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●パネル展「琉球処分」から140年 今の沖縄を考える
●「琉球処分」から140年、今の沖縄を考えるパネル展 ●「琉球処分」140年 後田多敦さん講演 ●沖縄 ●戦争とは何だろうか?? ●軍事研究に関する学長声明 龍谷大学 学長 入 澤 崇 ●第24回 スタディツアー 事前学習会 ●文学者の戦争協力 ●香港の皆様へ!! ●731部隊「講演と合唱の夕べ」 ●北宏一朗さんを偲ぶ ●長崎731部隊・100部隊パネル展 ●京大 学位授与問題!! ●長野平和の旅 ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●武蔵村山の国立感染症研究所問題!! ●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判) ●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授 ●731と米国の核戦略 ●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと ●香港の皆様へ!! ●北宏一朗さんを偲ぶ 相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 北宏一朗 海軍の毒ガス工場・相模海軍工廠 (寒川町)で、どのような化学兵器が作られていたのか、化学実験部=海軍技術研究所(平塚)では? ―毒ガス、化学戦、悪魔のネットワーク― 一本土決戦に備える毒ガス部隊一 敗戦直前、湘南海岸に毒ガス兵器を装備した海軍砲術学校とその部隊は幻だったのであろうか。そして毒ガスはこれだけだったのだろうか? 昭和20年4月1日、海軍大臣内令第278号海軍省内に海軍化兵戦部発足(高田利雄少将)主に相模海軍工廠北里又郎中佐、館山砲術学校大川秀四郎少佐を中心に化兵戦実施部隊の編成・整備にあたるとした。敗戦前に毒ガス部隊が突如計画されたものではなく、昭和18年館山海軍砲術学校(睦戦及び陸上対空担当の術科学校)に化兵戦の研究・教育が行われていた。 ●何で微罪で長期勾留する?? 微罪で長期勾留?おかしくないか?日本も人権意識が欠如している!! 以前までは香港の日本領事館が南京大虐殺の抗議を受け取っていたが、去年は受け取らないので、日本まで抗議に来たという。 香港人「靖国神社」建造物侵入事件"長期勾留"の謎? 靖国神社でぼや、横断幕も=中国籍の男を逮捕 ●徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! 日本の医学界はなぜ謝罪しない??? 又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!! なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!! 戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日〜5月3日 ●「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! ビキニ「死の灰」世界各地へ 日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!! 平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相 ●憲法第9条 1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】 ・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前) ・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない) 統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に 水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!! なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ??? 2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影 オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!! ●ニュース エボラ出血熱など輸入で国と東京・武蔵村山市が合意 国立感染症研究所に エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する? 日本は全く細菌戦の反省をしていない!! 感染症対策のウイルス保管を説明 エボラ病原体”輸入”国に安全対策求める 離れぬ梅雨前線 今週1000mmの降水の恐れ 「ゲノム編集」食品 遺伝子情報など届け出 違反は公表へ 香港デモ隊が議会庁舎を占拠 警察、強制排除に乗り出す 半導体の国際供給に影響も、対韓輸出規制 4日発動 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ??? 防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声 辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」 自衛隊の不祥事!! 日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜 このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】 “私は不妊手術を強いられた” 〜追跡・旧優生保護法〜 医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ??? 強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ 福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上 彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚 なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは? 「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖 20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」 731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!! 日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報 イージス・アショア 田岡俊次 青木理 なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか?? 20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会 2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏 竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任 ![]() 竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか 海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見 【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任 森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」 「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ 松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示 “旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27) 真実を隠すために死刑にしたのでは?? オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活 京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局) 731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に ●横浜「戦争の加害展」感想 2月13日 ・戦争の加害の面について今、関心を持ち勉強をしているところですが、今日のパネル展で、全然知らなかったこともたくさんあり、今後もっと学んでいかなければいけないなと思いました。また、その加害の面は現代にも影響しているので、戦争の加害は一人一人が向き合わなければいけないと強く思いました。。(女性、10代) ●「特殊部隊731」 秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行) 第3部 追われるもの 避難民の列車が前方の駅々につかえていて、思うように進めないうえに、満人の機関士が南満へ行きたがらないらしく、わざと道草を食っているのだと言う。 ソ連軍は、満洲の大動脈である南満洲鉄道の沿線地帯を目指して三方から包囲する態勢で進んでいるのだから、ハルビンの機関士は、新京の方まで行ってしまっては、再び帰れないのではないかと危ぶんでいるらしかった。 第二松花江の鉄橋を無事通過したと思ったら、またしても停車である。何分停まるか何時間になるか分らない。停車すると、まず附近の様子をうかがい、危険がないと認め次第、大勢が飛び降りて一斉に用便する。 停車時間の長いときは、各車輌ごとに歩哨を立てて、不慮の襲撃に備えるのが唯一の規律で、そのほかは、眠るのも食うのも勝手気ままな、昼とも夜とも区別のない車中生活だった。 部隊を出て2日目の夕方頃には、各自持参してきたパンもなくなり、いよいよ炊事を始めなければならないことになった。 「飯を炊くことを考えようや」 と、雇員に催促されて、私達は畳の下になっている米俵をこじ開け、用意してきた鍋を出し、狭苦しいところで米を鍋に受けた。燃料は特に用意していなかったから、粉末味噌の箱をこわした。機関車のそばに行って、水をもらって米をとぐ。石ころや土塊を集めて、かまどを作り、火を燃やしつけようと思っていると、突然発車の合図だ。汽笛を続けて3度鳴らすのが、合図であった。 ●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!! 『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 共同の人体実験 第1の部分で生産された毒ガスはパイプを通って第2の部分へ流入し、中に入れられた実験対象の動物あるいは人間に作用するが、実験者はガラス越しに実験状況を観察できる。勿論、この実験を受けると、生きて外には出られない。このため、この装置は森村誠一の本では「死の箱」と呼ばれている。 ![]() (広島県大久野島毒ガス工場) ●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を! 田中利幸 3)憲法前文、9条と第1章の根本的矛盾 その意味では、一国の憲法前文でありながら、普遍的、世界的な平和社会構築への展望を展開しているという点で極めて特異な前文と言える。 憲法9条が前文と常にセットで議論されなくてはならないと先に述べたのは、このように9条と前文が密接に絡み合って一体化しているからに他ならないからである。つまり、9条と前文は、一体となって、「あらゆる戦争の非合法化」に向けての展望をすら内包しているとも言える。逆に言えば、憲法9条と憲法前文を分離させるならば、平和構築に向けてのこうした複合的アプローチの見取り図と展望が失われてしまう。 ●『人間の価値』 ―1918年から1945年までのドイツ医学 Ch.ブロス/G.アリ編 林 功三訳 ベルリン医師会理事会を代表して ヘルムート・ベッカー博士 エリス・フーバー博士 序言 「あの宿命的な歴史の流れはさまざまな源泉をもっていたにちがいない」と1947年にアレクサンダー・ミッチャーリヒとフレート・ミールケは、ニュルンベルグ裁判を総括している。そしてこの後に続けてかれらはこう書いている。 「医者たちは、かれらの攻撃的な真理追究と独裁のイデオロギーとの2つの発展が交錯する点に立ったとき、はじめて公認の殺戮者・公的に任命された拷問吏になったのである。人間を『症例』としてみるか、腕に入れ墨された番号としてみるかは、かれらにとってほとんどどちらでもいいことだった。残酷な時代を示す二重の無表情がそこにみられる。」ミッチャーリッヒとミールケは、この裁判で学問的に高いレベルにあった医者の名前が絶えず挙げられていたことを指摘している。今でも一般には、白衣を着た殺人者、残酷な強制収容所医師というイメージがあり、このイメージは、犯罪に関与した医師たちの中でサディストだったのは実際にはごく僅かであり、大部分は社会的に尊敬されていた大学教授、研究者、すぐれて活動的な医師であったという事実をみることを妨げている。 昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版) ![]() ![]() ●「化学学校記事」情報公開裁判 9月4日 11:30〜(522号法廷) ●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか? なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? 次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判 9月26日(木)11:30〜419法廷 金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。 その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか? 防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。 あとの資料はどこに消えたのか? 彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。 金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。 その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。 2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。 金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。 また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか? 次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 ![]() 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901〜1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11〜43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 「衛生学校30年のあゆみ」 校長在職時代の憶い出 第4代校長 金原節三 教育監察というので、教官の教育振りを拝見すると、その内容は、米軍のものの直訳をmanualとした応用のきかぬ型にはまったものの切り売りをしているだけで、こんなことなら何も教官を教壇にわざわざ立たせないでも、専門権威者に吹き込んで貰ったレコードでも聞かした方が、余程ましだと思ったりした。 ※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904〜1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) ![]() ●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇 ●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く ●水俣病問題 ●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去 ●小泉親彦と宮川米次の絆 ●ヒロシマからフクシマへ ●宮川正 ●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ— ●ビキニ「死の灰」世界各地へ ●自衛隊とサリン ●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 ●日本の国家機密 ●兒嶋俊郎さんを偲ぶ ●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 ●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より) 第3部 陛下の戦争 1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年 ※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!! 第9章 聖戦 さらに、今日、証拠として残された文献史料から検討してみると、さまざまな重要な局面で天皇は戦略の立案、計画の決定、時期の選定、その他の軍事作戦に関することに、時に日課として関与していた。そして、そればかりではなく、進行中の現地の作戦にも介入し、天皇の介入なくしてはけっしてありえないような変更をもたらしていた。天皇は、方面軍司令官が指揮下の部隊に下した命令をも監視し、時には論評を加えた。天皇がこうしたことを行う範囲についてこれを規制するものはなかlった。 ●小泉親彦と昭和天皇 ●近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 ●近代天皇制の真髄は ●福沢諭吉 ●神武と戦争 憲法9条を生かそう!! |
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●「琉球処分」から140年、今の沖縄を考えるパネル展
●「琉球処分」140年 後田多敦さん講演 ●沖縄 ●戦争とは何だろうか?? ●軍事研究に関する学長声明 龍谷大学 学長 入 澤 崇 ●第24回 スタディツアー 事前学習会 ●文学者の戦争協力 ●香港の皆様へ!! ●731部隊「講演と合唱の夕べ」 ●北宏一朗さんを偲ぶ ●長崎731部隊・100部隊パネル展 ●京大 学位授与問題!! ●長野平和の旅 ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●武蔵村山の国立感染症研究所問題!! ●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判) ●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授 ●731と米国の核戦略 ●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと ●香港の皆様へ!! ●北宏一朗さんを偲ぶ 相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 北宏一朗 海軍の毒ガス工場・相模海軍工廠 (寒川町)で、どのような化学兵器が作られていたのか、化学実験部=海軍技術研究所(平塚)では? ―毒ガス、化学戦、悪魔のネットワーク― 一本土決戦に備える毒ガス部隊一 環境省が発表した(`03.11.28)、昭和48年「旧軍毒ガス弾等の全国調査Jフォローアップ調査報告書によれば、神奈川県に於ぃては12ケ所、平塚(海軍技術研究所跡地)、寒川(相模海軍工廠跡地)、そしてその中に茅ヶ崎市の事案(神奈川14-9)がある。 1983年6月4日付朝日新聞は「茅ヶ崎、旧軍の青酸ガス弾、学校跡地から発掘、作業の人やけどJと報じた。場所は茅ヶ崎市富士見町の私立「平和学園」(現アレセイア湘南)の敷地内、幼稚園の裏側、深さ2.5mの所から球状のビンが300個以上、旧海軍の青酸ガス弾と見られていたが、後に塩素系の催涙手投げ弾119個と発表され、自衛隊によらて処理されたとある。昨年平塚で発見された球状の青酸手投げ弾のことを考えると119本以外のビンの内容が不明にされたままが不自然である。この現場は昭和20年5月から海軍砲術学校があった場所とされ、 フォローアップ調査では現在の状況として、“鉄筋4階建の教育施設が建っていて、井戸水は飲用していない。旧海軍砲術学校について、学校そのものが存在していない"と記されている。 ●何で微罪で長期勾留する?? 微罪で長期勾留?おかしくないか?日本も人権意識が欠如している!! 以前までは香港の日本領事館が南京大虐殺の抗議を受け取っていたが、去年は受け取らないので、日本まで抗議に来たという。 香港人「靖国神社」建造物侵入事件"長期勾留"の謎? 靖国神社でぼや、横断幕も=中国籍の男を逮捕 ●徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! 日本の医学界はなぜ謝罪しない??? 又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!! なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!! 戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日〜5月3日 ●「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! ビキニ「死の灰」世界各地へ 日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!! 平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相 ●憲法第9条 1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】 ・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前) ・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない) 統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に 水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!! なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ??? 2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影 オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!! ●ニュース エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する? 日本は全く細菌戦の反省をしていない!! 危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所 危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設 ![]() ![]() 鹿児島で猛烈な雨 土砂災害や氾濫など厳重警戒 トランプ大統領の安保条約発言 「現段階で静観」菅官房長官 籠池氏、森友問題は「『安倍守り』の対応」宮崎元議員と対談 トランプ氏が非武装地帯を視察 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ??? 