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●731部隊「講演と合唱の夕べ」
●京大 学位授与問題!! ●長野平和の旅 ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●武蔵村山の国立感染症研究所問題!! ●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判) ●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授 ●4月18日(木)18時〜「ビザ発給拒否国賠裁判」報告会 ●731と米国の核戦略 ●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと ●原子爆弾症研究者都築正男と米の核戦略 ●武見太郎と金原節三の関係 ●ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」 ●情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演 ●731部隊関連年表 ●北宏一朗さんを偲ぶ 6月10日に、北宏一朗さんが逝去されました。 横浜の「戦争の加害展」では、私は大変お世話になり、色々相模海軍工廠の事や、関東大震災時の横浜での虐殺事件のことを教えていただきました。 また、映画「沈黙」の上映会の時は、茅ケ崎、横浜、横須賀と体調の悪い中、先頭に立って、上映会を成功させたことが大変印象に残っています。 心より、ご冥福をお祈りいたします。 ![]() ![]() ![]() 追悼 北宏一朗さん 2019年1月26日文京区民センター 相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 北宏一朗 2002年9月神奈川県寒川町で毒ガス被害が出ました。寒川にあった旧海軍の秘密毒ガス工廠内の工事現場から「びらん性毒ガス・イペリット(マスタード)」と「催涙ガス・クロロアセトフェノン」の入ったビール瓶が発見されましたが、その際工事関係者11名が負傷しました。そのうち1名から染色体異常が見つかっています。その後「びらん性毒ガス・ルイサイトJの入った瓶も発見され総数は、802本 (2004年3月31日現在)にのぼります。そして昨年3月茨城県神栖町で毒ガスの嘔吐剤(くしゃみ剤)」による有機ヒ素化合物によって地下水が汚染され住民に重大な健康被書が出ました。 ![]() ●何で微罪で長期勾留する?? 微罪で長期勾留?おかしくないか?日本も人権意識が欠如している!! 以前までは香港の日本領事館が南京大虐殺の抗議を受け取っていたが、去年は受け取らないので、日本まで抗議に来たという。 香港人「靖国神社」建造物侵入事件"長期勾留"の謎? 靖国神社でぼや、横断幕も=中国籍の男を逮捕 ●徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! 日本の医学界はなぜ謝罪しない??? 又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!! なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!! 戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日〜5月3日 「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●沖縄 海は命!! シバサシ−安里清信の残照− ダイジェスト ![]() ![]() ![]() ![]() 沖縄は、核と枯葉剤で汚れている!! 「天皇メッセージ」 (てんのうめっせーじ) 枯れ葉剤を浴びた沖縄とベトナム戦争 沖縄と核 ●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! ビキニ「死の灰」世界各地へ 日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!! 平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相 ●憲法第9条 1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】 ・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前) ・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない) 統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に 水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!! なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ??? 2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影 オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!! ●戦争とは何だろうか?? 隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜 戦争神経症 治安維持法10万人の記録 治安維持法と長野県 NNNドキュメント「防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ」 東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ ●ニュース エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する? 日本は全く細菌戦の反省をしていない!! 危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所 危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設 ![]() ![]() 香港のデモ主催者、16日の抗議決行を表明 改正案の完全撤回要求 条例改正延期 香港デモ「勝利」 「きのうの敵はきょうの友やね」籠池氏“森友急先鋒”と握手 リニア反対!! リニア静岡工区、JR東海と静岡県の対立再燃 大井川の減水対策で 15年来のしこりも これもいらない!! 津波対策の必要性認める 陸上イージス、国の説明一転 イージス・アショア「防衛相は辞任すべき」 立民 枝野代表 "老後2000万円"で解る安倍政権の不誠実 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ??? 防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声 辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」 自衛隊の不祥事!! 日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜 このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】 “私は不妊手術を強いられた” 〜追跡・旧優生保護法〜 医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ??? 強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ 福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上 彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚 なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは? 「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖 20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」 731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!! 日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報 イージス・アショア 田岡俊次 青木理 なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか?? 20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会 2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏 竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任 ![]() 竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか 海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見 【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任 森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」 「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ 松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示 “旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27) 真実を隠すために死刑にしたのでは?? オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活 京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局) 731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に ●横浜「戦争の加害展」感想 2月13日 ・証言など良く集められたと思います。これから増々貴重な資料になることと思います。(女性、70代) ●「特殊部隊731」 秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行) 第3部 魔の廃墟のあとに 数時間して、敵の落下傘部隊はハルビンの戦車隊によって全滅された、という情報が伝えられた。皆、小躍りして喜んだ。 「そうさ。落下傘部隊に対する訓練は何年も前からできていたんだから。演習といえば、いつだって、落下傘部隊の降下を仮定していたのだ」 と、得意気に語っている古顔の者もいた。 いよいよ夜明けを待って発車するむねの決定が伝えられた。一車に約25人ぐらい乗るおうよその編成がなされた。私と浜中、森島は、同じく尾藤判任官の車輌に乗ることになった。林田は2つ3つ後方の車輌だった。列車はたしか、38輌連結であったから、約千人ぐらいが1本の列車に乗るのである。 出発まで、眠いものは眠っていいと尾藤判任官が言った。私は4,5人の同僚と一緒に、顔を洗うために、そこを離れた。その途中、佐川技手を見かけたので、 「技手殿!」 と呼びかけた。ついに逢えなくなってしまった小枝傭員のことを聞いてみたかった。 「さっき行ったんだがね、あれでは一緒に行けゃしない。運の悪い男だよ。・・・・俺たちの任務はこれからが大切なんだから、ま、頑張ろう」 小枝傭員のことには、あまり触れたくない様子である。 ●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!! 『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 731部隊との関係 この20年来、日本関東軍731部隊の戦争犯罪が次第に明らかにされてきた。