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この世の地獄!原子力

ヤフーの掲示板より転載

俳優の有馬理恵さんが台湾の「慰安婦」アマを支援するMLに投稿されたメールを多くの人に読んでほしい、知ってほしいと考え、有馬さんと布施祐仁の転載許可を得ましたので、転載します。


初めて、投稿させて頂きます。
憲法ミュージカル「ロラ・マシン物語」でロラ・マシンを演じさせて頂きました、劇団俳優座の有馬理恵です。

私の親友、布施祐仁くんが、福島原発の周辺に住む青年(未成年)のツイートの叫びを読んで、昨朝(3/19)、2歳の娘を保育園に預け、福島原発付近避難所へ物資を積んで向かいました。
布施祐仁くんを動かした青年の叫びの一部をご紹介させて下さい。
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mazinal 国なんて信じないぞ!!テレビで本当のことを流せ!!何故三号機が爆発したときに南相馬市に向かっていた自衛隊がマスクをして、消防車がサイレンを鳴らしながら戻ってくるんだ!!人を乗せるバスも何故ユーターンして戻ってくるんだ!?助けろよ!!助けてよ!!
1日前
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mazinal 拡散お願いします!! 南相馬市をどうか助けてください!! 放射能で行政も入ってきません!!そこの地区の人たちは使命感にかられて残っています!! しかし、中にはガソリンさえあれば逃げたい人だっています!! 彼や彼女たちに逃げる術を授けてください!!
約21時間前
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mazinal 大丈夫なところばかりながすな!!現実をながしてくれ!! 相馬市なんかは放射能を浴びながら津波でなくなった人の死体をかたずけてるんだ!! しかもテレビでやってる放射能どこの問題じゃない!! 私はなにも出来ない未成年だ!!だから皆助けてくれ!!
約9時間前
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mazinal 放射能が大丈夫なら何故国は私達を助けにこない!!??おかしいだろ!!助けてくれ!!見殺しにしないでくれ!!
約9時間前
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mazinal 放射能はもうあの30キロだけの話じゃなくなっている!!相馬市でも放射能は凄いんだ!!で
も、南相馬市でも、相馬市でも津波の被害は大きくて放射能を浴びながら死体を片付けているんだ!!
8分前
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mazinal あの避難地域30キロはなにかっていうと国が遠まわしにここしか補償しませんよ。というメッセージのようにしか感じられない!!
7分前
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mazinal 家もなく、車もなく、車があってもガソリンなく、私の友達のお母さんは避難出来ないことを息子に泣きながら謝ってるんだぞ!!母親に泣かれるのはつらいのは皆同じだろ!!残ってる人たちだって皆と同じような家族なんだ!!お願いだから自分のように考えてくれ!!
3分前

布施祐仁くんの報告です。
昨夜、福島より帰ってきました。皆さまの協力で何とか南相馬市(原発の北30キロ圏内)に300キロのお米をはじめ、野菜や果物、水、漬け物などの食料、マスクやおむつ、ガスコンロなどの日用品を届けることができました。ありがとうございました!少し長くなりますが、簡単に報告したいと思います。

福島市から南相馬市に向かう途中、10台近く連なってサイレンを鳴らして走る救急車、自衛隊の衛生部隊の車両、警察の機動隊車両、そして避難する住民を載せた大型バスとひっきりなしにすれ違い、否応なしに緊迫感が伝わってきました。

物資を集積している市の体育館に着くと、大きなトラックが停まっており、水とお茶を下ろしているところでした。市長が繰り返しテレビなどに電話出演し危機的な状況を訴えてきたりしたことで、こうした支援が届き始めているようでした。このあと、僕たちも物資を車から下ろし、体育館に運びこみました。

すると、そこに一人の杖をついたおばあちゃんがやってきて、「食料が欲しいのですが、どうしたら手に入れられるのですか?」と尋ねられました。それで、市役所の職員を呼んでその方法を説明してもらったあと、僕は「おばあちゃんは、避難するつもりはないのですか?」と聞きました。すると、「私は足が悪くて障害者なので、段差があると歩けないし、(避難所で)毛布一枚で寝るのはしんどいので…」と。そして、こう言ったのです。

「もし再臨界になったら隣の街に家を借りて住もうと思っています」

再臨界とは、原発で再び核分裂の連鎖が始まり、制御不能になって暴走する最悪のシナリオです。当然、それが起こってからでは遅いし、おそらく生きていることはできない。それを伝えると、おばあちゃんは「(再臨界は)危ないんですか…」と絶句し、「考えます」と言って立ち去りました。