防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声 辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」 自衛隊の不祥事!! 日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜 このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】 “私は不妊手術を強いられた” 〜追跡・旧優生保護法〜 医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ??? 強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ 福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上 彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚 なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは? 「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖 20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」 731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!! 日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報 イージス・アショア 田岡俊次 青木理 なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか?? 20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会 2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏 竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任 ![]() 竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか 海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見 【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任 森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」 「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ 松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示 “旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27) 真実を隠すために死刑にしたのでは?? オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活 京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局) 731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に ●横浜「戦争の加害展」感想 2月13日 ・初めて知ることがとても多く、驚かされました。明日以降ももう一度見に来ようと思います。(男性、30代) ●「特殊部隊731」 秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行) 第3部 追われるもの 連絡のためだろうか、尾藤属が、貨車の扉を開けて出て行く時に、騒々しくごった返している避難民と、貨車の周りをこつこつと靴音たてて歩きながら警備している憲兵を、ちらと見た。まだ、差し迫った事態には至っていないようである。そうした安心感から、私達はまた眠ってしまった。 いつの間にか、夜が明け、列車は快調に走り続けた、新京を目指して、南下しているのである。昨夜、にわか雨があったせいであろうか、青々と続く平原は、今淡い霧に包まれ、その中を黒く長い私達の列車が大気を押し分けるように走っている。 「列車が、何だか、また長くなったようだねぇ。そうじゃないか」 「ハルビンで、継ぎ足したんじゃないか。製作工場の連中が合流したのかも知れんぞ」 雇員たちが話し合っている。製作工場といえば、私達もいつか見学した、あの濾水機を作っていた工場に相違ない。 その日の午後になると、ソ連軍が、第二松花江ともいう拉林河の鉄橋を破壊するに違いないという幹部の憶測が伝えられた。 まだ、直接敵の攻撃を受けたわけではなかったが、双城駅を過ぎるころから、列車は頻繁に停止し始め、はやる私達の心をことさら不安にした。 ●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!! 『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 共同の人体実験 1種のガス発生器(ガスチャンバー)と呼ばれる設備が両部隊が連携する主要な媒体だった。ガスチャンバーは実際には毒ガスを生産するとともに人体実験にも利用する1組の装置で、2つの部分によって構成される。1部分は5ミリの鉄板で囲まれた1辺が3.6mの正方形で、内側に毒ガス生産設備を備えている。その天井には扇風機があって毒ガスと空気を混合させる。もう1つの部分はやや小さく1辺が1.8mの正方形で、天井と床以外の四面は特種防弾ガラス張りで、外から中がはっきりと見える外部からの実験観察用である。その中の1面は片開のドアで、開けると小型台車をレールで押し込める。この2つの部分はパイプで連結している。 ![]() (広島県大久野島毒ガス工場) ●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を! 田中利幸 3)憲法前文、9条と第1章の根本的矛盾 さらには、全世界のあらゆる人々(日本語の前文では「国民」となっているが、英語の原文はPeople)が平和に暮らす権利=「平和的生存権」を有しているいことも確認している。つまり、この前文では、日本人が自分たちの政府に戦争を再び起こすことを許さず、世界のあらゆる人間が平和を享受する権利を持っているという認識に立って、国際社会で平和的な人間関係を創り出していくことに積極的に貢献していきたいと主張している。ここには、平和とは人権の問題、生存権の問題であり、地球的・普遍的正義論の問題であり、国際協調主義の問題であることが謳われている。 ●『人間の価値』 ―1918年から1945年までのドイツ医学 Ch.ブロス/G.アリ編 林 功三訳 ベルリン医師会理事会を代表して ヘルムート・ベッカー博士 エリス・フーバー博士 ・・・・・・・ ベルリン医師会はまた1934年から1939年までの『国際医師報ー国際社会主義統一医師団機関誌』の復刻版(ナチズムの保健・社会政策の叢書第7巻、1989年、ベルリン、ロートブーフ社)を刊行し、これまで歴史の中で埋没してしまっていた、亡命医師たちに関する唯一のドキュメントを公開した。 ベルリン医師会理事会は、たった9ヶ月でこれら全ての事業を成し遂げた全ての関係者に感謝の意を表したい。 このプロジェクトは、多数の医師たち、バーデン=ヴェルデンベルグ州医師会、ブレーメン州医師会、ハンブルグ医師会、ノルトライン州医師会、シュレースヴィッヒ=ホルスシュタイン医師会および、いくつかの会社、銀行、ベルリン市参事会、ドイツ階級別宝くじ財団、州労働局およびその他のスポンサーから、寛大な財政的援助を受けた。とりわけベルリン医師会理事会は、第92回全国医師会の会期中、展示会の取りまとめに尽力された連邦医師会会長のカルステン・ヴィルマル博士に感謝申し上げたい。ベルリン医師会は、この展示の成果が医師の間で自分たちの過去を公然と論議するのに役立ってくれることを希望する。ナチズム時代の医学を思い起こすことによって、医師たちは、自己批判をおこない、今日の医療の倫理の諸問題に一層敏感にならざるをえない。 昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版) ![]() ![]() ●「化学学校記事」情報公開裁判 9月4日 11:30〜(522号法廷) ●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか? なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? 次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判 9月26日(木)11:30〜419法廷 金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。 その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか? 防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。 あとの資料はどこに消えたのか? 彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。 金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。 その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。 2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。 金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。 また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか? 次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 ![]() 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901〜1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11〜43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 「衛生学校30年のあゆみ」 校長在職時代の憶い出 第4代校長 金原節三 しかし、衛生学校というのは、率直に言って、部外に居って私が期待想像していたものとは、大分かけ離れたものであった。簡単に旧軍の軍医学校並みとばかり思っていたのに、来てみると、施設にしろ、装備にしろ、遥かにお粗末なもので、教育手段にしても、座学70%、野外訓練20%、技術実習10%という数字は驚くほかなかった。これでは、Medicalの名は付けられぬのではないか、field"non medical" service school か野戦下士官学校とすべきではないかと上司に訴えたものだった。 ※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904〜1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) ![]() ●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇 ●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く ●水俣病問題 ●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去 ●小泉親彦と宮川米次の絆 ●ヒロシマからフクシマへ ●宮川正 ●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ— ●ビキニ「死の灰」世界各地へ ●自衛隊とサリン ●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 ●日本の国家機密 ●兒嶋俊郎さんを偲ぶ ●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 ●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より) 第3部 陛下の戦争 1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年 ※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!! 第9章 聖戦 。しかし、天皇の「御下問」は、臣下に対する質問というかたちを取っているものの、奉答者に対して天皇の意思を示す場合が多く、事実上の命令に等しく、無視できないものだった。時に、天皇は進行中の軍事作戦を変更しようとして、反対論に遭遇することあったが、天皇が主張する以上、たとえ、統帥部長が天皇とは異なる方針を持つ作戦部長や重要な部局の長の意思を否定しなければならないとしても、天皇が最優先なのである。要するに、統帥部は精力的で、活動的な天皇に対して責任を有していたのであり、けっして、彼らが望むがままに日中戦争を遂行することはできなかった。陸海両大臣も同様であり、彼らもまた、昭和天皇の御下問に服し、時に天皇の叱責を受けることがあった。 ●小泉親彦と昭和天皇 ●近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 ●近代天皇制の真髄は ●福沢諭吉 ●神武と戦争 憲法9条を生かそう!! |
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●戦争とは何だろうか?? ●軍事研究に関する学長声明 龍谷大学 学長 入 澤 崇 ●第24回 スタディツアー 事前学習会 ●文学者の戦争協力 ●香港の皆様へ!! ●731部隊「講演と合唱の夕べ」 ●北宏一朗さんを偲ぶ ●長崎731部隊・100部隊パネル展 ●京大 学位授与問題!! ●長野平和の旅 ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●武蔵村山の国立感染症研究所問題!! ●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判) ●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授 ●731と米国の核戦略 ●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと ●原子爆弾症研究者都築正男と米の核戦略 ●武見太郎と金原節三の関係 ●香港の皆様へ!! ●北宏一朗さんを偲ぶ 相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 北宏一朗 海軍の毒ガス工場・相模海軍工廠 (寒川町)で、どのような化学兵器が作られていたのか、化学実験部=海軍技術研究所(平塚)では? ―毒ガス、化学戦、悪魔のネットワーク― 相模海軍工廠、海軍技術研究所こそ、陸軍の大久野島、科研、登戸研究所と対をなす化学戦の重要なネットワークの一部と位置らけられます。 日本政府には、陸・海軍の行った秘密の化学戦の全容を明らかにする義務と責任があり、遺棄・隠匿された毒ガスの回収・無害化を国内外にわたって一刻も早く進めなければならない。何故ならば毒ガス兵器は生きており、いつ住民に襲いかかるかわからないからです。 ●何で微罪で長期勾留する?? 微罪で長期勾留?おかしくないか?日本も人権意識が欠如している!! 以前までは香港の日本領事館が南京大虐殺の抗議を受け取っていたが、去年は受け取らないので、日本まで抗議に来たという。 香港人「靖国神社」建造物侵入事件"長期勾留"の謎? 靖国神社でぼや、横断幕も=中国籍の男を逮捕 ●徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! 日本の医学界はなぜ謝罪しない??? 又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!! なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!! 戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日〜5月3日 ●「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! ビキニ「死の灰」世界各地へ 日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!! 平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相 ●憲法第9条 1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】 ・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前) ・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない) 統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に 水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!! なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ??? 2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影 オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!! ●ニュース エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する? 日本は全く細菌戦の反省をしていない!! 危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所 危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設 ![]() ![]() 日本、IWC脱退=31年ぶり商業捕鯨再開へ 北方領土問題「進展なく残念」 日ロ首脳会談受け元島民 アイヌ文化の発信拠点 菅氏が視察「北海道観光の起爆剤に」 訪韓中のトランプ大統領 キム委員長と面会実現か 注目 韓国ムン大統領 安倍首相と非公式の接触もなく帰国へ 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ??? 防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声 辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」 自衛隊の不祥事!! 日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜 このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】 “私は不妊手術を強いられた” 〜追跡・旧優生保護法〜 医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ??? 強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ 福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上 彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚 なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは? 「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖 20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」 731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!! 日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報 イージス・アショア 田岡俊次 青木理 なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか?? 20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会 2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏 竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任 ![]() 竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか 海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見 【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任 森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」 「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ 松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示 “旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27) 真実を隠すために死刑にしたのでは?? オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活 京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局) 731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に ●横浜「戦争の加害展」感想 2月13日 ・本当に真実は曲げられ、日本が加害の側に立っていたことはウソだったように思い込まそうとする政府。子や孫に真実を伝えないと、日本は再び戦争をすることになってしまうと、感じました。(女性、60代) ●「特殊部隊731」 秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行) 第3部 追われるもの 野口傭員も自分だけの憶測を語っているだけらしいが、私は、これはかなり根拠がある説だと思った。 ソ連機の爆音が追いかけるように、忘れかけたころになると、決まって聞こえてくる。 情報を取りにいっていた尾藤属が帰ってきて、牡丹江方面の友軍は頑強に敵の進撃を阻止しているが、外蒙から入ってきた敵機動部隊は意外に足が早く、これまでの速度で来るとすると、14日には新京に到着するだろうから、それまでに新京を通過してしまわなければならないのだ、と言う。 「こんなに、もたもたしていて行けるのかなぁ」 「何やってんだ、いつまでも・・・・」 などと、雇員や古顔の傭員たちは不平がましくつぶやいていた。 「ま、当分は大丈夫さ。今の内に、よく睡眠をとっておくんだな。いつまた眠れんようになるか分からんぞ」 尾藤属が、そう言ってくれるので、私達はまた眠りについた。 ハルビンに着いたのは、深夜であったが、まだ眠気の抜け切らない私は、おぼろげに覚えていただけである。 ●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!! 