特に1993年に(731部隊展)が日本のたくさんの地方で展示されて、これを参観した人は皆、731部隊とはつまり悪魔の代名詞だと思わずにはいられなかった。 731部隊は日本陸軍が細菌戦を行う重要な手段だった。早くも1932年には、日本の陸軍軍医学校の中に防疫研究室を設立し、翌年には中国東北のハルピン市に関東軍防疫班を設立した。以後、この部隊はハルピン市平房区に移転し、関東軍「防疫給水部」を設立したが、これが731細菌部隊である。 ![]() (広島県大久野島毒ガス工場) ●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を! 田中利幸 2)天皇裕仁の免罪・免責を目的とした憲法1章と2章9条の設定 したがって、この極東委員会が戦犯裁判政策や憲法改正案作成に関する議論を具体的に開始する前に、裕仁の「不起訴=免罪・免責」と「新憲法による天皇制維持」の両方を、占領軍司令官として未だ絶対的な権限を有している自分の手で確定してしまっておくことが、マッカーサーにとっては急務であった。この確定に失敗すれば、天皇制廃止が極東委員会によって要求される可能性が非常に高いと、彼が恐れたことは間違いない。そのためには、天皇裕仁が本来は「平和主義者」であるという事を強く表明し、同時に、将来その天皇の権限が政治家や軍指導部に政治利用されるような可能性を完全に除去しておく必要があると彼は考えていた。 日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 田中利幸 ●特集 軍拡に走る安倍政権と学術① 西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表 5、いまどんな議論が必要か ■立法府の動きにどう向き合うのか ―戦争放棄、軍事研究復活阻止が決定的に重要であるとしても、「命令には従わざるをえない」ということについてはどう考えればいいでしょうか。 「戦争と医の倫理」の検証を進める会などで一致協同して取り組んでいる根底には戦争医学犯罪を繰り返さない、繰り返させない、ということがあります。戦争は人を狂気にします。今日ではPTSDに分類される戦争神経症などは先の戦争でも日本の軍や医学界・医療界の課題でした。 被害者やその遺族の無念・怨念も癒えることはありません。戦後も狂気が癒えず入院したままで世を去った人々や今も入院中の人々がいます。だから医師・医学者は「戦争に反対だ。でも戦争になったらお仕舞」では済まないのです。戦争で医師が狂気に陥り、戦争に賛成し参加すれば、治療や予防という医師の役割に相矛盾します。その意味で「繰り返さない」ということは、医師・医学者自身が、人間の一尊厳、人権、命と健康の擁護を貫ける強靭な倫理観を持つことであり、検証の意義はそこにもあります。 昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版) ![]() ![]() ●「化学学校記事」情報公開裁判 9月4日 11:30〜(522号法廷) ●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか? なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? 次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判 9月26日(木)11:30〜419法廷 金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。 その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか? 防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。 あとの資料はどこに消えたのか? 彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。 金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。 その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。 2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。 金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。 また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか? 次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 ![]() 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901〜1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11〜43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 中央特殊武器防護隊の沿革 1956年1月 化学教育隊(化学学校の前身)の隷下に第301化学発煙中隊として新編 1970年8月 第301化学発煙中隊を改編して第101化学防護隊を新編 2001年3月 第101化学防護隊を化学学校から東部方面隊へ編入 2007年3月 第101化学防護隊を第101特殊武器防護隊へ改編、中央即応集団へ編入 2008年3月 第101特殊武器防護隊を中央特殊武器防護隊へ改編 ※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904〜1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) ![]() ●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇 ●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く ●水俣病問題 ●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去 ●小泉親彦と宮川米次の絆 ●ヒロシマからフクシマへ ●宮川正 ●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ— ●ビキニ「死の灰」世界各地へ ●自衛隊とサリン ●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 ●日本の国家機密 ●兒嶋俊郎さんを偲ぶ ●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 ●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より) 第3部 陛下の戦争 1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年 ※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!! 第9章 聖戦 戦争開始の時点から日本の戦争目的の定義をめぐり問題が生じていた。1937年9月4日、杉山陸相は全軍に対する訓示で、今回の事態は「帝国が経験したる所謂事変とは全く其の趣を異にし既に全面戦へ移行したるものなることを深く覚悟せざるべからず」と述べた。 同日、昭和天皇は帝国議会開院式に際し、勅語で「中華民国との提携協力に依り東亜の安定を確保」することを日夜、気にかけているにもかかわらず、「中華民国深く帝国の真意を解せず濫りに事を構え遂に今次の事変を見るに至る。朕之を憾(うらみ)とす。今や朕が軍人は百艱を拝して其の忠勇を致しつつあり。是れ、一に中華民国の反省を促し速に東亜の平和を確立せむとするに外ならず」と述べた。 ●小泉親彦と昭和天皇 ●近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 ●近代天皇制の真髄は ●福沢諭吉 ●神武と戦争 憲法9条を生かそう!! |
天皇の戦争責任
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●731部隊「講演と合唱の夕べ」
●京大 学位授与問題!! ●長野平和の旅 ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●武蔵村山の国立感染症研究所問題!! ●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判) ●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授 ●4月18日(木)18時〜「ビザ発給拒否国賠裁判」報告会 ●731と米国の核戦略 ●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと ●原子爆弾症研究者都築正男と米の核戦略 ●武見太郎と金原節三の関係 ●ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」 ●情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演 ●731部隊関連年表 ●何で微罪で長期勾留する?? 微罪で長期勾留?おかしくないか?日本も人権意識が欠如している!! 以前までは香港の日本領事館が南京大虐殺の抗議を受け取っていたが、去年は受け取らないので、日本まで抗議に来たという。 香港人「靖国神社」建造物侵入事件"長期勾留"の謎? 靖国神社でぼや、横断幕も=中国籍の男を逮捕 ●徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! 日本の医学界はなぜ謝罪しない??? 又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!! なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!! 戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日〜5月3日 「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●催し物 ![]() ![]() ●沖縄 海は命!! シバサシ−安里清信の残照− ダイジェスト ![]() ![]() ![]() ![]() 沖縄は、核と枯葉剤で汚れている!! 「天皇メッセージ」 (てんのうめっせーじ) 枯れ葉剤を浴びた沖縄とベトナム戦争 沖縄と核 ●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! ビキニ「死の灰」世界各地へ 日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!! 平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相 ●憲法第9条 1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】 ・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前) ・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない) 統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に 水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!! なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ??? 