桜のためいき

日本と帝国海軍大好きな人間のつぶやきです。

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少々ご無沙汰しておりました。
 
この頃TVをつければあの歌舞伎役者が怪我をしたという事件のことばかりでうんざりさせられる。
平たく言えば、「酔っ払い同士の傷害事件」ではないのか、それに大した時間を費やして報道するだけの価値があるんだろうか・・・?
 
今の日本にはもっと大事な問題が山積しているはずではないのか、それなのに。
 
つくづく思う、ヘイワナニホン。
 
 
そして今日は友人を伴って靖国神社参拝に出かけた。
友人もこの日本のありようを大変憂えている一人であるから話は顔を合わせたときから盛り上がった。
今の日本の体たらくを嘆きながら、九段下から靖国神社に。
 
今日は朝から大変良いお天気に恵まれて、大鳥居も青空に映える。初めて参拝するという友人はなんだか嬉しそうである。
 
手水舎の手前に「英霊にこたえる会」の皆さんがカレンダーの頒布をなさっていらしてその中に以前から顔見知りになった御婦人がいらした。
この御夫人にはぜひお知らせしたかったことがあるので、友人にはちょっとの間待っててもらい、駆け寄って話しかけた。
 
いつものように素敵な笑顔で迎えてくださった御婦人に私は先日受けとった戦史検定の合格証をお見せした。
我がことのように喜んでくださる御婦人、そしてもうおひとかたの御婦人もいらして大変喜んでくださった。
 
そしてご婦人がたに励ましてくださったお礼など申し上げ、拝殿に向かう・・・。
 
 
参拝後、遊就館に入る。
玄関ロビーの零戦に感激の友人、彼女を促してまず二階へ行き、順番に拝観。
 
大東亜戦争の展示では熱心に見入る友人に補足説明しながら進む、そうしながら友人と「あの頃の日本人の顔つきは今と違うね、きりっとしていて素晴らしい。緊張感が違うにしても今の日本人はだめだね」とかいいながら進む。
 
大型展示でも友人の感激は収まらず、回天や戦跡収集品に食い入るように見ていた。
 
その後、茶房で遅い食事をとりながらかつての日本人がアメリカに対してもっていた「意地」とでも言うべきものが今の日本人から消え去っていることに悲しさを覚えた。
「意地」のない国民・国家はいつか滅んでしまうだろう。
 
今現在問題になっている中国やロシアとの「領土問題」に対してもかつても日本人が見せたような「意地をもって臨みたいところなのだが。
 
ヘイワナニホン。
 
たくさん話し、夕暮れの靖国神社を私たちは後にした。
なんだかいつもに増して、得たものの多い一日だった気がしている。そして今、快い疲労感が私を支配している。

「神雷部隊」。

皆さんは「神雷部隊」を御存じだと思います。
特攻兵器「桜花」をつりさげた「一式陸攻」で敵艦船に攻撃を掛けたあの部隊です。
 
たくさんの若者が「桜花」で、母機の「一式陸攻」で散華してゆきました。その隊員のご英霊は、そして今、靖国神社に鎮もっておいでです。
 
靖国神社の御神門をくぐって二本目の桜の木には「神雷桜」の札がかかっています。
これは神雷部隊の隊員の皆さんが出撃に際し、
「死んだら靖国神社の神門を入って二番目の桜の木で待つように」
と誓い合って出て行かれたのですが実は当時、靖国のその場所に桜はなかったので戦後、生き残られた隊員の方がそこに桜を植えられた・・・と伺っております。
 
