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TPPについて、思うこと

 ここ最近、新聞紙上をにぎわしている言葉『TPP』。専門外というかそれよりも何よりも勉強不足のゆえ(苦笑、締結に賛成なのかどうかと聞かれても、今のところ確たる答えは持ち合わせていない。ただ、自分なりに気になることを記録代わりに書き留めておきたい。

 TRANS-PACIFIC Strategic Economic Partnership Agreement(環太平洋戦略的経済協力協定、Partnershipの訳し方が悩ましいところであるが、そんな感じ…、である。)を省略して、TPPとなるそうだ。
 その歴史は、WTO加盟国間で締結されているFTAの拡大版として、2006年にシンガポール/ニュージーランド/チリ/ブルネイの4カ国で締結されたP4を母体としいる。2010年にはアメリカ/オーストラリア/ペルー/ベトナムの4カ国が交渉に参加するにおよび、本格的な環太平洋の共同体としての性格を強め今日に至る。目的とするところは、その名の通り、加盟国間の経済制度(サービス/人の移動/基準および資格認証など)に於ける整合性を図るとともに貿易関税についての例外品目を認めない形での撤廃をめざす、ということだそうだ。例外品目を認めないところが、今までのFTAより厳しいところだろうか。

 新聞紙上でも、賛成反対が交錯しており、いずれの言い分もそれらしく聞こえることが多く、自分の中では賛成反対の立場は明確ではないということは、すでに明記したとおりである。

 関税障壁を撤廃することにより、日本の農業が全滅し食料安全保障上の問題点が大きいと反発しているのが、全農を中心とするグループのようだ。話を聞けば聞くほど、うなづきたくなる話なのだが、一方、冷めた目で見たときに、TPPに加盟しないとして、今の日本の農業に将来があるのだろうか?という純粋な疑問がわいてくる。加盟しても加盟しなくても、現状の補助金漬けの政策を続ける限り日本の農業に将来はない、遅かれ早かれ滅亡に向かうだけ、と思うのは、なにも風だけではあるまい。TPP未加盟を通せば、恐らく死期は遅らせることが出来る。しかし、延命処置でしかなく、抜本的な対策を採らずに放置することはより問題の根を深くするだけである、ともいえなくはないだろうか。
 要するに、こと農業に関しては、TPP云々が問題なのではなく、日本の農業の体質を如何にしていくべきなのかを考えなければならないのに、その問題をTPPの議論に摩り替えることにより問題を先送りしているだけではないのか、というところが気になる。どこかのマスコミでそこのところを深く切り込んでいるマスコミがいたであろうか。
 同じく、経済界は『フネに乗り遅れるな』とばかりに、TPP加入なくして日本の基幹産業たる製造業に明日はない、というようなことをしきりに宣伝しているが、果たしてそうであろうか。課される関税は5%から20%程度。値段で判断する消費者は、多少の品質を無視して値段で購買行動を起こすこともある。これは、ある意味事実である。しかし、それは単純な価格競争を意味し、コモディティー化した家電製品を扱う日系家電メーカーがその程度の差額で中国などの新興国のメーカーと価格競争できるのであろうか。言い換えると、パナソニックは中国や新興国の家電メーカーとまともに価格競争をするつもりなのだろうか。関税障壁を問題とするということはそれと同義だといえる。
 価格以外のところで競争するしかないと、自ら宣伝する同じ経営者の言葉とは思えない。真のブランド価値を向上させていかなければ、いずれは日本の製造業といえどその存在意義がなくなっていく。TPPに加盟しようがしまいがその命題からは逃げられることは出来ない。もっと言うなら、TPPに加盟しただけで売り上げが増えることはないであろう。これまた、問題の本質を摩り替えることによって、責任回避を図っているか問題を先送りしているだけではないのか。
 賛成派の言い分にも、簡単には納得ができない。

 まだ、納得しかねる部分が多すぎる。

 いっぽう、このTPPを別の観点から見るときに、アメリカを中心とする勢力を結集することにより中国への包囲網を構築するブロック経済を構築し、アメリカの覇権を維持しようという目論見も見えてくるような気がする。むしろ、こちらのほうが重要なのではないかと思うのだが…
 
