい、最後は赤松氏に討たれている。

 義政は、正妻・日野富子との間に男子がなかった。そこで、同じく義教の子で同母弟の義視(よしみ)を次期将軍に立てることにした。ところが、そう決めた後で富子が男子を生んだ。義尚(よしひさ)である。当然ながら富子は、実子である義尚を強力に推した。

 跡目相続争いの典型的な図式となった。義視側には細川勝元がつき、義尚側は山名宗全が後押しした。この東軍・西軍それぞれに全国の大名が群がって、さらに大軍となった。ただ、そこに集まる理由は全くの利害と欲望だけであったから、戦闘には一切の筋道もなかった。

 京都にとって更に不幸だったのは、この東西戦が、後世の関ガ原のような1日で終わる野外戦ではなく、まさに京都の市中において、長期間にわたって行われたことであった。おそらく大混戦のなか、戦っている武士たちも訳が分からずに、ただ太刀を振り回しているような狂乱状態だったであろう。

 京都は荒れに荒れ、焼き尽くされ、賀茂の河原は無数のむくろで埋まったという。ところがその間、義政は水の腐った古井戸のように無力だった。政治に飽いていた、といってもよい。彼は、応仁の乱をはさむ暗黒の世にあって、東山の別荘で庭造りという耽美な世界に逃げ込んでいたのである。

 確かに、見事な庭と楼閣ができた。絢爛豪華な北山文化のそれとは趣を異にする、禅宗ふうの東山文化の極美である。応仁の乱で消失した浄土寺の跡地に義政が建てた東山殿(義政没後、慈照寺となる)には、銀閣を目当ての観光客が、今日も多く訪れる。

 京都の魅力を書くという、本文の趣旨から外れてはいないつもりである。つまり、そのような濃厚な歴史をもつということが、私のいる東京にはまねのできない、京都の本当の魅力であると思うからである。 
 20世紀、東京は関東大震災と第二次大戦末期の空襲により、2度にわたって焼け野原となった。大阪や神戸も大規模な空襲に遭った。

 京都には、限定的な空襲はあり、被害も少なくはなかったが、いわゆる大空襲と呼ばれるものはなかった。それをかつて「文化財保護に配慮したアメリカの良心」というような美談的宣伝もされたが、今日では、その根拠のない噂を信じる人は少ないはずだ。京都はまさに、広島・小倉(長崎に変更)よりも優先順位の高い、原爆投下の第一候補地だったのである。

 しかし京都は、その歴史において、再び人間の業火で焼き尽くされることを、断固として許さなかった。

 京都があの20世紀に灰とならず、今日の美しい京都として残った理由は、人知の及ばない高次元において「見えざる力」が働いたからだと解するのが、私にとっては何よりも説得力をもつ。

 復興という言葉を、いま全ての日本人が胸に抱いている。

 それに費やす時間は5年、あるいは10年ともなろう。しかしまた、物質的な復興だけでない、数百年という長大なスパンを要する「文化と精神の復興」もあるのではないか。

 それを京都という先達に学べることは、日本人にとって幸せなことに違いない。

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 「アレ」こと菅直人はじめとする政府の連中による人災を指摘する声の大きい、震災発生後の政府対応の体たらくでありますが、「人災」とは結局のところ上記文中にある「人間の業火」なんだろうと思うのです。
 そして「人災=人間の業火」に抗し得る力とは、人知の及ばない高次元において働く「見えざる力」しかないのだろうと、実感することが最近多くなりました。
 被災地の復興は勿論のこと、これは日本全体の復興にもかかわるのが現在の日本社会なのだと考えるとき、まさに「物質的な復興だけでなく『文化と精神の復興』」が日本人に求められている真の復興精神なのだろうと、この記事を読んで改めて感じさせられました。
 こう考えると、「日本の文化と精神」を否定するばかりか破壊せんとする輩が国の中枢部を占拠している現況では復興はありえない、という意をさらに強くしました。
 日本人が日本の復興及び再興を図るには、まずはこの連中の退治から始めないと何も進まないということは、敬天が申すまでもなく、心ある国民の皆が気づいている現実でもあります。

 ちょうど、明日朝というより今日の真夜中に女子サッカーW杯決勝が行われますが、なでしこジャパンの彼女たちにその精神力の強さを学びたいと思います。



 復興を阻む者たちを即刻退治しましょう!!