『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 共同の人体実験 しかし防御の方法を研究するのに自分の軍隊を使うとしたら、代価は高くつく。理想的な方法は、平時にいつでも利用可能な実験対象を求められることだが、このような特別希少な人体実験対象がうまい具合に731部隊に大量に存在した。そして731部隊は人体に対して各種各様の細菌実験を行い、同時に毒ガス実験を行っても、それは人体を十分利用するに過ぎない。問題はこのように簡単に解決した。2つの悪魔部隊は緊密に協力し合っていたのである。 ![]() (広島県大久野島毒ガス工場) ●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を! 田中利幸 3)憲法前文、9条と第1章の根本的矛盾 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。 日本は天皇制軍国主義の下で、アジア太平洋全域で、文字通り「専制と隷従、圧迫と偏狭」を作り出してきた国家であった。これを深く反省し、その責任を痛感し、その責任感を内面化することによって、国家=政府が再び戦争を起こすことを国民がさせないという決意をここで確認しているわけである。その上で、人間相互の平和的関係を構築する上で国際社会に大きく貢献し、そのことで名誉ある地位を占めたいと主張している。 ●『人間の価値』 ―1918年から1945年までのドイツ医学 Ch.ブロス/G.アリ編 林 功三訳 1938年11月9日*を思う *「水晶の夜」 ベルリン医師会の声明 ※ポグロム(ホロコースト百科事典より)・・・ポグロムというロシア語は、「破滅させる、暴力的に破壊する」という意味を持っています。歴史的にこの言葉は、ロシア帝国のユダヤ人以外の市民が地元のユダヤ人に対して行う暴力的な攻撃を意味します。ナチスドイツでは、ユダヤ人に対する公然の暴力が許容されており、奨励さえされていました。ナチスのリーダーは、厳しい反ユダヤ主義の施策を打ち出すにあたって、このような行為が市民の「心の準備をする」のに役立つと判断したのです。たとえば、1935年9月にニュルンベルク法が布告される前の夏には、ドイツ全土でユダヤ人に対する暴力行為が頻繁に行われました。これらの行為には、シナゴーグの焼き討ち、ユダヤ人所有の家屋や企業の破壊、身体的暴行などが含まれていました。同様に、「水晶の夜」と呼ばれる全国的に組織化された暴動が1938年11月9日〜10日に発生した後には、反ユダヤ人主義の法律が相次いで定められました。アインザッツグルッペン(移動虐殺部隊)は、新たに征服したソ連領の市民によるポグロムを許容し、奨励さえする命令を受けていました。1941年6月29日、ドイツ軍兵士による支援を受けたルーマニア当局と軍隊は、ルーマニアのモルダヴィア地方の都市、ヤシで発生したポグロムにおいて、少なくとも8,000人のユダヤ人を殺害しました。1941年7月10日には、占領下ポーランドのビャウィストク地区にある小さな町、イェドヴァブネの住民が、近隣の数百人のユダヤ人殺害に加担しました。 ポグロムは、第二次世界大戦と共に終わったわけではありませんでした。ポーランドのキェルツェでは1946年7月4日、生き延びて戻ってきたユダヤ人に対し、地元住民がポグロムを行いました。ユダヤ人がキリスト教徒の子供を儀式の生け贄として捧げるために誘拐したというデマが流れ、暴徒がユダヤ人を攻撃したのです。これらの暴徒は少なくとも42人のユダヤ人を殺害し、およそ50人以上に怪我を負わせました。過激なポグロムの恐怖は、ホロコーストを生き延びたユダヤ人の大半が戦後にヨーロッパを離れることを選択した動機の1つとなりました。 昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版) ![]() ![]() ●「化学学校記事」情報公開裁判 9月4日 11:30〜(522号法廷) ●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか? なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? 次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判 9月26日(木)11:30〜419法廷 金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。 その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか? 防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。 あとの資料はどこに消えたのか? 彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。 金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。 その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。 2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。 金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。 また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか? 次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 ![]() 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901〜1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11〜43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 「衛生学校30年のあゆみ」 校長在職時代の憶い出 第4代校長 金原節三 敬礼や諸動作なども移り変わりの時期だったので、ひとかどの古参幹部の中にも校長室に入るのに、米軍式室内挙手をやる仁もおったし、訓練場で垣間見る隊員の回れ右にしても日米混在といった時代であった。 いよいよ待望の制服が出来上がり、着任式挙行と相成ったのは8月8日であった。本館北の広い訓練場に整列した学校職員、隷配属部隊の諸君を前にして、高い壇上から初訓示をした時は、10年も遠ざかっていたものが、突然、眼前に蘇った心持で、無量の感慨が去来するのを覚えたが、同時に、こうして再び国の組織体の一員になったという厳粛な事実の自覚に、文字通り身の内が引き締まる思いがしたのであった。 ※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904〜1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) ![]() ●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇 ●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く ●水俣病問題 ●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去 ●小泉親彦と宮川米次の絆 ●ヒロシマからフクシマへ ●宮川正 ●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ— ●ビキニ「死の灰」世界各地へ ●自衛隊とサリン ●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 ●日本の国家機密 ●兒嶋俊郎さんを偲ぶ ●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 ●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より) 第3部 陛下の戦争 1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年 ※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!! 第9章 聖戦 同じことは統帥部長が大陸命、大海令に基づいて出すさらに重要な命令や指令についてもいえる。まず陸海軍の作戦課でつくられた草案は、部課長クラスにより修正され、次長から総長へと指揮系統に沿って上げられてゆき、発令される前に天皇の裁可を仰ぐため最終的には天皇に上奏される。このように、日本の戦争体制全体の活力となったばかりか、侵略戦争を遂行するための政策、戦略、命令を注意深く吟味して裁可した自由に行動できる個として、天皇の責任はきわめて大きい。 天皇は、問題の精査、勧告、そして、統帥部や陸海相に対するみからの質問や指令を注意深く繰り返すことで大本営と相互に影響を与え合っていた。昭和天皇はまた、みずからの地位を利用し彼らに心理的圧力を加え続けるにはどうすればよいのかを、繰り返し学んできた。日ごろは温和であり、ジョージ・スミス・パットン〔アメリカ陸軍の将軍。戦車軍団の指揮官〕ではなく、ジョージ・カトレット・マーシャル〔アメリカ陸軍の将軍、大戦中は参謀総長。のちに国務長官としてマーシャル・プランを推進〕のような礼儀正しさを保っていた。 ●小泉親彦と昭和天皇 ●近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 ●近代天皇制の真髄は ●福沢諭吉 ●神武と戦争 憲法9条を生かそう!! |
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●沖縄
●戦争とは何だろうか?? ●軍事研究に関する学長声明 龍谷大学 学長 入 澤 崇 ●第24回 スタディツアー 事前学習会 ●文学者の戦争協力 ●香港の皆様へ!! ●731部隊「講演と合唱の夕べ」 ●北宏一朗さんを偲ぶ ●長崎731部隊・100部隊パネル展 ●京大 学位授与問題!! ●長野平和の旅 ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●武蔵村山の国立感染症研究所問題!! ●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判) ●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授 ●731と米国の核戦略 ●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと ●原子爆弾症研究者都築正男と米の核戦略 ●武見太郎と金原節三の関係 ●香港の皆様へ!! ●北宏一朗さんを偲ぶ 相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 北宏一朗 海軍の毒ガス工場・相模海軍工廠 (寒川町)で、どのような化学兵器が作られていたのか、化学実験部=海軍技術研究所(平塚)では? ―毒ガス、化学戦、悪魔のネットワーク― 昭和15年、海軍技研(平塚)に陸軍参謀総長、閑院宮〈かんいんのみや〉(中国での毒ガス戦を指揮、大陸指令110号)、前年には東久邇〈ひがしくに〉が視察に訪れています。毒ガス戦将校養成機関としての陸軍習志野学校に技官を派遣。化学部隊の創設、更に陸軍技研から細菌戦の資料をとり寄せ、研究開発を進めていました。(1号兵器)。 昭和17年「決戦兵器考案ニ関スル作戦上ノ要望Jを陸・海軍で協議、昭和19年1月「大陸指令1322号、化学戦準備要綱書」に記されている「化学戦ノ準備ノ実施ニ於テハ密ニ現地海軍卜連携スルモノトスJ「秘匿名G作業卜定ム」に見られるように、陸・海軍の化学戦・毒ガス戦は両者の緊密な関係を抜きにしては語れません。 ●何で微罪で長期勾留する?? 微罪で長期勾留?おかしくないか?日本も人権意識が欠如している!! 以前までは香港の日本領事館が南京大虐殺の抗議を受け取っていたが、去年は受け取らないので、日本まで抗議に来たという。 香港人「靖国神社」建造物侵入事件"長期勾留"の謎? 