日記帖

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これから暫く、暑い日が続くらしい。体が暑さに慣れていないから大変ですね。



備忘録となっているこの日記です。いってみましょう。

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一昨日の水曜日。私は表参道の伊藤病院に行きました。半年に一度のバセドウ病の通院日。今回もホルモン値は正常で安堵。お薬を止めてから2年になります。先生に「このまま再発しないと良いですね。でも、健康診断だと思って、半年に1度は顔を見せてください。」と言われました。写真は、歩道橋から見た表参道です。本当に悪化していなくて安堵です。

当店のお客様の入りはボツボツと。「日本の古本屋」からは、「酉陽雑俎 全5巻」「中国新興版画五十年選集」にご注文が入りました。ありがとうございます!主人は本の発送で忙しそうでした。



昨日の木曜日。当店のお客様の入りはボツボツと。豚の角煮が上手なお兄さんも見えました。「日本の古本屋」からは、「芳賀矢一文集」「日本地名大百科 ランドジャポニカ」にご注文が入りました。ありがとうございます!私はまた、3件登録しました。本の相場を調べる仕事もしました。主人は本の発送と整理に追われました。



今日の金曜日。当店のお客様の入りはボツボツと。豚の角煮が上手なお兄さん、イタリア人のお客様も見えました。「日本の古本屋」からは、「古建築辞典」「暴力のオントロギー」「ジョージア・オキーフ展」にご注文が入りました。ありがとうございます!私はまた2件、登録しました。本の相場を調べる仕事もしました。主人は本の発送と整理に追われました。


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さて私は小林正観氏の「宇宙を解説 百言葉」(イースト・プレス)を読みました。副題は「悩みが100%消える『ものの見方』」

中表紙には次のようにあります。

「百言葉」は、著者からの抜粋とは異なり、
「見方道」のエッセンスがわかるようにという意図のもと
正観さんが自ら百の言葉にまとめ、
その解説とともに集大成したものです。
本書は、いわば正観さんからの百の贈り物が
詰まった宝箱です。    −−−−正観塾師範代 高島 亮



私が興味を持った箇所。

結局は、どれほど良い友人を持っているか、ということ。それには、自分の日常生活が大きくかかわってきます。目の前のすべての人を大事にし、誠実に生きることは、生き方の王道です。一度約束をしたことは絶対に守る。できそうもないことは引き受けない。成績を上げなくてもいいから誠実にこなしていく。そのように生きていれば、自然に良い友人たちに囲まれることになります。


イライラすると、次にまたイライラしてしまう現象が起きます。それが宇宙の法則です。
イライラしたくない人は、自分の見方を変えること。これが一番早い解決法です。
考え方や置かれた環境、背負っているものは人によって皆違います。自分の考え方と合わなくても、こういう考えの人もいるよね、何かその人にも理由や事情があるのかもしれない、と、その人をそっくり受け入れることができたら、イライラする回数も減ってくるのではないでしょうか。そしてそのうちに、「気にしないようにしている」状態から「気にならない」状態になり、穏やかな気持ちになって「得」をするのは自分なのです。


「正義」や「使命」は神の領域にあると思えますが、そこに「感」がついたとき、つまり「正義感」や「使命感」になったとき、それらは悪魔の領域になるのではないでしょうか。
自分を正当だと思うことで相手を憎み、恨み、怒り、軽蔑する、という心の動きにつながるからです。
「正しさ」というものは、時代やさまざまな局面によって常に変化していきます。自分の中に正義と使命は持っていてもいいのですが、そこに「感」がつくと、周りはつらい状態になり、息苦しい思いをすることでしょう。
「正義カン」と「使命カン」。「カン」は振り回さずにゴミ箱へ。
自分はもしかしたら間違っているのではないだろうか、「私」の側に正義というものはないのかもしれない、と思い続けることが、謙虚さということかもしれません。



「私はどうしても第1志望の学校に行きたい」という人は別です。それはその人のシナリオですから、そのような生き方を否定するわけではありません。
ただ、受験に限らず、こだわりを持っていると、その思いを叶えようとして悩んだり、ストレスで体を壊したりして、人生の多くの場面で損をするような気がします。目の前のことを評価・論評したり順位づけしたりしないことが、人生をとても楽にしてくれます。




興味のある方は本書を手に取ってみてください。当店の棚にも置きますよ。

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今日は凄い雨でしたね。でも、明日から1週間は晴れてとても暑くなるらしいです。



