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●「天皇制」を考える
辛(つら)いことをみたりきいたりすることが多くなるばかり。兄弟など近親者の不幸にあい、戦争責任のことをいわれる 侍従日記「戦争責任言われつらい」晩年の昭和天皇吐露 ・今夏 日本の戦争を考える!! 「テロリスト伊藤博文」の懺悔 異次元金融緩和の重大かつ深刻な弊害!出口を模索しようにもわずかな金利上昇で日本経済は大混乱!? アベノミクスの無残な最期!〜6.18岩上安身によるエコノミスト田代秀敏氏インタビュー18.6.18 「日の丸・君が代訴訟」最高裁判決 (社説)君が代判決 強制の追認でいいのか 日本は、15年に及ぶアジア太平洋戦争で、アジアの国を侵略し、その果ては、沖縄はじめ日本本土が焦土と化し、潰滅的な状況に陥った!! そこに至った責任は昭和天皇に無いのか? ・なぜ今でも「帝国ホテル」「帝国データバンク」「帝国劇場」「帝国書院」など、帝国という言葉を使う?? ・近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 岩崎 稔 ㈡ 新しい時代の到来は、憲法論議をもって始められた ① 「湘南社」の憲法論議の歴史的意義 湘南社では、「五日市憲法」などのような憲法草案の作成には至らなかったが、憲法を構成する基本原則についての学習と論議が活発に行われていた。そして、彼等の運動の遺産は、敗戦後の、日本国憲法の基本理念にしっかりと受け継がれている。講学会で講師細川瀏が与えたレポート「主権は何に帰属するや」に宮田寅治は、現日本国憲法第一条の象徴天皇論を彷彿させるような論議を提出している。 ・明治憲法(現代語訳) 第3章 帝国議会 第50条 両議院は臣民より提出された請願書を受け取る事が出来る。 『日本人と天皇』より 1番目はまったくの飾り言葉よ だってそれ以前に米軍による空襲で多くの多くの国民が命を失われ、そして米軍の空襲を防ぐ力が日本にはないことをよく知っていながら2発原発を落とされても天皇は終戦を決意しなかったじゃないの。 本当だ。 ところが原発を2発落されても終戦を決意しなかったその天皇は米軍に三種の神器を奪われるかもしれないと怯えたとたんに 終戦を決意したのだ。 国民より三種の神器の方が大事だったのね。 昭和天皇は万世一系の天皇が日本を統治する「国体」を護ることに凝り固まっていたことがよくわかる。 そうか 天皇自身近代天皇制の洗脳を受けていたんだ。 その通り。 1975年の昭和天皇記者会見 (白井聡さんのお話より) ・・・・1回目の国体の破綻の時に何が起こったかをよく思い出してみる必要があると思うのです。あの時、第2次大戦の最後、非常に長引いて、それで非常に犠牲者が最後の方に出てきたんです。一方的にやられる展開になって行って、日本人の犠牲者、300万の内、200万が最後の一年間に亡くなっているわけです。早く辞めればいいのに。なぜ、早く辞められなかったかと言うと、国体護持という事に、ずっと戦争指導部がこだわっていたからです。どうしたら国体護持が出来るんだろうか。国体護持をしつつ負けるにはどうしたらいいんだろうかと一生懸命考えているうちに200万もの人が犠牲になっていった。結局45年8月にポツダム宣言受諾を決断するわけですけれども、この時も、なぜあのタイミングでやめたのかというのも、本土決戦をせずにやめたのかと言うのも、結局のところ国体護持のためだったんですね。本土決戦しちゃうと国体護持を出来なくなってしまうから。ずっとあの時、終始一貫国体護持の事しか考えていなかったのです、・・・・・・ どこまで続くアメリカいいなり安倍政権/とことん共産党 昭和天皇の731部隊を設置を裁可した責任、細菌戦・毒ガス戦を命じた責任、太平洋戦争の開戦を裁可した責任、敗戦を遅らせた責任はないのか?? 