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自分的には早起きして昨日コンビニで買っておいたオニギリとミニ・カップ麺で朝飯を済まし9時にホテルをチェックアウト。
クインテッサホテル伊勢志摩
景色はいいが、部屋の天井が赤いのが難点かも・・・
10分ほどで海岸へ。
波は昨日とさほど変わらず。
多少は波数へったかなと思ったので7’2の板で入水。
今日もフェニックスに駐車。
駐車場のおじさんがポインカードつくりますか?というので次いつ来るかわからないけど、記念の為に作って貰った。
ハンコ10個たまったら駐車一回無料になるとのことだが、死ぬまでに溜まりそうもないかな。
フェニックス 駐車場 ラスタP 三角Pに近い駐車場
旧ゴルフ場を抜けて海岸まで5分くらい歩く。
この日も波はイマイチだったけど2時間漬かっていた。
正午ごろ上がって水道水で水浴びをし半裸でウエットを洗ったりしてても全然寒くなくて気持ちいい。
気が遠くなるほど気持ちいい・・・
ここ伊勢 国分の浜の海岸の端から端までサーファー用の駐車場がある。
自分は海岸の中央付近にある一波(P173)に停めることが多かったが、帰りはいつも丁寧にあいさつしてくれた。
この日も駐車場を出る時、奥さんがにっこり挨拶してくれてなんか癒される。
テトラポット
そもそもはサーファーが来なくなるよう(サーフィンできないように)にテトラポットを入れたらしい。
サーファーを受け入れる施設がないのに各地からサーファーが押しかけ住民との関係が劣悪になったからだそうだ。
それが1978年頃。
1991年に入ってからは消波ブロックも入れられ2001年に全て完了されたという。
そう費用は20億円とも言われている。
ローカルの話では今後、第二テトラを撤去する・・・とかいう話もあるようだが真意は定かではない。
テトラポッドには当時、地域住民の「サーファーを追い出したい」意図があった。
「サーフィンブーム」の影響でサーファーの数が激増し、路線バスが通れないほどの迷惑駐車や、民家から水や食料の窃盗、大量のゴミの放置などの問題が多発した。
自治体にサーファーを受け入れる体制(駐車場やシャワー・トイレ・食堂などの設備)が整っていないのにもかかわらず、サーファーが急増したため問題がおきたのだ。 地元住民とサーファーの関係は劣悪なものとなり、サーフショップ「ジャンクション」には開店直後から石を投げ込まれるなどの悪質ないやがらせが続いたと言う。 サーファー用の駐車場開業時には周辺住民と駐車場の主が揉めたりする事があり、さらに自治会では「サーファー対策会義」なるものも開催されていたと言う 極論、波を無くしてしまえば、サーファーは減るだろう。 魂を持ったサーファーが未来を語りだすと熱くなる。 この意図の元、テトラポッド敷設が計画された。このことをサーファーには全く知らされず進められたのだ。
1977年に住民側から高波対策・海岸侵食対策として嘆願書が提出され(行政は1973年から調査を始めていた)、国の許可がおり、1978年に離岸堤の設置事業が施工された。 1992年には人工リーフの設置が始まり、2001年に全ての工事が完了した。北側の離岸堤は、かなり岸の近くに設置され約20億円の資金を使った事業となった。 第2テトラを排除すると何が起こるのか 過去に水難事故もあった第2、第3テトラを退かす事が出来たら、どんな経済効果が生まれるだろうか。 メインポイントが全盛期の頃、「エヘ、ワハ、マンタ」と呼ばれたプロサーファートリオの時代があった。
今では年に数回だけ、テトラの沖でその面影を見せるメインアウトサイドの波。
中級以下は危険なので真似してはいけない。
そのセットにテイクオフするワハ氏(田畑克彦)。
まず陸にウエーブプールを作るより、予算は少なく済みそうだ。そして海と自然に優しい環境作りともなる。
そもそも恵まれた自然環境を、本来あった姿に戻すという復興作業になり、取り組む姿勢が健全である。本気で行うなら、メディアに未来あるニュースを提供でき、新たな段階へ進め、地域全体が国府ノ浜の環境への愛を、次世代にバトンとして繋げていける。
実際今では、伊勢志摩のサーフィンの現在と未来を想い、定期的にビーチを清掃するサーファーたちの姿がある。 彼らは目の前にある問題に集まり合い、自分たちが自慢できる海を取り戻そうと努力している。
今でも想いの中で輝いているあの頃。何の妨げもない水平線を取り戻したい。 メイン、グーフィー波 現実問題、国府ノ浜に集まるサーファーだけの力で、テトラを退かす事は出来ないかもしれないが、小さなゴミ拾いのように、ひとつひとつ出来ること行っている。何かをつかみとる事とは、例えば波が見えるまで、ずっとしがみつく事なのかもしれない。
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