2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影 オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!! ●戦争とは何だろうか?? 隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜 戦争神経症・・・戦争は、被害者も加害者も大きなトラウマになる 治安維持法10万人の記録 治安維持法と長野県 NNNドキュメント「防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ」 東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ ●ニュース エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する? 日本は全く細菌戦の反省をしていない!! 危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所 危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設 ![]() ![]() 香港政府、逃亡犯条例棚上げ論も デモで「審議困難」 日本が米国から105機購入 ステルス戦闘機F-35が抱える11の問題点 鳩山元首相「日本は韓国の最高裁判決に従って強制徴用について賠償すべき」 川内原発1号機、来年3月停止へ テロ対策施設遅れ 津波対策の必要性認める 陸上イージス、国の説明一転 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ??? 防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声 辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」 自衛隊の不祥事!! 日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜 このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】 “私は不妊手術を強いられた” 〜追跡・旧優生保護法〜 医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ??? 強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ 福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上 彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚 なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは? 「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖 20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」 731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!! 日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報 イージス・アショア 田岡俊次 青木理 なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか?? 20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会 2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏 竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任 ![]() 竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか 海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見 【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任 森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」 「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ 松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示 “旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27) 真実を隠すために死刑にしたのでは?? オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活 京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局) 731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に ●横浜「戦争の加害展」感想 2月13日 ・中国に出征していた兵士に慰安婦のことは聞いていた。軍の中におりサックを渡された。(男性、70代) ●横浜「731部隊・100部隊・毒ガス戦パネル展の感想(4月29日〜5月3日) 5/3(金) 6.男.50.板橋.来て良かった。興味深かった。 ●「特殊部隊731」 秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行) 第3部 魔の廃墟のあとに 彼らがもし、研究所への出入を許されていたのだったら、当然殺されてしまっていたろうに・・・・と、私は複雑な気持でその光景を眺めた。 食糧品を八分目くらいの高さに積んでから、その上に畳をかぶせた。そしてわずかな、貨車の天井との間に、私達が乗るのである。 ハルビンの郊外にソ連の落下傘部隊が降下したのは、その夜半であった。照明弾照下に、20km以上離れているはずの忠霊塔が、意外な近さでくっきりと浮き出し、そぼ降る雨を通して、舞い降りる落下傘の群がまるで大粒な牡丹雪のように見えた。上空での空中戦は、ますます熾烈を極め、照明弾が恐怖に青ざめている私達の顔を意地悪く照らし出した。 私達は、もはや逃げられないものと秘かに観念のほぞを固めた。部隊に留まって最後まで戦うんだと力む雇員もいた。そのために積込みはしばらく忘れられたかたちであった。 そうした最中に、1人の軍属姿の者が軍刀を杖にして石炭の小山の上に上り、塑像のようにじっと立ち尽くしていた。この凛々しさが、ことさら人目を惹く美しさに見えたのだろうが、よく見ると、それは女であった。事務員のほかには女の軍属がいるとは聞いていなかったので、私達は誰だろうと不思議がっていた。浜中は総務部にいたのだから知っているだろうと思ってたずねてみたが、彼も知らなかった。 ●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!! 『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 関東軍化学部 凶悪残忍な化学戦演習 実験中に中国人民に与えた傷害については、渡辺国義さんがさらに詳細な資料を提供している。渡辺さんは516部隊の隊員で、1940年には同部隊の特種自動車第1連隊資材廠に所属する新兵訓練担任の伍長だった。1942年連隊炊事係曹長、1945年、練習隊第1大隊第1中隊の曹長となり、日本降伏後抑留された。 1954年8月8日、戦犯として行った彼の供述を以下に記す。 ・・・・・ 1945年6月上旬、黒竜江省フラルギ部隊演習場で、訓練隊放毒訓練時、私は砲のそばで、あか筒30発を発射、中国人に対して放毒するのを監督した。ガスはそこから300m離れたフラルギ及びチチハルの道路に向かって流れ、通行中及び耕作中の10名の中国人が呼吸器官に傷害を受けた。 ![]() (広島県大久野島毒ガス工場) ●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を! 田中利幸 2)天皇裕仁の免罪・免責を目的とした憲法1章と2章9条の設定 マッカーサーがもう1つ懸念していたのは、前年1945年12月に、米英ソ3国のモスクワ外相会議で、日本占領の最高政策決定機関として、新たに「極東委員会」なるものを設置し、46年2月26日にワシントンで正式発足することが決定されていたことである。この極東委員会の構成国は、米国、英国、ソ連、中国、フランス、オランダ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの連合国諸国の上に、インドとフィリピンを加えた11か国、すなわち、東京裁判の構成国と全く同じであった。これらの構成国の中では、オーストラリアだけではなく、ソ連、ニュージーランド、カナダ、オランダも、裕仁の戦争責任免責や天皇制温存に否定的な考えを持っていた。しかも、同委員会の権限には、戦犯裁判の政策決定や、「憲政機構の根本的変更」、つまり憲法改正案の作成なども含まれていたのである。 日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 田中利幸 ●特集 軍拡に走る安倍政権と学術① 西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表 5、いまどんな議論が必要か ■立法府の動きにどう向き合うのか ―立法府での議論についても、無関心でいてはいけないと思いますが、いかがですか。 1999年以降の有事法制により、有事の際に全国の医療機関や医師が担うべき役割が規定されました。政府が「有事」とみなせば、病院などを管理下に置き、医師・看護師などには公用令書(かつての召集令状、赤紙)が届けられ、医薬品等も調達物資の対象となり、命令に反すると罰則の対象にもなります。 私たちが同法に従うことになれば、「いつか来た道」をたどることになりかねません。それでも「命令には従わざるを得ない」 という声が多数であったという結果を示す調査もあります。良心的兵役拒否権は国際連合やヨーロッパ評議会のような国際機関では基本的人権「良心の自由」として認知され、推奨されており、法制化が図られている国もあります。日本国憲法では許されていない国の武力による威嚇または武力の行使のもとでの医療従事者への命令を拒否する権利の保障についても議論されねばならないのではないでしょうか。日本の医学界・医療界が国の内外で、軍縮、戦争放棄に取り組むことも医学者・医師の戦争医学犯罪の防止につながると改めて思います。 昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版) ![]() ![]() ●「化学学校記事」情報公開裁判 9月4日 11:30〜(522号法廷) ●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか? なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? 次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判 9月26日(木)11:30〜419法廷 金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。 その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか? 防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。 あとの資料はどこに消えたのか? 彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。 金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。 その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。 2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。 金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。 また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか? 