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今日(一月一二日)、遅まきながら靖国神社に初詣に行きました。ちょっと風邪気味で喉が昨晩から痛かったのですがそれくらいなんだというわけでGO!
久々の靖国神社、今日はまだ初詣の続きみたいな感じでけっこうな人出がありました。ですがめげずに拝殿に手を合わせ、日本の安全や我が拙ブログにいらして下さる皆さまの弥栄をお祈りして、遊就館に入ります。
いつものように人をかき分け見て行ったのですが、今回ある人のご遺書を読んだ時なんだか思い切り泣きたくなってしまいました。このご遺書は普段もよく読んでいるのですが直筆の便箋を目にしたとたんなんだか一気に眼がしらが熱くなり、その場に誰もいなかったなら思いっきり泣きたいくらいの衝動にかられました。
その遺書の主は「水知創一(みずち そういち)」さん。
彼は早稲田大学出身の二一歳、昭和二〇年七月一六日回天特別攻撃隊轟隊の一員としてマリアナ東方海域で散華なさいました。
その遺書となった手紙はお父様あてとお母様あてがあるのですがそのうちのお母様あてのもの――(以前にご紹介したかもしれませんが改めて)
>母上様
横浜で途中空襲警報発令され一度下車しましたが、何等の被害もなく無事帰還しましたから御安心下さい。
今度は短い休暇でしたが、皆様の御元気な御顔を見てほんとに安心しました。
車中で母上から戴いたものを拝見しました。
私の様な不孝者をあんなに迄想って下さり、ほんとに有難う御座います。私こそ身はたとへくちるとも、永遠に母上を御守りします。私に万一の事がありましても、決して髪等切らず笑っていて下さい。昭子始め弟妹が可愛そうです。まだまだ慎二も居ることだし、もっともっと気を強くもって呑気に御暮し下さい。昭子もそろそろ良い御婿さんでも貰って早く落ち着かせた方がよいと思います。
私の母上への御願いは、朗かに呑気に暮らして戴きたいことです。
話は別ですが、御弁当はとてもおいしくあれならもっと沢山作ってもらえば良かったと思いました。
創一
御自分の必死の出撃行を前にしたためられた手紙には「回天」の「か」の字も出てこないしそういったことをうかがわせる雰囲気もないですが何かある種の切羽詰まったものを感じさせます。が、この手紙の最後の一行を読んだ時たとえようもない可笑しさと愛しさと可愛らしさ・・・さまざまな感情が交錯し私は大泣きしたい感情に駆られてしまいました。
母の行く末、兄弟のこれからを心配しながら書きつけた手紙、でも彼は手紙の最後に母の作ってくれた弁当がいかにおいしかったか、そしてもっと沢山作ってもらうべきだったなあ、ああ失敗したあという茶目っ気たっぷりな言葉を残しました。
きっと食糧事情の悪い時のこと、自分一人にたくさん持たしてもらうのでは弟や妹に申し訳ないから私は少しでいいよ、という配慮があったのかもしれません。でも食べてみてその美味さに「もっと作ってもらえばよかったあ」と残念がっている水知さんの姿が目に浮かぶのです。
そんな――無邪気な子供のような彼がそのあと「回天」を駆って敵船団に突っ込んでゆき文字通りの散華をした・・・そのあまりの落差に悲しさを抑えきれません。
そしてもうひと方、回天搭乗員「塚本太郎(つかもと たろう・二二歳)」さんのこのお言葉は靖国神社・遊就館と、広島県呉市「大和ミュージアム」に実際の彼の声で聞くことができます。
>父よ、母よ、弟よ、妹よ、そして永い間はぐくんでくれた町よ、学校よ、さやうなら。
本当にありがたう。こんな我ままものを、よくもまあほんとうにありがたう。僕はもっともっと、いつまでも皆と一緒に楽しく暮らしたいんだ。愉快に勉強し皆にうんとご恩返しをしなければならないんだ。春は春風は都の空におどり、みんなと川辺に遊んだっけ。夏は氏神様のお祭りだ。神楽ばやしがあふれてる。昔はなつかしいよ。秋になれば、お月見だといってあの崖下に「すすき」を取りにいったね。あそこで、転んだのはだれだったかしら。行きが降りだすとみんな大喜びで外へ出て雪合戦だ。昔はなつかしいよなあ。
かうやって皆と愉快にいつまでも暮らしたい。喧嘩したり争ったりしても心の中ではいつでも手を握りあって――然しぼくはこんなにも幸福な家族の一員である前に、日本人であることを忘れてはならないと思ふんだ。
日本人、日本人、自分の血の中には三千年の間、受け継がれてきた先祖の息吹が脈打ってるんだ。
(略)
至尊の御命令である日本人の血が湧く。永遠に栄えあれ祖国日本。
みなさんさやうなら――元気で征きます。
昭和一八年一二月十日
彼もまた懐かしい子供時代を回想する優しい兄も文末近くでは一転、国を心底憂うる青年に変わっています。
どちらも本当の彼の姿なのだと思います。先ほどの水知さんも、この塚本さんも親兄弟の前では無邪気で優しい子供であり兄でいたいというのは本当の心。でも国を挙げての戦争の秋国を守る男子としての気概もまた本当の心。
その本当の二つの心に、私は深い感銘とそして同じくらいの愛しさを覚えるのです。家族と故郷を愛しそして国を愛する。
今ではどちらもないがしろにされがちなその二つを必死で守ろうとわが身を投げだした彼ら若人。
その崇高な精神を、私たちは忘れてはなりませんね。
今回の参拝は、成人を迎えた娘と、もう七〇年以上前に二十歳だった今は亡き――若い人とを重ね合わせた思いの深いものとなりました。
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塚本太郎さん…
「僕は女性にささげる純情を国にささげることにしたよ」と
回天に志願し、特攻で亡くなられました。
自分の家族や友人、近所の方たちを守るために、出撃して亡くなられた崇高な意思が、現代日本に生かされてるでしょうか?
「女性にささげる純情」なんて思ってる男性も少ないし
また、ささげたくなるような純粋な女性も少ない。
時代の流れなんでしょうかね。
心あるニッポンジンの男女は、せめてこういう流れに乗らずに
まっすぐに生きていただきたいと、切に願っております。
2015/7/4(土) 午後 6:31 [ ねこ ]