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私達が旅したその数年後である、1983年7月23日、スリランカではタミル民族独立組織LTTE(タミル・イーラム解放のトラ)が地雷を用いた初めてのゲリラ攻撃を行い、政府軍兵士13人を殺害するという事件を起しました。 この事件をきっかけにLTTEは分離独立運動を急激にエスカレートさせていきます。 1987年、LTTEの独立宣言によりスリランカは内戦状態に。 自分が旅したスリランカが、そんなことになっていると想像もつかず、ショックを覚えたものです。 2009年5月19日に、LTTEの最高指導者ヴェルピライ・プラブハカラン議長の遺体が確認され、政府はLTTEの完全制圧と内戦終結を宣言するに至りました。 そんな状態であったとは知らずに、個人或いはサーファー向けの企画でスリランカにサーフトリップに行って来たよ、という人は結構おられると思います。 毛沢東派は、山間部、農村部を中心にゲリラ戦を展開、国土のかなりの部分を実効支配したといわれれています。 そんな折りでもネパールを安全に旅したりトレッキングすることは可能なようでした。 ただ旅行者は、毛沢東派に遭遇した場合に、通行税なるものを徴収されるとを余儀なくされました。 通行税にはちゃんと領収書が発行されて、次に毛沢東派と遭遇しても、領収書を見せれば2度徴収されることは無いというものでした。 内戦は11年間続き、13,000人以上のネパール人が死亡したとされています。 2006年の大規模な民主化運動を抑えきれず、事実上絶対君主制から暫定的に象徴君主制へ移行することになります。 このあたりのことは、日本においてもインターネットを通してリアルタイムで知ることができました。 王宮前を埋め尽くした市民の写真は衝撃的でした。 2008年 4月10日、制憲議会選挙。毛沢東派が220議席を獲得し、議会第一党とります。 2008年5月28日に招集された制憲議会で、正式に王制を廃止し、連邦民主共和制への移行を宣言するに至ります。 そんな状態(内戦状態)であっても、スリランカやネパールに旅をすることは可能であったようですし、実際に多くの方が旅をされただろうと思います。 そこがアジアたる所以であって、アフリカや南アメリカ・中東の紛争地域であれば外国人旅行者の命は限りなく軽く扱われただろうと思えます。 ( 但し、外務省の国外安全情報で、渡航の延期が勧告された時期もありました) 中東においては実際に命を落とされた方もおられます。 大国インドは相変わらずマイペース。
その上下の小さな国、ネパールとスリランカ。 この先、いったいどんな国になって行くのでしょう・・・ |
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