 いずれにせよ、もう少し内容を詳しく吟味する必要がありそうだ。
ベトナム支援―原発輸出は考え直せ
朝日新聞社説2011年11月2日(水)付

野田首相が福島第一原発事故で停滞していた原発輸出の「解禁」に大きく舵を切った。 来日したベトナムのズン首相との間で、日本政府が原発2基の建設に協力することを約束した共同声明に署名したのだ。
実現すれば、日本初の原発輸出となる。
私たちは、史上最大級の事故を起こし、原発への依存度を減らすべき日本政府が、原発売り込みの先頭に立つのは、筋が通らないと主張してきた。
ベトナムが電力不足解消への協力を求めたとしても、その答えが原発である必要はない。
近年、日本とベトナムは急速に緊密さを増している。
今回のズン首相の訪日では、レアアースの共同開発のほか、ベトナムからの看護師・介護福祉士候補者の受け入れ、高速道路建設などへの計930億円の円借款供与でも合意した。
経済成長が著しく、今世紀半ばには人口が1億人に達するベトナムは、投資先としても市場としても魅力がある。
日本政府としては、軍事力の近代化や海洋進出を強める中国をにらんで、関係を強化しておきたい思惑もあろう。
ベトナムも南シナ海で中国との紛争を抱える。日本は資金、技術の提供元というだけではなく、安全保障上も協力を深めたい存在だ。
だからこそ両国は、政府レベルでお互いを「戦略的パートナー」と位置づけ、日本は最大規模の途上国援助(ODA)の供与を続けている。
ベトナムとの友好を進め、発展を手助けすることに異議はない。しかしその方法は、いまの日本にふさわしいものであるべきだ。インフラ整備や自然エネルギーの開発、人の交流など、多くの分野で協力できる。
日本政府は最近、インドとの間でも原発輸出の前提となる原子力協定交渉を進展させることで合意した。トルコとの協定交渉も再開をめざしている。
原発事故がいまだに収束せず、検証作業も終わっていない。政府の姿勢はあまりに前のめり過ぎるのではないか。
原発輸出のために技術水準を維持する必要があると、「脱原発依存」の歩みを遅らせる口実にも使われかねない。輸出先で原発管理の責任を長期間、背負うおそれもある。
民主党政権は原発輸出を成長戦略の目玉に据えていた。しかし実際に事故が発生し、巨大な被害を目の当たりにしたいま、何ごともなかったかのように既定路線を走ることは決して許されない。

    

 昨日、11月2日付の朝日新聞社説から抜粋させていただいた。

 福島第一原子力発電所での重大事故が発生し、それに伴い出てくる実体があまりにもお粗末であることに正直なところ多くの国民がいい加減あきれ返っているのではなかろうか。
 また、日本の原子力発電所は絶対に安全ですと宣伝されてきたにもかかわらず、3月11日以降、想定外の一言ですべてが否定されてしまった以上、感情的に否定する気持ちは理解できるものである。
 しかし、本当にそれですべてが解決するのだろうか?もとい、これから世界的に益々増えていくエネルギーの需要を原子力の炎なしで支えていく事が現実問題として可能なのだろうか。

 20世紀は欧米諸国をはじめとする先進諸国とそれを追いかける諸国の間にまだまだ大きな較差が横たわった世紀であった。しかし、BRICKS各国や中国を含めた東南アジア各国の発展は著しく、それら諸国でのエネルギー需要が増え続けているのが今世紀、21世紀である。今世紀のエネルギー需要は20世紀以上に逼迫しつつあり、その対応策を考えることが喫緊の課題である。
 それは近代化した文明の利器の受益者が20世紀以上に増えてきたことにもよる。それがもたらすエネルギー消費量の増加は毎年原子力発電所1機を増設しなければ追いつけないほどである、とも言われている。
 わが国だけで考えると、原子力発電所の操業を停止したところで、節電の徹底を図れば、なんとか乗り越えていけるのかもしれない。しかし、そこに今後益々発達するであろう途上国での電力需要を如何に満たしていくのかという視点が含まれているとは、残念ながら思えない。原子力発電所を止める代わりに天然ガスを調達しましょうというのは、きわめて現実的な選択肢であるように見えるが、ある種、先進国に生活する自分たちのエゴのようなものを感じないだろうか。そこには、これから途上国で増えていく需要を如何にまかなうのかという視点がまったくもって欠落している。
 原子力発電は、未完成の技術であり非常に大きなリスクを包含していることは明らかである。しかし、少ない燃料から莫大なエネルギーを得ることができるという点ではこれ以上にすばらしい発電方式はない、と個人的には考えている。1kcalの熱エネルギーをその場で得るために所要の燃料を遠方から運ぶエネルギーにも化石エネルギーが必要となる。そこまで考えると、原子力発電はやはり魅力的なエネルギー源ではなかろうか?
 特に、これから爆発的にエネルギー需要が増えていくであろう後進諸国にとっては日本で感じる以上に切実であろうと推測される。