松代大本営跡を訪ねて 松代大本営跡を訪ねて 2018年7月 沖縄戦全記録 2015 6 14 大嘗祭反対!! 宮内庁 大嘗祭は来年11月14日、15日に 果して絶滅の恐れのあるアオウミガメを使う占いが必要なのか? 「大嘗祭」関連儀式でアオウミガメの甲羅を調達へ <新天皇即位>式典準備委の議事概要公開 昭和3年(1928年) 昭和天皇 即位の大礼 「明治日本の産業革命遺産」と強制労働 映像版 新日鉄住金が日新製鋼を完全子会社化 来年4月「日本製鉄」に社名変更 公文書偽造で始まった明治維新! 現在も続く「官軍教育」の中で描かれた「偉人」たちの姿は「ウソ」ばかり!? 岩上安身による作家・歴史評論家・原田伊織氏インタビュー 20180412 UPLAN 広瀬隆「明治150年の驕慢を斬る:日本近現代史の本当の話」 平成の「大嘗祭」 政教分離との整合性で議論に ●侵略戦争!! 近現代史年表 ・1920年(大正9) 2月 八幡製鉄争議 3月11日 第1次尼港事件発生 3月31日 日本、「シベリア撤兵期に関し政府声明」発表 3月 戦後恐慌起こる 5月24日〜27日 第2次尼港事件発生 5月 日本最初のメーデー 10月7日 日本政府、間島事件に対して間島出兵決定 重慶大爆撃パネル展 2017年10月 「重慶大爆撃」を描く!!「日本は恥じるべき加害国」 中国侵略にまっしぐら!! 無差別爆撃、空襲はこうして始まった!!日本軍の重慶大爆撃!! 空襲のはじまり、日本軍の重慶大爆撃> 重慶爆撃 アメリカは、重慶大爆撃から学んで、日本の無差別空襲をした?? カーチス・ルメイは1964年12月7日、日本に返還されたばかりの入間基地(旧・ジョンソン基地)で、勲一等旭日大綬章を浦茂航空幕僚長から授与された。 米軍による日本への無差別爆撃 本土空襲・全記録 2017 8 12 NHKスペシャル 重慶の人たちは、侵略日本軍と敢然と戦った!! 昭和天皇が戦争狂になった訳 ・安倍晋三の祖父は岸信介 岸信介という人 以下「日本の右傾化・ファシズム化に危惧するブログ」より 岸信介の最初の実績の満州国で実業部総務司長に就任して訪満し、満州国の事実上の責任者として5ヵ年計画の中心者でした。 国家全体主義に燃え、あらゆる悪事を振舞うことになります。 岸信介は大日本帝国の侵略に果たした役割においては非常に優秀だったといえるかもしれません。 岸信介は満州国の現地の中国人らの生き血やアヘンで稼いだ資金をバックに、東條内閣の商工大臣として戦時統制経済を推進していきました。 岸信介は、東條内閣でも中国に深く関わっていくことにあります。戦時中の労働力不足として、中国人の労働力をも使おうとします。 そのために出されたのが、1942年11月27日、東條内閣による「華人労務者内地移入に関する件」の閣議決定でした。 このときの商工大臣は岸信介であり、「華人労務者」強制連行・強制労働政策遂行の最高責任者でした。 戦犯を逃れて、戦後首相に上り詰めた岸信介はそのことを追及されたのだが、責任者であったにも関わらず、白を切り続けました。 強制連行の決定 満州事変は日本が麻薬商売でぼろ儲けする為に行なった極悪非道な侵略 ●2018年「戦争の加害」のパネル展:4月26日〜5月2日 (於)かながわ県民センター 731部隊展 第3回「戦争の加害」パネル展 感想より 5月1日(火) ・素晴らしかった。また来ます。(40代男性) ●731の実態 ・わしが命ぜられたことは、「ゴムホースで体を洗えということです。それもデッキブラシで洗え」と。わしは初めは足が震えて、とてもできませんでした。また”解剖”と思ったら顔を見ながら、「顔もデッキブラシで洗うのか?」