春になると靖国神社の桜は爛漫に咲き誇って、枝のそこここでご英霊がにこやかに語らっていらっしゃるような気さえします。
 
 
さて、神雷部隊も戦争が終わり、解散になりましたが生き残られた隊員の方たちのお心はいかばかりだったでしょう。
 
神雷部隊では昭和21年の1月に元桜花隊員たち10名ほどが復員船(元潜水母艦・長鯨)に乗組み、沖縄西方海上で慰霊祭を執り行いました。
 
その際の「祭文」
 
 
 殉国神雷の志士に
 
兄等去りて早十ヶ月 ゆくりなくも
我等長らえて此の地を訪ふ
思へば祖国のために散るを
男子一代の光栄として「同期の桜」を唱和せしあの日の姿 今尚ほ眼底にあり
吾等 諸兄に続きて 夷敵討たずんば止まじの念 寸毫も欠くるなかりしも
昨夏八月十五日 突 休戦の大詔下る
血涙滂沱として肺腑を洗う
そはあれ 此れ勅命なり
私情に激して 徒に侵すべからざるを憶ひ
郷関に帰る
然れども 廃頽せし世相 黙視するを得ず
一死を以て国恩に報い
日本再建の礎石たらしむを期し
相携えて 同胞救護の一端を担ひ
今本艦上にあり
我等 長らふと言へ共「特攻神雷」の精神に
未だもとりなきを信ず
兄等の意を体し
断乎 祖国再建の砂礫たらむを誓う
友よ 霊あらば 来りて我が雄図を護れ
此処に一輪の花を捧げて
兄等の神霊を慰めむとす
来たり受けよ
     昭和21年1月18日
     神雷残党有志
 
 
この麗しい祭文は花輪に飾られ、ほかの多くの供物とともに沖縄西北方90浬の洋上に投じられたそうです。(祭文起草 市川元上飛曹)
 
靖国神社・遊就館の大型展示室に実物大の「桜花」と、「桜花」を抱いて敵艦に突っ込んでゆく「神雷部隊」のジオラマが展示されています。
 
これを見るたび「この国を守ってくださってありがとうございました」と自然に思えるのです。
 
でも。
では今を生きる私は彼らのご英霊に対しいったい何をしているのだろうか。
ただ祈るだけでいいのでしょうか?
 
ですから私はご英霊のお心を少しでも伝えたいと、子供たちや友人に話をします。
例え今はわかってもらえなくても・・・きっといつか分かってくれると信じて。
 
なぜなら靖国のご英霊と私たちは「同じ日本人」だから・・・。
 
 
そして未来永劫「靖国神社」が日本人の心のよりどころでありますように。
 
神雷部隊のご英霊に、心から感謝。
 
<引用・および参考図書 神雷部隊始末記 人間爆弾「桜花」特攻全記録
                       加藤 浩 学研発行>
朝鮮半島でついにやった、というべきなのか軍事衝突らしきものが起き、民間人2名が犠牲になったとか。
これをいい潮に、日本もしっかり再軍備・核保有核武装を考えるべき時だと思います。
 
確かに今はNLL付近での衝突ではありますがいつその矛先が日本に向かないとは限らない。
北朝鮮は普通の思考・常識が通用する相手ではないから日本もその辺をしっかり認識して国土防衛にあたらねばいずれ泣きを見る。
 
「話し合いで解決」というサヨクが大好きなフレーズ、これが今回ほどむなしく・あほらしく・空々しく聞こえた時はなかったですね、私には。
 
話し合いで解決できるような相手だったらこんな手段にいきなりは出ないでしょうがねえ?
 
 
ともかく日本は日本の立場でしっかりすべし、です。
 
 
11月も間もなく終わりますね、忙しくって大嫌いな12月が来ます。
しかしその一番忙しくなる前に、あの「大詔奉戴日」が来ますね。
 
またこの日が近くなると「侵略戦争云々」というサヨクが元気になる論調も出てきますが私はあの戦争は「侵略戦争」とはこれっぽッちも思ってはおりません。
 
で、思うにこの日こそ日本の大きな記念日の一つではないかと。
日本がアメリカ・イギリスという大国を相手に、植民地化されて苦しむアジアを開放すべく立ち上がった記念すべき日ではないか?
 
 
この日に、「日の丸」「旭日旗」を掲げたらおかしいでしょうか?
なんだか急に昨日あたりから思いついているのですが…うちのあたりはそういうことに理解のない「創○学会」「民○党」(伏字にするほどではないですねww)が驚くほど多いのできっと非難轟々でしょう。
でもそんなことにひるむ私でもありませんが。
 
皆さんはどう思われませうか?