靖国神社でぼや、横断幕も=中国籍の男を逮捕 ●徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! 日本の医学界はなぜ謝罪しない??? 又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!! なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!! 戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日〜5月3日 ●「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! ビキニ「死の灰」世界各地へ 日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!! 平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相 ●憲法第9条 1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】 ・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前) ・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない) 統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に 水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!! なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ??? 2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影 オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!! ●ニュース エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する? 日本は全く細菌戦の反省をしていない!! 危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所 危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設 ![]() ![]() 家族救済へ一歩 ハンセン病家族訴訟判決 「お金で人生戻らず」原告、喜びと無念さ 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ??? 防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声 辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」 自衛隊の不祥事!! 日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜 このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】 “私は不妊手術を強いられた” 〜追跡・旧優生保護法〜 医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ??? 強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ 福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上 彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚 なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは? 「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖 20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」 731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!! 日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報 イージス・アショア 田岡俊次 青木理 なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか?? 20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会 2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏 竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任 ![]() 竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか 海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見 【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任 森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」 「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ 松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示 “旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27) 真実を隠すために死刑にしたのでは?? オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活 京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局) 731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に ●横浜「戦争の加害展」感想 2月13日 ・この時期の催しに心から敬意を表します。(男性、60代) ●「特殊部隊731」 秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行) 第3部 追われるもの 初め、通化へ行くのだろうという話だったが、平房に出たとき、南へは向わずハルピンに向って北上することになったので、ますますわからなくなった。 同じ車輌に乗った浜中、森島が、ぐったりして眠るのを見ているうち、私もまた眠りに誘い込まれ、眼が覚めたとき、列車は真っ暗な野原の中に、停まっていた。 森島は起きていた。浜中は、まだ眠ったままである。 「ここはどこ?」 「もうじき、ハルビンだろうなぁ」 「何か情報は入らなかったかい?」 「さあ、何にも分からないそうだ。まさか、盲滅法に走っているわけではないだろうが」 「どこへ行くのでしょうか?」 私は、膝を乗り出して野口傭員に尋ねてみた。 「通化らしいな」 という返事だが、あまり自信はなさそうである。 「じゃ、どうして、まっすぐ拉浜(ラヒン)線を南下しないのでしょうか?」 「どうしてだか、多分、拉浜線は治安状態が良くないからだろうなぁ。五常附近の山奥は共産匪の勢力が強くて、満洲事変のときにも完全に討伐することができなかったのだからね。だから、通化へは、新京から吉林を経て入るかも知れんし、本渓湖から入るかも知れん、どっちとも分からんがな」 ●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!! 『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 共同の人体実験 この両部隊の連携は撤退前の1度だけではなかった。これより数年前、既に彼らは共同で人体実験を行っていた。なぜならば、日本軍は化学兵器を研究製造した後、一方では戦争中の実際の効果を点検する必要があり、他方では自己の軍隊の防護方法を研究する必要があったからである。この2つの目的を実現するには、人間を実験対象にすることが必要だった。これらの実験対象をどこへ探しに行けばよいのか。勿論、実戦を利用するのが1つの方法である。 ![]() (広島県大久野島毒ガス工場) ●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を! 田中利幸 3)憲法前文、9条と第1章の根本的矛盾 したがって、9条は前文と常にセットで議論されなくてはならない。その点で、、とりわけ、前文の以下の第2、第3段落の部分が重要である。 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全政界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 ●『人間の価値』 ―1918年から1945年までのドイツ医学 Ch.ブロス/G.アリ編 林 功三訳 1938年11月9日*を思う *「水晶の夜」 ベルリン医師会の声明 刊行に寄せて もう何年も前からベルリンの医師たちは、彼らの職能団体に対して、ナチズムの中で医師層が果した役割に批判的立場を示すことを要求してきた。「タブーにされた過去―断絶のない伝統?」と彼らは1980年のベルリン保健大会に質問していた。当時次々に刊行された文書はいずれも、70年代の論争を継承して、このテーマの論争に重要なインパクトを与えていた。1938年11月のポグロム50周年※に際して、ベルリンでは医師の代表は、ベルリン医師会が声明を出すことを要求し、圧倒的多数でそれが可決された ベルリン医師会理事会の研究サークル「ナチズムの中の医学」は、(西)ベルリンで開かれた第92回ドイツ全国医師会議に、ワイマル共和国時代とナチズム時代の医学というテーマで展示会を行うことを勧めた。理事会と代表者会議はこのプロジェクトを了承した。医学史研究家のクリスチアン・ブロス博士とゲッツ・アリ博士、ならびにグラフィックデザイナーのモニカ・ケラー女史の指導の下に、第92回ドイツ全国医師会議に際して、この書物が刊行され、国際シンポジウムが開催された。 昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版) ![]() ![]() ●「化学学校記事」情報公開裁判 9月4日 11:30〜(522号法廷) ●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか? なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? 次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判 9月26日(木)11:30〜419法廷 金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。 その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか? 防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。 あとの資料はどこに消えたのか? 彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。 金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。 その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。 2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。 金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。 