と聞いたら、「そうだ」と言う。・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 731 (2) 第4回 日本軍による人体実験 闇に消された虐殺〜731部隊 731部隊のドキュメンタリー ・中国には、細菌戦の影響と思われる、原因不明の病気に悩んでいる人々が今も数多くいる!! 悪魔の飽食:復号731 ●今、731を問う!! 特集 軍拡に走る安倍政権と学術① 15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために 一 戦争における医学者・医師たちの犯罪 西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表 2、戦争医学犯罪に医学界・大学医学部はどうかかわったのか ■731部隊と大学 ―今述べられた罪悪とのかかわりで、 とりわけ大学医学部は、どのように戦争に加担していたのでしょうか。大学研究の戦争への加担という点で、特徴的なことはあるのでしょうか。 まず、731・「石井機関」に特にかかわる戦争加担についてお話しください。 京都帝国大学医学部同窓会誌には、「本学が生んだ巨人、学を以て国を護る熱血の人、石井四郎陸軍々医少将閣下(大9=大正9年卒<西山注、1920年>)は、4月19日午前5時59分入洛、故渡邊助教授の遺族に部隊長としての誠心あふれる弔慰を棒げた後、翌20日懐かしの母校に卒業後21年ぶりに来学、堂々たる体躯に親愛の情をこめて、日曜にもかかはらず、内科講堂を立錐の余地なきまでに埋めた学生・生従・職員は勿論、小川学部長、松本教授以下の各教授を前に、諄々として熱烈に、日本の進むべき道、医学の行くべき道、京大学風の趨(おもむ)くべき道を説くのであった」という記述があります。 (月刊『前衛』より) ●731部隊『留守名簿』公開 旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求めます! ●731部隊本部(平房) ●731部隊遺跡を世界遺産に!! ●福沢諭吉 「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」。人間の自由平等を説いた福澤諭吉。明治の偉人だが、その実体は超国家主義者だとしたら……。『マンガまさかの福澤諭吉』(遊幻舎)の作者・雁屋哲氏が、検証した福澤のウラの顔を本誌に語った。 ──富国強兵ならぬ強兵富国とは。つまり民主主義者とは正反対の考えを持っていたということですか。 実際に、日本が朝鮮支配を進めるために福澤が果たした役割は小さくなかった。詳しくはマンガを読んでほしいのですが、朝鮮宮廷内で起きたクーデターを計画したうえで実行にも加担し、明治政府が仕掛けた日清戦争では言論であおりまくった。戦争に勝つと国権皇張ができたと嬉し泣きしています。そのうえ軍は天皇直属であり、日清戦争は外交の序開きだと言うなど、侵略している意識すらなかったのです。戦争になったら国のために死ぬことが大義だと言い、教育勅語を歓迎した人物が民主主義者のわけがありません。福澤は天皇制絶対主義や皇国思想を日本人に浸透させ、朝鮮人、中国人への激しい侮蔑心をあおった。そのレールの上を走り、日本は第2次世界大戦に負けました。アジア蔑視は、現代の日本人にまで尾を引いています。 (構成 桐島 瞬) ※週刊朝日 2017年1月27日号 [慶應義塾豆百科] No.22 考証・天は人の上に人を造らず…… 『マンガまさかの福澤諭吉』(下)より ・「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」というのは福沢諭吉自身の言葉ではない。