次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 ![]() 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901〜1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11〜43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 金原節三衛生学校長 1955.8.1〜1957.12.15 1957、1 増田美保訪米3か月間 1957、7 『衛生学校記事』刊行 1957、9.24〜11.30 ヨーロッパ・米国(金原) 突如として転任されたので、見る目も痛ましい程に悲しみにうち萎れておりましたが、編集員一同の悲しみも同様で・・・・ 1957,10 化学学校(創設) ※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904〜1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) ![]() ●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇 ●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く ●水俣病問題 ●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去 ●小泉親彦と宮川米次の絆 ●ヒロシマからフクシマへ ●宮川正 ●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ— ●ビキニ「死の灰」世界各地へ ●自衛隊とサリン ●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 ●日本の国家機密 ●兒嶋俊郎さんを偲ぶ ●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 ●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より) 第3部 陛下の戦争 1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年 第9章 聖戦 8月31日の天皇の命令、「北支那方面軍を北支那に派遣す」は、戦争はすぐ終わるとの見地で、「敵の戦争意志を挫折せしめ」、「中部河北省の敵を撃滅すべし」と好戦的に命じた。しかし、この大命では天皇の意思に従い、青島に部隊を派遣することは取りやめとした。次いで2週間の間に、天皇は戦闘が泥沼化してきた上海地区への増派準備のため6次にわたる動員を裁可した。9月7日、天皇は3個師団と台湾駐屯軍の上海戦線への派遣を裁可し、同時に、昭和天皇はソ連を懸念し、満州防備のため他の部隊を送るように命じた。第1部長(作戦)石原莞爾少将は部隊増強に強く反対していたにもかかわらず、それを止めることができなかったため、辞任し、関東軍参謀副長に転任した。 ●小泉親彦と昭和天皇 ●近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 ●近代天皇制の真髄は ●福沢諭吉 ●神武と戦争 憲法9条を生かそう!! |
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●731部隊「講演と合唱の夕べ」
●京大 学位授与問題!! ●長野平和の旅 ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●武蔵村山の国立感染症研究所問題!! ●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判) ●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授 ●4月18日(木)18時〜「ビザ発給拒否国賠裁判」報告会 ●731と米国の核戦略 ●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと ●原子爆弾症研究者都築正男と米の核戦略 ●武見太郎と金原節三の関係 ●ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」 ●情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演 ●731部隊関連年表 徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! 日本の医学界はなぜ謝罪しない??? 又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!! なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!! 戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日〜5月3日 「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●催し物 ![]() ![]() ●沖縄 海は命!! シバサシ−安里清信の残照− ダイジェスト ![]() ![]() ![]() ![]() 沖縄は、核と枯葉剤で汚れている!! 「天皇メッセージ」 (てんのうめっせーじ) 枯れ葉剤を浴びた沖縄とベトナム戦争 沖縄と核 ●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! ビキニ「死の灰」世界各地へ 日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!! 平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相 ●憲法第9条 1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】 ・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前) ・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない) 統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に 水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!! なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ??? 2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影 オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!! ●戦争とは何だろうか?? 隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜 戦争神経症・・・戦争は、被害者も加害者も大きなトラウマになる 治安維持法10万人の記録 治安維持法と長野県 NNNドキュメント「防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ」 東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ ●ニュース エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する? 日本は全く細菌戦の反省をしていない!! 危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所 危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設 ![]() ![]() 人権無視は香港・中国だけではない。日本もアメリカにもある。 香港の危機、警察が武力でデモ隊強制排除に 香港デモ参加者が日本語で協力求める投稿が話題に。「逮捕されるかも」それでも日本人に伝えたかったこと 微罪で長期勾留?おかしくないか?日本も人権意識が欠如している!! 以前までは香港の日本領事館が南京大虐殺の抗議を受け取っていたが、去年は受け取らないので、日本まで抗議に来たという。 香港人「靖国神社」建造物侵入事件"長期勾留"の謎? 靖国神社でぼや、横断幕も=中国籍の男を逮捕 池袋暴走事故・飯塚元院長(88)が実況見分…今後どうなる? ホルムズ海峡 攻撃、3時間で2度 タンカー運航会社「どうして我々の船が」 日本、「グーグルアース」だけ信じて北ミサイル迎撃2000億円事業が蒸発寸前 消えた丸山穂高氏 地元「政治家は立場悪いとすぐ病気」 ロシア・モスクワで言論弾圧に反対するデモ 400人以上が拘束 「老後に2000万円必要」報告書めぐりきょう与野党論戦 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ??? 防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声 辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」 自衛隊の不祥事!! 日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜 このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】 “私は不妊手術を強いられた” 〜追跡・旧優生保護法〜 医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ??? 強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ 福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上 彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚 なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは? 「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖 20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」 731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!! 日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報 イージス・アショア 田岡俊次 青木理 なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか?? 20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会 2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏 竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任 ![]() 竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか 海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見 【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任 森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」 「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ 松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示 “旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27) 真実を隠すために死刑にしたのでは?? オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活 京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局) 731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に ●横浜「戦争の加害展」感想 2月13日 ・実際にあったことを伝えていくことは、反戦の大きな力になると思います。