また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか? 次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 ![]() 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901〜1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11〜43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 「衛生学校30年のあゆみ」 校長在職時代の憶い出 第4代校長 金原節三 学校見学を終えると在京の先輩や同僚に相談し、更に帰郷して華族、親類などの了解を得て、7月20日再度上京、OKのご返事をしたのであった。かくて、8月1日発令、8月4日3度目の上京、自衛隊入りという事になり、申告、挨拶、出勤という事に相成ったが、レディーメイドの制服を着られぬ私は、注文の服が出来上がるまで、私服で登校しなければならなかった。この間は、公式行事ができぬので、もっぱら校長室に蟄居し、安西1佐はじめ関係諸官から先ず、「自衛隊の要領」についての速成教育を受けたのであった。米軍式のところもあるかと思うと、純然たる旧軍式のものもあるというのはともかくとして、やたらに、米式略語の多いのには面食らった。「それはPXで売っております」などと言われても、そのPXがまずわからないのであった。 ※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904〜1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) ![]() ●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇 ●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く ●水俣病問題 ●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去 ●小泉親彦と宮川米次の絆 ●ヒロシマからフクシマへ ●宮川正 ●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ— ●ビキニ「死の灰」世界各地へ ●自衛隊とサリン ●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 ●日本の国家機密 ●兒嶋俊郎さんを偲ぶ ●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 ●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より) 第3部 陛下の戦争 1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年 ※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!! 第9章 聖戦 さらに内閣は(全体として)軍を統制することができなかった。というのは、内閣の統合力が弱く、天皇に単独で上奏する権限を持つ陸海大臣は内閣で特異な立場にあったからである。陸軍が大本営を支配し、その独立した「最高指揮権」が弱化することを懸念した海軍は、大本営の設置に際して首相と文民を大本営から除外することを主張した。昭和天皇はこの調整を許可したが、それは効率性を低減させ、戦争を通じ文民機構との情報交換と調整を阻害したのである。 大本営の設置によって、昭和天皇は祖父明治天皇でさえできなかった行動的な大元帥としてふるまうことがより容易であることがわかった。天皇による最高命令の伝達、すなわち大陸命〔陸軍に対する統帥命令〕、大海令〔海軍に対する統帥命令〕は、各方面軍司令官、軍司令官、しばしば師団長、艦隊司令官宛にも直接出され、参謀総長と軍令部総長とは天皇の命令の「伝達者」として機能した。天皇が大本営の全ての命令を精査することは物理的には不可能だが、最高の範疇となる―天皇の最高の統帥命令―これらの命令は、統帥部が伝達する前に昭和天皇により注意深く吟味されていた。 ●小泉親彦と昭和天皇 ●近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 ●近代天皇制の真髄は ●福沢諭吉 ●神武と戦争 憲法9条を生かそう!! |
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24日(月)〜28日(金)までブログをお休みします。
●軍事研究に関する学長声明 龍谷大学 学長 入 澤 崇 ●第24回 スタディツアー 事前学習会 ●文学者の戦争協力 ●香港の皆様へ!! ●731部隊「講演と合唱の夕べ」 ●北宏一朗さんを偲ぶ ●長崎731部隊・100部隊パネル展 ●京大 学位授与問題!! ●長野平和の旅 ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●武蔵村山の国立感染症研究所問題!! ●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判) ●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授 ●731と米国の核戦略 ●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと ●原子爆弾症研究者都築正男と米の核戦略 ●武見太郎と金原節三の関係 ●香港の皆様へ!! ●北宏一朗さんを偲ぶ 6月10日に、北宏一朗さんが逝去されました。 横浜の「戦争の加害展」では、私は大変お世話になり、色々相模海軍工廠の事や、関東大震災時の横浜での虐殺事件のことを教えていただきました。 また、映画「沈黙」の上映会の時は、茅ケ崎、横浜、横須賀と体調の悪い中、先頭に立って、上映会を成功させたことが大変印象に残っています。 心より、ご冥福をお祈りいたします。 ![]() ![]() 追悼 北宏一朗さん 2019年1月26日文京区民センター 相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 北宏一朗 海軍の毒ガス工場・相模海軍工廠 (寒川町)で、どのような化学兵器が作られていたのか、化学実験部=海軍技術研究所(平塚)では? ―毒ガス工場の恐ろしさ― これらの化学兵器・毒ガス兵器はどこに送られ、敗戦時にはどこに隠匿されたのでしょうか。その多くが中国大陸へ、そして南方へ、対ソ戦用に北方に配備、最後には本土決戦用 として(決号作戦)大量の毒ガス兵器が配備されました。 陸軍毒ガスエ場の大久野島(広島)には現在も地下壕に大量の毒ガスが埋蔵されています。北海道美幌基地の地下壕にある60kgイペリット・ルイサイト混合爆弾(不凍)、福岡県苅田港周辺海域に放置されたまま538発にのぼる爆弾、寒川町岡田にある特殊地下壕に隠匿された各種毒ガスの原材料、毒ガス兵器、隠匿された陸・海軍の化学兵器、毒ガス兵器は今日に於いても、その毒性はおとろえることもなく地下に、地中に、海中等に眠っています。国内にとどまらず、中国をはじめ東南アジア全域に、南洋諸島に及んでいます。 ●何で微罪で長期勾留する?? 微罪で長期勾留?おかしくないか?日本も人権意識が欠如している!! 以前までは香港の日本領事館が南京大虐殺の抗議を受け取っていたが、去年は受け取らないので、日本まで抗議に来たという。 香港人「靖国神社」建造物侵入事件"長期勾留"の謎? 靖国神社でぼや、横断幕も=中国籍の男を逮捕 ●徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! 日本の医学界はなぜ謝罪しない??? 又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!! なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!! 戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日〜5月3日 「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●沖縄 沖縄戦全記録 2015 6 14 ・松代大本営と沖縄 海は命!! シバサシ−安里清信の残照− ダイジェスト ![]() ![]() ![]() ![]() 沖縄は、核と枯葉剤で汚れている!! 「天皇メッセージ」 (てんのうめっせーじ) 枯れ葉剤を浴びた沖縄とベトナム戦争 沖縄と核 ●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! ビキニ「死の灰」世界各地へ 日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!! 平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相 ●憲法第9条 1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】 ・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前) ・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない) 統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に 水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!! なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ??? 2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影 オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!! ●戦争とは何だろうか?? 隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜 戦争神経症 「文学者の戦争協力」 神子島健(かごしまたけし) 治安維持法10万人の記録 治安維持法と長野県 NNNドキュメント「防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ」 東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ ●ニュース エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する? 日本は全く細菌戦の反省をしていない!! 危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所 危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設 ![]() ![]() 沖縄戦遺族、鎮魂の火ともす…「慰霊の日」前夜祭 沖縄戦74年「慰霊の日」平和への願い 戦争の記憶どう受け継ぐ 「安倍首相がんばれ」間違いだった 籠池夫妻講演 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ??? 防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声 辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」 自衛隊の不祥事!! 日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜 このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】 “私は不妊手術を強いられた” 〜追跡・旧優生保護法〜 医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ??? 