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細菌戦の系譜!!

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第9回『化学学校記事』情報公開裁判 9月26日 16:00〜東京地裁522号法廷
第10回ビザ発給拒否・集会妨害国賠訴訟【9月21日(金)11:30〜東京地裁415号室】
日航機墜落から33年!!日本政府はきちんと情報開示せよ!!
2018 所沢 平和のための戦争展
2018 所沢 平和のための戦争展
今も残る戦争被害〜旧日本軍による遺棄毒ガス事件〜
731部隊と「要塞」遺跡を訪ねる


日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より

第1章 「陸軍科学研究所」−日本の毒ガス兵器のゆりかご

化学兵器の研究

陸軍第6技術研究所
ここで特に指摘せねばならないことは、日本の軍隊の中で、海軍もこれとは独立して化学兵器の研究と製造を行っていたことである。すでに、1922年には海軍の中に化学兵器委員会が成立し、陸軍とは密接に連携を保っていた。1923年には海軍技術研究所の中に化学兵器研究室を設立し、金子忠吉大尉が室長を務めた。1934年には、神奈川県平塚市で、海軍から独立して科学研究部が設立された。1943年には相模海軍工廠が設立され、化学兵器を生産した。


日本鬼子のおきみやげ


初めて知った戦争(毒ガス)

瀬戸内海の「毒ガス島」はいま――加害の歴史語り継ぐ人々
藤井ヨシカツ(ふじい・よしかつ)
瀬戸内海に浮かぶ大久野島(広島県竹原市)は、「ウサギの島」として知られている。周囲約4キロの小島にウサギは約700羽。観光客も急増中で、2017年は40万人を超す人々が島にやってきた。しかし、ここに旧日本軍の巨大な毒ガス製造工場があったことは、ほとんど知られていない。同じ県にありながら世界に知られた「原爆禍の広島」と、多くの国民が知らない「毒ガス島の歴史」。かつての史実を懸命に伝えようとする大久野島の人々に密着した。(藤井ヨシカツ/Yahoo!ニュース 特集編集部)

手を振り上げて訴えるように話す山内さん。話はいつも熱を帯びる
旧日本軍の毒ガス製造問題は、1990年代になって大きく動く。日本も化学兵器禁止条約を批准し、旧日本軍の中国における「遺棄化学兵器」についても、廃棄処理に取り組んだ。
内閣府・遺棄化学兵器処理担当室のデータによると、旧日本軍の毒ガス兵器を中国国内で約5万6000発も発見、回収し(2017年4月現在)、このうち約4万6000発を廃棄した(同年6月現在)。こうした毒ガス兵器のどの程度が大久野島由来かは、はっきりしていない。しかし、日本本土での旧陸軍の毒ガス製造拠点は他になかった。


※海軍の毒ガス工場、相模海軍工廠(寒川)では、毒ガスの人体実験が行われていた!!







●京大 軍医博士論文の検証
●731部隊『留守名簿』公開

●ある元自衛官の回想 「化学学校の黒い霧」
・第5回
自衛隊の弾薬、毒ガスの管理状況は?自分が現役の時代、事務所の机の中に催涙ガス10本位置かれていました(管理簿に載っていない毒ガス)。普通は弾薬庫の中にあるはずなのですけど?残念ながらこれが自衛隊の現状です。又、弾薬庫も完璧に警備はされていません。おそらく、自衛隊の現状を考えると警備の隊員も減らされていると思われます。実は、那覇空港の滑走路のすぐ隣も弾薬庫だらけです。
・数日前、那覇空港の中まで機関銃の音が聞こえました。空港の出口正面は訓練場です。

・第4回
「陸上自衛隊化学学校にはガス専用の訓練施設がありました(ガス訓練室)。隊員達はだれとなく「ガス室」と、呼んでいました。昔、開発中の新型防護マスク4型の実用試験に隊員達10名位がモルモットとして、この試験に参加させられました。もう…時効です。農薬(毒ガスによく似た)の充満した部屋に防護マスクを装置して部屋のなかに…隊員が我々はモルモットか?と、叫んでいました。化学学校の研究員2名が実験の担当者でした。陸将補で退官されたと記憶しています。

