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コロンボに戻り、公立の病院でオデキを切った跡に詰められたガーゼを、取り替えて貰いました。 スリランカの国家体制は社会民主主義(現在も)なので、公共の病院の治療費は無料に近いものだったと思います。 ただ、待合で長時間待たされている多くの患者さん達の容体は、かなり重篤であるということは一目で見て取ることができました(外科ということもあり)。 オデキごときで訪れている自分が申し訳ないという気持ちになりました。 処置室も野戦病院のようで、清潔感というものなどありませんが、とにかくガーゼだけは何とか替えて貰えました。 桜が咲くのに合せて日本に戻ろうなどど、しゃれたことを考えていたのですが、残念ながらそのちょうどその一週間前に、帰国することになりました。 お尻には、更に四つ目のオデキが出来ていました。 体重は知らない間に10キロ以上も減っていましたから栄養失調→感染症といったところでしょう。 もともと身体は丈夫ではないから、良くもった方だと自分では思えます。 コロンボでエアチケットのリコンファームを済ませ、空港のあるネゴンボへ、タクシーで移動しました。 翌日、ドライバーに私立の病院を紹介して貰い、受診しました。 バンコクでは病院に行けない(行かない)だろうから、傷口を消毒しておきたかったし、綺麗なガーゼに替えておけば3日ほどは持つだろうと思いました。 四つ目のオデキは、芯が出来てないから未だ切れないと言われました。 あまり快適とは言えない状態でネゴンボにあるスリランカ国際空港で機上の人となりました。 経由地バンコクの2日間で傷口が化膿したり、新たなオデキが大きくなるようなこともなく無事、大阪の伊丹空港に到着。 明くる日、家の近所の外科に行ったらオデキはちょうど切り時になっていたようで、あっさりと切開して排膿。
前に切った所のガーゼも替えて貰い、桜が咲きだす頃にはほどなく完治したのでした。 |
ネパール&インド 1980
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