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全世界の究極の祈り・願い!!
「No more war!!」
武器よ!さらば!
                              「怨」
きけ!「マルタ・アジアの犠牲者」の叫び!
新しい日本!!
(昭和天皇の戦争責任・戦争犯罪を問う。)
(時効なき戦争責任・戦争犯罪)

●731部隊
『731部隊の生物兵器とアメリカ』
(バイオテロの系譜) 2003年発行
(ピーター・ウィリアムズ / デビッド・ウォーレス=著 西里扶甬子=訳 かもがわ出版)
◆40年後の731部隊関係者
◆731部隊関連科学者たちの戦後
 
川上善博士は京都帝大時代からの石井の同輩で、平房で伝染病に対する人種による抵抗力の違いを調べる研究を中心になってやっていたが、満州で死亡している。
 終戦間際に徴兵されて平房へ行った若き血清学者の秋元寿恵夫博士は、医の倫理を問う本を書いたが、731部隊で受けた精神的な傷が元で、学者としてのキャリアを放棄してしまった。彼は「私は死ぬまで後悔し続けるだろう。30年間黙っていたが、それで何かが変わったわけではない。あの人たちはみな私の友人だったし、彼らをとがめる勇気は私にはなかった」と述べている。秋元は現在昔の同僚たちとは一切接触を持っていない。
 「彼らが全く恥じていないのにはただ呆れるばかりだ。彼らが満州でやったことは愛国心とは何の関係もない。化け物のようにふくれ上がったエリート意識があんなことを許したのだ」。秋元はこのように言葉を続けた。
 山西省にあった731部隊の分遣隊の主計部の中尉だった鈴木俊一は東京都知事であり、自民党右派の主要なメンバーだった。鈴木の居た分遣隊は人体実験には関わっていなかったが、彼は731部隊の残酷な秘密を知っていたことを認めている。
 サンダース中佐の調査中アメリカ側に渡される731部隊の科学情報の内容をチェックして、そのほとんどを阻止した新妻清一は、東京の防衛庁の防衛研究所に入った。彼は1989年現在80代で、旧陸軍将校のための戦友会を主催している。
※先日99歳で亡くなった4期16年に渡って東京都知事を務めた鈴木俊一も731に関わっていた。彼も戦争中のことは反省せず、自民党に属して活躍した。人体実験に関わっていないが、ドイツであったら過去を問われて公職追放になっていたのではないか?
 どういう訳か知らないが、ウィキペディアを見ると『北京の名誉市民』になっている。驚きだ!!また、何が評価されたのか分からないが、昭和天皇に尽くしたのだろう。戦争の最高責任者から、勲一等旭日大綬章というのを受賞している。
 私は秋元博士は本当に人間らしいと思う。彼は731部隊に行ったが人体実験には関わらなかった。しかし、その実態を見て大変なショックを受けた。健全な精神を持っていれば皆そうなるのではないかとも思う。731部隊では自殺した医学者もいただろう!!
秋元博士が書いた『医の倫理を問う』という本には731部隊に先に行っていた同じく東京帝大出身の同僚のかわりはてた姿が描かれている。
『医の倫理を問う』(秋元寿恵夫著:勁草書房)より
2、吉田の源さん
 ・・・
 それは、私が昭和19年(1944)5月末、その前年の9月に再婚したばかりの妻を伴って任地へ赴く途中、満州国での第一夜を過したハルビンの宿に、歓迎の意を伝えるべく訪れてくれた旧友の口からはじめて、部隊の秘密をおぼろげながら聞き知ったときのことである。
 その旧友というのは吉田源二陸軍技師であり、この人は旧制第一高等学校を経て昭和9年(1934)に東京大学医学部を卒業後、いつ頃から第731部隊に勤務するようになったのかは知らないが、当時は第4部二木班に所属していた。
 この吉田技師を旧友とよぶ所以は、かつて私は昭和4年(1929)4月、一高に再入学した時には同校の3年生であったばかりでなく、彼はその頃誰知らぬ者がなかったほどの向陵(一高)切っての名物男でもあったからである。
 だが、彼にハルビンの宿で久し振りに再会した私が、何よりもまず衝撃を受けたのは、(君が来てくれたのはうれしいが、それにしてもとんでもないところにやってきてしまったもんだなあ。君は知っていたのか、知らずにか)という彼からの質問がきっかけで始まった部隊の話であったが、それにもまして驚かされたのは、彼の変わり果てた面影であった。
 私の記憶の中で生きていた吉田の源さんは、豪放らい落を絵に描いたような、典型的な一高健児であった。そして、数々の向陵物語でおなじみな記念祭とか、全寮茶話会とか、あるいはまた一高三高対抗野球戦とか、寄宿寮ストームなどでは、必ずと言ってよいくらい高吟乱舞をほしいままにしていた彼の姿を見るたびに、私は「友の憂いに我は泣き、我が喜びに友は舞う」という寮歌の一節がそのままのかたちで演じられている感に迫られたものであった。