南相馬市は市長の決断で全市民避難を決めましたが、市役所の職員によれば、このおばあちゃんのように残る人が相当数いるだろうとのことでした。数日前の段階で約3万人が市内に残っていて、市の用意したバスに乗って避難したのは約6000人。自力で避難した人を加えても、おそらく一万人程度と思われます。つまり、まだ二万人もの人が残っている可能性があるのです。通常の物流はすべて止まっているので、この人達のいのちをつなぐ物資が必要です。

しかし、街はまるでゴーストタウンのようでした。屋内退避指示が出されているため、みんな家の中にいるからです。ときおり犬の散歩をさせている人などを見かける程度でしたが、そのなかにはマスクすらしていない人もいました。国が繰り返し「ただちに人体に影響はない」と繰り返していることで、大変な思いまでして避難しなくても大丈夫と思っている人が少なくないのです。

しかし、事態が深刻なことは警察官の服装を見るだけでよく分かります。全身防護服に防塵マスク。外から見えるのは目だけ。その上、手足の袖口までガムテープをぐるぐる巻いて放射性物質が入らないようにしています。これは彼らが内部被曝の危険性をはっきり認識している証です。テレビでは繰り返し「レントゲンと比べて…」などと説明されていますが、外部から一瞬照射されるレントゲンと違って、放射性物質が体内に入って半永久的に内臓などが被曝し続ける内部被曝は、たとえ低線量でも人体に影響を及ぼすリスクが高いのです。しかし、住民はそ
のことを知らされていない。このままでは、いや、すでに甚大な被害が出ると思います。その上、再臨界などか起こったら…。想像もしたくありません。残った人を避難させるためには、国が危険性を認めて、また最悪のケースを考えた予防措置として、避難指示を今の20キロ圏内から少なくても30キロに広
げるべきです。

この日も、海岸では400体の遺体が収容されたようです。津波被害が大きかった南相馬ですが、原発事故と屋内退避でこれまで行方不明者を捜すことも、遺体を収容することもできませんでした。これも、住民が避難を躊躇する理由になっています。まだ帰ってくるかもしれない…、遺体を置いて自分だけ離れるわけにはいかない…、やはりそういう気持ちがあるのです。

僕たちも海岸まで行ってみました。そこで見た光景は、ちょっともう言葉では言い表せない。灰色の死の世界。どこまでが陸地でどこからが海だったか分からないほど、廃墟の世界が広がっていました。

帰り、誰もいない道端に、黒い小さな可愛い犬がさまよい歩いていました。おそらく室内犬として飼われていた犬。バスで避難した人が連れていくことはできないと、置いていったのだと思います。それを見て、本当に悔しかったです。連れて帰ればよかったと、今になって悔やんでいます。

南相馬は、景色も素晴らしいし、何もなかったら本当にいいところなんだろうなと思いました。こんな
ことでふるさとを離れざるを得なくなった人達の心中を想うと、本当にやりきれない。

僕には、南相馬がこれからどういうことになっていくか、まったく想像できません。ただ言えることは、国は一刻も早く退避指示の範囲を拡大すべきです。

また状況を見て現地に行くかもしれませんが、それまでは東京で、日常生活のなかで、できることをやっていきたいと思います。

あと今回、ツイッターでつながりこの行動のきっかけとなった南相馬に住む女子高校生は、家族と一緒に無事に岩手に避難することができました。しかし、おじいちゃんだけは、国の避難指示が出るまでは残るといって来なかったそうです。

最後に、今回急な呼びかけにもかかわらず、貴重な物資などを提供していただいた全日本民医連、福島農民連をはじめ、力になっていただいた皆さまに心より御礼申し上げます。これから救援と復興は長く困難な道程になるでしょうが、そういうときだからこそ希望を持って、みんなで連携し合い協力し合って一歩一歩前に進んでいきたいと思いますので、今後もどうぞよろしくお願いいたします。


俵義文です。
先日、転載した有馬理恵さん、布施祐仁さんの被災地への支援の要請を転載します。


有馬理恵です。
布施祐仁くんからのご協力お願いメールです。

以下、転送、転載お願いします!