・第3回
数年前読んだ下里正樹さんの(オウムの黒い霧)の本にオウムにサリンの製造技術を教えた化学学校所属の自衛官(防衛大学校32期:二等陸尉)がいたことが書かれていました。しかし、自分の記憶では二等陸尉(平成七年、十数名がいた)にオウム入信していた幹部自衛官は記憶がありません。ただ、二百名の隊員のなかに自分のかすかな記憶では一人だけ、当時社会的問題を起こしていた宗教に入信していた幹部自衛官がいました。毒ガスの専門家でサリン製造の中枢にも配属されていた幹部研究員です。

・第2回
昔、陸上自衛隊化学学校では、勤務中に医薬品を作っていました。市販の医薬品は必ず成分:分量(重量%)を記入してあります。その為合成は簡単です。実験室なので薬品も無数にあります。ただ、薬品の私的流用は駄目です。この不正行為は氷山の一角です。是非、陸上自衛隊化学学校を取材してみて下さい。

・第1回
化学学校の誰かがオウムにサリンの製造技術を教えた…?地下鉄サリン事件の一年〜三年前、サリン製造の中枢(装備研究科)に一人の幹部自衛官が配属されていました。この幹部自衛官は当時宗教(Tという普通の宗教ではありません)に入信していました。普通はこの様な人物は研究科に配属されることはまず(100%㌣)ありません。自分も当時この人事にビックリしました。何か特別な事情(本人の希望等)があったのかも知れません?平成五年頃、陸上自衛隊化学学校の情報はオウムに筒抜けだったと思います。

・平成14年頃の体験談(陸上自衛隊:後方部隊)です。トラック二台ぶんの廃棄物の調達要求書がきていました。中身は使用不能になった衣類(戦闘服等)です。トラックを確認すると、一台で十分積載できる量でした。一台ぶん50万は何処に?…特に年度末に見られます。又、入札を随時契約にするよう頼まれたり…自衛官もアルバイトで大変です。

●ニュース
三菱電機、社名公表恐れ裁量制全廃か 厚労省の調査受け

<空自>米爆撃機B52と東シナ海で共同訓練 中国けん制か


山口県・イージス・アショア配備計画で住民に対応するため防衛省職員を現地に派遣

<トリチウム水>海洋放出に意見三様 福島県議会の自民・県民連合・共産の3会派

「ヘリコプター代が高すぎる」 小沢一郎氏の前に現れた思わぬ援軍


<核兵器廃絶>吉永小百合さん「核兵器のこと考えて」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

伊方原発、差し止め可否判断=仮処分決定に四国電異議―火砕流リスク争点・広島高裁

ヒバクシャ国際署名 10月に国連本部提出へ

防衛予算5兆2986億円 概算要求 過去最大、7年連続増

<海自>護衛艦3隻、インド洋に長期派遣訓練

<精神疾患>50年以上の入院1773人 全国調査

萩市・配備計画のイージス・アショアについて国から回答

【自民党総裁選】斎藤農水相への辞任圧力 - 麻生副総理は擁護


松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

旧優生保護法訴訟「人を人とも思わない法律」 国側は争う姿勢


真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活

イージスにお金をかけるより防災にお金をかけろ!!
陸上イージス、2基で6000億円超 防衛省試算、施設費含め想定の3倍

不可解極まりない「時代遅れのAAV-7」大量購入

【日本共産党】たつみコータロー参議院議員にきく「森友文書、地震・豪雨災害、カジノ問題」


加計問題はまだまだあった!!
しかし、翌5日に、野党が文科省のヒアリングを行った時、ある事実が明らかになった。
それは、文科省前局長が東京医科大学に便宜供与した「私立大学研究ブランディング事業」の助成対象に、加計学園系列の千葉科学大学と岡山理科大学が選定され、しかも、募集要項に書いてある2千万〜3千万円という金額よりもはるかに多い金額の補助金をもらっていたということだ。選定されたのはこの事業が始まった2016年度で東京医大は落選した年だ。198校中40校、約5倍という難関をパスしたのだ。実は、この事実は、17年12月に東京新聞が報じていたのだが、その時は、事業選定に疑いをかける根拠がなかったので、他紙は追随せず、ほとんど知られずに葬り去られてしまった。
古賀茂明「西日本豪雨でも酒宴 火事場泥棒の安倍政権が民主主義を破壊」〈dot.〉

