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ドイツで原発廃止デモ 25万人参加 ドイツで原発廃止デモ 25万人参加 福島第一原発の事故を受け、ドイツで「反原発」のうねりが最高潮に達しています。26日には、原発廃止を訴える、これまでで最大規模のデモが行われました。 「福島にチェルノブイリ、もうたくさん!」(デモのシュプレヒコール) 「福島は警告する」と書かれた横断幕を掲げ、原発の廃止を訴えるデモ参加者たち。首都ベルリンをはじめ、ドイツ全土で反原発デモが行われ、25万人が参加しました。 「残念ながら、日本で起きたことはドイツでも起きるおそれがあります」(デモ参加者) ドイツでは、安全性を見直すため、国内にある17基の原発のうち、稼働年数の長い8基をすでに一時停止させていますが、反原発運動の高まりは「原発政策」の見直しにも影響を与えそうです。(27日03:55) 転送です(再掲ご了承ください) 反原発 銀座デモ!参加者がふえています―再度お知らせします― 福島原発震災発生!3/27(日)「反原発 銀座デモ・パレード」 東電本社前も通ります。 集合時間 1時45分 出発 2時 デモ集合場所:銀座 水谷橋公園 (ホテル西洋銀座・テアトル東京のとなり) 地下鉄銀座1丁目または京橋駅下車数分 解散は日比谷公園(予定) ★日比谷公園で最新状況を報告します。 たんぽぽ舎さんより◆地震と原発事故情報 その23◆ たんぽぽ舎です。【TMM:No1038】 ◆ 地震と原発事故情報 その23 ◆ 4つの情報(福島第一3号機で作業員被ばく−東電のずさんな安全管理、 たんぽぽ舎へ寄せられたメールご紹介、27日(反原発 銀座デモ)のお知らせ(再度)、原発の基本がよくわかる本の紹介)をお送りします。 1.福島第一3号機 作業員3人被ばく…東電のずさんな管理体制浮き彫り… 東京電力は24日、福島第一原発3号機のタービン建屋で電源復旧作業中だった東電協力社員の3人が、40〜50分間に170ミリシーベルト以上を被ばくし、内2人の両足には放射性物質が付着していたため、福島県立医大病院に搬送したと発表した。(25日各紙発表)25日に、千葉市の放射線医学総合研究所に送る。同日他の建屋の作業も中断し、復旧作業は遅れるというが、現場作業者の被ばくは深刻で、今回の被ばく事故も、明らかに「人災」だ。3人を含め、24日現在で今回の事故による累積被ばく線量が100ミリシーベルトを超えている作業員は24日で計17人になった。東電は、3人とも防護服やゴム手袋を着用し、線量計も20ミリシーベルトでアラームが鳴るように設定し、アラームが鳴ったとの情報もあるが、「なぜ高い線量の中で作業を続けたのかは不明」という。実際には、前日の作業終了後に測った線量が低かったため、24日は作業前に線量を確認していなかった。 さらに搬送された2人は長靴ではなく、普通の作業靴をはいており、作業現場にたまっていた約15cmの水に浸かった状態で作業をしていた。東電責任者は、現場に立ち会っていなかった。180ミリシーベルトと言えば、放射線業務従事者が、「法定の5年間にさらされてよい放射線の限度100ミリシーベルトをはるかに超えている。250ミリシーベルトを1度にまとめて受けた場合に、白血球の減少が 始まると計算されている。この責任を、誰がとるのか。現場の作業員さんの中には、「誰かがやらなければならない仕事を粛々と進めているだけ」と多くを語らない場面もあるようだが、自分たちの労働現場については、雇用主を通すなど、是非声を上げほしい。 小出裕章・京都大原子炉実験所助教は、「今回の被ばくは、敷地全体が汚染されていることの表れだ。電源が回復し、1つ1つの機器を動かしていく段階だが、多くの作業員が大量の被ばくを覚悟しなければいけない。被曝限度を引き上げてもすぐに限界に達する状態だ。次々と人が必要になるが、特殊技能を持った人員は確保できるか心配だ」と話している。(3月25日毎日新聞3面)こうした事態を招く原子力発電自体、ゴメンだ!廃炉に向けて、ともに進もう。 2.たんぽぽ舎に、うれしいメールがいくつも寄せられています。 その一つを紹介します。 「いつもメールをありがとうございます。 特に、今回の原発大事故についての情報・分析を感謝しています。 27日のデモ行進に、体調が許せば参加したいと思います。 昨年頃、「原発なしで暮らせる」という趣旨の冊子の案内を拝見した記憶がありますが、その趣旨の冊子(文献)があれば、教えて下さい(購入できるかどうかも)。 私は阪神淡路地震が起きたとき、すぐに、このような地震があるのだから原発はやめるべきだ、という投書を朝日新聞に送りましたが、採用されませんでした。 もう一度、その声をあげようと思っています。」大河原礼三(79)歳 3.