布施祐仁(ジェーナリスト平和新聞編集長)です。

今週末もハイエースに物資を詰め込んで、福島に行こうと準備を始めています。
僕らが目指すのは、前回の南相馬と同じく原発30キロ圏内で屋内退避指示が出されている地域です(いわき市北部を検討中です)。
「屋内退避指示が出ている=危ない」という図式ができてしまって(実際は必ずしもそうではない)、孤立して物資がなかなか入ってきていないのです。
まぁ実際運べるのはホント雀の涙でしかないんですが、マスコミが一人もいない原発30キロ圏内に行って現地の状況を伝えることも、僕らの役割だと思っています。
現地で残っている人のニーズを聞いて、以下のものを持っていきたいと考えているので、ぜひ提供をお願いしたいのです!(最後に注意点あり)
・水
・野菜
・高齢者用のオムツ
・尿取りパット
・女性用の生理用品
・ポカリスエット、アクエリアスなどのスポーツ飲料
・温めるだけで食べられるパウチ式の「おかゆ」など
・ホッカイロ
で、お願いしたいのは、なるべくまとまった量でいただけるとありがたいです。できれば箱やケース単位で。というのは、現地の避難所などでは仕分けしている余裕はなく、すぐに数が把握できることが重要だからです。というと、途端にハードルが高くなってしまいますよね。なので、もちろん小ロットでもありがたく頂戴いたします。僕らは小回りがきくので、個人宅など避難所以外での活用も考えます。
救援物資は、金曜の夜必着で、日本平和委員会まで送るか、届けてください。
それではご協力よろしくお願いします!!

○物資の送り先住所は、
〒105−0014 東京都港区芝1−4−9平
和会館4階 日本平和委員会「震災救援」係
TEL 03-3451-6377
(送る前に一報ください!08032097844
salaamosir@softbank.ne.jp  布施)

○カンパでの協力も大歓迎です(笑)
<郵便振替 00100-4-83731  日本平和委員会>(※通信欄に
「震災救援」と明記してください)


以下は、有馬理恵からです。
もうご存知かも知れませんが、、、。まもなく、緊急報告会!ネットでも観れます。下記のサイトへ、ぜひとも!
3月23日(水)19:00〜21:00
緊急報告 広瀬隆/広河隆一
「福島原発で何が起こっているか?
 −現地報告と『原発震災』の真実」
USTREAM
http://bit.ly/ee8dNy
1938年3月24日 南京では日本軍の虐殺が続いていた!!
日米間の密約はまだまだ存在する!!

全世界の究極の祈り・願い!!
「No more war!!」
武器よ!さらば!
沖縄の米軍基地撤去!沖縄と「天皇の免責」の関係は?

    「怨」
きけ!「マルタ・アジアの犠牲者」の叫び!
「日の丸」・「君が代」反対!!
(侵略のシンボル)(天皇賛美の歌)


新しい日本!!

「世襲の天皇制から選ばれし大統領制へ!」
昭和天皇の戦争責任・戦争犯罪を問う!
時効なき戦争責任・戦争犯罪!!
政府は戦史資料を公開せよ!!


●イレッサ訴訟・・今の薬事行政はどうなっているのだろうか?
イレッサ訴訟、東京地裁は国の責任認定 
 肺がん治療薬「イレッサ」(一般名・ゲフィチニブ)の服用後に副作用の重い肺炎で死亡した患者3人の遺族4人が、国と輸入販売元の製薬会社「アストラゼネカ」(大阪市)に計7700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が23日、東京地裁であった。

 松並重雄裁判長は「重い副作用が起きる可能性があると認識しながら、十分な措置を講じなかった」として国とア社の責任を認定し、患者2人の遺族2人に対して計1760万円を賠償するよう命じた。国とア社は控訴を検討する。
 副作用で死亡した患者が昨年9月末現在で819人(厚生労働省調べ)に上るイレッサを巡る訴訟で、国の責任を認めた判決は初めて。大阪地裁は2月、国の責任は認めず、ア社のみに賠償を命じていた。

 東京地裁の訴訟では、国が2002年の承認にあたり、ア社に副作用の「間質性肺炎」について注意喚起するよう十分な指導をしていたかが主な争点となった。

 ア社は国の指導を受け、添付文書の「重大な副作用」欄で、重度の下痢や肝機能障害などに続く4番目に間質性肺炎の可能性を記載したが、判決は「警告欄に記載するか、他の副作用よりも前に記載するよう指導すべきだった」と指摘。ア社については、「安全性確保のための情報提供が不十分だった」と判断した。

 この訴訟で、東京・大阪両地裁は1月、和解を勧告。原告側は受け入れを表明したが、国とア社は拒否した。
(2011年3月23日15時12分 読売新聞)

憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

  薬害イレッサ訴訟


T・O記
薬害イレッサ訴訟とは、抗がん剤イレッサの副作用によって、間質性肺炎などを発症し、死亡した肺がん患者の遺族が、イレッサを販売したアストラゼネカ社と、イレッサを承認した国を相手に、損害賠償を請求している事件です。