新たな安倍案件 文科省受託収賄事件に加計学園が2校

逮捕された文科省局長は安倍政権に近い官僚だった! 裏口入学の交換条件の支援事業に加計学園も選定

加計学園に国民の血税投入の新疑惑! 新規補助金交付40校中2校が加計経営の大学、特区諮問会議の決定直後に

文科省局長逮捕とオウム死刑執行に引っかかるのはなぜか

オウムの麻原、井上、土谷、新実ら死刑囚の最期の瞬間「その後、仕事できず」と検察幹部〈週刊朝日〉


加計問題はまだまだあった!!加計学園に注がれる血税!!
南北朝鮮の宥和・協調が進んでいる中、防衛費・原発・加計より、西日本豪雨災害にお金を回せ!!
官僚たちに異変「転職者がぐっと増えた」 森友・加計問題が影響

少し古いが、三菱自動車が組織的に行った隠蔽工作は、内部告発による運輸省の査察で発覚した。
今の森・加家の国家犯罪は、内閣人事局の影響もあって、誰もきちんと検証できない!!
国家が根腐れしている!!
ドラマ三菱自動車の真実2004 リコール隠し


●麻原らの死刑執行の前日からの流れ
●オウム サリン事件

●7/7 戦争を始めた日 国会前市民集会 2018.7..7
●7/7 戦争を始めた日 国会前市民集会 2018年7月7日




●『明治150年』徹底批判!侵略と植民地支配の歴史を直視し、アジアに平和をつくる集い 2018.7.5
●「明治150年」に隠された日本の侵略思想を問う!!纐纈厚(こうけつあつし)2018.7.5


●情報公開裁判「衛生学校記事」

●日中全面戦争・南京大虐殺81ヵ年!!

政府は、森友・加計問題を必死に隠し、731・南京・慰安婦・重慶などの加害事実も隠す!!

「南京事件Ⅱ〜歴史修正主義を検証せよ〜」 NNNドキュメント 2018.5.13


南京大虐殺:侵華日軍南京大屠殺 南京電影制片庁 21分


南京の傷(アメリカ版)全片 荔枝网视频  2017.12.13


マギーフィルム(字幕付き)


・南京大虐殺の証言

ベイツ
1938年3月20日
親愛なるアリソン様:
尊敬をこめて

日本軍がまたもや何度も、私たち漢口路1号の大学の花園にご光来になりました。彼らは日本語で書いてある掲示を一顧だにせず、働いている人たちの仕事をひどく邪魔しました。いつも彼らは花を何本かもらえば満足で、私たち恨み言を言った訳でもありませんでした。けれども夕べは7時から8時の間、兵士たち3人が長いこと働く人たちを困らせ、価値の高い樹木や潅木をいくつか欲しがって、銃剣で脅かし、働く人に樹木を切り倒せと命令しました。少なくとも2人の日本兵がほろ酔い加減でした。彼らは中山路と漢口路の角にある、前の司法部へと去って行きました。


驚くことに、海軍は8月15日から当時の中国の首都南京を爆撃している!!
日中戦争全史年表

米国の牧師が撮影した日中戦争時の南京(マギーフィルム)


南京大虐殺80ヵ年

日本政府の今までの全く誠意のない対応!!
ハルキ世界の満漢全席『騎士団長殺し』を全世界が待ちわびた

村上春樹「騎士団長殺し」 2週連続首位=韓国

2015年 南京大虐殺世界記憶遺産に登録される!!
安倍晋三は、南京に行くべきだ!!
かつて、石原慎太郎、稲田朋美は南京大虐殺を否定した!!今も否定している!!
戦争の反省の無い頭!!

