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日米間の密約はまだまだ存在する!!
全世界の究極の祈り・願い!!
「No more war!!」
武器よ!さらば!沖縄の米軍基地撤去!

    「怨」
きけ!「マルタ・アジアの犠牲者」の叫び!
「日の丸」・「君が代」反対!!
(侵略のシンボル)(天皇賛美の歌)


新しい日本!!

「世襲の天皇制から選ばれし大統領制へ!」
(昭和天皇の戦争責任・戦争犯罪を問う。)
(時効なき戦争責任・戦争犯罪)

  広島・長崎の原爆の詩は、日本軍が中国・アジア太平洋で行った残虐行為を受けた多くの被害者の方々にも当てはまる!!
 峠三吉の詩『にんげんをかえせ』
ちちをかえせ ははをかえせ 
としよりをかえせ 
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる 
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり 
くずれぬへいわを 
へいわをかえせ 

●731部隊
『生物戦部隊731』(アメリカが免罪した日本軍の戦争犯罪)
西里扶甬子著:草の根出版:2002年発行
実戦の被害地
浙贛作戦に出動した気象班人 西島鶴雄証言
 731部隊の航空班気象班の軍属だった西島鶴雄は、このとき、重爆機の床に腰を下ろして南京まで飛んだ。

 731部隊から一緒に行ったのは、航空班からは一個小隊3、40人くらいだったと思う。パイロットと気象班と無線と整備ですね。私たちはそれから衢州(チュウジョウ)というところにトラックで行きました。歩兵部隊やなんかの戦闘部隊は先に出動して戦線が延び過ぎて、補給もできなくなってしまったんで、それを引き揚げたいわけですが、ただ引き揚げたのではすぐに又敵軍が戻って来て、殲滅(せんめつ)させられてしまうと。そこで731部隊が、それを援護する意味で出動したわけですね。
衢州は城壁で囲まれた街で、住民はすべて逃げ出したのか、誰もいませんでした。私らは大きなお寺に陣取って、仕事をしていました。150メートル先はもう城壁で、その上には歩兵部隊が銃を持った見張りを立てて、我々を警備してくれました。
衢州にも城外2キロくらい離れたところに、滑走路の短い、狭いお粗末な飛行場がありました。そこには我々の部隊の飛行機が、もう着いていました。飛行機の爆弾倉に、卵で培養した細菌を入れてまくんですが、その前に中国人の密偵を使って、攻撃目的地に行かせて、奥の方でコレラが流行っているらしいという噂を流させるのです。目的地は南昌との間でした。その密偵が戻ってきたら、すぐパッとまきに行くんです。
その時防護服とかはそれほど厳重ではなかったので、ペスト菌は使わなかったのではと思います。まいたらすぐ飛行機は南京に戻りました。我々もトラックですぐ撤退して来ました。みんなひどい下痢をしてまして、南京の陸軍病院に入院しました。元気になってから列車で哈爾浜(ハルピン)に帰りました。

この後、西島は細菌戦部隊に嫌気がさして、軍属だったのをいいことに、哈爾浜の満州国気象台に転職を申し出て、1943(昭和18)年には731部隊を去る。

※西島さんのように731部隊の実態を知ったら、誰でも部隊を辞めたくなるだろう!!
でも、西島さんのようにうまく731部隊を去って、人殺しの部隊とはあまり関係ない行き先のある人は稀だろう!!
●南京大虐殺   
「この事実を・・・・」
(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館/編 加藤 実/訳)
(発行:ストーク、発売:星雲社、定価2000+税)
※『日中歴史共同研究』(2010年1月31日公表)でも明らかなように、日中戦争は日本の侵略戦争であり、南京大虐殺は歴史事実である。私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!
2、日本軍の狂暴な個人的虐殺
目撃された虐殺の凄まじさ
郭立言(男、69歳)の証言
 1937年の12月上旬に日本軍が南京を攻撃した時、私の一家8人は国際救済委員会のしている難民区に入って住まうよう迫られました。その時私は21歳で、敵に殺害されるのを避けるため、父の友人の羅という人の紹介で国際救済委員会に入って服務員となり(会の場所は寧海路5号)収容する一部の市内の難民を世話しました。私と上の兄と3番目の弟とはいずれも割に若く、しばらく寧海路21号の花屋に住まったのですが、ガラス張りの家があって外がのぞけました。1937年の12月中旬に、日本軍の捜索部隊が難民区に闖入して来て、中国兵を検査するという名目で、隙に乗じて婦女を強姦したので、正に世に類の無いすさまじさでした。確か12月20日に、私は日本軍が銃を持って元々は国民党の軍隊の兵士だった(みんな既に軍服を脱ぎ捨てていて、下着姿をしていた)のを捕虜にするのをこの眼で見たのですが、およそ1000人余りで、寧海路25号の寧波同郷会、つまり私が住まっていた花屋の斜め向いに収容されました。ある日の早朝、日本軍は収容していた捕虜を長い縄で縛って腕と腕とをつなげ、トラックで全部水西門の方向へ運んで行ったのですが、みんなで13台か14台に載せ、1台に7、80人満載して行きました。その頃ある人が後で私に教えてくれたのでは、全部江辺に運ばれ掃射されて死に、1人として生きて帰った者はいませんでした。以上は私が目撃したことで特に覚えていて述べたものです。(郭立言が自ら述べた)

