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全世界の究極の祈り・願い!!
「No more war!!」
武器よ!さらば!
                              「怨」
きけ!「マルタ・アジアの犠牲者」の叫び!
新しい日本!!
(昭和天皇の戦争責任・戦争犯罪を問う。)
(時効なき戦争責任・戦争犯罪)

●731部隊
『731部隊の生物兵器とアメリカ』
(バイオテロの系譜) 2003年発行
(ピーター・ウィリアムズ / デビッド・ウォーレス=著 西里扶甬子=訳 かもがわ出版)
◆40年後の731部隊関係者
◆ジョン・パウエルが暴露した免罪取引
 パウエルの真相解明はさらに続く。彼は自分自身に関するFBIのファイルを公表した。これには次回の扇動罪の公判に関連して、空軍戦略司令部からFBI長官J・エドガー・フーバーにあてた1956年3月13日付の覚え書きが含まれていた。この覚え書きはアメリカ軍の捕虜が満州において生物兵器の病原体の実験に使われたと述べていた。以下はその抜粋である。
 国防省特別活動部のジェームズ・ケラハ―Jr.氏は、日本占領後の米軍の効力について自発的にさらなるコメントを寄せてくれたが、1943年から44年にかけて日本は満州において実際に生物兵器の病原体を使って米軍捕虜を実験の犠牲にしていると断定している。ケラハ―は戦犯裁判に伴う交渉の過程にはこのような発見は持ち出されなかったと述べている。その理由は、
(1)裁判にかけられることになっていた事例はこのような情報がなくても充分に強烈なものだった。
(2)政治的便宜上、このような情報を公表することは占領現に著しい偏見を招くことになるとの判断があった。
 ケハラ―の覚え書きは米軍捕虜が実験の犠牲にされたと、特定して述べていた。この情報がなぜ極秘扱いとされたのかについてケラハ―が述べている理由も、当時の記録に残っているどのような議論とも一致しない新しい発見だった。ケラハ―がまったく別の情報源を持っていたという推測は残されてはいるが、公式ルートを通じての要請にもかかわらず、これ以上この件を裏付ける証拠は出て来ていない。多くの記録文書が破棄された。1981年10月にはフォート・デトリック技術文書館文書の実に80パーセント以上が破棄されたのだ。これは1972年に開かれた生物兵器会議の後行われた見直し策の一環として、実行されたものである。
 パウエルはしかし、朝鮮戦争における生物戦の疑惑を解明する作業を進めることはさしてできなかった。この件は、未確認の告発と未確認の否認のもつれた糸束の中に埋もれてしまっている。
※アメリカ政府も日本政府も731部隊に関する資料のほとんどを破棄してしまった。資料がもし公表されたら、731部隊や天皇の戦争犯罪・戦争責任が強く問われることだろう!!また、アメリカの責任も問われる!!日本は敗戦直前にその多くの資料を焼却処分にしたし、アメリカも朝鮮戦争・ベトナム戦争における細菌戦の非人道的な作戦が暴露される前に破棄したのだろう!!でも、ここで明らかになったのは奉天の捕虜収容所で生体実験が行われていたことだ!!
●南京大虐殺   
「この事実を・・・・」
(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館/編 加藤 実/訳)
(発行:ストーク、発売:星雲社、定価2000+税)
※私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!
2、日本軍の狂暴な個人的虐殺
目撃された虐殺の凄まじさ
王有金(男、58歳)の証言
 1937年の12月16日に、その頃私は白衣庵26号に住んでいましたが、日本軍が入ってきてから華僑路の難民区に逃げ込みました。父は生活のために商売をしに出かけて行きました。アメリカ大使館の付近で、日本軍が難民に身分証を発行していた時に、17才くらいの子供が1人、日本軍に引きずり出されて銃殺されてしまいましたが、それは私がこの眼で見たものです。後に、家に戻る道で笪橋市を通った時に、日本軍に殺害された屍がたくさん見えましたが、野犬にかじられて人の形をなしていないのもあり、ある1人の青年の死体は、24中学の近くの防空壕にほうり込まれていて、両足が天を向いていました。曹都巷の牛肉店では、日本軍に殺害された人が、死体を切り離された後牛肉店のホックに掛けられ、頭は仕事台の上に置かれていました。白衣庵の門の所では、団子を売っていた中国人が1人、日本軍に何十太刀も突っつかれ、死体は道端にほうられていました。家の爺さんは日本軍にホアクーニャン(=若い娘)を要求され、日本語がわからなくて、日本軍にこん棒で殴られ、足でけられて、頭に重い傷を受け、間もなく死んでしまいました。(沈崇峰と王佩如が記録)

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