国民は真実をあまり知らされていないと思います。(男性、70代) ●横浜「731部隊・100部隊・毒ガス戦パネル展の感想(4月29日〜5月3日) 5/3(金) 5.男.20.市内.中国からの留学生です。内閣府の旧日本軍中国遺棄化学兵器事業通訳として、毎年現場に滞在しており、そのきっかけにこの事業に関心が沸き上がりました。今は大学の博士後期に在籍しております。 今回の展示会を見させていただき、今まで知らなかったことが勉強になりました。まさか「軍馬」も活兵器として戦争中に用いられていとは。また、ただ文字だけではなく、写真と新聞を一緒に提供いただき、このような凄まじい画面が参加者の心に伝わるだろうと思っております。さらに時間があわせられないので、ミニ講演会を参加できなかった。残念でした。平和な時代に暮らしている私たちが、過去の歴史を忘れるべきではなく、今後ともこのような展示会を開催お願いします。お疲れさまでした。 ご提案、展示会にいらっしゃっている方々は高齢者が多いので、平和責任と日本友好につながっているのが子どもと学生です。このような展示会は子どもたちに届いていないので、もしできれば、中学生、高校生たちにもこの情報を発信すればどうかなと思っております。 ●「特殊部隊731」 秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行) 第3部 魔の廃墟のあとに 部隊本部前に集合した私達は、そこから貨車発着所に移動した。そのあたりには家族の者が残していた荷物が至る所に散乱していた。人間を輸送するだけが精一杯で、持ち込めなかった荷物であり、破れた行李や着物の端がはみ出している口の開いた軍用トランクなどが、逃げ去った家族たちの狼狽振りを生々しく物語っていた。 私達は、真新しい軍装をつけ貨車の前にならんで出発のときを待った。しかし、また作業命令が出た。貨車への積込みである。情報とにらみ合わせてのものだろうが、敵の進攻状態がはっきり伝えられてない以上やはり一刻も早く出発したいと念う心は、誰も変わりなかった。 上衣を脱ぎ、荷物をその場にまとめて、私達は食糧倉庫に向った。 先ず醤油樽を運んで、貨車の一番下に積み、その上に塩、砂糖を積み始めるころにはすっかり暗くなってしまった。運搬も次第に粗雑になって、アンペラで包んだ16貫入れの砂糖袋を破いたり、塩かますの口を切らしたり、倉庫のあたりは乱雑を極めていた。 そのころ、部隊で働いていた満人たちが、残った馬や牛、食糧などを分配されて、喜んでいるのが目に付いた。彼らが喜ぶ顔を見せたのは、入隊以来初めてであった。 ●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!! 『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 関東軍化学部 凶悪残忍な化学戦演習 実験中に中国人民に与えた傷害については、渡辺国義さんがさらに詳細な資料を提供している。渡辺さんは516部隊の隊員で、1940年には同部隊の特種自動車第1連隊資材廠に所属する新兵訓練担任の伍長だった。1942年連隊炊事係曹長、1945年、練習隊第1大隊第1中隊の曹長となり、日本降伏後抑留された。 1954年8月8日、戦犯として行った彼の供述を以下に記す。 ・・・・・ 「1944年8月中旬、黒竜江省フラルギ東4㎞で、関東軍化学部資材廠が散毒実験を実施したが、私は撒毒救援の名目で、散毒班長伍長某以下10名を監督して、中国人村落(西南1㎞及び東北1㎞半に各30戸、約150人の村落)に通じる道路と草地の上に、面積2000㎡、毒量100㎏、殺傷効力1000名、毒ガス有効時間1週間の糜爛性持久ガスを撒布した。結果は、その地を通過した中国農民男子4名が被毒、身体腐食により殺害、さらに男女農民約20人の手足にガス腐食傷害を受けた。」 ![]() (広島県大久野島毒ガス工場) ●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を! 田中利幸 2)天皇裕仁の免罪・免責を目的とした憲法1章と2章9条の設定 即ち、天皇裕仁が安泰である限り日本人は本質的には変わらないのであり、日本の旧政治社会体制を徹底的に解体するには裕仁を有罪にしなければならない、というのがオーストラリア政府の信念だった。こうした政策から、1946年1月22日に、裕仁の名前を加えた戦犯候補者リストを連合軍戦争犯罪委員会に提出していたのである。実は、オーストラリアは、前年10月にも同じリストを連合軍戦争犯罪委員会に提出し、採択するよう迫っていた。 日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 田中利幸 ●特集 軍拡に走る安倍政権と学術① 西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表 5、いまどんな議論が必要か ■立法府の動きにどう向き合うのか ―立法府での議論についても、無関心でいてはいけないと思いますが、いかがですか。 立法府では、「戦争及び人道に対する罪に対する時効不適用条約」の批准も議論されなければならないと思います。この条約は、1968年11月26日の国連第23回総会で決議(日本政府は棄権)され、1970年11月11日に発効しました。戦争犯罪と人道に反する犯罪について時効は「その犯罪の行われた時期にかかわりなく、適用されない」と規定しています。私たちの検証によって、731部隊や日本医学会等の組織的な加担とともに、それらを構成していた個々の医学者・医師の犯罪性も少なからず明らかにされてきました。その中には、感染実験でぺストを発症させ、治療もせずに死亡に至るまで経過を観察した人体実験を行い、その結果を、学位論文として提出する際、実験対象を「サル」と偽る明白な不正を行い、学位授与を申請した者、そのような学位授与の申請を受理し、学位授与を認めた者もいますが、全て裁かれずに世を去りました。そのようなことを繰り返させない・繰り返さないことにつながると考えられるからです。 昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版) ![]() ![]() ●「化学学校記事」情報公開裁判 9月4日 11:30〜(522号法廷) ●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか? なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? 次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判 9月26日(木)11:30〜419法廷 金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。 その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか? 防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。 あとの資料はどこに消えたのか? 彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。 金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。 その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。 2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。 金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。 また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか? 次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 ![]() 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901〜1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11〜43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 『衛生学校記事』より 4、第301予防衛生中隊 7名の隊員の転入を受けた中隊では学校長の新方針によって今後1年間の予定で、衛生課隊員としての衛生教護技術補備教育を教育部の応援を得て開始した。またコレラの国内侵入にに備えて隊員全員予防接種を受けたほか防疫器材の整備、コレラ菌検索の補備訓練を実施した。 9月末には衛生補給処から肩掛け式(2)、背負式(4)噴霧器の交換交付を受けた。 10月上旬衛生学校の総員検便(赤痢菌検査)の支援を行ったほか、駐屯地隣接国設宿舎3棟、共済組合住宅3棟の消毒の実施した。 ※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904〜1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) ![]() ●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇 ●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く ●水俣病問題 ●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去 ●小泉親彦と宮川米次の絆 ●ヒロシマからフクシマへ ●宮川正 ●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ— ●ビキニ「死の灰」世界各地へ ●自衛隊とサリン ●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 ●日本の国家機密 ●兒嶋俊郎さんを偲ぶ ●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 ●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より) 第3部 陛下の戦争 1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年 第9章 聖戦 拝謁から3日後、両統帥部長は御下問奉答要旨を持って参内した。それは、大規模な航空作戦により、中国の航空兵力、軍事施設、重要な産業、政治拠点を破壊しようとするものであった。しかし、中国の軍隊と人民の「戦意を喪失せしむ」るには、おそらく航空攻撃だけでは十分ではない。同時に、日本は特定の華北の戦略地点を占領し、国民党軍と直接交戦し、上海を占領し、そして、中国沿岸を海上封鎖すべきであるといった内容だった。陸軍や政府の多くが全面戦争の回避を模索していた時、こうした政策を最も熱心に主張したのが海軍だった。天皇はこの奉答に対して、青島派兵、上海付近の航空基地の占領についてだけ懸念を示したに過ぎなかった。この時点でもまた、天皇は臣下である提督の立場を消極的にではなく、積極的に承認し、断固たる決意で臨むよう臣下の将軍たちに要求をしたのである。 ●小泉親彦と昭和天皇 ●近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 ●近代天皇制の真髄は ●福沢諭吉 ●神武と戦争 憲法9条を生かそう!! |
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●京大 学位授与問題!!
