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桜は静かに見るべかりけり
無題
[ ゆうこ ]
2015/10/22(木) 午前 10:25
はたちに思う。
無題
[ ねこ ]
2015/7/4(土) 午後 6:31
桜は静かに見るべかりけり
無題
[ ゆうこ ]
2015/5/3(日) 午前 11:25
桜は静かに見るべかりけり
無題
[ gum*g*1s7*pc ]
2015/2/28(土) 午前 8:26
いきなりの初コメ失礼しますd(^^*)
見張員さんのブログは読んだあと、すぐにブックマークに入れましたo(^-^)o
私生活でちょっと辛いことが続いて、かなり自暴自棄になりかけてたんです。
でも、見張員さんのブログを読んだら、ふっと心の重荷がとれていくのが分かったんです。
同性としての共感や、育った環境が違うから、こういう考え方もあるんだなって。
同じ女性としてこれからも仲良くして下さい!
それと、ちょっと悩みがあるので、それも相談に乗ってもらえると嬉しいかもです。。。
誠に勝手ながら連絡先を載せさせて下さい(o^∀^)
koikaren@i.softbank.jp
見張員さんに読んで頂けた後は、連絡先とかもしご迷惑でしたらコメントは削除して下さい(*^_^*)
これからも応援してますd(・∀<)
[ 見張り員 ]
2015/1/14(水) 午後 10:16
[ ake**_gid ]
2015/1/12(月) 午後 3:55
[ ake**_gid ]
2015/1/12(月) 午後 3:39
「をりをりかへれ母の夢路に」の作詞者の気持ちをだれよりもよく忖度しながら、「一身を天皇に捧げた戦死者の魂だけでもなぜ遺族のもとにかえしてやれないものか、なぜ死者の魂までも天皇の国家が独占しなければならないのか」とのコメントをつけたのは、ほかならぬ作詞者のご子息の大江志乃夫先生です。有名な岩波新書『靖国神社』の後書きの中でです。「『をりをりかへれ母の夢路に』としかいえなかった時代、というよりも、この歌が歌われた時代は、『をりをりかへれ母の夢路に』ということにさえも勇気が必要であった時代であった。『英霊』となった息子に会うには母が東京九段坂の靖国神社にまで出向くのが当然と歌われた時代であった。」とも書いておられます。大江先生が軍事史を専攻し、一貫して靖国神社に対しては批判的な研究を続けられた背景には、この歌の作詞者の子息である自分なればこそという、自覚があったと私は思います。「沖縄県民かく戦えり。県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを」という電文を打った大田海軍少将のご子息大田英雄さんのご自覚と一脈通じるところがあります(大田英雄著『父は沖縄で死んだ』参照)。
小笠原兵曹長御遺書を読む
無題
[ 見張員 ]
2014/4/8(火) 午後 10:39
[ 見張員 ]
2014/4/8(火) 午後 10:35
[ ねこ ]
2014/4/8(火) 午前 0:42





