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東日本大震災からもうまもなくふた月である。
あの日を時々思い出すが、一番印象的だったのは娘を迎えに行く青梅街道の風景。なんだか普段とちがう顔ーーそれがどういう雰囲気のものかはうまく表現しかねるがーーを見せていたのが正直恐ろしささえ感じた。
強風が吹いていて、西の空にはいやな雲が湧いていたのを思い出せる。亡き私の祖母ーー明治44年生まれであの関東大震災を山梨県塩山市で体験したひとーーが言っていたのを不意にその時思い出した。
いわく、「震災の時には大風が吹くんだよ」。
それが科学的根拠があるかは知らない、ないかもしれないが、祖母がまだ小学生の時分に体験したそれこそ未曾有の地震の時、強風が吹いたのだろう。
娘に「そう言ってたよ、ひいばあちゃん」と教えてやりながら帰途に就いた。新宿方面からぞろぞろと会社員たちが徒歩で帰宅してくるあの奇妙なゆうべ。
きっと娘も、自分の子供にこの体験とともに自分のひいばあちゃんの体験を語り継いで行くのかもしれない。
3月16日。「二度目の玉音放送」の今上陛下のビデオメッセージが放送された。
たまたま私は仕事が休憩中だった故謹聴することができた。慈愛に満ちたお言葉と玉音を拝し奉り「陛下は国民とともにあり」の意を一層深くしたものである。
しかしなにゆえこういう大事な、恐れ多くも天皇陛下御みずから国民に対してお言葉を賜るというのに事前に国民に周知しないのかが解せなかった。
時間のある国民、TVを見ることのできる環境にあった国民はこのお言葉を拝聴すべきであったのに。
今回の震災を本当に国難として位置付けるのであればそれに対して陛下が述べられるのである、多くの国民が襟を正して謹聴するのが本当の、国民としてあるべき姿ではないか?
もちろんさまざまな事情で拝聴できない人もいる。そういう人のためにも、「公共放送」を自負するNHKは繰り返し放送すべきではなかったのか?
まあNHKに対しては言うだけ野暮というものであるが。
ともあれ私は陛下のお言葉、そして両陛下の被災地ご訪問に感激し自分が「天皇皇后両陛下」「皇室」をいただく日本国民であることの誇りや喜びを身にしみて感じた次第である。
気がついたことがある。
私の家は今商売をしている、しがない商売ではあるが。
色々な客が来る、その中でここ数年いやだと感じているのが「シナ人」の客である。行儀が悪いのだ、品物をひっかきまわす、あさる、ほっぽり出す、お金を投げてよこす。
・・・まあ最近の日本人の中にも「シナ人化」?した人がいてこういうよくないシナ人の真似をする人がいるがこれは栄えある日本民族の品位・品格を著しく貶める行為であるからしてほしくないのであるが。
話を戻すと、あの震災以後、特に「福島第一原発」の事故以来気がつけば私の嫌いなシナ人たちがいなくなったのである。一掃された、といっても過言ではないくらいきれいさっぱりいなくなっている。
「逃げた」のであろうな、きっと。
都合のいい時は我が物顔で住みつきながら、一朝事があればそそくさと逃げ出す。
こういう連中が仮にまた、もどってくるにしても私はこいつらに「外国人参政権」など絶対やりたくないと思う。
震災の陰に隠れて、あの「尖閣諸島」の問題はどうなっているのか、大変不安に感じる。
この混乱に乗じて尖閣に乗り込まれるようなことがあってはならない。泥棒猫よろしく人の庭に入りこんで占有権を主張するような連中は断固として排除すべきである。
是非とも、無能な菅内閣にはこの辺も念頭に入れてほしい。
そしてできるなら早く、総理大臣の椅子から降りてほしいものである。
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