 日本は、残念ながらとんでもない間違いを起こしてしまったわけであるが、未曾有の事故を経験することにより得がたい体験をできたとも言える。今回の事故で得られた知見は、非常に大きなノウハウであり、この知見を世界各国に広めていくことは、人類全体が発展していく上ではむしろ重要なことであると思われる。その意味でも、このような海外の案件に日本が参加していくことは人類全体にとっての利益となると考える。
 もっとも、原子力の大手であるフランスアレバや今回ベトナムで日系業者とつばぜり合いを繰り広げているロシア系の原子力公社にとっては、競争前にライバルがリングを降りてくれる方がうれしいのかもしれないが…。
 この朝日の論説、心情的には理解できるが、今後、爆発的に増えていくエネルギー需要を如何にまかなうのかということを世界的なレベルで考えた時に、あまりに日本国内のローカルな見識で判断しているような気がして残念である。

 原子力発電所廃却が世界的な傾向になっているのではないか?という指摘を受けそうだが、現在持っている資料を見るかぎり、原子力発電廃止に舵を切ったのは、今のところドイツだけだという認識だ。もし誤りがあれば訂正していただきたい。
 そのドイツであるが、同国の電力大手ジーメンスが原子力事業から完全に撤退することを表明したのは記憶に新しい。声明の中で、『ドイツ政府の決定に基づき、原子力事業から撤退する』と述べており、ドイツ人としての選択であったかの印象を受ける。ただし、この話にはあまり報じられていない裏話があり、ジーメンスは3月11日以前に、アレバとの合弁である原子力事業から撤退することを株主には表明していた。詳細は発表されていないようだが、持分比率で34%の合弁では、技術開発をはじめとして主導権をとることができずにビジネスにうまみを感じることができなかった、という純粋なビジネス上の理由による撤退ではなかったのか、というのがもっぱらの噂である。もちろん、そのような都合の悪い話は日本ではあまり報じられていないようであるが…
 ドイツに関して、もう一点見落としてはいけないのは、ドイツの原子力発電所閉鎖後の電力不足分をフランスから売電するという話である。ご存知のように、フランスでは75%の電力が原子力発電によってまかなわれている。危険なものは他国へ、でも利便性は手放しませんよ、というエゴをここでも感じるのだがいかがだろうか。

 今までのように、原子力は絶対安全です。という思い込みの神話は捨て去り、危険性を真摯に見直した上で、今回の教訓を展開し、前に進む(原子力を推進する)。この判断のほうが、国際的にも信頼されるし、また資源がないわが国が技術を売って、利益を得るというビジネスモデルを構築していく上でも得策であると考える。
 首を傾げたくなるようなニュースを目にする機会が増えたような気がする。


 警視庁の施設から自動体外式除細動器(AED)を盗んだとして、警視庁城東署は17日、東京都墨田区八広、アルバイト麻雅文(27)と、同所、無職馬場法明(21)の両被告(いずれも窃盗罪で起訴)を窃盗の疑いで再逮捕したと発表した。
    


 兵庫県淡路島内で4月下旬以降、道路脇の鉄製の溝ぶたが70枚以上盗まれていることが島内3署の調べでわかった。最も被害が多いのは淡路市内で、今月10〜17日に9カ所で計58枚(約84万円相当)の盗難届が出ている。淡路署などは窃盗事件として捜査するとともに、県土木事務所などと連携してパトロールを強化している。 