反原発 銀座デモ(上記> 4.“原発の基本”がよくわかる本を推薦します! 小林公吉著「原子力と人間―闇を生む光」星雲社(たんぽぽ舎で扱っております。) 第1章 原子力がやってきた 第2章 原子力の正体 第3章 原子力といっしょの暮らし その1 原子力発電 第4章 原子力といっしょの暮らし その2 放射線 第5章 原子力のない暮らし≪とことん話そう≫ 私は、この本が大好きです。 今毎日私たちを襲ってくる放射性生成物は、どういう物質で、原子力発電の燃料からどのように生まれるの? 何故生まれるの?世の中は、こうしたことを「常識」として知っている理科系の人間ばかりではないでしょう。 先生は「分りにくいことを分りやすく伝える」努力を続けてこられた高校の先生として、生徒に向かうかのようなやさしさを持って、膨大な原子力の世界を平明 に教えてくださいます。原子力の事故は、チェルノブイリなど有名なものだけではなく、隠された深刻な事故が多く存在し、ヒバクで大勢の人々が苦しんでいること。今後深刻に成らざるを得ない食品汚染と内部ヒバク、「放射線単位」の読み解き方。そして1番心配な事故は「地震」によって起こると、今を予言していらっしゃいます。『人類は、原子力発電と共存できるのか。』先生の問いは、最終的にそこに向かい、エネルギー問題について重要な示唆を与えてくださいます。今、こうした非常時であるからこそ、私はこの1冊を落ち着いて読み、原子力についての知識を身につけておくことを、是非お勧めします。 (たんぽぽ舎 槌田春美) ─────────────────────────────── ※たんぽぽ舎より、メールマガジンを発信中。(無料) 今、「地震と原発事故情報」を発信しています。 希望者は、たんぽぽ舎あて、Eメールアドレスをお伝え下さい。 ─────────────────────────────── たんぽぽ舎 たんぽぽ舎は、月曜〜土曜− 13:00〜20:00のオープンです。 日曜・休日は、お休みです。 〒101-0061 東京都千代田区三崎町2-6-2ダイナミックビル5F TEL 03-3238-9035 FAX 03-3238-0797 HP http://www.tanpoposya.net/ ・・南京への道・史実を守る会・・・・・・・ URL:http://www.jijitu.com ML_URLhttp://www.egroups.co.jp/group/honda_sien/ mail:honda_sien-owner@egroups.co.jp FAX:020-4624-2381 |
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2011年03月27日
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1938年3月27日 南京では日本軍の虐殺が続いていた!!
日米間の密約はまだまだ存在する!! 全世界の究極の祈り・願い!! 「No more war!!」 武器よ!さらば! 沖縄の米軍基地撤去!沖縄と「天皇の免責」の関係は? 「怨」 きけ!「マルタ・アジアの犠牲者」の叫び! 「日の丸」・「君が代」反対!! (侵略のシンボル)(天皇賛美の歌) 新しい日本!! 「世襲の天皇制から選ばれし大統領制へ!」 昭和天皇の戦争責任・戦争犯罪を問う! 時効なき戦争責任・戦争犯罪!! 政府は戦史資料を公開せよ!! 城山三郎著『落日燃ゆ』には広田弘毅が、南京大虐殺当時の外相として事件の処理にあたり、軍部に対しても強く抗議した模様が描かれているが、外相・首相と務めれば日本軍が中国で何をやっていたかを熟知していただろう!!もちろん731部隊の残虐な実験や作戦についても!!東京裁判では広田は何も弁明していないが、日本がアジア諸国に及ばした加害の事実はよく知っていたのではないのか? 広島・長崎の原爆の詩は、日本軍が中国・アジア太平洋で行った残虐行為を受けた多くの被害者の方々にも当てはまる!! 峠三吉の詩『にんげんをかえせ』 ちちをかえせ ははをかえせ としよりをかえせ こどもをかえせ わたしをかえせ わたしにつながる にんげんをかえせ にんげんの にんげんのよのあるかぎり くずれぬへいわを へいわをかえせ ●731部隊 『【真相】 石井細菌戦部隊―極秘任務を遂行した隊員たちの証言』 郡司陽子編(1982年11月30日初刷:徳間書店)より V 私は中国軍の捕虜だった 総務部調査課翻訳(情報)班 H・M 「戦犯として奉天市公安局地下独房へ この翻訳が終わると、私は再び奉天に戻された。しかし、今度はすぐに、汽車で、北京に送られた。北京華東軍区軍事監獄に収監されたのである。昭和27年4月のことであった。 ここでもまた独房暮らしである。