備忘録となっているこの日記です。いってみましょう。



昨日の月曜日。当店のお客様の入りはボツボツと。豚の角煮が上手なお兄さんも見えました。「日本の古本屋」からは、「雪に生きた八十年」「日本の戦歴」にご注文が入りました。ありがとうございます!また、メールで「今という一瞬に、一生の幸せがある」にご注文が入りました。この本はこのブログでもご紹介した本なので嬉しいです。私はまた6件、登録しました。本の相場を調べる仕事もしました。主人は本の発送と整理に追われました。

夕刻は親しい友人たちとの懇親会がありました。主人と一緒に参加しました。義妹が母の面倒をみてくれたので、参加できました。場所は新宿の「月の雫」。お料理も美味しく、楽しいひと時を過ごすことができました。皆さま、今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。



今日の火曜日。凄い雨。風も強くて台風のよう。それで、お客様はほとんど見えませんでした。「日本の古本屋」からは、「三国志」にご注文が入りました。ありがとうございます!私はまた3件、登録しました。本の相場を調べる仕事もしました。主人は本の整理に務めました。


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さて私は日本在宅ホスピス協会会長の小笠原文雄氏の「なんとめでたいご臨終」(小学館)を読みました。


帯には次のようにあります。

在宅医療の幸せな奇跡のエピソードと写真が満載の新必携書!!
おひとりさまでも がんになっても ボケてても
誰だって最期まで 家で朗らかに 生きられます。
だから家族も「笑顔でピース!」

中表紙には次のようにあります。

「最期まで家で暮らしたいけれど・・・・・」
お金がない?
家族に迷惑がかかる?
ひとり暮らし?
大丈夫ですよ。安心して下さい。
誰しも、たった一度しか死ねません。
どうせなら「めでたいご臨終」してみませんか。



私が興味を持った箇所。

亡くなる1週間前、伊東さんが私たちにこんなポエムを聞かせてくれました。

台所の料理の匂いに癒される かつおぶしの香り
家族団らんの風景、生活の場だなぁ
今がいちばん幸せ
天国にいるようだ 極楽にいるようだ
先生に「行ってもいいよ」と言われれば
このままさよならでもいいけれど
「居てもいいよ」と言われれば
そりゃあ まあ 居たいわねぇ
あの世でもこの世でも どちらでもいい感じ
ありがとう

そう言って握ってくれた手は、とても暖かかったですね。

腸閉塞の患者さんは腸が詰まるので、食事を摂ることができません。だから腸閉塞の患者さんの前では、食事の話は禁句だとされていました。ところが伊東さんは、「自分は食べられないけれど、家族と同じ空間にいると実感できるこの匂いが本当に幸せなんです」と私たちの前で話してくれたのです。
そして最期まで自宅で笑顔で過ごし、旅立たれました。




初期の段階や、勝てる望みがあるのなら、闘うことは必要ですが、手の施しようがない末期がんの人が、それでも闘い続けることが果たして幸せなのか。秋山さんのように、もしがんの状態が目に見えていれば、諦める方が多いでしょう。もちろん、ただ諦めるのではありません。
がんとともに生きるのです。
残された時間を、抗がん剤で苦しむのではなく、住宅ホスピス緩和ケアで朗らかに過ごす日々に変えることができます。勝てない相手に挑んで最期まで苦しむのなら、早いうちに気持ちを切り替えて、残りの人生を笑顔で長生きできるように在宅ホスピス緩和ケアを選択するのも一つだと思います。



「亡くなった後は、神妙な面持ちで涙を流すもの。笑顔なんて不謹慎」、合言葉は「ご愁傷さま」、まだまだそんな時代です。でも旅立つ人はそれを願っているでしょうか。交通事故などの不慮の事故や突然の旅立ちなど、無念の最期だった場合は、本人も遺族も悔しさや悲しみ、後悔の涙が溢れるでしょう。
しかし、旅立つ人が希望死・満足死・納得死ができたなら、離別の悲しみはあっても、遺族が笑顔で見送ることができるのです。「なんとめでたいご臨終」と言わずにはいられません。そして、そういう旅立ちを叶えるためには、チームワークが必要なのだと教えられました。