 淡路署によると、17日午後3時ごろ、淡路市岩屋で巡回中の淡路市職員が県道脇の溝ぶた5枚がなくなっているのに気づき、県洲本土木事務所を通じて同署に届けた。市職員と土木事務所の職員が近くを調べたところ、南約500メートル離れた県道でも、溝ぶた11枚がなくなっているのを見つけた。 
    


 糸島署によると、4月29日午後6時頃から翌30日午後2時頃までの間に、糸島市志摩小金丸のビニールハウスのそばに置かれた長さ約1・5メートル、直径約2・5センチの鉄製パイプ約1000本(約5万円相当)が盗まれる被害が発生した。重量がかさみ、歩いて持ち運ぶことは困難なため、車を利用して夜間に犯行に及んだとみられる。
    

 いくつかをピックアップしてみた。目くじらを立てるほどの話ではないが、この手合いのよくわからない窃盗事件が増えているような気がするが、思い過ごしだろうか。
 たとえば、道路の側溝のふたを盗んでスクラップに出すような窃盗事件、今までの日本ではあまり耳にしたことがない。しかし、ところかわると、先進諸国でもよく聞いた話である。大概の国では側溝蓋は固定されているし、公園で水道栓が一般に開放されているようなことはない。
 一方、日本ではその正反対であったような気がする。

 このたびの震災では、日本人の秩序だった行動が諸外国からは驚愕とともに日本人の礼儀正しさとして賞賛されていたが、このような事件を目にするケースが増えるにつけ、徐々にこのような美徳も失われていくのではなかろうか。
 理由としてはいろいろなことが考えられるが、一億総中流といわれた、平等社会が崩壊しつつある日本の社会環境が反映している結果なのではなかろうか。道路側溝の蓋を盗んで、スクラップに出したところで得られる利益は、そのリスクと比較するとたかが知れていると感じられない貧困層の予備軍が諸外国なみに増殖している、ということの裏返しなのかもしれない。

 由々しき事態ではないか… 

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 我々にとっては慣れ親しんだ『日本海(SEA of Japan)』という表記を、『東海(EAST SEA)』に変えたい、というのが我々の隣国韓国と北朝鮮の要求だそうだ。

 これにからみ、韓国政府は国際水路機関に陳情書を提出し、名称変更を要請していたようだが、アメリカ政府は正式に反対意見を表明した、とのことだ。当然のことだろう。地図に表記する地名は永年の慣例に基づく地名を表記するのが常識である。さもなければ、あちらこちらで同じ場所を違う表記で記述されるという混乱を引き起こしかねない。
 朝鮮半島の住民が、自分たちの国土の東側に存在する海洋を東の海、すなわち東海と表記したい気持ちは十分に理解できるが、それが今までの慣例と反するのであれば、混乱を引き起こすだけではなかろうか?


米国務省のトナー副報道官は8日、韓国政府が日本海の名称を「東海」とするよう主張していることについて「『日本海』が国際的に認知された表記だ」と言明、韓国側の主張を支持しない考えを示した。

 トナー副報道官は記者会見で「米国は米地名委員会(BGN)が決定した名称を使用しており、BGNは同海域の表記を『日本海』としている」と述べ、米政府として日本海の単独表記を支持する考えを強調した。

 韓国政府はこれまで、国際水路機関(IHO)に日本海の国際表記を「東海」と併記するよう求める意見書を提出したとされる。これに対し、韓国の聯合ニュースは、米政府がIHOに日本海の単独表記を支持する見解を提出したと報じている。
    

 ということで、個人的には議論の余地もないと考えているが、日本という国の国力があるからこそいえる話で先人から受け継いだ豊かな国日本を子孫に引き継いでいけるように我々も精進せねば…、と考える次第。自分の欲望の赴くままに政治主導とのたまう政治家の方々には、即座にご退場いただきたいものだ。

 さて、話は変わり、この手の話し、世界中に転がっている話だ。
 たとえば、当地も海沿いに存在する。アラビア半島の沿岸部の世界的な名称は、ペルシア湾となっている。帝国書院発行の地図帳を確認したが、ペルシア湾と表記されている。
 一方、当地で販売されている地図を見ると、アラビア湾と表記されている。
 同じ海だが、ペルシア湾とアラビア湾。ただし、世界的にはペルシア湾と表記されるのが普通である。国際機関での表示もペルシア湾である。
 ペルシアは対岸のイランを中心として巨大な帝国を築き上げていたペルシア帝国からの由来、ペルシアの湾岸ということであるが、国際的な慣例からはいたしかたのない話、ただし、国内ではアラビア湾と呼びますよ、というのはひとつの見識ではある。
 朝鮮半島の皆様にも考えていただきたい、話だ。