強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ 福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上 彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚 なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは? 「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖 20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」 731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!! 日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報 イージス・アショア 田岡俊次 青木理 なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか?? 20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会 2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏 竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任 ![]() 竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか 海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見 【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任 森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」 「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ 松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示 “旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27) 真実を隠すために死刑にしたのでは?? オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活 京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局) 731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に ●横浜「戦争の加害展」感想 2月13日 ・普段触れることがない過去の出来事を知ることができました。もっと知って記憶もするよう努力したいと思います。(男性、60代) ●「特殊部隊731」 秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行) 第3部 追われるもの 延々とつながれた長い貨車は、傷ついて逃げ行く蛇のように走った。私が乗った車輌は、同輩と雇員が大部分で、武器を所持してきた者は半数ぐらいだった。拳銃や軍刀はどこかに、まとめて積み込んであるはずだった。高級幹部たちは、最後の車輌である。 逃げながらも、私達は、日本が負けるなどとは考えていなかった。だが、行く先がはっきりしないらしく、車輌の責任者である尾藤属すら確かな回答はできない始末だ。 ●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!! 『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 731部隊との関係 「2人の516部隊員は独房から独房へと経めぐり、1個1個毒剤瓶を小窓ごとに投げ入れ、『かつかつ』と革靴の音が廊下に響き渡る。 ガラス瓶が割れると、青酸は急速に気化し、『マルタ』たちは瞬く間に窒息した。口から泡を吹き、手錠をつなぐ鎖で小窓をたたきながら、間もなく息絶えた。 建物全体が人間地獄と化した」 上述の資料は、731部隊が撤退の前に大虐殺を行ったとき、516部隊が参与し、致命的な化学兵器を使用したことを証明する。関東軍の細菌部隊と化学部隊との間には極めて密接な連絡があったのだ。 ![]() (広島県大久野島毒ガス工場) ●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を! 田中利幸 3)憲法前文、9条と第1章の根本的矛盾 憲法前文の第1段落は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍がおこることのないようにすることを決意し」、この新しい憲法を制定するのだと主張している。したがって、戦争放棄を唱える憲法9条も、15年という長期にわたる日本人の戦争体験からの反省と戦争責任の深い認識を基本的な理念としていることは明らか。つまり、9条の絶対的な非戦・非武装主義は、憲法前文で展開している憲法原理思想と密接に絡み合っているのであって、したがって、9条は前文と常にセットで議論されなくてはならない。その点で、、とりわけ、前文の以下の第2、第3段落の部分が重要である。 ●『人間の価値』 ―1918年から1945年までのドイツ医学 Ch.ブロス/G.アリ編 林 功三訳 1938年11月9日*を思う *「水晶の夜」 ベルリン医師会の声明 医師たちは選別と殺戮の官僚機構に協力した。専門家として彼らは選別の鑑定を行い、国家医療行政機構に協力して、強制収容所へ患者を移送させた。 医師たちは「安楽死病院」で働いた。彼らによる「認定」がヨーロッパのユダヤ人の工場的規模の殺戮の基礎になった。 医師たちは強制収容所、研究所、大学病院で残酷な人体実験を行った。 ごくわずかの医師たちが彼らのキリスト教的、社会主義的、共産主義的世界観にしたがって抵抗したにすぎない。 ベルリン医師会はその過去の重荷を負う。我々は悲しみと恥を感じている。 昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版) ![]() ![]() ●「化学学校記事」情報公開裁判 9月4日 11:30〜(522号法廷) ●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか? なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? 次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判 9月26日(木)11:30〜419法廷 金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。 その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか? 防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。 あとの資料はどこに消えたのか? 彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。 金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。 その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。 2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。 金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。 また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか? 次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 ![]() 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901〜1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11〜43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 「衛生学校30年のあゆみ」 校長在職時代の憶い出 第4代校長 金原節三 車を本館前に停めて、内部を見て回ったが、まだ移駐前のこととて、わずかな先発隊員が開設準備作業をしているだけで、どの部屋もガラン洞で淋しいものだった。しかし、出来立ての建物は、さすがに奇麗で、白い壁面もクリーム色の塗装も見た目に快く、小粒ながら清々しい感じだった。 確か今の総務課の室(現在は総務課厚生班室)だと思ったが、1人の将校らしい人が、数名の部下を指揮して、上衣に汗を滲ませながら、自らも何か一生懸命に取付作業をやっているところだった。当時階級章も何も判らない私には、挨拶されたその人の顔の若々しさから、中尉位の階級だと思ったが、これが松岡2佐(管理課長)その人であった(のち、第1衛生大隊長に転出、急逝された松岡多喜夫1佐)。この時の松岡2佐の尊い率先垂範ぶりが、私の自衛隊入りを決めるについての大きい要素となったことは、思えば1つの運命であった。 ※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904〜1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) ![]() ●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇 ●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く ●水俣病問題 ●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去 ●小泉親彦と宮川米次の絆 ●ヒロシマからフクシマへ ●宮川正 ●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ— ●ビキニ「死の灰」世界各地へ ●自衛隊とサリン ●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 ●日本の国家機密 ●兒嶋俊郎さんを偲ぶ ●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 ●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より) 第3部 陛下の戦争 1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年 ※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!! 第9章 聖戦 大本営の主要メンバーはすべて天皇を輔翼するが、陸海の現地司令官に天皇の命令を伝達するのは陸海軍の統帥部長だけだった。昭和天皇は、大本営を通じて関東軍や支那派遣の陸軍のような天皇直属の現地部隊を含めた陸海軍に対する最終的な指揮権を行使していた。天皇と統帥部は、大本営政府連絡会議を通じて、文民統治機構との政策調整を試みた。しかし、昭和天皇にとって戦争指導の調整と統一は達成不可能であることが判明する。というのは、大本営では陸海軍の対立が再現される一方、連絡会議は、国務大臣が個々に天皇を輔弼するという原則―それは結局、守られなかったが―に基づいていたからでる〔明治憲法は内閣が全体として天皇を輔弼するのではなく、各々の国務大臣が所管事項について単独で天皇を輔弼するという原則を採用していた〕。 ●小泉親彦と昭和天皇 ●近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 ●近代天皇制の真髄は ●福沢諭吉 ●神武と戦争 憲法9条を生かそう!! |


















