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日米間の密約はまだまだ存在する!!
全世界の究極の祈り・願い!!
「No more war!!」
武器よ!さらば!沖縄の米軍基地撤去!

    「怨」
きけ!「マルタ・アジアの犠牲者」の叫び!
「日の丸」・「君が代」反対!!
(侵略のシンボル)(天皇賛美の歌)


新しい日本!!

「世襲の天皇制から選ばれし大統領制へ!」
(昭和天皇の戦争責任・戦争犯罪を問う。)
(時効なき戦争責任・戦争犯罪)

●731部隊
『生物戦部隊731』(アメリカが免罪した日本軍の戦争犯罪)
西里扶甬子著:草の根出版:2002年発行
第三章 新しい証言者と新資料の出現
昭和天皇死去・「731部隊展」以降
細菌戦野戦部隊
 末期的な謀略作戦は、終戦間際まで行われていた。1994年、731部隊展の北海道の実行委員会が見いだした証言者上川紀一(仮名)は、1998年、BBCテレビに同行して、旧満州の黒竜江省を戦後初めて訪れ、終戦間際の「細菌戦野戦部隊」について証言してくれた。
 上川は、1943(昭和18)年から衛生兵として満州の林口陸軍病院に勤務していたが、翌年末、平房の731部隊で1か月かけて、細菌・毒ガスの扱いと、解剖の専門教育を受けた。そして、下士官となった1945(昭和20)年の3月から約2週間「秘密部隊」派遣命令を受けて、トラックで中国人の集落を回り、井戸にパラチフス菌のアンプルを投げ込み、発病した村民を生体解剖するという任務についた。

 部隊は9人で、全員汚れた中国服を着て、認識票以外に日本軍と分かるものは身につけていなかった。軍用トラックで林口駅を出発し、2週間で4か所回ったが、どこへ行ったのか地名や方角など一切分からなかった。9人は私のような衛生兵、満州語通訳、朝鮮語通訳、16ミリの撮影係、運転手など仕事の分担があった。移動は1日か1日半程度だったが、数軒の家が集まっているような、小さい孤立した村落をねらって、3、4人ずつに分かれ、通行人のようなふりをして、共用している井戸にアンプル入りの細菌を投げ込んだ。
※このような謀略はしょっちゅう731部隊では行っていたようだ。それにしても、軍隊ではない庶民を対象にして何と恐いことをしていたのかと強く思う!!隊員たちは心の動揺などはなかったのか?こんな残酷な事をして!!
●南京大虐殺   
「この事実を・・・・」
(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館/編 加藤 実/訳)
(発行:ストーク、発売:星雲社、定価2000+税)
※『日中歴史共同研究』(2010年1月31日公表)でも明らかなように、日中戦争は日本の侵略戦争であり、南京大虐殺は歴史事実である。私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!
2、日本軍の狂暴な個人的虐殺
目撃された虐殺の凄まじさ
沈遐鴻(男、57歳)の証言
 不意に、私たちの家の戸も蹴られてポンポンと響き、長隆姉さんは急いで鍋底のすすを一握りつかんで顔にこすりつけてぶざまご面相にし、哈お婆さんは便器を戸の所に置いて塞ぎにし、長隆兄さんは隠れる所が無くて、頭は四角いテーブルの下に突っ込んだものの、お尻と足とはまだ外に残っていました。カチャッといって、戸が蹴り開けられ、戸口から日本軍が2、3人突っ込んできましたが、日本軍の1人はハンカチで鼻を押さえて後ろへ退き、もう1人はダチョウみたいな長隆兄さんを見て、わやわやと「支那兵だ、捕まえろ、捕まえていけ!」とでもわめいたらしく、長隆兄さんが捕まって行き、長隆姉さんは気が狂ったかのように子供を抱いて追いかけて行きながら、口で「この人は中国兵ではありません。そうではありま・・・・・」と叫び、跳び出して行って子供を長隆兄さんの懐にほうり入れ、何とか幸いなことに、その時は捕まって行きませんでした。兄は布団の中で大きく息もできないほど恐がっていました。その日は、朝から晩まで、日本兵が「安全区」で目茶苦茶に暴れ回り人を捕まえたり人を殺したり婦女を強姦したりして、しょうけつを極めました。向こう3軒両隣りの婦女たちの声もかすれ気力も尽きんばかりにすさまじく泣き叫ぶ声があちらからも起こりこちらからもあがって、耳にするに忍び難く、聞く者は恐れおののきました。(明日に続く:段月萍が沈遐鴻からの手紙により整理)

