Nobby のサーフ&グルメ

ナダクとその周辺のグルメの探求に、時々サーフィン時々スノボ

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ヒューイ・ルイスが、キム・カーンズとなかなか上手くハモれない。
シンディ・ローパーも入るところがちょっと変。
このソロパートは20人で朝の4時から8時までやったらしい。

もし、あなたが、いずれかのがんと診断されていて、その部位の「がん治療に抜群の実績を上げている先生がいる」と聞いたら、どうなさるであろうか。「一度診てもらおう」と考えるのは、ごく自然だろう。だが、遠路はるばるその病院を訪ねたのに、肝心の担当医が、定年退職でもないのに「辞めさせられる」と聞かされたら、あなたはどう感じるであろうか。
そんな苦悩に直面している患者さんたちがいる。本通信で何度か紹介してきた「滋賀医大病院小線源治療講座」の閉鎖も問題である。患者会のメンバーは自主的に、あるいは患者会として全国各地でチラシ配り、署名活動を展開してきたが、12月23日(日)、24日(月)の両日は滋賀医大附属病院に近い、JR草津駅前で広報・署名活動が展開される。23日午前草津駅前に患者会のメンバー31名が集まり、11時から待機患者さんが窮状を訴えた。
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◆待機患者・月原さんの訴えイメージ 2
「私は奈良県在住の月原と申します。私は今から16年前に父を亡くしました。前立腺がんが骨に転移ししたことが原因で約6年半の闘病生活を経ての死です。
そのため私自身前立腺がんについては、常に意識して、早め早めの取り組みをすべく定期的なPSA検査を受けておりました。
今年になりPSAの数値が上昇したので、8月に生検(細胞検査)を受けた結果、前立腺がんが見つかりました。
その時のショックは今もよく記憶しております。すぐに治療方法について医師から説明がありましたが、いずれも再発に不安を覚えました。
そこで家内と、再発のない治療方法をインターネットなどで探した結果、滋賀医大岡本圭生先生の小線源治療にたどり着きました。
早速岡本先生にメールしたら、すぐに返事がきました。『紹介書や手術時のデータを揃えなさい』。すべてそろえた日に先生に連絡したら『10月11日に会いましょう』と、これまた即返信が来たのです。
とてもお忙しい方のはずなのに、このクイックアクション。
なんと患者思いの温かい先生なのかと感動しました。無事岡本先生に会え次回は12月末に具体的な治療計画を相談することになっており、『よし、これで治療してもらえるぞ』と安堵していた矢先、『入院が来年7月以降になるので確約できない』という連絡が来ました。最初何を言われているのか、意味が分からなかったのですが、滋賀医大が来年12月で岡本先生の講座を閉鎖。それに先立ち7月以降の治療を停止する、ということを知らされ、『なぜ多くの待機患者が実在するのにどうして切り捨てるような措置ができるのか。国民の税金で経営されている、国立大学附属病院にそんな勝手が許されるのか。
私は一気に奈落の底に突き落とされました。

岡本先生と寄付講座の運営会社は7月以降の治療停止は、人道上・公益上反対されていると聞いています。岡本先生が病院におられ、治療希望患者がたくさんいるのにさせない。こんなこと国立大学附属病院としてありえないことではないでしょか。また病院側は不当かつ未経験の治療を行おうとした成田医師が「後任」と宣言しています。我々患者の命をどこまで軽視するのか、憤りを感じずにはおられません。イメージ 3
私は岡本先生の治療を受けたい。真の健康を取り戻したい。そして同じ病気で苦しむ方々に、同じ喜びを味わってほしいと強く思います。滋賀医大の関係者の方々、何が正しいのかを胸に手を当てて考えていただきたい。患者軽視の滋賀医大ではなく、患者ファーストの岡本先生が正しいことは誰の目にも明らかです。どうか私ども全国の待機患者に新たな希望を与えてください。切にお願い申し上げます」(待機患者の月原さん)

◆待機患者・横田さんの訴えイメージ 4
「彦根の横田と申しますよろしくお願いします。私の場合ことの発端は本年10月5日に大津の医療機関で前立腺肥大の状況がわかり、血液検査の腫瘍マーカー検査の結果98.0の異常値を通知されました。至急に総合病院泌尿器科で検査治療を行うことを指示されました。

その後約1月にわたり彦根の医療機関で辛い検査の日々で、MRI、CT、骨シンチの検査と続き11月2日に担当医師から検査結果を通知されました。結果は悪性度も進行度も高い、高リスクの前立腺がんの確定診断であり、膀胱へ浸潤している可能性もあり、その場合は根治の期待はできない、というものでした。検査前から私の娘からの情報を得て、岡本医師の小線源療法を希望していましたが、私の症例からは、受けてもらえるかどうかは岡本医師の判断による、とのことで、祈る思いで滋賀医大を受診しました。
11月5日診察当日岡本医師からは治療に関しては正面から受けていただきました。しかし残念なことに現医療体制に期限が決められている掲示を見て驚き、岡本医師からは「掲示してあるとおりです」というようなことを言われたのみです。治療の方針はトリモダリティー。トリモダリティーとは高リスクの場合に行われている治療法で、ホルモン治療、放射線内照射、放射線外照射を併用するもの、の明言があり当日からホルモン治療を開始していただきました。
その日前までは骨への転移の恐怖感から仕事中も含め、起きている間は「死への不安」で押し潰されそうな毎日を過ごしていましたが、その日からは転移の可能性が低減されたことや、何よりも先生から『私であれば治すことができる』と言っていただきましたので心の状態は病気発覚前の状態に戻り、10月は発熱などで仕事も休みがちでしたが、それも解消しました。岡本先生を信頼し、根治の希望を託し任せるしかないと思いました。
次回受診日は2月ですがその後の治療計画は白紙ですし、確実なものは何もありません。こんな状況で、現治療体制の継続を切望し、自分にできることを開始しようと患者会の署名活動を行ってきています。職場や地域の方から200人ほどの賛同署名を頂いております。どのような状況になろうとも、岡本先生に最後まで治療を受けることを望んでいます」(待機患者の横田さん)


