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世界で最も貧しい大統領の逸話 惜しまれつつ退任へ
ウルグアイ40代目大統領であるムヒカ大統領はその任期を2015年2月末で終えた。
ムヒカ元大統領は1935年生まれの80歳。
貧困家庭に生まれ、家畜の世話や花売りなどで家計を助けながら育った。
1960年代に左翼都市ゲリラ組織「ツパマロス」に加入する。
武力によって政治を変えようとしたのだ。
それには訳があった。
労働者を救うための戦い
当時、主要産業である畜産業が低迷し、経済が急劇に悪化しのだ。
その時に虐げられ抑圧されたのは労働者だった。
労働者の権利を守るために活動を始めたのが、トゥパマロスだった。
ムヒカ氏はゲリラ活動中に6発の銃弾を受け、4度逮捕(そのうち2回は脱獄)されている。
1972年に逮捕された際には、軍事政権が終わるまで13年近く収監されており、軍事政権側の人質として扱われていた。
出所後に仲間と中道左派政治政党に合流する。
2005年にウルグアイ初の中道左派政権となる「拡大戦線」政権下で農牧水産相として初入閣。
そして2009年度の大統領選挙戦で見事勝利し40代目大統領となった。
ムヒカ大政権下でウルグアイは、人工妊娠中絶や同性婚をはじめ、マリファナの生産や販売を合法化した。
(マリファナの合法化は世界初だという記事が多いが、実際はアメリカの3州、スペイン、ポルトガル、ベルギー、チェコなどは合法化されている。
更にドイツ(ベルリンのみ)オランダ、スイスも合法或いは非犯罪である。)
彼は大統領公邸には住まず、ウルグアイの首都モンテビデオのはずれにある小さな農場に、妻と3本足の犬、マニュエラそして、1987年型フォルクスワーゲン・ビートルともに暮らしている。
大統領としての給料のほとんど(8割以上)を福祉団体に寄付し、ウルグアイの労働者の平均年収程度の金額で生活しているのだそうだ。
ヒムカ氏は言う。「お金をたくさん持っている人は、政治の世界から追放されるべきだ」
スペイン語版CNNのインタビューで語った言葉だ。
「私たちは、代表民主制と呼ばれるものを発明しました。
これは、多数派の人が決定権を持つ世界だと私たちは言います」
「ならば、私たち(各国の指導者たち)は、少数派ではなく多数派のような暮らしをすべきだと私には思えるのです」
BBCは、2012年に掲載した有名な記事の中で、ムヒカ大統領は自分が得る給与の90%を慈善事業に寄付していると報じ、「世界一貧しい大統領」と呼んだ。
アメリカでは、議員たちが所有する資産の中央値は100万ドル(約1億円)を超えている。
その上企業は、政治家への献金に関して、制限のない権利を与えられている。
大統領専用機など持たない
国際会議にはエコノミークラスで行くか、他の大統領に便乗させてもらうことが多いのだそうです。
そんなムヒカ大統領がメキシコ大統領専用の飛行機に同乗し、自国まで送ってもらっている時の様子が「かわいらしい」と話題を呼んでいました。
ムヒカ大統領 「愛車、1億円でも売りません」
ムヒカ氏の清貧ぶりを象徴する1987年製のフォルクスワーゲン・ビートルについて、アラブ人の富豪から100万ドル(約1億1600万円)で買いたいとの申し出を受けていたそうだ。
ムヒカ氏は、車は友人たちからの贈り物で「売れば友人たちを傷つけることになる」とした上で「私が生きている限り(車は)車庫で眠り、時々散歩に出かけることになる」と愛車を売らない考えを明らかにした。
ウルグアイに住んでいるジェラルド・アコスタさんが、職場からの帰りにヒッチハイクしていた時のこと。
30数台の車が通り過ぎた後、やっと1987年型フォルクスワーゲン・ビートルが止まってくれた。
そして彼が車の中に入ると、すぐに車内にいる女性が上院議員のルシア・トポランスキー氏であることに気づいた。
車を運転していたのは、なんと彼女の夫、ホセ・ムヒカ大統領だったのである。
ほとんどの車が止まってくれなかったのに、大統領が自分を拾ってくれたことが信じられなかったという。
ジェラルドが撮った写真 らしい?
世界一貧しい大統領」と呼ばれる事について
世界一貧しい大統領と呼ばれている。
でも、自分では貧乏とは思っていない。
本当に「貧しい人」は、ぜい沢な暮らしを保つためだけに働く人だ。
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2015年04月17日
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