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1938年3月11日 南京では日本軍の虐殺が続いていた!!
日米間の密約はまだまだ存在する!!

全世界の究極の祈り・願い!!
「No more war!!」
武器よ!さらば!
沖縄の米軍基地撤去!沖縄と「天皇の免責」の関係は?

    「怨」
きけ!「マルタ・アジアの犠牲者」の叫び!
「日の丸」・「君が代」反対!!
(侵略のシンボル)(天皇賛美の歌)


新しい日本!!

「世襲の天皇制から選ばれし大統領制へ!」
昭和天皇の戦争責任・戦争犯罪を問う!
時効なき戦争責任・戦争犯罪!!
政府は戦史資料を公開せよ!!


城山三郎著『落日燃ゆ』には広田弘毅が、南京大虐殺当時の外相として事件の処理にあたり、軍部に対しても強く抗議した模様が描かれているが、外相・首相と務めれば日本軍が中国で何をやっていたかを熟知していただろう!!もちろん731部隊の残虐な実験や作戦についても!!東京裁判では広田は何も弁明していないが、日本がアジア諸国に及ばした加害の事実はよく知っていたのではないのか?
 
広島・長崎の原爆の詩は、日本軍が中国・アジア太平洋で行った残虐行為を受けた多くの被害者の方々にも当てはまる!!
 峠三吉の詩『にんげんをかえせ』
ちちをかえせ ははをかえせ 
としよりをかえせ 
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる 
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり 
くずれぬへいわを 
へいわをかえせ 


2011年3月11日(金)「しんぶん赤旗」
「君が代」処分取り消し
都教職員167人 逆転勝訴

懲戒権の逸脱、違法 東京高裁判決

 東京都教育委員会による「日の丸・君が代」への起立・斉唱の強制に従わなかったことを理由に処分された都立学校教職員168人が、処分は思想・良心の自由の侵害だとして、都を相手にその取り消しと損害賠償を求めた(1人は損害賠償だけ請求)第1次訴訟の控訴審判決が10日、東京高裁でありました。大橋寛明裁判長は、原告の請求を棄却した一審判決を変更し、処分を取り消す判決を出しました。


 判決は、教員の不起立行為は、生徒に対し正しい教育を行いたいという真摯(しんし)な動機による「やむにやまれぬ行動」であり、不起立によって卒業式が混乱した事実はなかったと指摘。また、国旗・国歌法の制定過程において、政府が国歌斉唱の義務付けはしないと強調していたと認めました。
 そのうえで都教委の懲戒処分は「社会観念上著しく妥当を欠き、重きに失する」として、懲戒権を逸脱した違法行為だとしました。
 
 一方で、「日の丸・君が代」を強制する都教委の通達や校長の職務命令自体については、憲法に違反しないとの従来の判例を踏襲、損害賠償は認めませんでした。
 原告で都立高校教員の女性は「処分は不当だと裁判所が認めてくれてうれしい。担任を外され、息がつまるような毎日のなかで光が見えてきた」と目に涙をためて語りました。
 原告で都立高校教員の男性は「卒業式、入学式を控えて職務命令でがんじがらめになっている職場を明るくする判決だ。生徒にまで向かっている強制がなくなってほしい」と語りました。
 原告弁護団の澤藤統一郎弁護士は「東京都の異常な教育行政が断罪された。この判決を守りぬいていきたい」と述べました。
 大橋裁判長は同日、都内の元小学校教員ら2人が起こした同様の訴訟でも、懲戒処分を取り消す逆転判決を言い渡しました。

●731部隊
『【真相】
石井細菌戦部隊―極秘任務を遂行した隊員たちの証言』

郡司陽子編(1982年11月30日初刷:徳間書店)より
V 私は中国軍の捕虜だった 
   総務部調査課翻訳(情報)班 H・M
命令、満州第731部隊ニ転属ヲ命ズ
 では、いったいどうして、その731部隊が、私を必要として、わざわざ部隊に呼んだのであろうか。むろん、その時は知る由もなかったのだが、これには、次のような背景があったのである。
 私は軍医でありながら、ロシア語が読めた。友人にロシア語の達者な人間がいて、高等学校を卒業した頃から、その友人について学んだのである。
 当時、731部隊長であった北野政次軍医少将は、満州出血熱の研究に従事していた。彼は、この満州出血熱とシベリア森林ダニ脳炎との類似症に強い関心を抱いて、ソ連の医学文献を求めていた。
 一方、ハルピン特務機関第2課(文書調査。第1課は実戦担当)は、在モスクワ日本大使館のアタッシェ(大使館員)を通じて、ソ連の出版物をそれこそ手当たり次第に購入していた。したがって、ここには、当時最大のソ連図書の宝庫といってよかったのである。
 満州医科大学細菌学教授を兼任して、軍服姿で教壇に立つほど学者肌であった北野部隊長が、この膨大なソ連図書を見逃すはずはなかった。彼は、ロシア語のできる軍医を探し求めた。そうした折に、たまたま731部隊にいた友人のM軍医中尉(彼は召集されて以来の同僚で、途中から731部隊に転属していた)が、私のことを部隊長に話して推薦したのである。そこで、私が、急遽部隊に転属を命ぜられたというわけである。
 こうして、昭和19年7月、私は釜山から引き返して、平房にある731部隊に勤務することになった。
※北野政次は、731部隊で流行性出血熱や森林ダニ脳炎の病原体がウィルスであることを突き止めた。それは、中国人を使った人体実験によって突き止められたのであった。ここに書いてある志願者とか死刑囚は、731部隊で集めた「丸太」のことであった!!
「我々は臨江地方で10人の志願者と3人の死刑囚を使って人体実験を行なった。かかる実験は、我々が最初でもなければ、我々の発明でもない。欧米各国は早期より死刑囚を利用して医学実験を試みてきた。我々が実験に使った人体は、発疹チフスにかかったことがなく、かつその他急性的熱性病にかかったこともない32歳から74歳までの健康な男性であった」(北野政次著「発疹チフス及び満州チフスの予防並びに治療に関する研究 2」 日新治療、第295号、1942年9月)