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      独自技術(!?→どこが?)による中国版新幹線   

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 前回の記事「所詮、シナ人は白人のカモ」の関連として、トラブル続きの開業間もないシナ高速鉄道について大紀元日本で報じたトラブル原因の分析論を参照に、この話題を取り上げさせていただきます。(引用文中の色文字・太字は敬天編集です)


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  故障相次ぐ中国高速鉄道 専門家「根源に汚職体制」
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 【大紀元日本7月15日】6月30日に開通した北京と上海を結ぶ高速鉄道「京滬高速鉄路」は、ここ数日間、故障が相次ぎ発生しており、中国国内ではその安全性への懸念が高まっている。専門家は、官民癒着によるずさんな工事が原因であり、その根源に汚職体制という体質的なものがあると指摘している。

 同高速鉄道について中国政府が当初、「世界をリードする中国の高速鉄道技術」と自負して、米国で技術特許を申請する意向すら示していた。新幹線の技術を多く取り入れているという日本側の主張に対して、中国政府・鉄道部の王勇平報道官は「ずうずうしい、大ぼら吹き」などと非難し、「新幹線と同一に論じられないレベル。速度だけでなく快適さ、車両や路線部分の技術で、大きな差をつけている」と発言していた。

 そのような状況の中、同高速鉄道はここ4日間で3回の故障が発生し、ダイヤが大きく乱れることとなった。

 10日午後、北京から上海に向かうG151便は、突然の停電のため緊急停車し、後続する19本の列車にも遅れが出ていた。

 12日午前10時頃、電源施設の故障により一時運転中止のトラブルが再び発生。当時乗車していたという人はミニブログで「電気系統が焼切れたのが見えた」「火花があがったのが見えた」などと書き込んだ。

 その翌日の13日も故障が発生した。北京行きのG114便が途中で運転を打ち切り、別に用意された車両に乗客を移動させ、運行を続行した。

 関連当局は事故の原因について、それぞれ次のように公表した。10日は「雷雨と大風による架線ショート」。12日は、電車のパンタグラフの故障であり、「具体的な技術原因は複雑で、現在も分析を続けている」。13日は、G114便の一部車両が列車を前進させる動力を失った。その原因は、変圧器内部で接触不良が発生し、保護装置が働いたためだという。

 電力供給システムの研究に携わる上海交通大学電気工学部の蒋伝文・教授は本紙の取材に対して、「京滬高速鉄道は大型の電力供給システムであるため、様々な突発的な状況を想定した保護装置は十分でなければならない。雷雨と大風ぐらいで広範囲に停電してしまうのでは、電力供給システムに不備があることは明らかのだ」と述べた。

 中国のインターネットでは、「一流の技術、一流の品質、一流のサービス、とされていたが、現在は一流の嘘つきしか残されていない」と皮肉のコメントが書き込まれていた。

 高速鉄道だけではない。雲南省では、完成したばかりの国道は仮開通2日目に崩落する事故が発生し、「世界で最も短命な道路」と揶揄された。また昨年、13億8000万元(約168億円)の巨費を投じて完成した広州大劇場も、その先鋭的な外観とは裏腹に、完成後5ヶ月で天井や外壁に亀裂が走り、雨漏りするといった問題が起きている。北京ー上海高速鉄道沿線の南京南駅では12日、大雨による雨漏り、タイルの剥脱、地盤沈下が確認された。関係者は「特別な設計だから」「駅舎に質の問題はない」などと釈明した。

 ≪欠陥工事の根源に「汚職体制」あり≫

 米国営放送ボイス・オブ・アメリカ(VOA)の取材で、中国の社会学者・張耀傑氏は、高速鉄道のような国家プロジェクトの欠陥問題は中国では普遍的に存在していると指摘、その根源に中国の体制があると述べ、次のように分析した。

 「中国では各分野における有効な政府管理・監督の体制がない。そのため、権力者や、権力者と結託する者たちは恣意的に国の金を自分の金に変えることができる。つまり、国家利益を不正に山分けする汚職体制である。国からの建設費の半分以上は、関与する権力者たちが着服していると言っても過言ではない。また、国の金を着服するために企画されたプロジェクトも少なくない。ポケットマネーを浮かせるための手抜き工事は日常茶飯事で、欠陥プロジェクトは後を絶たない」

 裏付けとなる事実はいくらでも挙げられる。高速鉄道建設の責任者である劉志軍・鉄道部部長は2月に解任された。建設に絡んで約8億元(約100億円)を着服したとして、現在、汚職の罪で取り調べを受けている。そして、中国高速鉄道の父と呼ばれた中国鉄道部の技術部門トップの張曙光総工程師も2月28日に、汚職の疑いで身柄を拘束された。着服金額は約28億ドル(約2300億円)とされている。

 「立派な理由さえあれば巨額な経費が手に入る」。その経費の管理者は、時間が経つとともに金の持ち主へと変身していく。経費以外にも「多くのものをまず国家資産に再定義し、その『国家資産』を権力者らが山分けする」という体制が蔓延している、と張氏は批判する。特に不明瞭な土地財産権制度を悪用し、権力者が庶民から土地を取り上げ、大きな財を成していると氏は指摘する。