待機患者の訴えの後、メンバーは5グループに分かれ、チラシ配り、署名活動を開始した。午前中は穏やかな天候に恵まれ、総計1216枚のチラシを配布し、419筆の署名が集まった。この日の活動には東京、名古屋、四国などからも患者会のメンバー31人が参加した。
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◆利他で貫かれた「患者会」の活動
一方、患者会メンバーの中には、街頭活動には参加できないが、裁判などに使われる情報の整理や加工、運動方針の議論、待機患者さんとの相談窓口など、個々人の個性を活かした活動が展開されている。患者会メンバーには医師、エンジニア、元官僚や現役の大学教員、自営業とバックボーンはそれぞれだ。
しかし、治療を受けて前立腺がんを克服した患者さんたちが、待機患者さんにも治療の機会を確保しよう、自分が享受した、前立腺がん完治の喜びを「知らない誰かとも」共有したい。まったく私利がなく、利他に貫かれているのが「患者会」の特徴だろう。無私の活動に頭の下がる思いだ。
デジタル鹿砦社通信 2018年12月24日 より転載しました。
写真撮影・文章共に 田所敏夫氏
寒そうな予報だったけどもう一回行っときたいという想いが勝って相談役と三度京丹後へ。
着いてみると晴れ間がのぞき、風もほぼ無くかなり暖かい。
12月の後半とは思えない感じです。
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今回は5mmブーツとキャップではなく、頭巾を装着。
ただ、水温は確実に下がっていてパドルのし始めは手が冷たいと感じましたが、沖へ出たら大丈夫でした。
 
若い人達はブーツもキャップも使っていませんねというか、使っているのは自分達ぐらいでした。
波はコシハラたまにムネだけど割れづらくほとんどがオープンブレイク(ほぼダンパー)でした。
なんとか肩の切れた波をつかもうとしましたが、ちょっと残念な結果に・・・

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浅茂川温泉で温まってから神戸に戻り反省会。

ヒレ酒。
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牛すじのデミグラスソース
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小雨の降る中を水温が下がる前の八丁浜(京丹後)を目指して走りました。
12時過ぎに海岸に到着。
写真を何枚か撮ってから早速入水。
こちらも小雨が降っていますが、どのみち海に入って濡れるので大して気になりません。
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左側のカレント(離岸流)を使ってゲティングアウト(沖へ出る)。
波のサイズはムネカタ位、右の奥はアタマ位かも。
今回もタル早い波でなかなか捕まえられない。 
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2時間で2本だけ乗れました。
前回は1本乗れた。
タル早い(たるくてウネリで押してくれないが、一挙に崩れる波)に徐々に乗れ出しているのかも。
ここはテイクオフの論理をもう一度再考して、老人でもタル早い波に乗れることにチャレンジしたいと思っています。
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相談役のニューボード 7'0

今回は海に入ってしばらくすると予報に反し雨があがりました。
過去、雨予想でも海に行くことは幾度もありますが、どういう訳か雨に悩まされた記憶はほとんどありませんね。
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神戸に戻り近くの居酒屋で反省会・・・


摩耶山頂展望台へ 

今回は上野道を登って摩耶山頂展望台(掬星台)690mへ。
若い頃に友人達や一人でよく登った道です。
ケーブルカーで登った記憶はないけど、当時はこの付近に車を停めて登っていたような記憶が・・・
上野道、当時は楽勝で登っていたように思いますが「油こぶし道」と同じくけっこうきつくて、心拍数がすぐマックスになります。
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 山頂途中にある摩耶山・天上寺跡。
昭和51(1976)年に不慮の大火で全焼したらしい。
現在は山頂の少し先に復興されています。 
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摩耶山頂(摩耶ロープウェイ上駅)。
曇り時々雨の予報だったけどけっこう晴れてきました。
ただ、六甲ケーブル上駅の展望台や駅待合と比べると設備的にちょっとさびれているかな。
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この日も展望台でコンブニおにぎり一個食べました。
今回はさすがにロンティーだけでは寒かったですが、陽がさして風が止むと気持ち良いです。
 
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下山はコースを変えて摩耶ケーブル上駅経由で。
摩耶花壇跡 ここはあまり記憶に残っていない。
大正15年に建築され斜面に作られた2階建ての宿泊施設を備えたレストランであったそうだ。イメージ 8

2007年ロープウエイの開通もあり旧摩耶花壇は解体されたが、その廃材を使い茶屋が建てられた。
先の旧天上寺の消失もあり参道を歩く人も途絶えて朽ち果てて行ったという・・・
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