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1938年3月28日 南京に中華民国維新政府成立。南京事件終焉する!!
日米間の密約はまだまだ存在する!!

全世界の究極の祈り・願い!!
「No more war!!」
武器よ!さらば!
沖縄の米軍基地撤去!沖縄と「天皇の免責」の関係は?

    「怨」
きけ!「マルタ・アジアの犠牲者」の叫び!
「日の丸」・「君が代」反対!!
(侵略のシンボル)(天皇賛美の歌)


新しい日本!!

「世襲の天皇制から選ばれし大統領制へ!」
昭和天皇の戦争責任・戦争犯罪を問う!
時効なき戦争責任・戦争犯罪!!
政府は戦史資料を公開せよ!!


城山三郎著『落日燃ゆ』には広田弘毅が、南京大虐殺当時の外相として事件の処理にあたり、軍部に対しても強く抗議した模様が描かれているが、外相・首相と務めれば日本軍が中国で何をやっていたかを熟知していただろう!!もちろん731部隊の残虐な実験や作戦についても!!東京裁判では広田は何も弁明していないが、日本がアジア諸国に及ばした加害の事実はよく知っていたのではないのか?
 
広島・長崎の原爆の詩は、日本軍が中国・アジア太平洋で行った残虐行為を受けた多くの被害者の方々にも当てはまる!!
 峠三吉の詩『にんげんをかえせ』
ちちをかえせ ははをかえせ 
としよりをかえせ 
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる 
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり 
くずれぬへいわを 
へいわをかえせ 


●731部隊
『【真相】
石井細菌戦部隊―極秘任務を遂行した隊員たちの証言』

郡司陽子編(1982年11月30日初刷:徳間書店)より
V 私は中国軍の捕虜だった 
   総務部調査課翻訳(情報)班 H・M
中国は訊問ではなく、思想改造で迫る
 この華東軍区軍事監獄には、約2年間投獄されていた。そしてこの間、いわゆる日本流の取調べや裁判はなかった。ただ、中国流の対応が、なされただけである。
 時々、独房を出て、中国側当局者と面談するのである。
 「君は、なぜこの監獄に入れられているか、分かりますか」という調子で面談は始められる。決して、向こうから、私の経歴を持ち出したり、731部隊のことを口に出したりはしない。
 中国側の態度は、きわめて紳士的であり、私を侮辱するような態度は、いささかも見せなかった。それも、方便としてそういう態度に出ているのでなく、心からそうしているということが、私に伝わってくるようなものであった。
 後になって、ソ連軍や南方で連合軍の捕虜になった人々が受けた苛酷な扱いを知るに及んで、私は唖然とせざるを得なかった。そして、つくづくと、中国人の肚の大きさというか、度量の大きさに感服したのであった。彼らはこちらの思想的な目覚めを、じっと待っているのである。そのための手助けは、できるだけしてあげましょう。しかし、最後はあなた自身が考え、行動するしかないのですという態度で、一貫していた。

※今日本の検察の取調べが問題になっている!!私には、よく分からないが、昔の特高の体質がまだ色濃く残っているのではないか?
又、今の中国の取調べは全く分からないが、その当時の中国はすごく戦犯に対して人道的に対処していたと思う。ソ連の苛酷な抑留生活で死んだ人々や連合軍の裁判で捕虜を上官の命令で殺した兵士が死刑になった(上官は裁かれなかった。)例などを思うと本当に中国の対応は寛大だと思う。

撫順戦犯管理所より
http://blog-imgs-35.fc2.com/n/o/b/nobu51g/20110323121726720.jpg
戦犯管理所内部の廊下