●731部隊と天皇

  欧米の帝国主義にならって、日本も中国侵略を真剣に考え、実行していった。
当時、天皇は現人神であり、日本国においては絶対の存在だった。日本人は、小さい頃から、家庭や学校で天皇を拝み、学校では教育勅語を奉読され、天皇のために死ぬことが最高の価値のように教えられた時代でもあった。当時植民地であった朝鮮や台湾の人々を二等国民とか三等国民と呼び、中国人をチャンコロと呼んで蔑視していた。また、軍医になって中国に渡れば、731部隊に所属しなくても生体解剖は当たり前のように行われていた。
 日本の傀儡政権が満州に成立すると、早速、陸軍軍医少佐の石井四郎は、満州の背陰河で人体実験を重ねながら、安くて強力な兵器(貧者の核爆弾)の開発を目指した。
 1936年、天皇の認可の下に中国ハルピンの郊外平房の広大な敷地に研究施設を作り、東京の陸軍軍医学校やその他多くの石井のネットワークと連携しながら、中国人・朝鮮人・ロシア人・モンゴル人などをマルタと称して生体実験・生体解剖などをし、試行錯誤を重ね、より強力な細菌兵器の開発を目指した。
 1938年(昭和13年)の5月には国家総動員法が発令され、京大や東大の研究者なども上司の勧めや説得により、731部隊に派遣された者もいる。731部隊は国家的プロジェクトだった。そこで開発された細菌爆弾(陶器爆弾)は中国の都市で実戦された。ペスト菌で多くの被災者を出し都市は混乱した。
 研究成果は思ったよりも上がらず、兵器の開発を急いだが、時すでに遅く、ソ連の参戦を許してしまった。
 ソ連が参戦するや否や、軍部・天皇はいち早く731部隊の証拠隠滅をはかり、建物を爆破し、収容されていたマルタを全員殺し、731部隊員を急遽日本へ戻した。
 これも戦争犯罪がばれると、天皇にもその責任が問われることになるからだ。
 731部隊にも何人かの皇族が行き来し、実際731に係わっていた皇族もいた。東条も足を運び、大元帥昭和天皇の耳にも731についての情報は入り、実際細菌戦の命令も出していた!!。
 莫大な予算をかけ、全国の優秀な医学者(京都帝大・東京帝大医学部が中心)を集めて作られた731部隊は、軍部・天皇がもっとも期待していた部隊であった!!

 マッカーサーは、軍人であった。軍事戦略に長けていた。日本軍の731部隊の細菌戦や、そこで行われている人体実験、また、アメリカ人捕虜に対する残虐行為などの情報はある程度知っていた。しかし、マッカーサーが占領統治に当たって重視したのは、そのようなことを裁くのではなく、円滑に日本統治をすすめ、将来的には日本が、アメリカの傘下に入って、共産主義と対峙する国にしようとしたのではないか?
そのためには、日本人がその当時も今もかもしれないが天皇教に洗脳されていることを利用し、昭和天皇をそのまま在位させて、その力を統治に最大限活用した。
 そして、国家的プロジェクトであった細菌兵器の開発や、731部隊で行われていた人体実験のデータを極秘裏に集め、自国の遅れている生物兵器開発に役立てようとした。
上記のことを実行するためには、天皇や731部隊員の戦犯免責が必要であったため、731部隊関係者には、最初は731部隊員の戦犯免責はマッカーサー自らが与えていたが、ソ連の介入により、アメリカ本国の了解を取るようにした。
 また、東京裁判でこの件が裁かれないように工作し、731部隊のことに関しては報道管制を敷き、天皇はじめ731部隊関係者が法廷に立つことはなかった。
 結果、天皇の戦争責任は問われることはなく、日本の生物戦の戦争犯罪も一切問われなかった。
 そして、東京裁判は、形式的なのものになってしまった。

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