とても寒かった。私は長い獄中生活で、ついに喀血してしまった。当局は治療を申し出てくれたが、私は辞退した。好意はうれしかったが、私の経験から予想される中国側の化学療法は、好ましいものではなかったからである。 私は、自分の置かれている環境をできるだけ冷静に分析して、自己診断を行なった。 その上で、自分なりに治療法を考え出したのである。といっても、独房の中の囚人にできることは、たかが知れている。 私が考え出した治療法とは、とにかく歩くことであった。狭い独房の中を、それこそ檻の中の虎のように休み無く動き回るのである。私は、この方法で、1日に約40キロ歩くことにした。 独房の生活は、単調であった。退屈であった。私は、何か読む物をくれと、折に触れて、要求した。そうすると、時々、思い出したように、中国共産党機関紙「人民日報」が差し入れられた。 ※どこの戦犯管理所も撫順のようにはいかなかった様だ。撫順は特別だったのかもしれない。北京の監獄での生活は寒く、単調なものと書いている。それにしても、自分の症状を的確に判断して、中国の治療を断り、自分なりに健康法を考え出した力はさすが医学者だと思う。 この方は731部隊に在籍したのはわずかな期間で、731部隊で行なった仕事も、ソ連の文献の翻訳に携わり、生体実験にかかわらなかった。この人が監獄生活で大変な思いをしたのに比べると、酷い生体実験を行なったほとんどの幹部たちのその後は、裁きを受けて監獄に入ることも無く、職を得て日本で活躍した、何という違いだろう!! ※寧波細菌戦に関する動画はこれだ!!(11:43) 731部隊・細菌戦(731部隊・細菌戦資料センターのホームページより) 731部隊では何が行われたのか ※アメリカは、天皇・731部隊員に戦犯免責を与え、データを独占入手した。(21:22) Unit 731 「731部隊(2/2)〜"負の遺産"をめぐる米ソ暗闘(8/12/2007)」 ※元部隊員の証言!!(7:25) 731部隊 | 日本を変える論客たち ※帝銀事件の真犯人は平沢ではなく731部隊員であった!!(8:46) 731細菌部隊と帝銀事件との真相1 ※エイズは人為的に作られた!!(6:33) 731細菌部隊と帝銀事件との真相2 問題提起(731部隊・細菌戦資料センターのホームページより) 日本は中国に対する侵略戦争中に各地で細菌作戦を実行しました。細菌戦によるペストやコレラの流行によって、中国では多数の犠牲者が発生しました。1997 年と1999 年、細菌戦被害者計180名が日本国に謝罪と賠償を求めて細菌戦裁判を東京地裁に起こしました。 一審・二審の判決は、 ① 731 部隊等が細菌兵器の開発の中で人体実験を行っていた事実、 ②731部隊等が陸軍中央の指令で、ペスト菌やコレラ菌を使った細菌兵器を中国各地で実戦使用した事実、 ③細菌戦によって浙江省や湖南省で1万人を超える中国の一般市民が殺された事実、 ④731 部隊等が犯した細菌戦が国際法(1925 年ジュネーブ条約等)に違反していること、 ⑤細菌戦を実施した日本国にはハーグ陸戦条約第3 条に基づく国家責任が成立したこと、 ⑥細菌戦は、その被害が悲惨かつ甚大で、非人道的な行為であること、 などの重大な事実認定を行いました。 ところが、日本政府は、判決後も現在まで細菌戦の事実を全く認めていません。これは日本政府が中国侵略に対する真摯な反省を全く行っていないことを意味しています。日中の真の友好とアジアの平和を実現するために、日本が犯した重大な戦争犯罪である細菌戦について、政府は一刻も早く加害と被害の事実を認め、被害者に謝罪と賠償を行うべきです。 731 部隊等の犠牲者に対する戦後補償の速やかな実現は、日本政府だけでなく日本の国民全体の責任です。 ●戦後の医学界・薬学界・政界 731部隊員は戦後、裁判によって1人も裁かれなかった!!考えてみれば、戦時中、国家総動員法が敷かれ、日本の大学の専門家も何らかの形で戦争に加わった。医学界であれば、嘱託として731部隊に係った。その数はかなりの数にのぼるだろう。 戦後占領軍のアメリカは独占的に731部隊のデータを安く買い取り、自国の細菌兵器開発に役立てた。そして、731部隊員を裁くどころか、アメリカに協力させ、厚遇してしまった!!だから、医学界では731部隊に係った人間が巾を利かせ、長らく牛耳ってしまった。(今も影響を与えているのではないか?) 戦後もアメリカの要請で人体実験は刑務所などで行なわれ、医学界は731部隊のことを反省するどころか、胸を張ってしまった!!人間を物として扱い、人命を軽視する医療は戦後長らく続いてしまった。(今も変わっていないのかもしれない?) 