撫順戦犯管理所の思い出より
・中島宗一 そうですなぁ、わしや偽満州国の警察に長くおったんですが、あの昨日の自分たちに対する処理を宣告された時、検察員先生の方が、ここにいる戦争犯罪者は人道主義に反し、国際法に反した罪行を犯した者と言われました。私もひとつの例をあげてみるならば、日本が東北を侵略した時、これに反抗して立ち上がった抗日軍を指揮した趙尚志将軍を道案内したというたったひとつの理由でオロチョンの方をとらえ、日本刀で首をきり、さらにその上脳味噌を取り黒やきにして薬だといってのんだ、人間では考えられない行爲をした自分が、だんだん人間としての気もちをもつようになり、私のやった事が本当に悪いことであることを知り、当然中国人民に厳重な処罰をうけなくちゃならないというふうに考えていました。それがこのような寛大処理の恩典によくして、あの時の自分は電気にうたれたようになりました(一同同感の声)。あの時の感謝と感激は一生忘れられません。
※オロチョン・・・中国の内モンゴル自治区や黒龍江省の北部に居住する民族

中国帰還者連絡会

【軍事動員された植民地出身者の、戦場における特徴的な仕事のひとつは、「俘虜(ふりょ)監視員」であったといわれる。直接、銃を持たせることへの不安が日本側にあったのかもしれない。
 戦後になると、各地で日本の戦争犯罪を追及する「戦犯裁判」が行なわれた。俘虜監視員は、一転俘虜という「生き証人」によって、いきおい戦犯に指名される確立が高くなったであろう事は容易に想像できよう。
 戦犯として裁かれた朝鮮人・台湾人も多い。朝鮮人148人、うち死刑23人。台湾人173人、うち死刑26人である。(内海愛子『朝鮮人BC級戦犯の記録』参照)】(岩波新書:『遺族と戦後』:田中伸尚ほか著:「戦犯と国籍」125ページより)
 ※植民地であった朝鮮人や台湾人の多くが戦犯として裁かれた。しかし、彼らは戦後日本国籍を喪失しているのである。戦後補償を考える時に、「国籍を失っても罪は残る」一方で、原爆被害者などの方々は、「国籍を失ったので補償はない」ということになる。又、軍人恩給にしても、戦争犯罪人として、刑死または獄死した者の遺族にも扶助料が支給されたが、植民地出身の軍人には恩給が下りなかった。
 もちろん、あの残虐な生体実験をした731部隊員は誰一人として裁判では裁かれず、石井をはじめ多くの軍人などには恩給が支給された。九大の生体解剖は裁かれた!!

寧波細菌戦に関する動画はこれだ!!(11:43)
731部隊・細菌戦731部隊・細菌戦資料センターのホームページより)

731部隊では何が行われたのか
アメリカは、天皇・731部隊員に戦犯免責を与え、データを独占入手した。(21:22)
Unit 731 「731部隊(2/2)〜"負の遺産"をめぐる米ソ暗闘(8/12/2007)」
元部隊員の証言!!(7:25)
731部隊 | 日本を変える論客たち
帝銀事件の真犯人は平沢ではなく731部隊員であった!!(8:46)
731細菌部隊と帝銀事件との真相1
エイズは人為的に作られた!!(6:33)
731細菌部隊と帝銀事件との真相2

問題提起731部隊・細菌戦資料センターのホームページより)
 日本は中国に対する侵略戦争中に各地で細菌作戦を実行しました。細菌戦によるペストやコレラの流行によって、中国では多数の犠牲者が発生しました。1997 年と1999 年、細菌戦被害者計180名が日本国に謝罪と賠償を求めて細菌戦裁判を東京地裁に起こしました。

一審・二審の判決は、
① 731 部隊等が細菌兵器の開発の中で人体実験を行っていた事実、
②731部隊等が陸軍中央の指令で、ペスト菌やコレラ菌を使った細菌兵器を中国各地で実戦使用した事実、
③細菌戦によって浙江省や湖南省で1万人を超える中国の一般市民が殺された事実、
④731 部隊等が犯した細菌戦が国際法(1925 年ジュネーブ条約等)に違反していること、
⑤細菌戦を実施した日本国にはハーグ陸戦条約第3 条に基づく国家責任が成立したこと、
⑥細菌戦は、その被害が悲惨かつ甚大で、非人道的な行為であること、
などの重大な事実認定を行いました。