イレッサとは、「副作用が少なく、手軽に自宅でも職場でも少しの水で服用出来て、奏効率は従来の抗がん剤と比較すると何倍も高い」などの宣伝文句で登場し、肺がん患者の希望の薬となりました。2002年8月に発売され、2カ月の間に、1万人以上の患者に投与されました。しかし、その間に、125名に副作用の症状が現れ、うち39名が死亡しました。日が経つにつれ、重篤患者、死者の数は増え続け、2004年3月までの間に、3万5千人の患者に投与され、死者は444名にのぼっています。
 
では、なぜこのような薬が承認されたのでしょうか。新薬の承認は、非臨床試験と、臨床試験を通過して、初めてなされます。非臨床試験は、ラットなどの動物に投与して行われます。臨床試験は、人に対して行われます。そして通常、以下のようになされます。第一段階として、健康な成人に投与して、安全性を確認します。第二段階として、対象疾患の患者さんのごく少数に投与して、効果の範囲や、適正な量を調べます。そして第三段階として、有効性と安全性を確かめるために、一定規模の患者さんに対して投与し、効果や安全性の最終確認をします。そして厚生労働大臣の承認を経て、初めて薬として市場への流通が認められます。

ところが、抗がん剤については、第二段階で効果が認められれば、第三段階を経ないまま、承認される仕組みになっています。しかも、第二段階で認められる効果は、治癒率や延命効果ではなく、一ヶ月の間に腫瘍の大きさが半分以下になる症例が一定程度あればよい、とされているのです。また、薬事法第14条7項は、当該医薬品の対象疾患が重篤であり、かつ既存の医薬品と比較して有効性または安全性が医療上明らかに優れていると認められるときは、申出により優先審査品目とすることができるとしています。そして、イレッサはその対象が肺がんであることから、この制度の対象とされて、後で述べるように、拙速でずさんな審査が行われたのです。2002年1月25日に承認申請され、半年も経たない同年7月5日に承認がなされました。

さらに、イレッサの臨床試験において、データの改ざん・無視がなされていました。まず、臨床試験に当たっていた医者が、副作用と見られる間質性肺炎を確認し、その症状について、死亡の恐れがあることを示す「グレード4」で報告したにもかかわらず、会社は、承認審査のための報告書に、生命の危険のない「グレード3」と記載していました。また、動物実験でも、肺障害の悪化が確認されたにもかかわらず、その学会報告を中止し、厚生労働省への報告も承認後までしていませんでした。この他にも、いくつものデータの改ざん・無視があったそうです。

国の審査もずさんなものでした
。たとえば、被告アストラゼネカ社は、海外で行われた臨床試験において、イレッサを投与された患者約1万9千人のうち、重篤な副作用が疑われた患者として196人を厚生労働省に報告しました。このうち死者は55人で、この中には間質性肺炎や急性肺障害の疑いのある死者12人も含まれていました。しかし承認審査を担当した厚生労働省の医薬品医療機器審査センタ−は、海外からの副作用報告について、アストラゼネカ社にそのデータを求めておらず、副作用かどうかの判断を事実上棚上げし、審査報告書にも盛り込みませんでした。


●731部隊
『【真相】
石井細菌戦部隊―極秘任務を遂行した隊員たちの証言』

郡司陽子編(1982年11月30日初刷:徳間書店)より
V 私は中国軍の捕虜だった 
   総務部調査課翻訳(情報)班 H・M
「われ、ハルピンを脱出せず」
私は、戦闘の激化と部隊の移動に伴ない、ハルピンから、朱河、延寿、一面坡などを転戦した。設備も薬も人員も不足だらけの野戦での傷病兵の手当ては、想像を絶する困難を伴なった。大きな戦闘の後には、1度に200名ほどの負傷者がどっと後送されてくるのである。それこそ寝食を忘れて、治療に当たらねばならなかった。
 八路軍と行を共にし始めてから6ヵ月後、私は、妻を喪った。
 当時の八路軍にあっては、兵士の家族も部隊とともに行動した。鍋釜を持った家族が部隊の後からついて行くのである。旧日本軍に比べると、実際八路軍は奇妙な軍隊であった。山岳部で煙草を仕入れ、町に進駐するとそれを売って商売したりもする。軍隊そのものが、自律的な生産単位であったのである。
 私も、妻を連れて転戦していた。元来あまり身体が丈夫でなかった妻は、強行軍の中で、ついに病に倒れてしまった。そして、昭和21年12月、一面坡から森林鉄道でさらに山奥に入った地点で、短い生涯を閉じた。肺結核であった。
 私は、医者として、夫として、そばに付き添っていながらも、何もしてやれぬ自分に、何とも言い知れぬ腹立ちと哀しみを覚えざるを得なかった。
 東北地方を舞台とした国共内戦が、一段落すると、私は病院勤務を離れて、専らソ連医学書の翻訳に従事することになった。ここでも、ロシア語が役に立った。昭和23年5月、軍事衛生部翻訳処に勤務、ついで翌24年4月には、東北人民政府衛生部翻訳処に移った。当時の中国は、ソ連一辺倒の政策をとっており、医学の分野においても、それは例外ではなかったのである。
※当時の八路軍の戦い方は、大変だっただろう。自律的な生産単位とは言っても、家族まで行動を共にするとは、私には考えられない。狙われなかったのだろうか?
 肺結核になって、行動を共にしていたら、療養どころではないだろう?