医学界が中心となって時の政府に圧力をかけ、731部隊の秘密(細菌戦・生体実験等)を決して公式に認めさせないようにしているのではないか? テレビに出演する名医と呼ばれる大先生も、731部隊のことはよく知っているのだと思うのだが、医学界の“掟”『731部隊のことは公言するな!!』と言うのを忠実に守り通しているのではないか?もちろん、医学界・製薬会社・薬学界・政界で活躍している者、これから出世しようと思う者にはこの“掟”が厳然として生きているのではないか!! ●南京大虐殺 「この事実を・・・・」 (「南京」市民に仕えた宣教師証言集:章開沅/編 加藤 実/訳) (発行:ストーク、発売:星雲社、定価2200+税) ※『日中歴史共同研究』(2010年1月31日公表)でも明らかなように、日中戦争は日本の侵略戦争であり、南京大虐殺は歴史事実である。私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。 南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。 今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!! ベイツ 日本大使館宛の書簡(1937年12月16日〜27日) 12月17日 金曜日 皆さん方のお部屋でも、皆さん方ご自身の隣人の部屋でも、一目瞭然でしょうが、恐怖と残酷な統治とがいまだに続いています。 (1)昨夜兵士たちが、わが難民をいっぱい収容している図書館に絶え間なくやってきては、財貨や懐中時計や婦女を銃剣でゆすった。人々はすでに財貨も腕時計も無く、過去2日ですでに何度も略奪されていたので、この兵士たちは窓を叩き壊し、乱暴に人々を突き飛ばした。我等の地位の高い職員が、こうした状況の下で、銃剣でつつかれ傷を負った。 (2)図書館では、この地区の他のところと同様、昨夜多くの婦女が兵士たちに強姦された。 (3)兵士が我等の門衛を殴打したのは、彼が兵士に、蹂躙に供する娘さんを用意しなかったからだった。 (4)昨晩何軒かの、アメリカ国旗が掛かっていて、大使館の掲示が貼り出してあるアメリカ人の住宅が、付近をうろつき回っていた兵士たちに闖入され、あるところは数回闖入された。これらの住宅には、我がアメリカ人同僚3名が現に住まっている建物が含まれている。 兵士たちが記録した南京大虐殺1 兵士たちが記録した南京大虐殺2 兵士たちが記録した南京大虐殺4 兵士たちが記録した南京大虐殺5 兵士たちが記録した南京大虐殺6 ●「南京!南京!」が見られる映画サイト ●731部隊と天皇 欧米の帝国主義にならって、日本も中国侵略を真剣に考え、実行していった。 当時、天皇は現人神であり、日本国においては絶対の存在だった。日本人は、小さい頃から、家庭や学校で天皇を拝み、学校では教育勅語が奉読され、天皇のために死ぬことが最高の価値のように教えられた時代でもあった。当時植民地であった朝鮮や台湾の人々を二等国民とか三等国民と呼び、中国人をチャンコロと呼んで蔑視していた。また、軍医になって中国に渡れば、731部隊に所属しなくても生体解剖は当たり前のように行われていた。 日本の傀儡政権が満州に成立すると、早速、陸軍軍医少佐の石井四郎は、満州の背陰河で人体実験を重ねながら、安くて強力な兵器(貧者の核爆弾)の開発を目指した。 1936年、天皇の認可の下に中国ハルピンの郊外平房の広大な敷地に研究施設を作り、東京の陸軍軍医学校やその他多くの石井のネットワークと連携しながら、中国人・朝鮮人・ロシア人・モンゴル人などをマルタと称して生体実験・生体解剖などをし、試行錯誤を重ね、より強力な細菌兵器の開発を目指した。 1938年(昭和13年)の5月には国家総動員法が発令され、京大や東大の研究者なども上司の勧めや説得により、731部隊に派遣された者もいる。731部隊は国家的プロジェクトだった。そこで開発された細菌爆弾(陶器爆弾)は中国の都市で実戦された。ペスト菌で多くの被災者を出し都市は混乱した。 研究成果は思ったよりも上がらず、兵器の開発を急いだが、時すでに遅く、ソ連の参戦を許してしまった。 ソ連が参戦するや否や、軍部・天皇はいち早く731部隊の証拠隠滅をはかり、建物を爆破し、収容されていたマルタを全員殺し、731部隊員を急遽日本へ戻した。 これも戦争犯罪がばれると、天皇にもその責任が問われることになるからだ。 731部隊にも何人かの皇族が行き来し、実際731に係わっていた皇族もいた。東条も足を運び、大元帥昭和天皇の耳にも731についての情報は入り、実際細菌戦の命令も出していた!!。 莫大な予算をかけ、全国の優秀な医学者(京都帝大・東京帝大医学部が中心)を集めて作られた731部隊は、軍部・天皇がもっとも期待していた部隊であった!! |
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