ところが、日本政府は、判決後も現在まで細菌戦の事実を全く認めていません。これは日本政府が中国侵略に対する真摯な反省を全く行っていないことを意味しています。日中の真の友好とアジアの平和を実現するために、日本が犯した重大な戦争犯罪である細菌戦について、政府は一刻も早く加害と被害の事実を認め、被害者に謝罪と賠償を行うべきです。

731 部隊等の犠牲者に対する戦後補償の速やかな実現は、日本政府だけでなく日本の国民全体の責任です。

●戦後の医学界・薬学界・政界
 731部隊員は戦後、裁判によって1人も裁かれなかった!!考えてみれば、戦時中、国家総動員法が敷かれ、日本の大学の専門家も何らかの形で戦争に加わった。医学界であれば、嘱託として731部隊に係った。その数はかなりの数にのぼるだろう。
 戦後占領軍のアメリカは独占的に731部隊のデータを安く買い取り、自国の細菌兵器開発に役立てた。そして、731部隊員を裁くどころか、アメリカに協力させ、厚遇してしまった!!だから、医学界では731部隊に係った人間が巾を利かせ、長らく牛耳ってしまった。(今も影響を与えているのではないか?)
 戦後もアメリカの要請で人体実験は刑務所などで行なわれ、医学界は731部隊のことを反省するどころか、胸を張ってしまった!!人間を物として扱い、人命を軽視する医療は戦後長らく続いてしまった。(今も変わっていないのかもしれない?)
 医学界が中心となって時の政府に圧力をかけ、731部隊の秘密(細菌戦・生体実験等)を決して公式に認めさせないようにしているのではないか?
 テレビに出演する名医と呼ばれる大先生も、731部隊のことはよく知っているのだと思うのだが、医学界の“掟”『731部隊のことは公言するな!!』と言うのを忠実に守り通しているのではないか?もちろん、医学界・製薬会社・薬学界・政界で活躍している者、これから出世しようと思う者にはこの“掟”が厳然として生きているのではないか!!

●南京大虐殺   
「この事実を・・・・」
(「南京」市民に仕えた宣教師証言集:章開沅/編 加藤 実/訳)
(発行:ストーク、発売:星雲社、定価2200+税)
※『日中歴史共同研究』(2010年1月31日公表)でも明らかなように、日中戦争は日本の侵略戦争であり、南京大虐殺は歴史事実である。私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!
ベイツ
日本大使館宛の書簡(1937年12月16日〜27日)
 こうした行動が、南京の大多数の住民に生じているものの小さな事例であるということと、貴国政府の上級官吏の通告では、中国の公共の福祉に配慮し外国の財産を保護すると謳っていることとを、貴殿がたが併せ考えてみて下さるよう、丁重に要請します。
 私たちは、プライベートなことを強調したくはないので、他の事例を2つ出しますが、その目的はただただ、制約されないままの兵士たちの常軌を逸した野放図さの如何を、説明するにあります。昨日私たちのアメリカ人同僚の1人が、悪いことをした1人の将校に殴打され、晩には私ともう1人のアメリカ人同僚とが、酔っ払って銃を持った1人の兵士に、ベッドから引きずりおろされました。
 この手紙は、大学に特別な保護を要求するわけではなく、皆さん方の近隣に住む者として、あらゆる平和な住民にとって、災禍が既に異常に危険で緊迫したものになっていることを、強調しているのです。
 日本軍には、力と能率とをもって正常なる振る舞いを維持し、占領区域の人民に秩序の良好な環境の下で仕事をし生活する機会を得させる、責任があると、私たちは信じています。

兵士たちが記録した南京大虐殺1
兵士たちが記録した南京大虐殺2
兵士たちが記録した南京大虐殺4
兵士たちが記録した南京大虐殺5
兵士たちが記録した南京大虐殺6
「南京!南京!」が見られる映画サイト

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