●3月26日(土)午後1時半〜5時 以下のような学習会が予定されています。予定のつく方はどうぞ!!場所:中野区勤労福祉会館3階大会議室
http://blog-imgs-35.fc2.com/n/o/b/nobu51g/20110323175432818.jpg
●戦後の医学界・薬学界・政界
 731部隊員は戦後、裁判によって1人も裁かれなかった!!考えてみれば、戦時中、国家総動員法が敷かれ、日本の大学の専門家も何らかの形で戦争に加わった。医学界であれば、嘱託として731部隊に係った。その数はかなりの数にのぼるだろう。
 戦後占領軍のアメリカは独占的に731部隊のデータを安く買い取り、自国の細菌兵器開発に役立てた。そして、731部隊員を裁くどころか、アメリカに協力させ、厚遇してしまった!!だから、医学界では731部隊に係った人間が巾を利かせ、長らく牛耳ってしまった。(今も影響を与えているのではないか?)
 戦後もアメリカの要請で人体実験は刑務所などで行なわれ、医学界は731部隊のことを反省するどころか、胸を張ってしまった!!人間を物として扱い、人命を軽視する医療は戦後長らく続いてしまった。(今も変わっていないのかもしれない?)
 医学界が中心となって時の政府に圧力をかけ、731部隊の秘密(細菌戦・生体実験等)を決して公式に認めさせないようにしているのではないか?
 テレビに出演する名医と呼ばれる大先生も、731部隊のことはよく知っているのだと思うのだが、医学界の“掟”『731部隊のことは公言するな!!』と言うのを忠実に守り通しているのではないか?もちろん、医学界・製薬会社・薬学界・政界で活躍している者、これから出世しようと思う者にはこの“掟”が厳然として生きているのではないか!!

●南京大虐殺   
「この事実を・・・・」
(「南京」市民に仕えた宣教師証言集:章開沅/編 加藤 実/訳)
(発行:ストーク、発売:星雲社、定価2200+税)
※『日中歴史共同研究』(2010年1月31日公表)でも明らかなように、日中戦争は日本の侵略戦争であり、南京大虐殺は歴史事実である。私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!
ベイツ
日本大使館宛の書簡(1937年12月16日〜27日)
(1)12月14日―兵士らがアメリカの国旗を引き下ろし、わが金陵大学[the University of Nanking]の農業経済系(小桃園)[Agricultural Economics Department(Hsiao T’ao Yuan)の正門に貼りだしてあった、アメリカ大使館の掲示を引き破り、そこに住んでいる教師と助手とから強奪し、しかも鍵を探してくるのを待たずに、戸を幾つもこじ開けた。
(2)12月15日―上記の地点には兵士が数回やって来て、そこに収容されている難民から現金とその他の物品とを奪い取り、女の人も奪い去って行った。
(3)12月15日―平民[common people]を1500人収容しているわれらが新しい図書館で、婦女が4人強姦された。3人奪い去られてまだもどってきてなく、1人は奪い去られたが貴館の近くで日本の憲兵により釈放された。兵士たちのこの類の行動が、その婦女たちの家庭と近隣ないしはその地区に、絶大なる苦痛と恐怖とをもたらしている。今日午前中に私は、安全区のその他の所で100件余り、類似した凶暴行為が起きているとの、報告に接した。それらの事例は、私の働きの範囲外のものではあるが、それをここに言及するゆえんは、貴館に近いこの大学の問題が、兵士たちによって人々の間でほしいままにされている、略奪と強姦という巨大な災難の一例に過ぎないことを、示すにある。

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