 一連の高速鉄道の事故後、あるネットユーザーは、「『わが国の高速鉄道には絶対に乗らない』と宣言した西安の元鉄道エンジニアの話をネットで知った。当時、いくらなんでも言い過ぎだと思っていたが、今となると、彼の話は真に根拠があって、とても現実に適っていると分かった」と書き込んだ。

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  今さら「すべての元凶はシナ中共の汚職にまみれた腐敗体質がどうのこうの」と論じるつもりはさらさらありません。あまりに予測可能な「想定内」のことだからです。

 ただ、「公共交通機関も含めてインフラ整備など公共事業の基本コンセプトは、国民の利益・社会の利益にある」という極めて当たり前のことを改めて思い出させてくれたのも、この記事でした。そしてさらに日本とシナの決定的違いについて・・・・ 
 ・・・・3月12日に全線開業した九州新幹線のCMが世界中に話題となりましたが、このCMを観た時の感想と今回のシナ高速鉄道の相次ぐ故障に関する感想を対比させて、その感想を書き込んだシナ人ネットユーザーの数々のコメントの中に、不肖敬天愛人が特に印象に残ったものが二つあります。
 
 俺は祖国を愛しているんだけど、祖国は俺たちを愛してくれないんだよな・・・・

 日本の新幹線は民衆のためにあるんだな・・・・  なのに中国の新幹線ときたら・・・・


 この二つのコメントは、たまたま同じ年の3月に開業した九州新幹線と今月開業した自国の「(北京=上海)高速鉄道」の違いを、九州新幹線のCMを通してシナと日本の決定的な違いとして率直に感じた思いを素直に綴ったのだろうと、敬天は思うのです。
 まず「俺は祖国を愛しているんだけど・・・・」はシナ人民の思いをこれほど象徴的に表した言葉は無いと感じるのです。
 「(今の政府を見れば)日本だって似たようなものじゃないか」と言われるかもしれません。確かに、国の権力という観点で考えれば残念ながら日本もシナも似たようなものです。しかし、日本には「国の権威」という「国の権力」を超越した存在があります。
 つまり、天皇であります。シナでは「俺は国を愛しているんだけど」の思いを返してくれる存在はありませんが、日本にはその思いを返してくれる天皇のご存在があります。
 今回の大震災でもそうでしたが、天皇は「国民の不幸は自分の不幸」と共にしてくださいます。
 国民が国を愛すると同時に天皇も国民を愛して下さるから、国民の安全を第一に物事が進められてきたのが日本の歴史です。新幹線然りです。
 これはどんなにシナ人が逆立ちしても叶わないことです。
 日本にあってシナにないもの――アメリカにも言えますが――国の権威です。
 国に権威が無いということは、あるのは「権力と金」だけということになります。
 たとえば、アメリカには国の権威がありませんが、例えばプロテスタントという宗教的権威と法治主義という法的権威が厳然と存在しているおかげで社会的不正に一定の歯止めをかけ、国民の利益と生存権を守ろうとするシステムが機能しています。
 しかし、宗教的権威も法的権威もないシナにあるのは権力=金だけです。
 話は横道に逸れますが、アメリカが日本に絶対に敵わないと認識していることは、国家権力はいうまでもなく、「宗教・法」という権威を超越した、国家として絶対的権威(=天皇)が日本にあるということだそうです。この絶対的権威は誰も否定できないと認識しているそうです。
 
 敬天が何を申し上げたいのかといえば、宗教的権威や、歴史・伝統・文化といった人間の拠り処となる権威を否定した社会には、暴力的に獲得し暴力的に維持されている暴力装置としての権力しか存在しないから、人民あるいは国民の生命・安全をものともしない人民にとっては暗黒社会でしかないのが、今のシナ人民共和国そのものだということなのです。
 そして、例えば仕事や旅行などで高速鉄道など公共交通機関を利用するという、日常的生活においても、脆弱な安全性の下に人民が大きなリスクを負わなければならない国って、「どうよ?」なのです。
 その「どうよ?」に集約されているのが「日本の新幹線は民衆のためにあるんだな・・・・  なのに中国の新幹線ときたら・・・・」に尽きると思うのです。
 
 自衛隊を(国家権力における)暴力装置と発言した与党の偉い人がいましたが、敬天に言わせれば、現代においては人間社会の伝統的権威を否定しイデオロギーと私兵を使った暴力革命による権力そのものが、暴力装置と定義されるべきなのです。
 そして、人民の安全性を無視した、権力と金にまみれた「暴力装置」に支配された国家に、世界に賞賛される国家プロジェクトを構築できるはずはありません。


 形だけ真似しても安全確保という魂が入っていなければ、ただの暴走する凶器だぞ!!

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