 添付した写真は、何の脈絡もないが、お隣、イランからの珍客、YAK42D。AirQeshmなるエアラインが運行する小型機。旧ソ連時代の名残を十分に残したかわいらしい機体だ。悪の枢軸とまで呼ばれる同国、厳しい経済制裁にあえいでおり、機材の更新もままならないらしい。
 ここまで世界から反感をかっていても、慣例は変えられない。そんな意味も含めて掲載した。

 

 
 一躍、世界中で知らない人はいないのではないかと思われるようになった、『FUKUSHIMA』。言わずと知れた、東京電力の福島第一原子力発電所のことである。『FUKUSHIMA』は、大丈夫か?という質問を受けるのだが、残念ながらまだまだ道のりは遠いようである。
 実は、前々からアップしたいと思っていた話をアップさせていただく。
 まずは、手元にある”とある本”の内容をそのまま、貼り付けさせていただく。

 チェルノブイリ(1986年)以降の日本の動きは、科学技術庁、通産省などの政府当局者も、原発をかかえた自治体当局者も、電力会社の担当者も、おうむがえしに「わが国への放射能の影響は心配ない」「わが国では考えられない事故」「わが国の原子力発電所は安全である」と述べ、そのように書いたチラシ、文書、パンフレットを大量に配布した。たとえば原発銀座をかかえる福島県は1986年6月7日『アトムふくしま』の号外を出し、その中で次のように述べている。 

「我が国においては、原子力の設置にあたって電気事業法、原子炉等規制法によるきびしい国による審査が行われており、我が国の軽水炉は、放射性物質を閉じ込めるため、原子炉圧力容器、格納容器、原子炉建屋等の五重の防壁が設けられ、さらに事故の発生を未然に防ぐための安全防護装置、万一事故が起った場合の原子炉の緊急停止などの安全保護動作、非常用炉心冷却装置が設けられています。さらに地震等の自然災害に対する防護も設けられており、これらの多重多様の対策により、万一事故が起こっても大事故にいたらないようになっています。この他、日常の点検、法律に基づく年一度の原子炉を止めての定期点検など詳細な点検、検査が行われています」 

 日本では「国による審査」がおこなわれているというけれど、原発を推進する通産省や科学技術庁の指定する、ごく少人数で電力業界寄りのおかかえ御用学者が、炉心溶融のような大事故は起こりえないという前提のもとで、厖大な書類をごく形式的に審査しているにすぎない。とても「きびしい審査」といえるものではない。 


 日本の原発は、米国から輸入したものを改良しているにすぎず、軽水炉は、炉心がコンパクトで燃料集合体が密集しているので、炉心溶融を起こすとチェルノブイリ並みの大惨事になりかねない。 

 「万一の場合、炉心冷却装置が設けられているから安全だ」というが、ソ連の場合も三種類の炉心冷却装置がついており、事故の時は作業員のミスもかさなって、まったく役にたたなかった。 

 米国の実験でも、これまでの事故の経験から、炉心溶融のような最悪の事故の場合は、炉心冷却装置はほとんど役に立っていない。百歩ゆずって、大事故の際、格納容器や炉心冷却装置が有効に働いて暴走を防げたとしても、すでに炉心は破損しており、原発としての用をなさす、内部の除染や死の灰の管理に無制限に費用がかかり、永久に放射能の墓場と化してしまう。 

 「日本では定期点検がおこなわれている」というが、それにもかかわらず、燃料被覆管の欠損、バルブ等からの冷却水もれ、細管の損傷、蒸気発生器の亀裂など無数の事故や異常が日常茶飯事的に繰り返されており、定期点検のたびに故障箇所が見つかっている原発が多い。また、稼動率をあげるために、定期検査の期間を短縮、簡略化さえおこなっているのである。もう一点だけつけ加えていえば、米国のセイラム原発で加圧水型原子炉の自動停止装置が作動しない事故が起こっているが、これは大事故の発生を未然に防ぐ要の部分といわれ、当然、日本の同型炉でも問題となった。原子炉大事故を完璧に訪ぐきめ手になるものはなにもないといったほうがよい。 