興味のある方は本書を手に取ってみてください。当店の棚にも置きますよ。

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「すぐ死ぬんだから」

明日、明後日とお天気が崩れるらしい。明後日は強風もあるとか・・・


備忘録となっているこの日記です。いってみましょう。


昨日の土曜日。母の処に看護師さんが見えて排便チェックと足の処置をしてくださいました。午後はオオミネ君のお店「理容院 ダイヤ」に連れて行って、顔そりをして頂きました。母は気持ちよいのか、スヤスヤ寝入ってしまいました。オオミネ君とは、昔話をはじめ、色々とお話ができました。
私は、終日、母と過ごしました。


今日の日曜日。母を連れて美容院に行きました。シャンプーセットして頂き、サッパリしました。その後で、喫茶「風味」に寄ってランチ。私たちが入った時は、お客様が一人も入っていなかったのに、直後に団体さんが来て、いきなり、マスターは大忙し。私たちは、いつも通り、トーストの玉子サンド、リンゴのタルトのケーキ、アイスクリーム、オレンジジュース、コーヒーを注文しました。母の食欲はなかなか旺盛で安堵。今日も、私は終日、母と過ごしました。母を見守りながら、書かなくてはいけない手紙を数通、書きました。


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さて、私は内館牧子氏の「すぐ死ぬんだから」(講談社)を読みました。

なかなか面白かったですよ。色々と考えさせられました。


帯には次のようにあります。

年を取ったら「見た目ファースト」。人生100年時代の新「終活」小説。

78歳の忍ハナは、60代まではまったく身の回りをかまわなかった。だがある日、実年齢より上に見られて目が覚める。「人は中身よりまず外見を磨かねば」と。ところが夫が倒れたことから、想いがけない人生の変転に巻き込まれていく。


ネタバレしないように、少しだけご紹介します。

年を取れば、誰だって退化する。
鈍くなる。
緩くなる。
くどくなる。
愚痴になる。
淋しがる。
同情を引きたがる。
ケチになる。
どうせ「すぐ死ぬんだから」となる。
そのくせ、「好奇心が強くて生涯現役だ」と言いたがる。
身なりにかまわなくなる。
なのに「若い」と言われたがる。
孫自慢に、病気自慢に、元気自慢。
これが世の爺サン、婆サンの現実だ。
この現実を少しでも遠ざける気合いと努力が、いい年の取り方につながる。間違いない。
そう思っている私は、今年七十八歳になった。
六十代に入ったら、男も女も絶対に実年齢に見られてはならない。



運というものは、先のない人間にもやって来る。よくわかった。棄げない人間には必ずやってくる。
偉そうな「有識者」とかいうヤツらが、よく、
「希望を持っている人は、年齢に関係なく若いんです。逆に言えば、希望をなくした人は老けこむんです」
などとテレビや雑誌で言っている。こんなきれいごと聞きたくもないと、いつも思っていたが、今、わかる。その通りだ。
誰もが泪割りに、ここちよく酔っていた。



当たり前だ。心は多少変わったが、外見はやはり年齢相応はいけない。
帽子をかぶってリュックをしょって、渋団扇の如き肌をさらして、そこらにある服を着るバアサンになってはいけない。
大事なのは他人の評価だ。
シミもシワも美しいだと?そんなわけないだろう。そう言わないと救いがないから、言ってるヤツらがいるだけだ。ただ、必ず出るものだから、せっせと手入れして押さえ込むのだ。
先のない年代に大切なのは、偽装。これのみ。磨きをかけて、だますことだ。
私はもう冬も終わりの年代だが、秋に見えるよう偽装する。
偽装すれば、年寄りくさいことを自分に許せなくなる。似合わないからだ。
鈍くなること、緩くなること、くどくなること、愚痴になること、全部自分に許せなくなる。
淋しがること、同情を引きたがること、ケチになることもだ。
孫自慢に病気自慢に元気自慢も、許せるわけがない。
エンディングノートもだ。
私は残りの人生、先のない人生に向かい、「やってやる!」とつぶやいた。


「自分が自分に関心を持っている」ということこそ、セルフニグレクトの対極である。
高齢者が会見への意識を持つことは、持って生まれた美醜とは無関係だ。経済的に、また生活環境的に、自分に手なんかかけていられないと言う人たちもあろう。しかし許される範囲内でやることこそ、「意識」ではないか。それがもたらす微かな変身が、生きる気力に直結することは確かにあるのだと思う。
本著は、八十歳を間近にした女性主人公をめぐる、外見に関する物語である。




