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ティルタガンガからウジュンという村まで行ってみました。 ウジュンには、1921年にアングルラー王によって建てられた水の王宮がありましたが、1979年の地震によって大きなダメージを受け、自分達が見たものは正しく廃墟でした。 ここまできた本当の理由は別にあって、実は海岸線に出て海を見たかったのです。 このあたりの海岸線ならで、「サーフィンできるんちゃうかな〜」という発想はサーフィンを続けている者の一種の病気でしょう。 ここは幸い漁村であったので舗装はありませんが、道は海岸まで続いていました。 さて海岸線に出てみると、遠くにレギラーの波が割れているではありませんか。 足元が悪く多少距離もありましたが、興奮してスタスタ歩いてブレークの前まで行ってみました。 グランド・スウェルという感じ。 マッシーですが、ムネ位のポイントブレークです。 バリ東部、チャンディダザや先に訪れたアメッド、その北のトゥランベンはダイビング・スポットとして知られていますが、サーファーはここまでは来ないのでしょうか? ボードがないので、サーフィンはできませんが、波は当てたという感じ。 サーファブルな波は見るだけでも興奮するものです。 もっといいポイントが他にあるので、ここでわざわざやらんでもっていう感じでしょうか? 日本なら絶対何名かのサーファーが入ってるコンディヨンだと思いました。 ブレークの手前からスタスタ歩いて来た所を振り返ると、けっこうな絶景。 海岸への入口はボートの見えるもっと向こうです。 強い日差しの中、よほどの酔狂な旅行者でないとここまでは入ってこないでしょう。 |
Bali の思い出 2003
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アメッドからティルタガンガというところへ移動しました。 ティルタガンガはその昔、王様の週末の離宮として造られました。 湧き出る泉を利用して造った噴水やプールは「水の離宮」として昔のままの姿を留めているそうです。 ティルタガンガ・アバビ村は先に訪れたアメッドに至る途中にある集落なので、その道すがらに事前にチェックを入れておいたという訳です。 ティルタガンガには水の離宮とベモ・ストップの周囲に幾つかの宿とニ三のレストランがあるだけで、先の「アメッド」よりもいっそう夜は闇に落ちるばかりという感じの処でした。 写真奥の建物が「水の離宮」に近い宿グット・カルマ。 その奥で雲にかすんでいるのが聖山アグン。 たぶん現在はもう潰れてないと思うのですが・・・? WEB上にティルタガンガに日本料理店・漁師があったという記録は2005年の時点ではありました。 あんな人影まばらというのを凌駕したような「旅行者・過疎地域」といってもいい処に日本料理店を作ってもな〜と思ったのですが? とにかく、自分はその店に訪れた数少ない?日本人旅行者の一人となった訳です。 ◆レストラン&バンガロー PuriSawah ここも良さそうでしたが、かなり階段を登らないといいけない感じで、上がっていくチャンス(気力かな?)がありませんでした。 お宿の「プリプリマ」は、通りから丘を上がった処にレセプションがあり、お部屋はまたその上の斜面にへばりついていてロケーションは抜群です。 ただ、夜はアメッドと同様で星を眺めるばかりです。 その前の通りの切れ込みの下の田圃の中には沐浴場があって、夕べにおねーさん達が水浴みをしていました。 もちろん半端な囲いのようなものはあったのですが、然して周囲を気にすることもないようで、まあ全てが大らかな感なのじです ここに滞在中、旅行者とは遭遇しませんでしたが、山登りの装備をたくさん持って宿のレセプションまで上がってきた白人のグループがありました。 写真にある目の前の山に登るのか、宿の後方にある聖山アグンに登るのでしょう。 ところが、やってきたのは、なぜか別のドライバーでした。 前のドライバーとは事前にウブドまでの値段の交渉をしていたのです。 その事情を話た上で、値段を交渉しましたが結果的にOKでした。 プリプリマのオーナー、アグンさんと宿のスタッフ。 また、2005年にリニューアルして露天風呂も作ったそうですよ。 |