●長野平和の旅 ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●武蔵村山の国立感染症研究所問題!! ●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判) ●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授 ●4月18日(木)18時〜「ビザ発給拒否国賠裁判」報告会 ●731と米国の核戦略 ●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと ●原子爆弾症研究者都築正男と米の核戦略 ●武見太郎と金原節三の関係 ●ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」 ●情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演 ●731部隊関連年表 徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! 日本の医学界はなぜ謝罪しない??? 又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!! なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!! 戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日〜5月3日 「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●催し物 ![]() ![]() 海は命!! シバサシ−安里清信の残照− ダイジェスト ![]() ![]() ![]() ![]() 「天皇メッセージ」 (てんのうめっせーじ) ●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! ビキニ「死の灰」世界各地へ 日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!! 平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相 ●憲法第9条 1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】 ・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前) ・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない) 統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に 水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!! なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ??? 2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影 オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!! ●戦争とは何だろうか?? 隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜 戦争神経症・・・戦争は、被害者も加害者も大きなトラウマになる 治安維持法「自由はこうして奪われた」データで読み解く戦争の時代 第1回 治安維持法と長野県 NNNドキュメント「防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ」 東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ ●ニュース エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する? 日本は全く細菌戦の反省をしていない!! 危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所 危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設 ![]() ![]() 辺野古新基地、反対訴え 玉城氏、世論喚起へ全国行脚 2歳衰弱死、児相が「48時間ルール」無視 確認せず 香港の危機、警察が武力でデモ隊強制排除に 夫婦の老後資金「2000万円が必要」根拠は厚労省が提示 麻生氏の説明と矛盾 原発をすべて止めてもらいたい!! 再生可能エネルギー 固定価格の買い取り制度終了へ 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ??? 防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声 辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」 自衛隊の不祥事!! 日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜 このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】 “私は不妊手術を強いられた” 〜追跡・旧優生保護法〜 医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ??? 強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ 福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上 彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚 なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは? 「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖 20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」 731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!! 日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報 イージス・アショア 田岡俊次 青木理 なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか?? 20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会 2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏 竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任 ![]() 竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか 海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見 【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任 森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」 「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ 松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示 “旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27) 真実を隠すために死刑にしたのでは?? オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活 京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局) 731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に ●横浜「戦争の加害展」感想 2月13日 ・私の友人は南京生まれです。私の父は731部隊に従軍していた経験があります。友人とは介護現場で知り合い、現在国連WFP協会と横浜市大講師を兼務する尊敬に値する方です。父は東京都衛生局に40年勤め環境衛生、感染症予防に一命を捧げました。一人一人の人間は国籍や人種を超えられるのに、何故、世界はまた不幸な過去の過ちを繰り返そうとしているのか。一度何かが動き出すと独りの人間にそれを止めることは難しい。つまらぬ自尊(愛国)心を捨て、未来指向の関係を築いてゆくために加害者としての認識をゴマ化さず(ドイツは過去を認めている)近隣諸国の隣人に顔向けできる自分でありたい。今般のぱパネル展は史実を理解する上でとても参考になりました。主催者様、及びボランティアの皆様、ありがとうございました。(男性、60代) ●横浜「731部隊・100部隊・毒ガス戦パネル展の感想(4月29日〜5月3日) 5/3(金) 4.女.70.市内.これまでも何度か来ていますが、100部隊のことは全く知りませんでした。今日改めて731部隊の犯罪を見てどうしてこれが許されたのか、アメリカの罪は大きいですね。日本は加害に対してしっかり向き合い、子どもたちにもきちんと教えるべきです。そして今も中国各地で残されていた毒ガスで、被害を受けた人たちへの謝罪と補償は速やかに行わなければなりません。開催を感謝申し上げます。 ●「特殊部隊731」 秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行) 第3部 友を残して 「これだけでも持っていってやろうか」 と、浜中が言った。 「だって逢えないんだからなぁ」 外では工兵隊が、からになった建物を片っ端から壊しにかかっているのだから、ここにおいてもおそらく焼かれてしまうだけだろう。だが、持って行ってやったものが、果して彼の手元に届くかどうか、私には疑問であった。といって、彼の私物などにかまってやる者は誰もいない。私は、来住野に届かなくても私達にできる範囲での善意を尽くしてやればいいという自分の心を満たす気持もあって、貯金通帳などは病院へ届けることにした。 「俺が行ってくるよ」 と、浜中が進んで出た。そのことに自分の慰めを見出している浜中の気持を私も森島も察することができた。私は来住野の母のハガキだけをとって、ポケットに入れた。もし、来住野が死んだあとも、自分が生き残っていたとしたら、このことを彼の老いた母に伝える義務があるような気がした。一緒に入隊した同県人は私1人だし、宿舎も同じなのだから、来住野のことを母に伝えるのは私をおいてほかにいないのだと思えるのだった。 ●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!! 『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 関東軍化学部 凶悪残忍な化学戦演習 実験中に中国人民に与えた傷害については、渡辺国義さんがさらに詳細な資料を提供している。渡辺さんは516部隊の隊員で、1940年には同部隊の特種自動車第1連隊資材廠に所属する新兵訓練担任の伍長だった。1942年連隊炊事係曹長、1945年、練習隊第1大隊第1中隊の曹長となり、日本降伏後抑留された。 1954年8月8日、戦犯として行った彼の供述を以下に記す。 ・・・・・ 「1940年7月下旬、黒龍江省フラルギ東4㎞の草地で、特種自動車第1連隊資材廠が新兵の放毒訓練を行った際、私は教官小世勝次の命を奉じ、直接新兵10名を指揮命令して、中国人村落(西方700mに10戸、西南1㎞に30戸、東北1㎞半に30戸)に通ずる道路と草地上に、面積2000㎢、毒量100㎏、殺傷効力1000名、毒ガス有効時間1週間の糜爛性持久ガスを撒布した。結果は、中国農民男子5名が散毒地を通過時、被毒後身体腐食、殺害、ほかに中国農民男女25名が手足に毒ガスの腐食傷害を受けた。」 ![]() (広島県大久野島毒ガス工場) ●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を! 田中利幸 2)天皇裕仁の免罪・免責を目的とした憲法1章と2章9条の設定 1つは、1946年5月に開廷される予定となっていた極東国際軍事裁判(いわゆる「東京裁判」)で、オーストラリアが裕仁の訴追を強く要望していたことである。