|
無くしたことを
悲しむのは すごく不毛だから 無くしてしまったことを 嘆くのはやめようって いつも、そう思う。 余韻さえ残ってなければ もっと簡単に忘れられるのに。。 いや、なんてことない、ブレスレットがいつの間にか切れてしまったらしく 気づいたらなかったというだけの話なんだけれども。 もうずーっと、お風呂の時も寝る時も外さないでつけてたやつだから その余韻が腕に残ってて、ふとした時にとってもさみしい感覚になる。 欲しいやつに出会うまで、この喪失感は消えないのかなぁ。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




ありますね
余韻
娘がいつも、いた場所に
いない。
余韻というよりは、面影かな。
彼女も大人になり
父からは、離れていくことが成長なんですが、さみしくもあり
2014/9/14(日) 午後 7:59 [ x1toshi ]
x1toshiさん
まだそこにある時から、失った後の余韻について想像することがあるんです。
でも、あまりに身近なもの、例えば今回のブレスレットのように、もう体の一部になってるようなものは、ついつい失う気がしなくなっていたりして。。
人でも同じかもしれません。
近くにありすぎるとついついずっとそこにある気がしてしまう。
失ったことを嘆くのは、すごく悲しいことだから、嘆いちゃいけないって、いつも思うんですけど、難しいですね、人でもモノでも。
2014/9/16(火) 午前 0:53