●731部隊と天皇

  欧米の帝国主義にならって、日本も中国侵略を真剣に考え、実行していった。
当時、天皇は現人神であり、日本国においては絶対の存在だった。日本人は、小さい頃から、家庭や学校で天皇を拝み、学校では教育勅語を奉読され、天皇のために死ぬことが最高の価値のように教えられた時代でもあった。当時植民地であった朝鮮や台湾の人々を二等国民とか三等国民と呼び、中国人をチャンコロと呼んで蔑視していた。また、軍医になって中国に渡れば、731部隊に所属しなくても生体解剖は当たり前のように行われていた。
 日本の傀儡政権が満州に成立すると、早速、陸軍軍医少佐の石井四郎は、満州の背陰河で人体実験を重ねながら、安くて強力な兵器(貧者の核爆弾)の開発を目指した。
 1936年、天皇の認可の下に中国ハルピンの郊外平房の広大な敷地に研究施設を作り、東京の陸軍軍医学校やその他多くの石井のネットワークと連携しながら、中国人・朝鮮人・ロシア人・モンゴル人などをマルタと称して生体実験・生体解剖などをし、試行錯誤を重ね、より強力な細菌兵器の開発を目指した。
 1938年(昭和13年)の5月には国家総動員法が発令され、京大や東大の研究者なども上司の勧めや説得により、731部隊に派遣された者もいる。731部隊は国家的プロジェクトだった。そこで開発された細菌爆弾(陶器爆弾)は中国の都市で実戦された。ペスト菌で多くの被災者を出し都市は混乱した。
 研究成果は思ったよりも上がらず、兵器の開発を急いだが、時すでに遅く、ソ連の参戦を許してしまった。
 ソ連が参戦するや否や、軍部・天皇はいち早く731部隊の証拠隠滅をはかり、建物を爆破し、収容されていたマルタを全員殺し、731部隊員を急遽日本へ戻した。
 これも戦争犯罪がばれると、天皇にもその責任が問われることになるからだ。
 731部隊にも何人かの皇族が行き来し、実際731に係わっていた皇族もいた。東条も足を運び、大元帥昭和天皇の耳にも731についての情報は入り、実際細菌戦の命令も出していた!!。
 莫大な予算をかけ、全国の優秀な医学者(京都帝大・東京帝大医学部が中心)を集めて作られた731部隊は、軍部・天皇がもっとも期待していた部隊であった!!

 マッカーサーは、軍人であった。軍事戦略に長けていた。日本軍の731部隊の細菌戦や、そこで行われている人体実験、また、アメリカ人捕虜に対する残虐行為などの情報はある程度知っていた。しかし、マッカーサーが占領統治に当たって重視したのは、そのようなことを裁くのではなく、円滑に日本統治をすすめ、将来的には日本が、アメリカの傘下に入って、共産主義と対峙する国にしようとしたのではないか?
そのためには、日本人がその当時も今もかもしれないが天皇教に洗脳されていることを利用し、昭和天皇をそのまま在位させて、その力を統治に最大限活用した。
 そして、国家的プロジェクトであった細菌兵器の開発や、731部隊で行われていた人体実験のデータを極秘裏に集め、自国の遅れている生物兵器開発に役立てようとした。
上記のことを実行するためには、天皇や731部隊員の戦犯免責が必要であったため、731部隊関係者には、最初は731部隊員の戦犯免責はマッカーサー自らが与えていたが、ソ連の介入により、アメリカ本国の了解を取るようにした。
 また、東京裁判でこの件が裁かれないように工作し、731部隊のことに関しては報道管制を敷き、天皇はじめ731部隊関係者が法廷に立つことはなかった。
 結果、天皇の戦争責任は問われることはなく、日本の生物戦の戦争犯罪も一切問われなかった。
 そして、東京裁判は、形式的なのものになってしまった。

広島原爆に思う!!

 猛暑が続く日本にまたあの日がめぐってきた!!
日本人にとって忘れられない日!!


それは、突然起こった!!
今から65年前1945(昭和20)年8月6日 午前8時Ⅰ5分
広島に原爆が落とされた!!

 これは実戦で使われた世界最初の核兵器である。この一発の兵器により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち約14万人が死亡したとされる。
謹んで哀悼の意を表する!!

 今、考えるとアメリカは中国やアジア太平洋で日本軍の行っていた残虐な行為の数々の情報を得ていた。その報復のようにも思える!!

 しかし、この原爆の非人道的使用には断固抗議する!!
今でもその原爆の後遺症を患っている人がいる!!
今年も暑い長い夏が続く!!

 
これから先、このような核兵器が、全世界で使用されないことを強く望む!!
核兵器廃絶!!


 
願わくば、この地上からすべての兵器・軍隊がなくなればと思う!!
 紛争を武力によらず、みんなの知恵を出し合って、平和的手段で解決できないものだろうか?
  

 それにしても、国体護持にこだわってポツダム宣言の受諾を引きのばした、軍部・天皇・政府の責任は重い!!
 多くの国民が、日本本土で空襲に遭い、死んでいる事態になっていても、なかなか決断できなかった!!

 今、改めて、昭和天皇の戦争責任を問う!!

 
また、アジア・太平洋戦争で、日本がその地域で犯した残虐な加害行為についても我々は認識を深く持つべきであると思う!!

そして、最後に声を大にして言いたい!!
日本政府は、戦争の資料を全面的に公開すべきである!!
ずっと国民に情報を公開しないのはおかしい!!

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