自衛官はすばらしい。

国賊仙石官房長官の「自衛隊は暴力装置」なる発言に怒り心頭の私であります。
いったいどうしたらこういう発言が出るんだろう、と思えばこういう発言はサヨクの得意技だったなと思い当たりましたね。
 
私の両親も自衛隊に否定的で、自衛隊の装備を見て「人殺しの道具」と言っていましたし、自衛隊なんかいらない・日本に軍隊なんかいらない、と言ってはばからなかったのを思い出したのです。
 
まあ、学生時代左翼的な思想とか活動をしていたという所で仙石と同じ穴のむじなでありますが。
 
でも私は自衛隊をそういう目では見れないのです。
ずっと昔、私がちょっとだけ知り合った自衛官の方がいました。私が小6の時、住んでいたマンションを売って他に引っ越すことになり、いわゆる「オープンハウス」にしていた時何組か見に来たなかの最後のひと組がその自衛官が御主人の御夫婦でした。
 
旦那さんが陸上自衛隊ということでなかなか立派な体躯をされていたのが印象的でした。とても優しい御夫婦で、礼儀もわきまえておられました。
 
とても家を気に入ってくださり、「是非買いたい!」とおっしゃっていただき、即決。
そして、私が使っていた古い学習デスクを「捨てる」と言ったら、「もったいないので私の勉強机にしたいので譲ってください」とおっしゃって、「ただでいただいては申し訳ないから・・」とも。
もう古い品でしたのでお金をいただくなどはお断りしましたらその後、私にお菓子の詰め合わせをくださいました。
 
お子さんがまだいらっしゃらない御夫婦だったせいか、私を可愛がってくださいました。
 
その時私の中で、自衛官・自衛隊に対する意識が変わってゆきました。
両親の言い方では自衛官とは【人殺し】をする人たち、怖い人、という印象しかなかったのですが私の前にいた自衛官のおじさんは全然怖い人ではなく、優しく奥様とほほ笑む普通のおじさんでした。
 
そしてごく最近のこと。
荻窪駅からバスに乗って青梅街道を自宅方面に帰る私のちょうど横に、陸自の車が来ました。
 
道路は夕方で混んでいたので、バスと陸自の車は並走するような形に。
何気に私はそれを見ました。
ちょっと珍しい車に興味をひかれて見ていました。
 
乗っていたのは運転席に男性自衛官。助手席に女性自衛官。
なんだか女性自衛官の横顔がとてもきれいで見とれていました。そしたら男性自衛官が私に気が付き、横の女性に合図。
 
女性自衛官が私の方を見て、そして三人、車の中で思わず笑いあいました。
きっとあちらは「変なのが見てるぞ〜」「あらホント、やーね!」と思っていたのかもしれませんが(汗)。
 
でもなんだか心楽しい一瞬でした。その後、自衛隊の車の車線が空いて、ちょっと会釈したお二人を乗せた車は走ってゆきました。
 
小平の教育隊?のようでしたが。
 
このたびの仙石のあの発言で、かつて私の家を買ってくれた自衛官のおじさん(もう退官なさっているでしょう)や、あの日笑い合った二人の自衛官は大変傷ついていることでしょう。
 
国を守るというこの上ない素晴らしい仕事に対し、「暴力装置」という話にならない考えしかもたない政治家は駆逐すべきですね。
 
一体にこの政権は考えがおかしいですね。
国家観が無いのは皆さん御承知のとおりですが、国防意識と国防につく人たちのことを考えないのは重大問題です。
 
ことが起きれば自衛官は命を張って出てゆきます。海上保安官もその意味では同じでしょう。
その人たちのやる気をそぐようなことは絶対言ってほしくない。馬鹿にしていると思わないのか?
 