福沢諭吉自身の思想を表したものでもない。 ●昭和天皇と731部隊(細菌戦、毒ガス戦、核開発) 天皇の権限は絶大であった!! 日本政府は、証拠(井本日誌、731返還史料、防疫研究報告Ⅰ部等)をことごとく隠蔽し、731部隊での人体実験、また中国各地で行った細菌戦を闇に葬っている!!それだけではない、毒ガスのデータ、原爆開発のデータもアメリカに引き渡し、戦後はアメリカと共同で、極秘裏にCBR兵器の開発を進めている。国民にはその事実を隠蔽し続けている!!核兵器開発の為、原発を手放せないのではないか!!原発と自衛隊との関係はどうなっているのだろうか?〔C(化学兵器=毒ガス)、B(生物兵器)、R(放射能兵器)〕 ・昭和天皇の戦争責任は? 「日米戦争への道」を進めた主たる要因と責任は、日本の軍部・政府の戦争指導体制が無責任なものであったことと、国民の側にそれを阻止し、チェックする能力が無かったことである。日本の戦争指導体制は、政府と軍中央が対立、軍中央も陸軍と海軍に対立、(特に陸軍において)軍中央と現地軍との対立・齟齬、さらに陸軍中央でも参謀本部と陸軍省、海軍中央でも軍令部と海軍省の対立・亀裂等々、枚挙にいとまがないほど分散、対立し、総体として無責任な体制にあった。名目上は天皇が国政の主権者であり、最高の統帥権者あったために、天皇に代わって軍政を統一して、総合的に戦争を指導する責任者と責任機関が無かった。それだけでなく、戦争政策については、軍部の拡大派や現地軍が政府や軍中央の統制を無視して戦線を拡大し、占領政策を強化しても、天皇はそれを追認し、むしろ激励する役割を繰り返しはたしてきたのである。その意味では、日本の無責任な戦争指導体制を支え、補完していたのが昭和天皇であった。 (『日中全面戦争と海軍』(笠原十九司著:青木書店) ・『昭和天皇』(上)(ハーバード・ビックス著:講談社学術文庫)より 第2部 仁愛の政治 1922(大正11)年―1930(昭和5)年 (来年の即位の礼、大嘗祭反対!!) 第6章政治的君主の誕生 Ⅰ もしこのとき天皇が水野問題を熟考していれば、彼は自分自身の存在の固有の矛盾に気づいたはずである。そのなかでさらに、なぜ彼の政治行動は絶対に秘密でなければならないかについて、もっと適切に認識するようになたかもしれない。しかし彼はまだ若く、そのため経験に乏しく、いささかの反省も起こる余地はなかった。やがて、彼は自分の難しい立場になにがしかの洞察を得、そのため神経質の度合いを増してゆくことになる。長年にわたる心理的重圧は、神聖なる君主制そのものに、彼自身と日本国民との間に深く染みわたった、しかしけっして認識されない摩擦に根ざしているのである。p238 国体をめぐる政治論争が再燃し、宮廷があらゆる点で田中内閣と対立するなかで、その後の日中関係と日本の政策に長く影響する4つの出来事が立て続けに起こった。天皇はそれらすべての中心にいた。すなわち済南事件(1928年5月)、関東軍参謀将校による張作森の暗殺(同年6月4日)、ケロッグ=ブリアン条約の調印(同年8月27日)、そして即位と神格化のイデオロギーの公的実践(同年後半)である。 昭和3年(1928年) 昭和天皇 即位の大礼 ※天皇の神聖性や国家無答責は、おかしな思想ではないか!!全く民主主義にそぐわない!! ※裕仁は、自ら細菌戦に強い関心があったのではないか??宮内庁は資料を公開せよ!! ※東条英機の東京裁判での証言 (天皇が平和を希望していることに反して木戸内大臣が行動したり進言した事があるか、との問いに) 「そういう事例はない。日本国の臣民が、陛下のご遺志に反して、あれこれすることはあり得ない。