 原子力ラッパ手たちは、どこかで事故が起こるとかならず「予想もしなかったことが起こった」といって責任のなすり合いをするのが常である。「事故は絶対起こりえない」というのは推進派の願望にすぎないのであり、実際は「事故は絶対に起こってほしくない」というのが本音なのである。しかし「事故は絶対に起きる」のが現実なのだ。 

 ソ連はスリーマイル島事故(1979年)の時「わが国では、このような事故は起こりえない」と胸をはっていた。「自分のところは絶対大丈夫」といっている国ほどあぶないのである。
    

 少し長い内容になってしまったが、風が選んだ箇所をすべて貼り付ける。
 久慈力さんという方が著された『チェルノブイリ黙示録』という本から引用させていただいた。この著作、いまから20年以上前、風が学生時代に手に取り、強い衝撃を受けた著作である。発行元は、新泉社という会社で、初版本は1987年に発行されているのだが、まるで、今回の事故を予期しているかのよう内容ではないか…?と、あらためて感じた次第である。
 みなさまはどのような感想をもたれたであろうか。
 ネットで検索してみたが、残念ながら、絶版となっているようである。

 
 今回の炉心溶融事故であるが、未曾有の大地震によって引き起こされた『想定外の』事象により惹起された事故である、というのが公式見解となっている。実際のところは、すべての情報が開示されていない現在の時点で評価するべきことではないかもしれない。
 しかし、少なくともひとつだけいえることは、たとえ想定外だとはいえ、放射能が漏出するような事故が発生したときのことを、想定した対策を何ゆえに採っていなかったのか?という疑問はついて回る。チェルノブイリでの事故を考えずとも、原子炉の中の放射性物質が大量に漏れ出すような事態になれば、生身の人間が近づけないことは、素人でも想像ができることであるはずだが、十分な設計がなされた日本の原子炉では『絶対に安全』で原子炉格納容器から放射性物質が漏れ出すことは『絶対に』ありえないので、ありえないことを想定した対策を採っておく必要はない、という判断をしたのか、それとも、言霊信仰により、そもそもその危険性を考慮することを恐れたのかは定かではないが、とにかく、放射性物質漏出後の対策のことは、まったくといってもよいくらいに、考慮されていなかったようだ。
 建屋内を早急に調査しなければならないにもかかわらず、無人の探査機をそもそも、持ち合わせていなかった。世界でも有数のロボット大国であったはずの日本の原子力発電所には、他の原子力大国であるアメリカの原子力発電所が装備しているロボットを、備えていなかったそうである。なんというお粗末さであろうか?
 聞くところによると、開発された無人作業機を、東京電力では、嘘か誠かは定かではないが、『うちの発電所は世界一安全なのでそのような装備は必要ありません。』と断ったそうだ。裏には、事故対応の装備を持つということは自信がないことの裏返しと見られることを恐れるという意識が存在したのかもしれないが、それにしてもお粗末な話ではないか…

 仕事柄、欧米人を相手に、いろいろな計画についてプレゼンをすることが多いのだが、まず彼らはあらゆるリスクを洗い出し、必要ないだろうと思われることまで対策を立てておこうとする事が多い。あるいは、そのような対策を持っておくことを要求または指導されることが往々にしてある。こういう感覚を持った人種から見ると、東京電力の対応は、まったくお粗末に見えるに違いないと、思うのだが、日本人にしてみると案外理解できたりするところに、興味を感じる。
 本来、『絶対』ということはありえないのにもかかわらず、『絶対安全』といい続けたところに最大の問題があったのだが、日本人のメンタリティーを考えると、理解できなくもない。
 また、事故時の対策を考えることを、否定的に感じるのも日本人もメンタリティーかも知れない。しかし、こと安全保障やこのような危機的な事故に対しては、常に最悪を想定した、対策を想定しておく必要があることを再度考え直すべきではなかろうか。

 一度、考えてみる必要があるかもしれない。
 

 

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