寧波細菌戦に関する動画はこれだ!!(11:43)
731部隊・細菌戦731部隊・細菌戦資料センターのホームページより)

731部隊では何が行われたのか
アメリカは、天皇・731部隊員に戦犯免責を与え、データを独占入手した。(21:22)
Unit 731 「731部隊(2/2)〜"負の遺産"をめぐる米ソ暗闘(8/12/2007)」
元部隊員の証言!!(7:25)
731部隊 | 日本を変える論客たち
帝銀事件の真犯人は平沢ではなく731部隊員であった!!(8:46)
731細菌部隊と帝銀事件との真相1
エイズは人為的に作られた!!(6:33)
731細菌部隊と帝銀事件との真相2

問題提起731部隊・細菌戦資料センターのホームページより)
 日本は中国に対する侵略戦争中に各地で細菌作戦を実行しました。細菌戦によるペストやコレラの流行によって、中国では多数の犠牲者が発生しました。1997 年と1999 年、細菌戦被害者計180名が日本国に謝罪と賠償を求めて細菌戦裁判を東京地裁に起こしました。

一審・二審の判決は、
① 731 部隊等が細菌兵器の開発の中で人体実験を行っていた事実、
②731部隊等が陸軍中央の指令で、ペスト菌やコレラ菌を使った細菌兵器を中国各地で実戦使用した事実、
③細菌戦によって浙江省や湖南省で1万人を超える中国の一般市民が殺された事実、
④731 部隊等が犯した細菌戦が国際法(1925 年ジュネーブ条約等)に違反していること、
⑤細菌戦を実施した日本国にはハーグ陸戦条約第3 条に基づく国家責任が成立したこと、
⑥細菌戦は、その被害が悲惨かつ甚大で、非人道的な行為であること、
などの重大な事実認定を行いました。

ところが、日本政府は、判決後も現在まで細菌戦の事実を全く認めていません。これは日本政府が中国侵略に対する真摯な反省を全く行っていないことを意味しています。日中の真の友好とアジアの平和を実現するために、日本が犯した重大な戦争犯罪である細菌戦について、政府は一刻も早く加害と被害の事実を認め、被害者に謝罪と賠償を行うべきです。

731 部隊等の犠牲者に対する戦後補償の速やかな実現は、日本政府だけでなく日本の国民全体の責任です。

●戦後の医学界・薬学界・政界
 731部隊員は戦後、裁判によって1人も裁かれなかった!!考えてみれば、戦時中、国家総動員法が敷かれ、日本の大学の専門家も何らかの形で戦争に加わった。医学界であれば、嘱託として731部隊に係った。その数はかなりの数にのぼるだろう。
 戦後占領軍のアメリカは独占的に731部隊のデータを安く買い取り、自国の細菌兵器開発に役立てた。そして、731部隊員を裁くどころか、アメリカに協力させ、厚遇してしまった!!だから、医学界では731部隊に係った人間が巾を利かせ、長らく牛耳ってしまった。(今も影響を与えているのではないか?)
 戦後もアメリカの要請で人体実験は刑務所などで行なわれ、医学界は731部隊のことを反省するどころか、胸を張ってしまった!!人間を物として扱い、人命を軽視する医療は戦後長らく続いてしまった。(今も変わっていないのかもしれない?)
 医学界が中心となって時の政府に圧力をかけ、731部隊の秘密(細菌戦・生体実験等)を決して公式に認めさせないようにしているのではないか?
 テレビに出演する名医と呼ばれる大先生も、731部隊のことはよく知っているのだと思うのだが、医学界の“掟”『731部隊のことは公言するな!!』と言うのを忠実に守り通しているのではないか?もちろん、医学界・製薬会社・薬学界・政界で活躍している者、これから出世しようと思う者にはこの“掟”が厳然として生きているのではないか!!

●南京大虐殺   
「この事実を・・・・」
(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館/編 加藤 実/訳)
(発行:ストーク、発売:星雲社、定価2000+税)
※『日中歴史共同研究』(2010年1月31日公表)でも明らかなように、日中戦争は日本の侵略戦争であり、南京大虐殺は歴史事実である。私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!
6、被害同胞の屍体埋葬作業に参加した者の証言
尹福桐(男、88歳)の証言
 1937年の12月から1938年の2月までの間に、ある日、日本軍が家に突っ込んで来て、私の胸や頭に銃の狙いをつけ、肩を銃剣で触れ、捕まえて行って陰陽営で死人を埋めるのに沼地を掘らせました。私は日本軍が水西門外の綿花堤で、機関銃で同胞を掃射したのをこの眼で見ましたが、殺害された人は、数えても数え切れませんでした。私は珠江路の蓮花橋で、日本軍が太っちょの男の人を1人、釘で十字架に打ち付け、銃剣で腹を切り開き、石灰を詰め込んでいるのをこの眼で見ました。(高学奎が記録)

兵士たちが記録した南京大虐殺1
兵士たちが記録した南京大虐殺2
兵士たちが記録した南京大虐殺4
兵士たちが記録した南京大虐殺5
兵士たちが記録した南京大虐殺6
「南京!南京!」が見られる映画サイト

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