・南京大虐殺
33、村瀬守保の写真集
村瀬守保は、1937年7月に応召して上海派遣軍兵站自動車第17中隊に従軍し、中国を約2年間転戦した。その間、2台のカメラを持つ彼は中隊の非公式写真班員として、様々な光景を撮影し、写真の数は3000枚ほどになったという。

当時、朝日新聞記者だった今井正剛が目撃したのは、12月15日深夜から16日にかけての事件と思われる。15日夜半、長い中国人の列を追って下関桟橋橋まで行くと歩哨に止められたが、機関銃の連射音の後に岸へ出ると、そこには死体が折り重なっていたという。その時の光景を今井は次のように回想している。
とみれば、碼頭一面は真っ黒く折り重なった死体の山だ。その間をうろうろとうごめく人影が、50人、百人ばかり、ずるずるとその死体を引きずっては河の中へ投げ込んでいる。・・・やがて作業を終えた“苦力たち”が河岸へ一列に並ばされた。ただだっと機関銃の音。ひっくり返り、踊るようにしてその集団は河の中へ落ちて行った。

当時、陸軍第2連合航空隊に所属していた奥宮正武は、飛行搭乗員の遺体捜索のため南京各所を巡り歩いた。その際、下関で12月25日と27日の2度、両手を後ろ手に縛られた中国人が10数名ずつ江岸に引き出されて軍刀や銃剣で惨殺され、揚子江に投棄されているのを目撃した。奥宮は中国人が運び込まれたトラックの台数から、このとき少なくとも500人以上が処刑されたものと推計している。

村瀬の写真は、写真店から流出したような写真と異なり、撮影の時期・場所・撮影者が明らかであり、南京事件に関する貴重な資料である。




●重慶大爆撃裁判 
日本は中国の首都 南京→武漢→重慶を重点的に攻め、空爆した。





重慶大爆撃の被害者と連帯する会・東京 活動記録

戦争のはじまり 重慶爆撃は何を招いたか


重慶大爆撃訴訟

the battle of china 1944


重慶大爆撃(苦干より)


重慶爆撃(じゅうけいばくげき)は、日中戦争(支那事変)中の1938年12月18日から1943年8月23日にかけて、日本軍により断続的に218回行われた重慶に対する戦略爆撃。


爆撃の効果

「防空壕に戻ろうとして踏みつけられたり窒息したりして死亡した人々」とされる写真

爆撃への評価
重慶爆撃は、アメリカなどの連合国軍による日本本土空襲や広島・長崎への原子爆弾投下の正当性の根拠としても利用された。一方で、日本の戦争犯罪を裁く極東国際軍事裁判では、重慶爆撃は連合国による日本爆撃と相殺され起訴されておらず、無差別爆撃を唱え百一号作戦と百二号作戦を推し進めた井上成美海軍大将なども戦犯指定はされていない。
この爆撃による被害の規模については推測に頼る部分も大きい。さらに、それを日本軍がどの程度意図していたか、または作戦の付随的影響として許容されると判断していたかについても諸説あり、現在も論争の対象となっている。



不当判決!!

中国・重慶爆撃 2審も遺族敗訴 東京高裁 /東京
2017.12.15(毎日)

日中戦争中、旧日本軍による中国・重慶市や周辺への爆撃で家族が犠牲になったなどとして、中国人遺族ら約240人が日本政府に謝罪と総額18億円余りの損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は14日、請求を棄却した2015年2月の1審・東京地裁判決を支
持し遺族らの請求を退けた。永野厚郎裁判長は、爆撃による被害を認めた上で「原告には当時の国際法に基づく損害賠償請求権がなく、民法の規定でも国は損害賠償責任を負わない」と述べた。

判決によると、旧日本軍は1938年以降、蒋介石政権が首都を置いていた重慶の市街地や四川省の各地を狙い爆撃を繰り返し、多数の市民が犠牲になったとの記録がある。

祖母とおばを亡くしたという原告の男性は判決後に記者会見し「日本政府が歴史問題にもっと誠実に向き合えば両国の関係が改善するとの思いで取り組んできたが、被害者を傷つける判決で納得できない」と話した。弁護団は上告する方針。








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