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こんばんは。

手術後、思うように回復しなかった。

ただ、唯一血流だけは良くなってた。

想定内だった。これで良くならない場合も・・・・・

当初は、右側だけ手術の予定だった。

入院前診察で、左も少し長い事を

告げられた。その場は断ったが

手術当日、どうしても治したくて

両側手術することを主治医に報告した。

体調は、最悪で寝てても辛かった。

父、母、妻、息子、兄、妹の写真を

枕元に置いて、4人部屋なのに

誰とも喋らずと言うかそんなレベル

の症状じゃなかった。

ただただ、亡き母や皆の思いを

感じながら、TVなど観ないで

写真を眺めていた。



こんなに真剣なのは、生まれて初めてかも知れない。

治る自信はあった。

ただ、もう一つやる事はあると思ってた。

手術前には、妻と息子が来てくれた。

手術が終わり、目が覚めた途端

経験したことが無い口周りと

首の激痛に耐えていた。

妻が話しかけてくれるが

喋る事は不可能。

紙とペンを看護士さんにもらって

必死に思いを書いた。

そして、いつもなら帰っていいよ。

と言う私が妻に「言うまで傍におってほしい」

と書いた。弱みを見せる事は恥と言う考えの

私は、初めて素直になれた瞬間だった。

入院は結局8日間だった。

ただ、こんな状態で退院させるのか?

と言う位ひどい状態だったが、退院した。

次の日から、毎日母に会いに行っていた。

普通なら自動車で25分位の場所だが

しんどくて、休憩しながら約2時間くらい

かけて毎日通った。

案の定、症状はひどくなっていた。

骨を切ったため、つっぱってた筋肉が

だらんとなってとんでもない症状になった。

そんなこともあろうと次の医師は決めていた。

私の考えが間違い無ければ、100%治ると。

この疾患は情報が少ないので、今までの

知識だけが頼りだった。

医師の論文は何回も読んだ。

ただ、この疾患については書いてない。

この先生しか私のフィニッシュを飾れないと

信じていた。

先生の所には車で35分位の場所。

ただ、体調悪化の為電車を選んだ。

先週の月曜日の事だった。

もはや、家を出ることも困難だった。

気力も無かったが、行くしかなかった。

自律神経がおかしくて、歩く事さえ

困難だった。

電車に何回も乗ってるが何故か着く自信が

無かった。

それは、電車に乗った瞬間から異変が起きた。

心臓ばくばくで、電車に乗っておられなくて

一駅、一駅降りながら、休憩して

落ち着かせながら、乗った。

最後は、満員の中座り込んでしまった。

「これがパニック症候群?」と思わず

命の危険性を感じた。

周りの人の視線は感じるが

誰も助けてくれなかった。

何とか2時間くらいで着いた。

3時間前に出たから、間に合った。

受付を済まし、話す気力もなく

事前にPCで書いていた書類を

受付に渡した。

しんどいが、待合にあった医師の書いた

小冊子を読んだ。

目を疑った。

「これ、私が3年間苦しんでいた答えが

書いていた。」

道理で、全国から難病患者がくるはずだ。

先生にお会いすると私を診てもびっくりしなかった。

私の、手術した大学病院クラスの医師でさえ

知らない疾患を知っていた。

検査をして、医師の言葉にど肝を抜かれた。

「やんさくさん、良くたどり着きましたね。

その疾患で、この状態なら経過観察では治りません。

ここと、ここを治さないとだめですね。

それと、手術をしたのは正解です。先に私の所に

来ても順序が違います。ましてや、その疾患私は

見抜けない。」

後は、あまり覚えてない。ただ、上顎を何か触られてた様な。

そして、4月7日左下の歯を抜歯した。

次の日、左の顔面から首の腫れ、痛みは無くなっていた。

まだ、右の凄い症状が残っていたが確信した。

治ると。

ただ、先生曰く3年の症状を取るにはそうとうなリハビリが必要

と言う事で、より詳しい検査をするため4月10日になった。

奇しくもこの日は、9年前、脳脊髄液減少症で苦しんでいた

頃の悪魔の病院の初診日で、私の誕生日。

4月10日は、症状が辛すぎて寝れなかった。

もう限界を通りすぎていた。病院に行ける自信も無かった。

妻や息子に頼む手があったが、そこはやりきらなきゃ

と言う訳の分からない思いがあった。

検査は約2時間。

耐える自信は無い。

そして、朝、絶対行けないと言う位の体調不良。

立つことが出来ない。

去年、噛み合わせ治療をしてた、スプリントを

付ける決意をした。

ただ、何日か前に試しに付けたら噛み合わせが狂ってて

逆に体調が悪化したので怖くて着けてなかった。

そして、装着何か何とかなりそうな感じになった。

そした、何とか着いた。

一杯検査した。もう疲れてくたくた。

何故か、先生の話と検査法で本物に

出会ったと思った。

とにかく、ゆっくりする場所を探した。

カラオケ屋があった。

そこで、私は余韻に浸っていた。

この勝負勝った、治ると。

イメージ 1
イメージ 2

イメージ 3

一人カラオケ何か初めてだ。受付で、私は楽しそうに今日は誕生日なんです。特別な日なんです。

等女の子に喋っていた。3年以上ぶりかな?こんな気持ちは。

そして、部屋に入って何か知らないけど涙が出てきた。

3年の思い、母の死を考える余裕が出来た事

色んな思いが錯誤していた。

そして、燃え尽きた。

何もする気が起こらなくて、

ただただ、ゆっくりしたかった。

まだまだ、完治までは時間はかかるけど

諦めない事、原因不明の病気でも

治るんだと皆さんに伝えたい・・・・・・・・・・・・・・


確信から完治の為に・・・・・・

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とくさんさん
一緒に考えましょう。ではそちらに行きますよ。

2017/5/3(水) 午後 6:02 やんさく

とくさんさん
一緒に考えましょう。ではそちらに行きますよ。

2017/5/3(水) 午後 6:02 やんさく


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