オーストラリアは、太平洋戦争で、日本軍に捕虜となった豪州軍将兵に多くの犠牲者を出した。豪州兵の捕虜数は2万2千名近くで、そのうちの7千4百名以上が捕虜として死亡。その死亡率は34.1%(3人に1人という割合)。その上、日本と同じ太平洋地域に位置するオーストラリアは、日露戦争時代から日本を脅威と感じてきたし、この際、日本軍国主義を徹底的に打ち砕いておくべきであると考えていた。そのためには日本軍戦犯全員をもれなく裁判にかける必要があるし、侵略戦争の決定に裁可を与えた裕仁の起訴は、その中でも特に象徴的な意味を持つ重要なケースであるという認識であった。 日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 田中利幸 ●特集 軍拡に走る安倍政権と学術① 西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表 5、いまどんな議論が必要か ■立法府の動きにどう向き合うのか ―立法府での議論についても、無関心でいてはいけないと思いますが、いかがですか。 日本政府は、国会で「日本国みずからが自分の戦争犯罪について判断することも処置することもできない」などと無責任な答弁を繰り返してきました。しかし、裁判では、被害の存在を認定したのみならず、「国際慣習法による国家責任が生じていた」ことを認め、「何らかの対処をするかどうか、仮に何らかの対処をする場合にどのような内容の対処をするのかは、国会において」「高次の裁量により決すべき」とされました。立法府での議論が求められていると思います。 昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版) ![]() ![]() ●「化学学校記事」情報公開裁判 9月4日 11:30〜(522号法廷) ●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか? なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? 次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判 9月26日(木)11:30〜419法廷 金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。 その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか? 防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。 あとの資料はどこに消えたのか? 彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。 金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。 その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。 2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。 金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。 また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか? 次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 ![]() 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901〜1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11〜43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 『衛生学校記事』より 第301予防衛生中隊 1951年 増田美保元薬剤少佐警察予備隊に入隊 1952年11月 近喰太大元軍医中佐保安隊に入隊 1955年1月 中黒秀外之入隊 1956年8月31日 園口忠男入隊 衛生学校教育部教官 1952年12月13日創設 1958年頃から、陸上自衛隊の組織改編により、毎年零編成化の圧力 1965年8月3日 零編部隊 「衛生学校30年のあゆみ」 p76,77のみ 災害派遣の思い出 ・・・申訳程度の記録 ※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904〜1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) ![]() ●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇 ●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く ●水俣病問題 ●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去 ●小泉親彦と宮川米次の絆 ●ヒロシマからフクシマへ ●宮川正 ●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ— ●ビキニ「死の灰」世界各地へ ●自衛隊とサリン ●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 ●日本の国家機密 ●兒嶋俊郎さんを偲ぶ ●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 ●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より) 第3部 陛下の戦争 1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年 第9章 聖戦 8月18日、天皇は参謀総長、軍令部総長を呼び鋭い指摘を行った。天皇は、戦局は「漸次拡大し上海の事態も重大となれるが青島も不穏の形勢に在る由、斯くの如くにして諸方に兵を用ふとも戦局は永引ぐのみなり。重点に兵を集め大打撃を加へ」てはどうか、と述べた。天皇はこれに続き、「我の公明なる態度を以て」行う和平は、このような大勝利を通じてのみ達成できるとした。「〔このような行動によって〕時局を収拾するの方策なきや。即ち支那をして反省せしむるの方途なきや」と、天皇は下問した。この言葉こそ、その微妙な言い回しにより天皇みずからを窮地に追い込むものであった。 ●小泉親彦と昭和天皇 ●近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 ●近代天皇制の真髄は ●福沢諭吉 ●神武と戦争 憲法9条を生かそう!! |
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●長野平和の旅
●武蔵村山の国立感染症研究所問題!! ●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判) ●人体実験疑い 京大調査継続せず ●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授 ●ABC企画委員会 ●4月18日(木)18時〜「ビザ発給拒否国賠裁判」報告会 ●731と米国の核戦略 ●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと ●原子爆弾症研究者都築正男と米の核戦略 ●武見太郎と金原節三の関係 ●ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」 ●情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演 ●731部隊関連年表 徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! 日本の医学界はなぜ謝罪しない??? 又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!! なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!! 戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日〜5月3日 「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん ●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか ●催し物 ![]() ![]() 海は命!! シバサシ−安里清信の残照− ダイジェスト ![]() ![]() 「天皇メッセージ」 (てんのうめっせーじ) ●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! ビキニ「死の灰」世界各地へ 日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!! 平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相 ●憲法第9条 1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】 ・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前) ・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない) 統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に 水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!! なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ??? 2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影 オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!! ●戦争とは何だろうか?? 隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜 治安維持法「自由はこうして奪われた」データで読み解く戦争の時代 第1回 NNNドキュメント「防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ」 東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ ●ニュース エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する? 日本は全く細菌戦の反省をしていない!! 危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所 危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設 ![]() ![]() 紛糾「老後資金2000万円不足」問題…政治家が何を言おうが明らかなのは“不都合な真実”... 衆参同日解散を止めた金融庁の報告書の衝撃 海が汚れる!! 海自「いずも」と米空母「ロナルド・レーガン」が南シナ海で共同訓練 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ??? 防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声 辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」 自衛隊の不祥事!! 日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜 このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】 “私は不妊手術を強いられた” 〜追跡・旧優生保護法〜 医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ??? 強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ 福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上 彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚 なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは? 