 それがどうであったろう。ハルビンの宿で目前にした吉田技師は、相手をまともに見ることはせず、いつも伏し目勝ちで、話す言葉には弾みがないのでぼそぼそと聞きづらく、あまつさえその口もとにはうすら笑いさえ浮かべていたのである。
 しかもそれは相手に対してというよりは、多分に自分自身へ向けての侮蔑の現われであることはたやすくみてとれた。それにしても、かつては豪傑笑いとよく噂された、明るい、いかにも屈託のなさそうな彼のあの笑いがいつも間に、こんな後ろめたい、謎めいたものに変わってしまったのか。
 そのほか、彼の身のこなし方にも以前とはすっかり違ってしまっているところがあるのに気がついた。たとえば、両肩をすぼめ、前かがみになって歩く彼の後ろ姿などは、その身につけているカーキ色の軍属服とはおよそちぐはぐな感じであったし、それやこれやが重なり合った彼の変わりようは、(これがあの源さんなのか)と、しばしわが目を疑いたくなったほどのものであった。
 私はその後も、しばしば彼とは話し合ったこともあり、それに間もなく彼が二木班でどのようなことをやっていたのかを知るに及んで、初めてすべてが残りくまなく解き明かされたのである。そして私は改めて、ドイツ浪漫派作家が好んで題材にしたあの「悪魔に影を売り渡した男」は現実にも存在しているのであって、決してとりとめもない空想の産物などではないことを思い知ったのであった。
※高校時代には吉田も明るい明日を夢にみて、自分を鼓舞したのだろう!!だが、戦争は本当に人間をおかしくする!!
ちなみに二木班ではどんなことをやっていたか?『死の工場』(シェルダン・H・ハリス著:近藤昭二訳:柏書房)より
 二木秀雄博士は、結核についての彼の実験に関して報告する中で以下のように記している。カルメットバチルス(BCG)を扱った人体実験においては、「すべての実験体が回復をみた」が、ヒト型結核菌を扱った試験においては、「すべての投薬が粟粒結核症をひき起こし、10.0ミリグラム注射された被験者については1ヶ月以内に死に至り、他の者も重病になり前者より長くは生きたものの、後におそらく死んでいる」。別の試験では、「〔薬剤の〕注入後直ちに熱を伴った激しい症状が現れ、その後1ヶ月で死に至っている」。二木は満州の子供たちを使って実験し、陽性のツベルクリン効果を達成している。彼は、結核病原菌の「オリジナル・ストック」を「自然状態」から採取した―「病毒性は、人体実験材料に感染させることで保存された」。二木秀雄博士の実験は、結核が細菌戦の戦略としては効果的なものでないだけに特にぞっとするものである。通常、結核は効いてくるのがゆっくりすぎて、細菌兵器に求められる効果的なインパクトを得ることができなかった。それゆえこれらの実験は、純粋に学問的な目的で、被験者たちの命を犠牲にして行われたと結論づけるのが合理的である。
●南京大虐殺   
「この事実を・・・・」
(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館/編 加藤 実/訳)
(発行:ストーク、発売:星雲社、定価2000+税)
※私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!
2、日本軍の狂暴な個人的虐殺
目撃された虐殺の凄まじさ
夏良春(男、57歳)の証言
 1937年には、私はやっと11歳で、その時私の家は東家辺村でした。夏良華が日本軍に殺害された場景を、今でも私は昨日のことのように覚えています。
 夏良華は甘家巷の人で、その時30歳ほどでした。日本軍が南京に攻めて来てから、彼は私たち東家辺村に避難してきました。ある日、日本軍が村にやって来ると知って、年寄りや子供が留守番に残ったほか、あらゆる青壮年が山に上って隠れました。夏良華は自分の女房が日本軍に踏みつけにされるのを恐れて、女房を迎えに山の下へ行きました。余乗華の家の門の所で、日本軍が彼を見て、呼び止めました。余さんの門の所にアルミの飯ごうがあり、余乗華が犬に餌をやるのに使いました。日本軍がそれを見つけて、中央軍が来たことがあるとみなし、夏良華を中央軍だと疑って、彼を村の井戸の辺まで引っ張って行き、日本軍が1人一しきりぺちゃくちゃしゃべり、銃を構えて撃つと、一発がちょうど夏の胸に当たって、彼はその場で地によろめき倒れました。日本軍はそれでも安心いかず、またやって来て横から一発追加しました。こうして夏良華は日本軍に殺害されたのです。その時私たち村中の年寄りや子供がみんな門の所でのぞいて見ていたのですが、誰も声は立てられませんでした。(李家坤が記録)

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