よもや日本の文官においておや・・・」 ・・・・日本の支配層の中で天皇は絶大な力を持っており、東条らもその意志に反して行動することはあり得なかった、という発言である。 戦争の記憶は消えない!! 英仏では昭和天皇がトップだった。 ※大元帥昭和天皇は、好戦的であり、戦争の作戦に深くかかわった!!決して平和を願い、側近や輔弼の言いなりの天皇ではなかった!!その責任は重い!! 日本の史料が公開されれば細菌戦の全貌が解明される!! 「日本軍の細菌戦による被害者は9085人」、中国の研究チームが発表―中国メディア 井本日誌(井本日誌は業務日誌であって、私文書ではないはずだが。)も最初公開していたが、いろいろと報道されると、私文書だとか、御遺族の意思だとかを口実に、今は厳重に保管し非公開にしている。史実を明らかにしようとする意思は国には全くなく、隠蔽に走っている。731部隊の人体実験・細菌戦に関しては、政府は“知らぬ、存ぜぬ”を繰り返すばかり。(一部の教科書には載っている) ※井本熊男 ・1935年(昭和10年)12月:大本営参謀本部作戦課に配属され、以降、一貫して、細菌戦に関して731部隊等の細菌戦部隊と陸軍中央側で連絡をとる担当となる ・1939年(昭和14年):支那派遣軍総参謀(作戦主任参謀) ![]() ![]() 寧波(ニンポー)細菌戦 ![]() 麗水細菌戦 ![]() 日本軍の毒ガス戦・細菌戦!! ・日本政府・医学界は731問題を真剣に反省し、国立の「731・細菌戦資料センター」を作ったらどうか? 医の倫理は、向上すると思う!! 中国の虚空を日本人に慰霊されない多くの犠牲者の霊がさまよっている!! 夏草をふみしめてなおも歩き続ける 軒下にのぞく歴史に凌辱された眼光 住居を追われ悪魔に翻弄された暗黒の日々 長い年月に耐え声も叫びも枯れ果てた 日本人よ、血の債務をあがなえ!終戦から70年、いまだ消えぬ731部隊の傷跡―仏メディア 混声合唱組曲「悪魔の飽食」(池辺晋一郎指揮) 『人間の価値』 ―1918年から1945年までのドイツ医学 Ch.ブロス/G.アリ編 林 功三訳 ■ラインの黒い恥 1920年にラインラントがフランスに占領された時、占領軍と共に黒人兵もやってきた。ドイツ人は、これを「ラインの黒い恥」と理解した。独立社会民主党以外のすべての右寄りの国会議員会派はこのことで政府に質問した。 「ドイツ婦女子にとって―男たちや少年にとっても―この野蛮人は恐ろしい危険である。ドイツの婦女子の名誉、肉体と生命、純血と無垢が損なわれるからだ。黒人部隊がドイツの婦女子を犯し、抵抗する者を傷つけている、のみならず殺戮までしている事例がますます多く挙げられている」 同じ年に『医師評論』はこう質問している。 「将来、ラインの岸辺で、白い肌の美しい顔をした、すくすくと育った、精神的にも秀でた、健康で活発なドイツ人がよくとおる声で歌っているのではなく、有色の、梅毒に罹った混血児が割れるような声でどなっているようになるとしたらどうか。われわれはそうなるのをみずみす黙認しなければならないのか。」 女性差別問題に揺れる東京医科大 “初の女性学長”は「クールでバシッとものを言うタイプ」 旧優生保護法訴訟「人を人とも思わない法律」 国側は争う姿勢 医学界では当たり前か?女性差別!! 【日本共産党】吉良よし子参議院議員にきく「東京医大 女子一律減点・合格者抑制問題」 医者と製薬会社の関係は?? 製薬会社から謝礼もらった医師、年1917万円受領教授らの見解 国はいつも国家犯罪を素直に謝罪しない!! 旧優生保護法の違憲性、国は見解示さぬ方針 強制不妊 強制不妊 男女3人が国提訴へ <強制不妊手術>GHQ「医学的根拠不明」 日本側押し切る |
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