「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖 20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」 731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!! 日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報 イージス・アショア 田岡俊次 青木理 なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか?? 20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会 2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏 竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任 ![]() 竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか 海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見 【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任 森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」 「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ 松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示 “旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27) 真実を隠すために死刑にしたのでは?? オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活 京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局) 731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に ●横浜「戦争の加害展」感想 2月13日 ・改めて戦争の恐ろしさを目にしました。(男性、60代) ●横浜「731部隊・100部隊・毒ガス戦パネル展の感想(4月29日〜5月3日) 5/3(金) 3.男.50.市内.731,100部隊という日本の暗部に焦点を当て展示していくということに感謝します。日本は今でも自民党政権という愚を続けています。明治以降の暗黒の歴史をつづけ、ここ7年ほどでさらに悪化している。この愚を一般に少しでも知らせるこのような展示は有意だと思う。さらに戦争中の遺棄物質により今も苦しみ続ける人々がいることを知らせる展示に感動しました。 ●「特殊部隊731」 秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行) 第3部 友を残して 毛布を2枚と襦袢などを一包みにし、寒さに備えることにした。 ところが、浜中が、いかにも淋しいそうにしているのに気づき、彼には着替えるべき第一装がないのだと思い当った。 「来住野のやつを着ていったらどうだろうかね」 と私は言った。しかし、病人から着物を剥いで逃げるような後味の悪い感じが残った。 「いいのかな」 浜中も、おそらく、そこに着眼しながら言い出せないでいたらしかった。彼だけが作業服を着て行くのは、いつまでも営倉帰りの烙印を背負ってゆくようなものなのだ。 「いいと思うよ。来住野は、帰られないんだから」 「だけど、なんだか、かわいそうだなあ」 「うん。・・・仕方ないさ。俺たちだってどうなるんだか、わからないんだから」 来住野の所持品は、わりと整理されていた。武器は返納済みであったから、さして重要なものはない。が、帳面の中に挿んで、貯金通帳と、彼の母からのハガキが一枚残っていた。 ●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!! 『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 関東軍化学部 凶悪残忍な化学戦演習 「1940年5月下旬から6月上旬のある1週間、興安北省ハイラルの日本軍飛行場の北2キロの草原で、毒ガス普及訓練の名を借り、中国人を目標に、放毒を行った。私は教官小世勝次中尉の命令で、10名の新兵を指揮して東方1キロに50戸の中国民家がある村落に向かう道路と草原上に、面積2000㎡、毒量200㎏、殺傷効力1000名、毒ガス有効時間1週間の糜爛性の持久ガスを秘密に散布した。放毒終了後さらに、その村落の小川に放毒工具についていたガス5㎏を放流した。その結果、中国の農民6人が放毒地帯通過の際、体中毒に犯されて殺された。この他中国農民男女約50名が手足をガスに犯され傷害を受けた。」 ![]() (広島県大久野島毒ガス工場) ●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を! 田中利幸 2)天皇裕仁の免罪・免責を目的とした憲法1章と2章9条の設定 戦争が終わるや、天皇裕仁を「戦争犯罪/戦争責任」問題から引き離し、彼をなるべく無傷のままにしながら、「天皇制」を脱政治化しながらも温存、維持していくことが、日本の占領政策を円滑に進めていくため、とりわけ急速に高揚しつつあった共産主義活動とその思想浸透を押さえ込んでいくためには絶対に必要である、というのが占領軍司令官の考えであり、同時に米国政府の一貫した基本政策でもあった。しかし、この時マッカーサーは、天皇問題で2つの極めて憂慮すべき事態に直面していた。 日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 田中利幸 ●特集 軍拡に走る安倍政権と学術① 西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表 5、いまどんな議論が必要か ■世界と日本での議論の進展 ―それに対し、日本の科学者の世界では、全体の問題としてどう議論されていますか。 さらに、2005年の平和問題研究連絡委員会報告「21世紀における平和学の課題」では、日本学術会議としても日本の未決の戦争責任などの諸問題を学術的に解明することが重要であると述べられていました。 このように、731部隊などの戦争医学犯罪だけではなく戦争責任全般についての学術的解明が日本の学術界の俎上(そじょう)にのる兆しが出てきました。 しかし、2005年に学術会議会員の選考法がさらに改悪され、学術会議会員が自ら選考する方法となった後に公表された学術会議の諸文書には、戦争医学犯罪のみならず、日本の科学者の軍事研究への加担の歴史や戦争責任全般についての学術的解明について、言及したものは見当たりません。731部隊などの戦争医学犯罪だけではなく戦争責任全般についての学術的解明が日本の学術界の俎上にのったことを契機に、それまでの不作為も含めて、学術会議自身が自らの課題として検証を進めることは、1950年、1967年の2度にわたる戦争や軍事日的のための研究を拒否する誓いの見直しにストップをかけ、軍事研究復活阻止にもつながると思います。 昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版) ![]() ![]() ●「化学学校記事」情報公開裁判 9月4日 11:30〜(522号法廷) ●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか? なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判 9月26日(木)11:30〜419法廷 金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。 その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか? 防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。 あとの資料はどこに消えたのか? 彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。 金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。 その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。 2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。 金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。 また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか? 次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 ![]() 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901〜1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11〜43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 『衛生学校記事』より (2)第9期幹部対化学衛生課程 「C」化学剤の性状、検知除毒、化学剤の医学的効果と治療化学剤の傷者の発生見積、汚毒糧食及び水の処理並びに動物実習。 「B」生物剤の特性用法及び防護法、生物地理、疫学、生物戦給水並びに防疫図上研究等。 「R」原子物理、原子武器の爆発効果、原子武器の医学的効果、放射線測定実習、被害見積及び地域被害対策の図上研究、大量傷害処理の現地研究並びに動物実習。 その他、生物化学・気象学・国際法学等。 なお、この間、理化学研究所、化学学校、原子力研究所、原子力燃料公社等の見学を予定している。 *日本は化学兵器・生物兵器・核兵器のの開発を進めようとしているのか? 戦前、原爆を作ろうとしていた仁科の理研は、今どのようなことをやっているのだろうか? また、原爆の開発を目指しているのだろうか? ※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904〜1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) ![]() ●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇 ●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く ●水俣病問題 ●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去 ●小泉親彦と宮川米次の絆 ●ヒロシマからフクシマへ ●宮川正 ●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ— ●ビキニ「死の灰」世界各地へ ●自衛隊とサリン ●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 ●日本の国家機密 ●兒嶋俊郎さんを偲ぶ ●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 ●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より) 第3部 陛下の戦争 1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年 第9章 聖戦 17日の閣議で近衛内閣は、勝利は目前と予測して、正式に不拡大方針を撤回し、中国の武装勢力を「膺懲」するという極めてあいまいな目的のために戦争遂行を決定した。政府は、「帝国としては最早隠忍其の限度に達し、支那軍の暴戻を膺懲し、以て南京政府の反省を促す為、今や断固たる措置を取るの已むなきに至れり」との声明を出した。進行中の兵力増強や戦略爆撃の決定の背景には、もちろん天皇の判断と承認があった。同じく重要なことは天皇と閣僚は、中国人民とその抵抗力を傲慢にも見くびっていた点である。 ●小泉親彦と昭和天皇 ●近現代史を《憲法視点》から問う〜「湘南社」の憲法論議〜 ●近代天皇制の真髄は ●福沢諭吉 ●神武と戦争 憲法9条を生かそう!! |






















