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「華人労務者」強制連行政策遂行の最高責任者は今の安倍首相の祖父岸信介商工大臣だった!!(1942年東条内閣)
「企業の戦争責任〜中国人強制連行の現場から」を読んで かつての天皇制軍国主義下の日本の軍隊では体罰は日常的に行なわれ、上下関係が厳しかった!!その流れを今の体育会系クラブは汲んでいるんではないか? 1人の人間として見ないで、1つの物と見る。 そして他民族を蔑視し酷使し、生体実験を日常的にし、国際条約を無視して、毒ガスや細菌まで撒いてしまった!! 湯浅元軍医(731部隊員ではありません)の証言 「罪の意識はないんですよ。悪いとは思わないんですよ。だって天皇の命令で、その時信じてやったのだし、勝利のためなんだから悪くないんだと、細菌だっていいんだと私は思ったし、石井四郎に尊敬の念を持ったんですから」 体罰問題で揺れるJOC会長竹田恒和氏の父親は元皇族の竹田宮! 【竹田宮(竹田宮恒徳王)は・・・日本占領下の満州で任務に従事した。そこで彼は、首席主計官として、関東軍において戦時に設置された重要なポジションに就いた。そういう地位の人間として、彼は満洲におけるすべての細菌戦の関連施設に割り当てられる金を扱った。彼は平房を頻繁に訪れたが、その際は、宮田武中佐と名乗っている。おそらく竹田宮・宮田中佐は、自らの任務を果たすために、満州にある他の死の工場も視察したはずである。 竹田宮は、他にもっと直接的なつながりを、細菌兵器施設との間に持っていた。彼は関東軍司令部によって設置された、731部隊と100部隊の事業の監督をするための特別委員会の幕僚メンバーだった。彼の幕僚メンバーとしての最も重要な責務は、平房や他の支部施設を訪問する許可を与えるかどうかを決定することであった。関東軍における医療行政官のチーフのように権力のある個人すら、平房〔の施設〕に立ち入る際には竹田宮・宮田が発行した通行証を求める必要があった。関東軍司令官もしくはその直属の部下が731部隊を訪れるときは、竹田宮自身が彼らの一行に混じって彼等をエスコートした。 彼の表面的な平和主義と戦後期の業績にもかかわらず、一市民竹田宮は、細菌兵器の強硬な信奉者であり続けた。彼は細菌兵器が戦争の道具として比類のないものであるとの確信を持ち続けた。時代は下って1983年、竹田宮は、細菌兵器について尋ねるインタビューに対して次のように語っている―「私は、われわれが戦争を遂行するためにはあらゆる手段について研究する必要があったと信じています」。】(『死の工場』p227〜228 シェルダン・H・ハリス著、近藤昭二訳、柏書房、1999年) 日本人は記憶に無い?これでいいのだろうか?(一部の731部隊員は証言したが、殆どの隊員は戦後口を閉ざした!!) 中国では、細菌戦の慰霊祭が行なわれている!! http://blog-imgs-36.fc2.com/n/o/b/nobu51g/20130211062828d9b.jpg 2012・11・18付けの淅中新報 崇山村細菌戦70周年 http://blog-imgs-51.fc2.com/n/o/b/nobu51g/20121129113013296.jpg裁判における細菌戦被害(1940年〜1942年当時) ※クリックすると大きくなります! すべての紛争を平和的な手段によって解決できないものだろうか? 原発・軍事偵察衛星・次期主力戦闘機・リニアは要らない!! 税金を震災復興に回せ!!憲法9条が泣いている!! 憲法9条を世界へ!! 第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 ●祈り1 ●祈り2 ****************************** 政府は戦史資料を全面公開せよ!! 昭和天皇・皇族方の戦争責任を問う!! 世襲の天皇制から選ばれし大統領制へ!! 映像の世紀 南京大虐殺22 元日本兵の証言 東史郎10/13 終戦 なぜ早く決められなかったのか(前) 日本は、戦争の反省を真剣にしてきたのだろうか? 戦後、戦争の指導層は、そのまま権力の中枢に残り、731部隊員はアメリカから免責された。 あの戦争を美化する勢力は、加害の事実を否定し、教育界で巾を利かせようとしている。 教育現場では、思想・信条の自由は踏みにじられ、日の丸・君が代が強制されている。 現場では、重苦しい空気が漂っている。 戦争といじめは似ている。やられた方は一生忘れないだろうし、やった方はたいした事はないと思って、早く忘れようとする!! 平頂山事件から81年!! 日本政府及び日本国民はこの事実を直視していない!! 平頂山事件 1932年9月16日 平頂山事件 未だ癒えぬ傷(平頂山事件 生存者の今) 平頂山で何が起きたの? 真実を知りたい 「平頂山事件資料集」 平頂山事件80年を記念して、「平頂山事件資料集」(井上久士・川上詩朗編・柏書房)を発刊しました。平頂山事件に関する唯一かつ最初の本格的な資料集です! 被害者の膨大な証言、新聞報道、外交資料、裁判資料、日本では見ることができない資料も入っており、とても充実した内容です。とにかく証言は迫力があります。 個人で買うには少しお高めですが、自信を持っておすすめできます。でも自分で買うにはちょっと。。。という場合はぜひお近くの図書館で買ってもらうようリクエストをお願いいたします。ぜひ皆様のご協力をお願いいたします。 柏書房 定価25200円 平頂山事件の初!公式ホームページ 中国に行って驚くことは、平頂山でもそうだか、中国各地に抗日戦記念館があり、社会科見学といえば中国の小学生や中学生は抗日戦を学んでいる。一方日本の小学生などは中国での加害の事実などは学ばず、社会科見学といえば大手企業の工場や国会などを見学する(東京)。小学生が聞く戦争の話といえば、空襲の被害の話だとか、原爆のことで、日本の被害だけに殆どの学校が限定されている。文科省の方針だと思う。 これでは将来を担う両国民の歴史認識に、大きな溝ができるではないか!! |
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日の丸・君が代の問題は、国旗・国歌に関する世界共通の問題か。
それとも、国旗・国歌に関する共通の問題とは関係ない日本独特の問題か。
もしも、それが日本独特の問題であるならば、我が国民の特性に焦点を当てて深く論じなくてはならない。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/
2013/3/2(土) 午前 9:01 [ nog*1*391j* ]