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ウブドから小旅行に出ることにしました。 場所はアメッド(Amed)というところで、バリ東部の端っこにある海岸の村です。 バスの路線がないので、車をチャーターすることにしました。 前もってウブドの幾人かのドライバー達に見積もりを取ってからサヌールのタクシー・ドライバー、マデさんに電話してみました。 マデさんから移動の際は、またぜひ自分を使って欲しいといわれていたのです。 ウブドのドライバー達より、かなり安い値段でマデさんの車をチャーターすることができました。 宿に関しては、一応目安は付けていましたがドライバー・マデさんが見るだけでも見て欲しいと案内した宿「バユ・コテージ Bayu.Cottages」が気に入ったので、即決にしました。 カジュアルな値段でプールもあるし高台にあるので、涼しくて景色がいいのです。 高台といってもすぐ前は海なんで、シュノーケーリングも楽しみました(道具とか無料で借りたような?)。 当時アメッドは電気や電話が通じていない地域があったりするような処だったようです。 自分達が投宿した宿のある地域は、リバ (Lipah )といいます。 リバ (Lipah )にはリゾートの喧噪を嫌う長期旅行者が快適に過ごせる環境があると「地球の歩き方2002〜」に記してありました。 幾つかのOn The Beach なコテージに付属したカフェなどで、白人達が集っているのを見かけましたが、それも稀な話で全体的にはスモールで静寂感のある地域であると感じました。 夜は闇に落ちるという感じで、宿で夕食を取った後は星を眺めるばかりという生活です。 ここで数日過ごしましたが、宿は清潔で料理も美味しかったし、プチオープンエアのバスルームが可愛かったという記憶があります。 さて、帰国した数ヶ月後に、バユ・コテージのオーナーからカードが届きました。 それによると、オーナーは東京在住のオースラリア人の大学教授でした。 まさか日本に住んでいる人が経営してる宿であったとは夢にも思いませんでした。 アメッドはバリが好きな人でも、知らない人も多いいかなと思って地図を書いてみました。
そして、アメッドの下に記した、ティルタガンガというところが次回の旅先となるところなのです。 |
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バリ島の中でウブドは芸能・芸術の村であるといわれています。 特に芸能は元来、祭礼において、神々に奉納されるものであり、観光客の為に演じられるものという訳ではありません。 バリの芸能をかなり大雑把に捉えると、ガムラン、レゴンダンス、ケチャダンスであるといえると思い ます。 これらの芸能は、ここウブドでは神々に対してだけではなく、観光客の為にも演じれています。 ウブドにはこれらの芸能を演じるグループ(歌舞団)が概ね8つあり、各々のホームグラウンド(王宮、寺院、集会場)で数日ごとに公演を行っています。 つまり、いつ訪れてもウブドのどこかでは、必ず芸能が演じ(或は奉納)られていると言っても過言ではないのです。 レゴンダンスの特徴は他のアジア圏のダンスにも共通しているかもしれませんが、特に指先の動き、目の動きでしょう。 元々は伝統芸能なのですが、現在演じられているものは伝統を重んじながらも新しい要素を取り入れたオリジナルパフォーマンスなのだそうです。' 公演が始まるとあちらこちらで、フラッシュが焚かれます。 演者としては大変やりにくいだろうと思います。 目のパフォーマンスが重要であるにも関わらず、目の前でバシバシとフラッシュが焚かれるのですから。 普通(日本や欧米)ならフラッシュどころかカメラ撮影は禁止とされてもいいところでしょう。 このあたりで、バリの人達の包容力やホスピタリティーを感じてしまうのは、私の考え過ぎなのでしょうか? 芸能の公演は当日に会場でもチケットを購入することができますが、街の辻々で、チケット買って〜と声が掛かるのでの今日はどこそこで、公演があるなと前もって察知できるという訳です。 このエリアでは誰でもが直接的(何らかの形で)ではないにろ芸術・芸能に携わっている様だと感じさせるものがありま。 トラディショナルな芸能は好みではない(又はガムランは飽きたわ)という人達のために欧米の音楽、もちろんライブ演奏を楽しめるスポットは、ウブドに4つほど有ります。 Cafe Exiles Cafe Exiles(カフェ・エグザイルス) ステージを囲むようにテーブルがあり、キャパに余裕があります。 写真奥のガーデンにもテーブルがあります。 この日は客にハイテンションな日本人女子が目立てって、大丈夫なんかな〜と思った。 Putra Bar Putra Bar ここは普段はライブは無いんだけど、この日はレゲエのバンドが入っていて、ボーカルのニーチャンの声と唄い方がボブ・マーレーそっくりで楽しめた。 他の店でも結構レゲエは耳にしていて、バリの人達ってけっこうレゲエ好きなんだと思いました。 Jazz Cafe(ジャズ・カフェ) という店名ですが、ジャズの他にに様々な音楽を聴かせてくれるライブスポットで、一番のお気に入りでした。 この店でファンになったアーティストがアルバムを出していたことを帰国後に知り、苦肉の策で手に入れた思い出があります。 ◆超短いですが雰囲気だけ・・・ ウブドは静かで落ち着いた小さなエリアであるとともに、お祭りがあったり、伝統芸能の公演があったり、幾つかのカフェではライブ演奏が行われていて、少々長居をしても飽きることなく過ごせる処だろうと思います。 Jazz Cafe HP http://www.jazzcafebali.com/ |