まあ、このたびの政権の閣僚は、誰一人として靖国神社に参拝しないのだからあの発言もある意味、あの政権としては「当たり前」の発言だったのでしょうか。
 
でも私たちにとっては「当たり前」ではないはず。
抗議の意思を明らかにするとともに、自衛官の皆さんには「あんな発言・妄言に負けないで!応援しています!」とエールを送りましょう。
 
 
秋も深まり、いわゆる「食欲の秋」到来である。もっとも今体調がよくなく食欲不振の私には無縁の世界ではあるが。
 
最近どのTV局も何とかの一つ覚えじゃあるまいに、連日連夜「グルメ番組」とやらにうつつを抜かし、またそれに真剣に見入る人も多かろう。
 
誰が何を見ようが大きなお世話ではあるが最近のTVの「グルメ」の反乱は私に言わせれば常軌を逸している。
 
日本は世界でも有数の飽食の国。でも食料自給率の低さは皆さんご存じのとおりである。
そんな状況にありながらしかし、「グルメ」だの何だのと目の色変える連中が私には今一つ分からない。
 
近所のおばあさんが私に辟易したように言った、「最近のTVなんでああ、食べ物のことばっかり流すんだろうね?食うものが全然ないならわかるけど今の日本はそうじゃないでしょ?なのになんでしょちゅうあんな番組ばっかり、私はもうTVなんか見ないよ・・・」。
 
そう、今の日本では飢えて死ぬ人はいない(ということになっている)。
 
だがTVのみならず、ちょっと名のある飲食店の前には長蛇の列。たかがラーメン(失礼!)一杯食うのに何時間も並ぶという異常な事態。
これが、日本がかつてのように食料が無くって、というならわかる。そうしたら私も並んで食うかもしれない。
生きるために。
 
でも最近のこの風潮ってどうだろう?
なんだか食ということさえファッション感覚みたいでなんだかいやだ。
日本って食べ物に関してこれほど「あさましい」国で国民だったのかな???と考えこんでしまう。
 
今日、とある本をひらいた。
太平洋戦線でのとても痛ましい写真が一葉。場所はかの、「ガダルカナル」島で米軍が撮影したものである。
 
御存じのとおりガダルカナル島は「飢餓の島」で、飢餓の「餓」をとって「餓島(がとう)」とさえ呼ばれた島である。
 
幾万の日本人将兵が、戦闘より多く「飢餓」でその命を失った島。
その写真は、餓島のとある場所で一人の日本人将兵がまともな軍装すらつけず、ほとんど裸のような格好で身体をちょっと横にねじったような格好で亡くなっている。
 
驚くのはその体。
まさに骨と皮だけになって、必要な肉さえない。あばら骨が悲しいほど浮き出ている。
涙がにじむ。さぞかしご無念であったろう・・・。
 
この島ではこの兵隊さんだけでなくもっとたくさんの人たちがこういう状況で亡きがらをその場に置いていたのだろう。
ガダルカナルだけでなく、その痛ましい光景はかのインパールでもあったと聞く。
 
この兵隊さんたちは食うものも、弾丸もない絶望的な状況の中でそれでも「皇国の勝利」と「故国の繁栄」を祈りながら亡くなって行ったのだと思う。
 
だれにもみとられることなく、花一輪の手向けさえ無きままに。
 
こうしたご英霊は今の日本の「飽食」や「グルメ番組」をどうご覧になっていらっしゃるだろうか?
 
確かに日本はあの頃から見れば格段に豊かにはなった、が、この豊かさと繁栄が果たしてご英霊の望んだ日本の姿であったか?
 
私がその立場なら「違うぞ!これが本当の豊かさだと思うなよ!」と天界から叫ぶだろう。
 
たらふく食うだけが「豊かさ」と信じている今の日本人にあの写真を見せつけたい。かつて、絶望的な中にも必死に日本のために戦いそして散って行った人たちがいることを知らしめたい。
 
昼になれば「ランチしましょうよ」などと言ってファミレスに繰り出し、おしゃべりに花を咲かす主婦たち、それもいいかもしれないが時々こうしたご英霊の御霊に手を合わせ、腹いっぱいわがまま邦題に食える「幸せ」、いや「贅沢」に心から感謝してほしい。
 
今の繁栄は間違いなくご英霊たちの血と汗と涙の結晶であるから。
 
 
   海ゆかば 水漬く屍
   山ゆかば 草むす屍
   大君の 辺にこそ死なめ
   かえりみは せじ
 
 
 

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