興味のある方は本書を手に取ってみてください。当店の棚にも置きますよ。

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「新編 おくりもの」

お天気は下り坂らしい。週末はもつらしいですが。沖縄はもう梅雨入りしたのですよね。


備忘録となっているこの日記です。いってみましょう。


昨日の木曜日。当店のお客様の入りはボツボツと。豚の角煮が上手なお兄さん、漫画家さん、黒い帽子のお兄さんも見えました。「日本の古本屋」に登録していた「LES CHEFS-D'OEUVRE DU REVE」が店頭で売れました。「日本の古本屋」からは、「加賀の千代真蹟集」「アイザイア・バーリン」「モンテ・クリスト伯 全7巻」にご注文が入りました。ありがとうございます!私はまた、4件登録しました。本の相場を調べる仕事もしました。主人は本の発送と整理に追われました。


今日の金曜日。私は所要があって、大塚に行きました。今回も一人で行きました。
当店のお客様の入りはボツボツと。豚の角煮が上手なお兄さん、漫画家さんも見えました。「日本の古本屋」に登録していた「五行大義校註」が店頭で売れました。「日本の古本屋」からは、「良寛詩集」にご注文が入りました。ありがとうございます!私はまた、4件登録しました。本の相場を調べる仕事もしました。主人は本の発送と整理に追われました。


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さて私は3月に恩師の「比留間一成先生を偲ぶ会」に出席したのですが、その時に比留間先生のアンソロジー「新編 おくりもの」を頂きました。読み終えたのですが、2篇ほどご紹介させて頂きたいと思います。


「夢の木に」

木の幹に掌を強く押しつけて かすかな脈動を聞く いつごろから始めたか 公園の欅 辛夷 
花水木 海棠山桜などと 親しくなった 樹木の内部では それぞれ連絡があることも知った
今 築山のベンチに腰を下ろし 夕日を観る 周囲のビルを茜に染めはじめた サッカー少年達が帰りかけ 傍の山桜の古木の下を わざわざ身を屈めて通っていく

私は山桜になっていた 下枝が触れるほどの古木 今 花は満開である 風が吹く度に地に落ちる花片 白い絨毯を敷きつめたよう 不意に父と幼女が周囲のつつじの垣を次々に覗いて行く
バトミントンのバットをもって羽根を探しているらしい 私は枝を振って羽根を探してやった 親子は喜んで幹をたたいていった 幼女のはしゃぐ声 保育園からの帰りの母子が二組 こちらへくる
私を見ると駆けて来て花をつまんだ 母子にも花びらを振りかける 幼児は 枝から葉のついた花を摘み お互いの髪の毛に挿し嬉しそうに踊る 老翁が杖をついてきた 顔見知りの元軍医さん 兵隊の腕を切り 脚を切り 腹を切り 探って鉄砲の弾丸を取り出した その数 百を越えたと ために心を病んだと
うっとりと桜を仰ぐ 親子は老人をだまって観ている 老人は低い声で”さくら”と今様を唄いだした
幼児たちは手を打って駆けだして 老人の掌に小さな花をのせた 夕茜は私の足元までつつみだした


夢の木に 夢の花咲く
この国の この光景を留めたく
余命を惜しみなく注ぐ
さくらのサは穀物の神
クラは神の御座処
亡き友らの魂の よりどころとす




「その扉口にて待て」

家内が不意にこの世を去った 早朝一時頃には冗談を言っていたが 九時ふと見ると顔は赤らみ手も頬も温かい 鼻に手を当てると息がない 直ちに医師に電話 救急車が来る 警察の病院へ運ばれ 午後三時 急性心不全と病名が告げられた

痛みもなく微笑んでいたことが唯一の慰め 二人三脚できた二人 不意に肩の手が外され 相手は崩れ落ち まだ片脚は結んだまま という実感 行年九〇歳

約七〇年の同棲 子どもはいらない 戦争に連れだされ殺されるのは否 二人同意見 私たちは戦争するために生まれてきたようなもの 小学校低学年上海事変 爆弾三勇士 中等学校二年次日中戦争 卒業時日米開戦 そして終戦 彼女も海軍測量部に動員された 私はもっと詳しく書かねばならない 東京の大空襲に遭い悲惨さを肌で感じた 同年の仲間は殆ど戦死 戦争反対は二人の合言葉

約七〇年の家庭生活は 戦後の苦労もあったが笑って過ごせた これは彼女の明るさであった 彼女は呼吸器の持病を持っていた これが禍いした 最後まで体操教室で努力していたが

フランス語を十年学び パリ大学に三ヶ月ではあるが留学 その後十年ほど一年に十日〜二十はご遊学 これは晩年感謝していた

日常は会話を楽しんだ
ー理髪店に行ってくるよ
ーまだ早い
ー三ヶ月もいってないよ 後ろの髪をみてよ
ートコ屋に行くと カミノ毛が見えなくなるの だから否!(私の禿頭のこと)

昨年の十二月末 ソロソロ歩きになった 石段を降りるのに心配で
ー肩へつかまりなさい
ーいや くせになるから
 どうして そんなに私を愛しているの
 これから先 大丈夫かしら(自分の死後を心配している)

死せば 身は土と化し 心は魂となって浮遊するとか 好きな星座を旅していらっしゃい 疲れたら 私の肩に留まれ

余り待たせないよ

淋しさは酒にとき 思い出を綴るしかない



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一日の寒暖差が大きいですね。服装でうまく調節しなくてはいけませんね。


備忘録となっているこの日記です。いってみましょう。


昨日の火曜日。当店のお客様の入りはボツボツと。絵描きさんもみえました。「日本の古本屋」からは、「転向」「幕末開国新観」「西遊記 全8巻」「働くことの意味」にご注文が入りました。ありがとうございます!私はこの日は本の相場を調べる仕事をしました。主人は本の発送と整理に追われました。また、超お得意様のご依頼でお宅まで伺いました。


今日の水曜日。母の処に看護師さんが見えて排便チェックをしてくださいました。午後は、訪問医療の先生が見えてバイタルチェックと血液検査、エコー、足の処置もしてくださいました。

当店のお客様の入りはボツボツと。「日本の古本屋」からは、「モレルの発明」「カムイ伝 全22巻」にご注文が入りました。ありがとうございます!私は1件だけ、登録しました。本の相場を調べる仕事もしました。主人は本の発送と整理に追われました。

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さて私は矢作直樹氏の「今という一瞬に、一生の幸せがある」(廣済堂書店)を読みました。

帯には次のようにあります。

いつも幸せな人、いつまでも悩んでいる人。
違いは、状況や環境ではなく・・・・
「今」に心があるかどうか、それだけ。

私が興味を持った箇所。

私にも、波長が合う人もいれば、合わない人もいますが、それを好き嫌いで考えることはありません。
単純に自分と同じか違うか。それだけのことだと捉えているのです。
人と話をすれば、意見が食い違ったり、考え方が違ったりすることはもちろんあります。でもだからといって、それを好き嫌いに結びつけること自体がおかしい。
お互いに自分の考え方を押しつけようとするから、不要な感情が生じてくるのです。
「好き嫌い」には感情が混ざっていますが、「違い」には感情は含まれていません。単に事実として、そこに「違い」があるだけです。
「私とあなたでは、考え方が違うのですね」。その一言で済む話です。
何に対しても、いちいち感情を持ち込まないことです。
そして何より、人間は一人ひとり違いがあって当然だという、その大前提をまずは心に留めておきましょう。



現代はダイバーシティ、多様性の時代と言われています。これは生き方には多様性があり、いろんな生き方、考え方の人がいる。それらの多様な生き方を認めるということです。
結婚したい人はすればいいし、結婚したくなければしなくてもいい。仕事を続けたい人は続ければいいし、辞めたい人は辞めればいい。ただそれだけのこと。一人ひとりが出した答えについtr、他人があれこれ言うことではありません。
このように、自分の主張を押しつけようとする人は、まさに「中今」に生きていないと言っていいでしょう。
「中今」に生きている人たちは、他人のことなどどうでもいいと感じます。それは無関心ということではなく、自分が充実していれば、他人の生き方をも受け入れられるということです。



長生きをするということは、老化と向き合う時間が長くなるということです。
100歳になっても30歳の体力があればいいのでしょうが、そんなことは叶うはずもありません。70歳を過ぎれば、誰もが老化と直面しながら生きることになります。この生理的な老化と向き合う時間が増えることが、はたして幸福なことでしょうか。
もちろん、一概には言えません。しかしこれだけは言えると思います。ただ漫然と長く生きることだけが、人間の幸福ではないのです。
大切なことは、長く生きるかではなく、どのように生きるかです。




興味がある方は本書を手に取ってみてください。 当店の棚にも置きますよ。

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